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第二十七話 当日にリンゴ飴売ってる俺は一体?

すみません、今週から長くて来週まで二日あきでの投稿になると思います。




 そしてセントノール祭当日。


「おかしい。俺はシルバーアート展覧会を開くと聞いていたんだが、一体なんでリンゴ飴なんて売ってるんだ?」


「今更ですか? ……今日の予定ですが、シルバーアート展覧会は夕方から行われるそうです。午前、昼はそれぞれ屋台を展開し商売を。ギルド長ですから、わざと伝えていなかった可能性が高いですね」


「く、本当にいやらしいところを攻めてくる人だ」


 実際、知っていなくとも問題は無かった情報だが多少気が緩む様な内容だ。

 俺を惚けさせつつも問題を起こさないような情報の秘匿、あの人には敵わない。が、今日の夕方には驚く顔が見れるだろう。見ているがいいギルド長。自分のミニチュアサイズの彫刻が多くの人の目に晒されることに悶えるがいい。


「ま、それはともかく仕事はしようか」


「流石、伊達にいじられ続けていませんね。ぶれません」


「まともに受けてたら三日で容量オーバーしかねないからな。流すのが一番なんだ。っと、いらっしゃいませ。リンゴ飴一つですね。銅貨8枚になります。ネル、リンゴ飴一本」


「はい、飴で口を切らないように気を付けてください。お買い上げありがとうございました」


 これで一箱売れきってしまった。まだ午前だし残りは三箱、持つのだろうか。

 これも見越してのリンゴ飴の屋台を選んだならギルド長は未来視でも出来るのではないかと疑いたくなってしまう。


「……それとも、単に年の功か?」


「先輩?」


「ああ、いや何でもない。それより、コンルとダネンの爺さんが見当たらないがどうしたんだ?」


「コンルさんは婚約者さんと一緒にお祭りを回ってます。ダネンさんは奥さんのマルタさんと一緒に他の屋台を」


「成程な。まったく、羨ましい限りだな」


 まぁ言葉だけだが。

 確かに恋人と言うのはいいと思うが、実際に作るにはトラウマを克服せねばならない。それかトラウマが発動しないような女性。そんなのはいないか。恋愛に発展する途中でトラウマがじわりじわりとやってきそうだ。

 ホント、あれは怖かった。唯一の友人と付き合っていた女の子。その娘は清楚で可憐で皆のアイドル系だったのだが、そんな娘にも恐ろしい裏の顔があったのだ。

 偶々喉が乾き、食堂に水を貰いに行ったときの事だ。友人は部屋で待つというので俺だけ向かったのだが、俺以外に先客がいることに気がついた。声からして女子数名であり、気まずさから俺はコソコソと死角に移動して水を汲んだ。

 そして聞こえてきた会話が、


『それで、彼氏とはどんな感じ?』


『んー、もう陥落したかな。案外つまらなかったよ? 優しくすればコロリだったし』


『あははは! でもアンタ、厳しく当たって偶に優しくするって攻略法をとって堕とした男子もいたよね! もういないけど』


 うわ~、嫌なこと聞いたと思いながら、そんな事を口にする危険な女子はいったい誰だと顔を見てやろうと少し覗いたその時だ。会話の中心にいた少女が、月明かりの元に移動したのは。


「!? は、え? まさか……」


 その時見えた少女の姿は友人の彼女、しかしその娘はニタニタ笑い、清楚や可憐などとは程遠いナニカに見えた。これはどうしたものかと頭が痛くなる。正直冷や汗がダラダラ流れている上、人間不信、というか女性不信になりそうだ。

 この話が本当だった場合、俺の友人はどうなるだろうか。確実に傷つくだろう。


『でもさぁ、今回のは結構上玉じゃなかった? なんて言うか、珍しい可愛い系?』


『そうなんだよね。だから今回はもうちょっともつといいなぁ~なんて』


 うん、別れさせよう。それがアイツの為とみた。

 自分勝手な言いようはもう聞きたくもない。あの女と友人がともに歩いているところを見たくない。というか直視できないだろう。真実を知っている俺から見れば、言い方は悪いが滑稽な……。もう少し別の言い方があるか。いや、どう繕っても同情しか出てこなくなりそうだ。

 きっとそれはアイツも望まないだろう。となれば問題はどうやって別れさせるかだな。上手い具合に本性をアイツが知る前にあの女と別れさせなければ。


「だが、女子と付き合ったことのない俺じゃあ、唯の嫉妬に聞こえてしまうんじゃ? んー、一体どうすれば――」


「いいよ、アウェルが気にすることじゃない」


「っ!? おま、何時からここに」


 するとアイツは、俺に向けて「此処で待ってて、それも静かに」と言うジェスチャーをした後、カツカツと女子達に向かって歩き始めた。一体なにを、と思っていたら、アイツは一言二言彼女と会話し、顔を俯けて俺のいる入口へと歩いてくる。


「……大丈夫かレ――」


 俺が声をかける前に、走って行ってしまう。

 ポカンとした俺だったが、急いで後を追いかける。アイツは自室に入るとガチャリと完全に鍵を閉めて閉じこもってしまう。アイツと俺は同室なので一瞬焦ったが、運良く鍵を持参していたので難なく部屋へと入る。

 アイツの姿は見えなかった。いや、いることは分かったが、姿を見ることはできない。アイツはベットに寝転がり毛布を被り、何も言わずに横たわっていた。

 かけられる言葉は無く、鳴き声すら聞こえない暗い部屋の中で呆然とするほか無かった。




「そう考えると、やっぱ恋愛は恐ろしいな」


「!? え、え? 先輩、今の話から一体どこがどうなってそんな結論に?」


「ああ、過去の体験談を掛け合わせた結果だ。……そういや、元気にしてるだろうか」


「今の話だと、恋人が恐ろしい? しかも体験談ですか? そして過去に思いを馳せて相手の心配ですか?」


 ブツブツと言ってるネルを他所に、買いに来てくれたお客にリンゴ飴を渡す。

 あれから結構経ったのだが、アイツからは一向に連絡がない。学園を出て何処でどうしているのか全く分からない状態だ。まぁ立ち直ってはいたし、その内何処かで会えるだろう。


「先輩。そろそろ交代の時間です」


「ん、そうか。丁度交代要員も着いたみたいだし、休憩するとするか」


「はい。それじゃあ先輩、どうぞ此方に」


 俺はネルにガシッと腕を掴まれ、裏方の方へと連れられていく。何だろうか、ネルの手がとても冷たいのは気のせいか? 魔力漲ってたりしませんか?

 

「ネルさん? とてもとてもお祭りの熱気が心地いい今日この頃、ここだけ温度がちがいませんか?」


「そんな事はありません。それよりも、今日を楽しみましょう。ええ、過去思いをなせる暇などないくらいに思い切り」


 うるりと来た。

 そうか、ネルがここまで俺を引っ張ってくれるのは落ち込んだ俺を励ますためか。過去のトラウマなどに浸っている暇などないように連れ出してくれると言うのか。


「そうだな、楽しまないと損だ。よし、夕方まで時間もある。楽しむとしようじゃないか」


「やる気になってくれたのなら嬉しいです。……理由は分かりませんが嬉しい誤算ですし」


 ネルと共に向かうのは屋台の集中する東部。北部は装飾品、南部はパレード、西部は休憩所、東部は屋台。ちなみに俺たちがいたのはギルド前であり、ほぼ中央にいた。

 中央では有名人は集結し、様々な催し物をやっている。確かアミルも出るとか言っていた。絶対に行かない。


「さて、丁度昼時だし何か食べるか?」


「そうですね。私は特に食べたいものはないので、先輩にお任せします」


「そうか? それじゃあもうちょっと回ってみるか。もしかしたらネルの食べたいものが出てくるかもしれないしな」


 そのまま東部を練り歩く。何時もよりも人が多く、気を抜くとはぐれかねない状態だ。こうなると背の低いネルは大変かもしれない。実際、今にもネルの姿を見失いそうだ。


「しゃぁないか。ネル、俺の手を――いや、服でも掴んでくれ」


 手だと言い訳出来ないほど恋人的な行動になる。

 ならば無難なのは服だろう。この状態なら見られてもネルが何か言われたり、ギルド長にからかわれたりはしないだろう。というか、どうあってもギルド長がからかうのは俺か。


「いいんですか? 下手をすると服が……」


「問題ない。それよりもはぐれる方が問題だ。折角の祭りなのに、人探しで終わったらつまらないだろ?」


「それはつまり、はぐれたら見つかるまで探してくれるんですか?」


「無論だ。どっちが誘ったとか関係なしに、はぐれたなら探すさ。まぁセントノール外まで行かれると困るが」


「ふふ、大丈夫です。はぐれないようにしっかり掴んでおきますから」


「なら安心だ。ああ、それと疲れたら言えよ? 俺はそこそこ体力あるから、ノンストップで歩きかねないから」


「分かりました。その時は言いますね」


 笑いながらネルが俺の服を掴んでくる。むぅ、何だかくすぐったい感じだ、だが悪くない。

 俺は今の思考を振り払うために頭を横に振って空にする。それをネルは不思議そうに見ていたが気にしない。


「……? なんだ、今それとなく視線を感じたが――いや、違うな」


 訂正だ。それとなくではなくガンガンと、だ。余りに多い視線故に感覚が鈍っていたらしい。簡単に感覚を麻痺させるとは、数の利とは恐ろしいな。どういう状況であっても基本、数とは有利の証。幾ら大量破壊が可能な魔法があれど、連射は出来ない。発動には大量の魔力が必要な上、練る時間も必要だから時間もかかる。一度放たれ数が減ろうと、それでも残った者たちが突撃をかける。そしてあっと言う間に蹂躙するのだ。

 この数の利を覆せるとしたら、その上級魔法以上の魔法を使えるものが数人いることか、相手との差が少しであり此方が全て魔法使いである場合だけだろう。もしかしたら、他にも優秀な軍師でもいれば何とかなるかもしれない。

 ……何故こんな話になったのだろう。ただ俺が言いたかったのは、なんか大勢の男共が俺を見ているという事。まぁ理由は大体予想がつくがな。


「テメェなにしてくれてんじゃボケェ的な殺気か。軽くコンルの気持ちが分かってしまう時がくるとは」


 チラリと隣で俺の服を掴んでついてくるネルに視線を向ける。人とぶつかる度によろけ、むぎゅと潰されながらも必死についてくるネル。人混みのせいか少々顔がほんのりと染まっており、息も荒く色っぽい。

 恐らく原因はこれだろう。

 ネルは普通に美人である。綺麗なショートボブの銀髪に、赤い縁の眼鏡。顔は冷静な性格とは少し違い柔らかい印象をもたらす。ほんの少し幼さを残した感じと言えばいいのだろうか。実際まだ十八だしな。

 そんな美人さんが俺の服を掴んで必死についてこようと頑張っている。なにあの娘とても健気、なんなのコイツ何様だテメェ的な視線がビシビシとくるのは仕方ないかもしれない。

 だが、それよりもネルの事だ。情けない話、男共の嫉妬+殺気の篭った視線で気づくとは不覚すぎる。


「……すまんネル、少し我慢な?」


「え、先輩?」


 突然声をかけられたネルは少し戸惑って様子だったが、構わずに腕を掴んで俺の方に体を引き寄せる。


「ふみゅ!? せ、先輩一体なにを……」


 ちょっと勢い付けすぎて俺の体にボフと衝突してしまったが大丈夫だろう。

 取り敢えずそのまま抱き寄せるような形でネルを人混みから庇う。もっと早く気づくべきだった。ギルド長クラスのチビッコならすぐに気づけたのだろうが、考えが甘かった。はぐれないようにするだけではダメではないか。


「あ、あの先輩?」


「ほら、ネルが苦しそうだったからさ。こうしてれば大丈夫だろ? それよりすまん、全然気づかなかった。ああ、もし嫌なら別な方法を考えるぞ?」


 今更ながら、恋人うんぬんなど考えるより女性を優先すべきだ。

 どうせネルなら、恋人だの付き合ってるだの変な噂が出ても一蹴するだろうし、俺なんかはからかわれることに慣れてしまっているから大丈夫だ。


「いえ、大丈夫です。どうせでしたら、むしろもう少し抱き寄せてくれると楽になります……セントノール祭万歳です」 


「分かった。じゃあもう少し――ああ、視線が増えたし強くなった。……今夜は気をつけるか」


 後半が聞こえなかったが返事を返し、もう少しだけネルを抱き寄せる。

 するとネルはビクリと動くが、しっかりと俺の服を掴んでおいてくれる。どうやら俺は信用はされているらしい。であるならば、信用を裏切る訳にはいくまい。

 ネルはとても柔らかく、甘い匂いがする。が、その程度で欲情する俺ではない。女性に信用されたのなら、真摯に紳士であれ。ギルド長のオヤジギャク格言である。それに加え、歳上のアミルやらギルド長やらにからかわれてきたせいで耐性が付いている。あくまで、女性との密着程度なら抑えられると言う程度だが。

 これって実は凄いことだからね? もし精神をランクで表すならSに相当する苦行である。


「さて、早いところ人混みから出たいところだな。まぁもう直ぐ端につくか」


「……そう言えば、食べたいものが見つかりました」


 ネルがそういうので、どこ? と聞こうとネルに顔を合わせる。

 するとどうだろうか、下から上目使い、更に暑さや窮屈さからか目が少し潤んでおり頬の色も先程よりも色づいている。しまいには息が艶かしいし、首筋が少し汗ばんでいる様に見える。更に人とぶつかるたびに少しネルにも衝撃が行ってしまい、んぅ、と色っぽい声を放ってくる。

 俺は襲い来る本能を理性で制しつつネルに問う。


「ならそれにしよう。一体何が食べたいんだ?」


「クレープです。確か有名なお店が出張して屋台を出しているのを思い出しまして」


「そうか。ちなみにそれは普通のクレープとは違うのか?」


「はい。種類が豊富で生地がもっちりしていてとても美味しいそうです」


「そう、か。ちなみに……場所は?」


「すみません、少し戻る事になります」


「気にしなくていい。ネルがそこまで言うのなら俺も食べてみたいしな。大体どこらへんに出てる店なんだ?」


 押される理性を誤魔化すように話し続ける。

 頑張れ俺。戻ると言ってもネルが言うには少しなんだ、それまで頑張れ。


「ええ、少しですよ。ほんの、入口まで戻るだけです」


「なん、だと?」


 もう一度あの道を最初まで戻れと!?

 行きは人の流れが奥に行く流れだからまだ良かったが、逆だぞ? 波に逆らうように進むんだぞ? それもこの状態で? 俺の理性が紙切れになりそうなこの状況で?


「あー、ネル。そこにもクレープ屋があるようだが?」


「ダメ、でしょうか」


 俺の理性に罪悪感というダメージが突き刺さる。

 ダメだ、戻ろう。そんな顔されると、こう、ぬがぁぁぁぁあ!!

 ギルド長はともかく、こんなにもアミルに感謝する日が来るとは!! 


「戻ろう。ああ、戻ってやるさ……全力だ」


 俺の戦いが始まった。




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