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第二十四話 作業開始






 一晩構想を練った俺は、翌朝に一度訓練所の方に出勤し仕事を始める。

 これからしばらくは唯の資料整理や、メニューの改めなどなので大した労力はない為比較的早く終わる。そこで俺は、何時もの倍近いペースで仕事に取り組み終わらせ、残った時間でギミックを考える。


「あの、先輩」


 するとネルがやってくる。

 しかし、どうも何時もと様子が違うことに気がついた。何と言うのだろうか……遠慮がちだった距離が縮まったとでも言えばいいか? 恐らくはあの夕食が切欠なのだろう。


「どうした、ネル」


「いえ、えーとですね? お弁当の約束をしたじゃないですか。それで、先輩の好みなどを聞いておきたいと思いまして」


 ああ、そう言えばそんな約束もしていた。

 そうか、ネルは律儀に守ってくれるのか。あれはその場を誤魔化す――ではなく和ごますジョークだったのに。でも作ってくれるというのなら、その好意に甘えるとしよう。


「俺の好みか。特に嫌いな物はないし、好きなものも無かったりするんだよな……」


 これは事実。転生者故、日本の食文化に染まっていた味覚がまだ此方の食べ物と合わないものが多い。勿論美味しいと思うものだってあるのだが、好物と呼べるものはない。

 ちなみに食べ物は大差ない。人参、玉ねぎ、キャベツ、豚肉、牛肉等は普通にある。だが調理法が違うしなにより醤油がない。わさびもない。

 俺だって、好物と呼べるものが欲しいとは思っているんだ。


「よし、ネルに任せる。基準は、そうだな……俺がその料理が好物になるようなネルのおすすめを容れてくれ」


 するとネル、顔をほんのりと染めつつ俯きボソボソと何かを呟き始める。


「……つまり、私に先輩の胃袋を完全に掴めと、そして俺を惚れさせるようなものを作れと。俄然やる気が出てきました」


 何時になくネルの体にエネルギーが満ちている。一体どうしたというのだ。

 オーラが視認できてしまうんだが、俺は何かまずいことを言ってしまったか? あれは怒りのオーラだったりしないか? もし怒りのオーラだったらとんでもないことになってしまう。


「先輩」


「あ、はい」


 つい低姿勢になってしまう。条件反射というやつだ。情けないなぁ俺。

 そんな俺を気にした様子もなく続けるネル。


「期待していてください、確実にその胃袋を仕留めます」


「なんで!? いや待てネル。今日のお前は一段とおかし――」


「それじゃあお先に失礼します。食材の買出しもしておきたいですし。では」


 そう言ってさっさと教官室を出ていってしまうネル。

 俺が頼んだ日付までまだまだあるんだが、一体何を作ると言うんだ。今日のネルはテンションがおかしいし言動もおかしい。冷静に淡々と喋るネルはそこには居らず、どこか温かみのある表情だった。いや、悪くないんだけどさ。いきなりだったから戸惑ってしまった。


「ねぇアウェル。一体何をしたんだい?」


「遂に刺される時が来たか。安心せい、死体は灰にしてそこの林に捨ててやる」


「俺は何もしてないし、刺される予定もない。というかお前らこそああなった原因を知らないのか?」


 俺はコンルとダネンの爺さんに聞いてみるが、二人とも知らないと言う。 


「にしても、胃袋を仕留めるって、毒でも入れるのかな?」


「やめろ。きっとネルだから大丈夫だ……大丈夫だよな?」


(毒は毒でも惚れ薬の方なんだけど、アウェルには分からないよね)


(そもそも、アウェルだけでなく惚れ薬だと分かる方がおかしいのだ。それにしても、晴れ晴れとした表情をしおって)


(きっと、アウェルが何か言ったんだろうね)


(どうなることやら。まぁ一応ギルド長には伝えておかねばな)


「そこの二人、婚約者に奥さんいるのに男同士で見つめ合うな」


 何だかアイコンタクトをしている二人を止める。

 一体二人の間でどんな会話が飛び交っていたのやら。


「はぁ、考えるだけ無駄か。折角作ってくれるんだ。どうであれ美味しくいただくさ。実際、ネルの料理は美味かったし期待できる」


 すると二人、ああ、と頷いて何か悟ったような顔をする。

 この二人、今日はやけに息が合うな。

 まぁいい、それよりも帰ろう。ギミックは適当なのを考えついたし、後は彫刻して仕掛けるだけだ。早いとこ取り掛からないと終わらないかもしれないからな。ちょっと復習しないといけない技術があるし。


「それじゃ、俺も帰る。戸締りよろしくな」


「うん、それじゃあまた明日」


「夜道には気をつけるんだな」


「それはコンルに言ってやれ、ダネンの爺さん」


 それもそうかと呟いて、それにコンルがつっこみを入れる。

 うん、ホント気持ち悪いぐらい息があっている。若い優男と筋肉モリモリの老兵のペア。ギルド受付の腐女がいたら彫刻か小説の題材にされそうだな。



 そして俺は家へと帰った。








「先ずはちゃんと削って形にしてからギミックを取り入れよう」


 俺は彫刻に必要な道具を片手に、ギルド長の形へと銀を削っていく。

 正直慣れていないため難しいが、道具に軽く魔力を流すことで斬れ味を上昇させたためそこそこ削りやすくなっている。まぁ失敗したら溶かして固めれば元通りだ。溶かすのはネルにやって貰う必要があるか。俺には出来ないからな。


「大体はこんなもんだろ。後は細かく削り取って人の形にすれば……」


 大まかに決めた大きさまで削り取れたため、後はギルド長に似せるために顔やら体つきやらをリアルに再現するだけ。とはいえ、一番難しい作業である。


「にしても、これだとギルド長三分の二スケールくらいになるのか?」


 実際のギルド長の身長は130前後。このインゴットの高さは100。その差僅か30ちょっとときた。まぁインゴットの方は横幅に合わせて高さも削っているから80前後になっているけどな。

 俺はそのまま作業を続ける。カンカンガリガリと地道に削り、細かい表情の部分などは針の様に細い道具でちょこちょこと削っていく。完成にはまだまだ程遠いが、完成像は見えてきた。

 このカクカクの人型が、いずれは本当の人らしい形になっていくと思うと楽しくなってくる。やはり俺は地味な作業が好きなようだ。平和だよ平和。襲われることもなく、強制連行されることもなくひたすら自分の世界に入れる。


「っと、そんなこと考えてたら結構時間が経ってたか」


 んーと背筋を伸ばすと、パキパキと固まった体から音が出る。


「休憩するか。あ、休憩ついでに資料でも探してみるか?」


 ちなみに資料と言うのは、俺の考えるギルド長の彫刻に仕込むギミックの為に必要な技術が記載されているものだ。たしか学校で借りた本に載っていた技術を俺なりにアレンジしたもの。アレンジと言っても、俺でもそれが使えるように魔力消費を極限まで減らせるようにちょいと他の技術を突っ込んだ未完成品だけどな。

 まぁそれでも、この彫刻はシルバー故に魔力を通しやすいから大丈夫だろう。爆散しない限りは復元もできるし。


「そうと決まれば探さないとな。だが、どこに仕舞ったものか……」


 この家に住み始めたのは、教官になってからだ。

 それまでは研修先の寮にいたし。こっちに来てからこの部屋に一通り荷物を持ってきて詰め込んだから何が何処にあるのやら。棚の上には教科書類だし、本棚には教練本やら罠図鑑やら。資料系は机の引き出しの一番上の段だったか?


「これは卒業時のレポートだし、これはギルド長の取扱説明書(効き目ゼロだった)だろ? こっちはノートの纏めプリント? く、もう少し種類別に分けておくべきだった!」


 整理してなかったことに後悔。

 俺はひたすら探し続ける。あの資料というかレポート、内容は循環と圧縮を使った技術を記載していたはず。残念ながら内容はうろ覚えだし細かい使い方などは全然覚えていない。

 多分アテリアル魔法学園に行けばあるんだろうが、ここからじゃ遠いしな。


「やっぱり探すしかないかー」


 軽くため息をつきながら捜索を再開する。

 出てこいレポート君、今こそ出番だぞ。





 それから探し続け、見つかったのは一時間後の事だった。




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