第十七話 食事時の過去回想
テーブルに椅子、食器棚にランプなど実にシンプルなデザインの多い部屋。
まさにネルらしい部屋だと俺は思った。
そして台所から聞こえてくるのは何かを炒める音。
「もう少し待ってください。すぐにできますので」
「ああ、そんなに気にしなくてもいいぞ?」
料理をしているネルの後ろ姿に言葉を返し、そのまま数秒間見つめる。
うむ、いいですね。この何だか温かい感覚を毎日味わっているのかあの男は。そりゃあ闇討にも会うわ。仕方ないと思う。
コンルが聞いたら落ち込みそうな事を思いつつ、ネルの服装にも目を向ける。
水色のエプロンに、その下には教官服。まぁ私服が見てみたかったなどと贅沢なことは言わない。
「あの、先輩。流石に見つめられていると気になってしょうがないんですが」
「ん、すまん。慣れてない光景だったし、ネルが料理してるとこなんて滅多に見る機会ないだろ? そう思うとついな」
「あれ、でも先輩。ギルド長が作ってくれるとか……」
「あー、あれは別枠だ。確かに作ってはくれるが、料理中のあの人の後ろ姿見ても微笑ましくなるだけだ。しいていうなら保護者の気分」
「そうでしたか。保護者の気分ですか……もう一品作りましょうか」
「いや、いいぞ? もう十分だと思う。……というか、これ以上おあずけされるのはキツイ」
するとネル、クスクス笑いながらエプロンを外して向かいの席へ。
コトンとテーブルに追加されたのは野菜炒め。
「じゃあ食べましょう。えと、一応味見はしたので大丈夫だとは思うんですが」
「よし、それじゃあいただこう。いただきます」
「はい、召し上がれ、です」
俺は箸を取り、目の前にある野菜炒めをいただく。
「お、美味いな。これも、これも」
箸がすごい勢いで進んでいく。
いや美味い。これはコンルの婚約者さんにも負けていない。
「良かった、大丈夫みたいですね」
「ああ、それどころか凄い美味い。ネルがここまで料理上手とは、意外だったな」
「……それはあれですか、もっと私生活ずぼらな研究者タイプだとでも思っていましたか」
「正直、ちょっとな。でも、今日で考えを改め直す。ネルは十分に料理上手な女の子です」
するとガタンと立ち上がり台所へと移動するネル。
また、間違えたのか!? 何故台所へ? まさか包丁? それともアイスピック? それとも皮むき器?
顔が俯いているから表情は見えない。ただ、耳はほんのりと赤くなっていることから怒っているのかもしれない。
どうする、俺!
俺は台所に立つネルを見ながら、必死に考えた。
ああ、顔が熱いです。不覚でした、あの程度の言葉でここまで嬉しいとは。
つい勢い良く立ち上がってしまいましたが、怪しまれていないでしょうか。最悪、先輩のことですから怒ってるととられても仕方ない状態ですし、早めにフォローと言うか弁解と言うかを伝えなければ。
「あの、先輩。喉渇きませんか?」
「へっ!? あ、ああ、貰ってもいいか?」
少し上擦る声からして、やはり勘違いされていた様です。危ないところでした。
とはいえ、照れている表情など見せられるものでもありませんし、どうしたものでしょうか。こういう時は別の話を振ってなんとか誤魔化したいのですが……
それにしても、今日の私は大胆過ぎましたね。自分でも驚きました。
確かに最初声をかけて誘ったときは冗談で済まされればそれでいいとも思っていたのですが、あの人が出てきたせいか冷静に判断できませんでした。
いわずもがな、あの人=ギルド長です。
一応、ファウストさんは旗が建つ前に潰せたと思うんですが以前から建っているものは潰しようがありません。
今のところ最大の敵です。
まぁ、先輩の女性関係に詳しいわけではないので暫定的になりますが。
って、そうじゃありませんでした。どう話題を変えるかです。
さて、変えるからには私に都合の良いものにしたいです。例えば、過去の女性関係とか現在の女性関係とか未来の女性関係とか。
ただ、露骨すぎると感づかれちゃいそうですし。どうせなら自分の口から好意は伝えたいです。
ならば身近な人からシフトして行けばいいでしょうか。……いい考えですよね。
「あの、先輩。少し気になることがあるんですが」
「どうした? 俺に答えられることならいいが」
私はお茶をいれながら先輩に問うた。すると快く快諾してくれる。
では、先ずは―――――コンルさんでしょうか。先輩の仕事の同期ですし仲もいいですし。
という訳で、
「じゃあ思い切って聞いてしまいますね。あの、先輩とコンルさんって、どこで知り合ったんですか?」
「俺とコンルの出会い? なんでそんなもの……まぁ、いいや。そうだな、俺とコンルは――――――――」
「じゃあ思い切って聞いてしまいますね。あの、先輩とコンルさんって、どこで知り合ったんですか?」
そんな質問をネルがしてきた。そう言えば話してなかったか。
「俺とコンルの出会い? なんでそんなもの……まぁ、いいや。そうだな、俺とコンルは――――――――」
どうして気になるのかが気になるが、答えられることではあるから思い返しながら伝えよう。
俺とコンルが出会ったのはほぼ一年前。ギルド長に連れられて研修に行く時のこと。
ギルド長に拾われ三ヶ月。
色々叩き直された後、ギルド裏の訓練所で働くために研修を受けに行ったのだ。
そう、行ったのだが――――――――
「ギルド長、まだ着かないんですか?」
「まだだな。なに、あと二、三時間歩けばポツンと見えてくるさ」
「それ、地平線が見えるこの土地で言わないで欲しかったです」
目の前には地平線。
どこまで行っても土地が続いており障害物など殆どない。そんな土地で『ポツンと見えてくる』と言われても気力がなくなるだけだ。
「というか、なんで馬車を降りたんです?」
「あの御者、私をお子様と勘違いしていた。ただそれだけだ」
「そんな理由!? もっと何か深刻な問題とか仕方なかったとかじゃなくて!?」
「考えてみろ、あの三十路の男に『お嬢ちゃん、飴食べるかい?』などと言われる私の立場を。馬車の代金は私が払っていると言うのに」
「あー、あの時も微笑ましそうに見られてましたもんね。きっと、背伸びした妹がお金を払いたい、とワガママを言った結果とでも思われてたんでしょうね」
あえて娘ではなく妹にしておいたのは、ギルド長の尊厳を少しでも保つため。
いや、娘って言われてダメージ受けるのは俺もなんだけどね。だって老け顔と言われているような気がしないか?
「……取り敢えず、理由は言った通りだ。もうあの馬車は使わない。まったく、私の服装を見れば大人だと分かるだろうが」
今の服装、これはドレスである。
ただし、ゴシックドレス。ちょっと間違えているよギルド長。
見る人見る人微笑ましい視線向けられること間違いない服装だよ。それはギルド長の選択ミスだ。ドレスといっても大人っぽいものと着る人で変化するドレスだってあることを理解すべき。
もしかしたら黒、という色で大人っぽさをアピールしているのかもしれないがやはりゴシックで黒は普通である。ましてやその中身が幼女では大人には見えまい。
「進みましょうか、ギルド長」
「なぁ、今話を強引に切ろうとしなかったか?」
「そんな事ありませんよ? って、街! 街ですよ! 今日はもう歩くの止めましょうよ!」
「妥協していないか?」
「そんな事ありませんよ。ただほら、研修先についてクタクタになってたら迷惑でしょう? いうなれば士気を保つため!」
ギルド長は、言いくるめられているような気がすると呟きながらも道を逸れ、偶然見つけた街へと方向を変える。
そして着いた街の名は『エチュール』
コンルと初めて遭遇した街である。




