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第十三話 ネルさんオーバーキル







 遂に獲物がやって来た。

 俺はワザと魔力痕を残し、茂みを揺らして奥へと進む。


「……だが、何故二人しかいない?」


 そう、そこだった。

 何故かファウストのパーティーは僅か二人。

 残りの二人の行方が気になるところだ。


「まぁいい。接近してくればネルが気づくだろ。今はあの二人を確実に仕留めよう」


 木に登り、ナイフの側面を鏡にして二人の位置を再確認。

 無論、刃引きされている安全なナイフだ。


「その調子だ。後はそのまま真っ直ぐ…………掛かった!」


 ファウストが草の輪に掛かりバランスを崩して前へつんのめる。

 緑髪の少年、ハーレは何事!? と焦り始めるがもう遅い。


 一気に冷気が収縮し、小さな弾丸となって俺の背後から射出される。

 正直背後から弾丸が飛んでくるのは怖いが、使い手はネルなので信じてその場から動かない。


 言っておくと、この冷気の弾丸は空気砲の様なものであり殺傷力は低い。

 当たるとその部位が冷え、衝撃を受けるだけだ。


「これでファウストは脱落―――――?」


 フルボッコ、50combo達成! とか不謹慎な事と、その傲慢さはラインに似てたよと思いながらファウストを見ていると、間に入る影があった。その影は、ファウストに駆け寄り覆いかぶさるように押し倒す。


 ―――――何をするのですか!


 ―――――いいから目をつぶって!


 驚愕するファウストと、同じように自分の行動に驚いているハーレ。

 


 そして二人は、冷気の弾丸に飲み込まれた。


 その直後、ドドドドドドドドドドド! っと冷気の弾丸が降り注ぐ。

 見ていると少しオーバーキルのような気がしてきた。砂煙が舞いもう何も見えないのに冷気の弾丸は止まらない。



 ……完全に戦意折れちゃったりしてないよな?

 と不安に思いつつ、ハーレとファウストの姿を探す。







「……ファウストが残ったか」


 俺は砂埃が収まるのを木の上から見下ろしつつ、残ったファウストに目を向ける。

 要は50comboの表示はハーレの頭上のみに出ていると言うこと。ハーレは流石に効いたのか、目を回して仰向けに倒れている。だが、どこか誇らしそうな表情だ。

 というか、ターゲットを誤った。いや、間違いじゃないんだがな?

 一応アレ、お嬢様のプライドその他メタメタにするものであってハーレには効きすぎると思うんだ。


「……個人的にはその勇気、褒めてやりたい」


 だが、終わり次第問い詰めよう。

 無意識の反応か、それとも意識してのことか。ま、さっきの反応からして前者なんだろうけど。


「これが空気砲じゃなくて、氷の槍だったら意味ないしな」


 障壁も張っていなければ簡単に貫通する。

 それに、先程の冷気弾だってあれでは防げたとは言えない。先程言ったとおり、アレは空気砲で冷気と衝撃を与えるものだ。先程の体の重なった状態(イヤラシイ意味じゃない)からでは、冷気は殆ど防げても衝撃が下流れてしまうだろう。



 例えるなら……昼寝をしていたら何故かうつ伏せにの状態になっており、その上でアミルが寝ていたとする。そしてそれを見つけたギルド長が大したことのない体重で俺たちの上で跳ねる。

 すると、上のアミルも衝撃を受けるのだが、それ以上に俺がダメージを受ける。アミルの体重もかかるから。



 これがもし、アミルが腕を立てて俺と触れていない状態であれば良かったのだが、ハーレは覆いかぶさり密着した状態故、もしかしたらハーレ以上にファウストはダメージを受けているかもしれない。


 実際、ファウストは息切れを起こし少しむせている。

 だが、立ち上がった。


「……いい気概だな。後はやはり、あの傲慢さか」


 まぁそれは今から潰すとして、ハーレの育成方針は大体決まったな。

 中々臆病らしいし、感知型として育てればいいかもしれない。ついでに、ああいった咄嗟の行動が取れるなら、代わりに攻撃を受けるのではなく、狙われた仲間と共に回避する方向に修正しよう。

 咄嗟の行動はなくすことが難しいから、より安全な方へシフトさせるのが効果的だ。……この世界、やっぱり命の価値が低いからかそこらへんの意識薄いんだよな。

 

「っと、二つ目に掛かったか」


 見ると、ファウストが少しふらつきながら小型の落とし穴にハマった所だった。

 そして、再び発射される冷気の弾丸―――――×2。つまり100。


 ネル、俺はそこまで頼んでいないよ?

 アレ当たったらホントフルボッコだよ、顔の形変わらない?


 するとファウスト、キッと冷気の弾丸を睨みつけ―――――


「んなっ!?」


 一瞬でかき消した。

 使われたのは、火属性の上である炎属性の魔力の放出。

 そう、魔法ではなくただ魔力をそのまま放出しただけだ。


「凄い才能だな。……俺が惨めに見えてくる」


 視界の端が涙で滲む。


「はぁ……こうなると冷気弾は効かないし、何処から飛んできたのかも割り出されてる……行くか」


 俺は当初の予定通り、二回仕掛けて失敗した時の行動を開始した。












 何が起こったか分からなかった

 彼女、レイウ・ファウストは動揺していた。


(何にが起こったと言うのですの?)


 痛み冷える体。そして上に伸し掛る人の重み。

 そこでハッと気づく。


(そうですわ! あの時、足を取られてバランスを……)


 そして覆いかぶさってきた緑髪の少年。

 最初はケダモノめ! とも思ったが、次の瞬間には衝撃が走り意識が途絶えた。


 今にしてみれば、あの少年の行動が自分を庇うものだったのだと分かる。

 そして、疑った自分を恥じ、ボロボロになったハーレを見て罪悪感に襲われた。


(偉そうにしておきながら、このざまですのね。情けなさ過ぎますわ……でも、謝罪は後にさせていただきますの)


 痛む体を無理やり動かし立ち上がる。

 ここで倒れれば、自らの為に犠牲となった人の好意を無駄にすることになる。

 それは、貴族の立場からしてみれば、領地を守る為に戦い、死んでいった兵士への愚弄である。


(申し訳ありませんわ。ですが、少し目が覚めましたの。……常に全力で当たるべきでしたわ。手を抜いて、領民を死に追いやるなど愚鈍のすること。庶民、いえ、ハーレと呼ばせて貰いますわ。待っていなさいわたくしが本気を出せば倒せぬ者などいないのですから)


 そのまま、ハーレを置いて場所を移動する。

 そこにいれば的になるだけ。せめて木々の中に―――――


「っ! またッ!?」


 歩き出すと、片方の足が地面に沈みこみ動きが封じられる。


(二段構えですの!? く、あの男許すまじ!)


 そして飛んでくる冷気の弾丸。

 それを見たレイウは、冷気の弾丸を睨み、魔力を炎へと変換し一気に放出する。


 ボフッ

 

 そんな音と共に掻き消える冷気の弾丸。

 

(そう言えば、この罠は探知魔法に引っかかりませんでしたわね)


 探知魔法は魔力を感知する魔法。それで気付かなかったのだとすると、この罠全て魔力を使わず作ってあると言うことだ。


「狡猾な…………」




「それはすまない。だが、これが実戦だ。例え模擬と前につこうが実戦なんだ」


「っ!」


 一人ごとに応答があり、直ぐ様警戒体勢にはいる。

 すると声のしたほうから、教官服を着たあの男が歩いてくる。


「あら、自らおでましですの? アウェル教官?」


「嫌味満載だな。……まぁいい。始める前に一つ聞きたい。他の二人はどうした?」


「……他の教官の探索に当てましたわ」


 するとアウェルは成程、と一つ頷き、


「なら、その二人はもう脱落してるな」


「……根拠はなんですの?」


「向こうには此方に来てない以上、他二人(・・)の場所に行ったんだろう。……向こうにはダネンの爺さんがいるからな。潜伏している奴を見つけるなんて造作もなくやってのける」


 レイウは、今の言葉の中に何かおかしいものがあると感じたが、目の前にいるアウェルに対しての敵意が湧き出て止まらず疑問をアッサリと頭の中から流してしまう。


「……別に、わたくし一人本気になれば、教官一人簡単に倒せますわ!!」


 気合十分に、魔力弾を放つレイウ。

 アウェルはそれを分かっていたのか、既に魔力弾の先にはいない。


(ですが、見えていますわ!)


 回避されはしたが、その移動速度自体は対して速くない。


「そこですわ!」


 振り返る事なく、炎散弾を放ち広範囲を攻撃する。


「ん!?」


 アウェルは咄嗟に腕で体を庇い被害を最小限に。

 恐らく、障壁を展開しているのか一発一発が大した攻撃力のない散弾の大半は服を焦がすに留まった。


「たく、支給されはするものの、注文する時受付の渋り様ったらないんだぞ?」


「そんな事知りませんわ!」


 レイウは先程の失敗を元に、中途半端な火力で魔法を使うのを止めた。

 確実に仕留めるため、威力を数段回上げるために魔力を込める。


「わたくしの、最速の魔法ですわ! フレイムアロー!」


 一点集中型の魔法。

 威力は中級、速度はレイウの使う魔法の中でもトップクラス。


 それは、放たれた瞬間手元から消え、炎の矢の姿がぶれる。


「それは回避できませんわよ!」


 レイウは併用して、唯の炎弾を発生させ撃ち込む。

 アウェルの目の前には炎弾、そして貫かんと迫り来る炎の矢。

 最早炎の壁が迫る様に炎弾は敷き詰められている。


(勝ちましたわ!)


 逃げ場はなく、前面それも広範囲の魔法だ。

 どれかには必ず当たる。もしそれで倒しきれずとも、後五回位は使えるので問題はない。


 流石にアウェルも顔を引き攣らせる。

 そしてその目は、何処か違うところを見るような遠い目。それに加え自嘲気味な表情。


(余所見なんてしている暇はありませんのよ!?)


 もう当たってしまえ、そうレイウが思った瞬間、魔法は全てアウェル近辺に着弾し爆発を起こす。


(ちょ、ちょっとやりすぎましたかしら。……いいえ、あの障壁からして死にはしませんわ、死には)


 爆発の衝撃で砂煙が舞い、視界を遮る。

 レイウは探知魔法を使いアウェルの場所を探すが―――――


「―――――いませんの?」


 まさかまっ黒こげにしてしまったのでは―――――と考えて止める。

 では、何処に?

 そう思った瞬間、足元が急激に冷えた。


「ッ!? ま、まさか!」


 同時に、砂煙が収まり始める

 そして見た、アウェルともう一人の教官、ネルウィルの姿を。

 それは先程、アウェルがいた位置とはかなり離れており、ネルウィルはともかくアウェルがそこにいるのはおかしかった。


「あれを、よけたというの!?」


「よけた、と言うか……まぁ、いいだろ」


 それでも少し燃えたのか、髪がプスプスを音を立てている。

 足元が冷え、体の体温が奪われていく。

 直ぐ様炎で冷気を吹き飛ばそうとするものの、冷気は炎すら押し込める。 


「無理ですよ。一応、炎への耐性を通常より強化していますから。多少仕掛けるのには時間がかかりますが、先輩が見事にかせいでくれましたので」


(まさか、今までのは全て時間稼ぎ? そんな……)


 ネルウィルの言葉から、全てを悟るレイウ。

 アウェルは時間稼ぎをしていた、その事に苛立ちを覚える。

 しかし、それ以上に異常な現象の答えがネルウィルの口から聞こえていた。


「ネルウィル教官! 教官は属性の相性を操作しますの!?」


「操作、なんて大げさなものじゃありません。ただ、そこにほんの少し耐性を組み込むだけなんです。まぁ、私のスキルです」 


(完全に、わたくしの負けですわね……)


 自分の傲慢さからくる油断。

 そしてハーレが倒され目が覚めたと言っておきながら、根本から間違っていたと知らされた。


(驕り、過ぎましたのね)


 今まで自分に勝てるものがいなかった事から来る驕り。

 例えそれが教官であっても変わらないと考え、一人で、本気を出せば何とかなると楽観視していた。


(結局、一対一でも傷一つ付けれず……)


 確かに、アウェルは大した力は持っていなかった。魔力量も、身のこなしも鍛えた人程度。そこらにゴロゴロいるレベルだ。


(これが経験の差。そして心の差ですのね……)


 アウェルは自分の弱さを理解し、自分一人で戦う事を思考から出し仲間に頼った。

 一人でダメなら二人で。

 それを見下した挙句、完膚なきまでに叩きのめされた。

 ハーレがいなければきっと、もう脱落していたこともある。


「……いいかファウスト。俺は実際、そんなに強くはない、……分かってるとは思うがな」


「え、え。分かって、いますわ」


「魔力量普通、身のこなし普通。天才であるお前と、普通である俺が普通に戦えばお前が勝つのは目に見えている」


 アウェルは自分の事を、恥じることなく口にする。

 

「だが、俺は死にたくはない。もしこれが実戦であれば、負ける=死なんだ。だから、普通に戦う事を止めた」


「普通に、戦う事を?」


 寒さで意識が朦朧としてくる。

 それでも、何故か耳だけはしっかりと言葉を捉えている。


「人によっては卑怯だのなんだの言うだろうな、特に騎士なんかは。だが、俺は騎士じゃない。俺は生きるために冒険者として戦うんだ。騎士と違って大半の理由が、守る為じゃない。……なぁ、レイウ・ファウスト?」


「なん、ですの?」


「お前が目指すのは、騎士か? それとも冒険者か?」  


 レイウは元々、両親にここへ放り込まれただけで特に意識した事は無かった。

 更に、寒さから意識が朦朧とし思考が上手く働かない。


「俺は貴族の生き方は知らないから、教えられる事はない。だが、冒険者の―――いや、冒険者じゃなくてもいい。ただ、生き延びる為の術なら教えてやれる」


(……生き残る術?)


 ふと、常に両親が言っている事が脳裏を過ぎる。


『貴族とは、常に前に立ち、領地の民を我らの誇りでもってして導くのだ』


 常に前に立つ。それは倒れることが許されないと言うこと。生き延びなければならないと言うこと。

 そしてファウストの誇り。


『民を守ること』その一点につきる。


 父は領地を、母はそれを支え、叔父は騎士団としてその土地の人々を守る。

 恐らく領主になるのは弟。で、あれば――――― 


(わたくしは、前線で戦う人々を……)


 街が襲われた際に、最前線で戦う者―――Sランク冒険者。

 街を守ろうと戦う人々を導き、その強さで支える、守る者。


(目指すは……そこですわね)


 鈍っているはずなのに、それだけはハッキリと意識できる。

 意識に再び色が戻り、思考することができるようになる。



 弟が土地を守り、自分が土地を守る人々を支え、守る。


 レイウの描く理想。


(守る、それが誇りなのですから……どんな手を使ってでも)


 倒れることなく、支えとなる。

 その為には、生き残る術が必要だ。


(あの男に教えられるのはしゃくですが……。こうなれば、盗めるだけ盗んで捨てて差し上げますわ)


 そしてここで、驕りを捨てた。


(覚悟なさい。技術全て盗み取り、次戦ったらボコボコにいたしますから。うふふふふふふふふ)


 そこで、限界だった意識は途絶え、目の前が暗くなる。

 その表情は、どこか決意を秘めたものだった。



 そして、大量の冷気の弾丸が飛来。

 一瞬で意識を刈り取られた。



「あ、あのネルウィルさん? あのままほっとけば気絶したんじゃないか?」


「甘いです先輩。―――候補になりかけていましたし、実戦ですから。ええ、別に私情とか一切介入させていません」



 そんな会話があったとかなかったとか。





 驕りを捨てた天才は、『ちょっと腹黒お嬢様』へと進化。



 後に、第二のギルド長とアウェルに呼ばれるのことを、彼女はまだ知らない。







また黒い本のページ数が……

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