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屋上へ行こうぜ……


◇◇



 ――時間は少し遡り、ミサキ達三人が目的地であるレジェなんとかを目指して歩いていた時の話。

 周囲の人がどんどんまばらになっていき、しまいには野良犬や猫としかすれ違わなくなった頃、リオネーラが口を開いた。


「――そういえばミサキのさ、あの、上の人に貰ったっていうアレの話だけど」

「……あぁ、えっと……女の人から貰った見えないアレの事?」

「そうそれ」


 周囲を警戒しているためぼんやりとしすぎている指示語での会話になっているが、まぁ要するにスキルの事である。『受け流し』のスキルの話である。

 勿論二人には全てを話してあるのでその話をする事には何の問題もない。女神に与えられた事も、効果も、スキルの名前も。


「あーアレの話ですか。もっと格好いい名前がいいですよね」

「それもそうだけど今回はそうじゃなくて」

(……「今回は」?)


 どうやら近いうちに強制的に改名させられるらしい。

 実を言うと女神もスキルを授ける時に横文字の名前をいろいろ提案はしたのだが全てミサキに却下されていたりする。結果、ごく普通に『受け流し』になった。ミサキとしてはあまり使いたくない物なのでまるで愛着が無いのだ。


「その、ね、ええっと、ソレについての話なんだけど、ソレはココではあまり使わな――じゃなくて見せ……いや見えないんだっけ。ええと――やらない方がいいからね、まぁミサキはえーっと、やろうとしてないから別にいいんだけど、アレはココでは誰もが持ってるってワケじゃなくて――」

「――あの、リオネーラ、ちょっといい?」

「お、思ったよりめんどくさっ……えーと、何?」

「……ソレの話も大事だけど、そんなことよりスキルの話について無知な私に教えて欲しい」


 なんかもういろいろめんどくさそうで見ていて申し訳なくなったミサキは助け舟を出す。これで一応は「ミサキからスキルについて聞かれたから詳しく説明している」という体になり、アレとかソレとか言わずに済む筈だ。

 そんなミサキの奇妙な発言にリオネーラは一瞬だけ驚いたがあくまで一瞬だけ。コミュ力に長ける彼女は察するのも早いのだ。


「仕方ないわねぇ、じゃあコレの話は後回しにしてスキルの話ね」

「うん、よろしく」

「はーい、わたしもよく知らないので一緒に教えてくださーい」

「……エミュリトスさんも?」

「いや勿論少しは知ってますけどリオネーラさんの説明ターンが入ると基本的にわたしの出番は無いのでなんというかこうして存在の主張をですね」


 言いながらミサキの前腕にしがみつく。リオエーラの説明の邪魔をするつもりはないけどそっちにミサキの意識が向きっぱなしというのもなんか寂しい、というやつらしい。リオネーラが物知りで説明ポジ故の弊害と言える。


「というわけで今後リオネーラさんの説明タイムの間はわたしの定位置はここです!」

「別にいいけど……」

「わーい」

「……でも、どこに居てもエミュリトスさんの存在を忘れる事なんて絶対に無い。大丈夫」

「ぇあ、ぅー、それは……ありがとうございます……」


 直前まで無邪気に「わーい」とか言ってた身でもそうハッキリ断言されると恥ずかしくなるもので、エミュリトスはしがみついたまま俯いてしまう。

 一方で微妙に残念なミサキはそれをただ単に頭を下げて礼を言っているだけだと判断し「お礼を言われるような事じゃない」とか微妙にズレたアホな事を言い出したのでなんか段々見ているのが面倒になったリオネーラがそこに割って入った。


「で、スキルの話をしてもいい?」

「あ、うん。待たせてごめん」

「いや……それはいいのよ、それは謝るような事じゃないわ、それは」


 実際彼女は別に待たされたとは微塵も思っていない。微妙にズレてきつつある会話に気を揉んだだけだ。ミサキは謝る暇があったらコミュ力を鍛えるべきである。まぁそれに気付けないのがコミュ力無しのコミュ力無したる所以なのだが。


「それで、スキルというモノについてだけど。まぁ一言で言ってしまうと『人知の及ばない何か』ね」

「……ざっくりしてる」

「ふふ、そうね。でもしょうがないのよ、スキルは伝承の中にしか残っていないんだから。言い伝えや古文書の中にだけ残る、英雄や神が使うような理屈では説明できない能力。それをスキルと呼ぶ。というかその呼び方もセットで伝えられてきたの」

「……現代には残っておらず、研究のしようがないから『人知の及ばない何か』だと?」

「そゆこと。でもその存在自体は有名だから、もしスキルを使う人がこの時代に現れれば……騒ぎになるでしょうね」


 リオネーラがスキルを使うなと言っていたのは主にこれが理由である。伝承の中にしか存在しない、今では見る事も無い能力。そんなものを使えば嫌でも目立つ。恐らくは良くない方向に。

 宗教が広く認知され、人々は神を崇め聖典を読み解き、伝承を語り継ぐ。そんな世界でスキルの存在は魔人と同様全ての人に知られていると言っても過言ではないのだ。


 だが……それでも伝承は伝承にしか過ぎない、と考える人が居てもおかしくはないのではないか。現代の地球で生きてきたミサキはそう考えてしまう。


「……私はこんな見た目で魔人と騒がれてはいるけれど、実力行使まではされていない。同じようにもし今の時代にスキルを使う人が居ても、確証さえ持てなければ騒がれないかもしれない」

「まぁ、確証を持たれないくらい自然に使えるならそうかもね。あるいは力技と誤魔化せるようなスキルだったり、目に見えないスキルだったなら。ちなみに伝承に残るスキルはどれも派手で規格外で理不尽なものばかりだったわ」

「……そう」


 まぁ当然といえば当然である。伝承の中でスキルを使っていたのは語り継がれるような英雄や神なのだ、そんな存在が使うスキルが派手で規格外で理不尽なものでない筈が無い。

 更に言うならそれを語り継ごうと決めた人が英雄や神の証であるスキルを派手で規格外で理不尽なものとして語り継がない訳も無い。語り継いで崇めるような聖なる存在は大きければ大きいほど良いのだから。


 一方でミサキのスキル『受け流し』に派手さはない。女神の下で一度だけ練習で使ってみた事があるのだが、本当に受け流すだけで特別光ったり音がしたりスキルウインドウが表示されたりするようなそんな目立つ要素は無かった。

 しかし規格外で理不尽ではある。何でも受け流せるという女神の言葉が本当なら。よって、見る人が見れば不自然にしか映らないだろうし、当然攻撃した側から見ても不自然に映るだろう。逆に言えばそこさえ誤魔化せるなら日常的にスキルを使っていけるという事だ。

 とはいえ、最初から『今のままの自分の続き』として転生を望み、その上でスキルを『無理矢理与えられた』ミサキはスキルを使う事に乗り気ではなかった。学ぶ事が好きな彼女は、基本的に自分の力で手に入れたモノにしか興味が無い。


「でもそうね、もし身近にスキルを持つ人が居たとして、あたしとしてはそういった理由から隠すことをオススメしたいけど……使うべき時には躊躇わず使って欲しくもあるわね。きっとそのスキルを持っている事には何か大きな理由があるはずだから」

(理由、か…………いや、たぶん大した理由は無いと思う)


 癇癪を起こした女神にヤケクソで押し付けられた記憶しかないので、あの時女神本人が言っていた「死なない為」以外の理由はおそらく無い。そもそもあの女神は深謀遠慮が出来るタイプにも見えない。

 だが逆に言えば大した理由は無くともわかりやすい理由はあるのだ、であれば結局はリオネーラの言う通り使うべき時には使うべきなのだろう。いくら自身が乗り気ではなくても、だ。

 元々転生させてくれた女神の優しさに背くつもりもないので自分が死なない為になら使うつもりだったが、こうしてリオネーラに後押しされた事でミサキのその決意はより確固なものになった。


「……自分の身を守る為。もしくは誰かの命を守る為。そういう時ならきっと、スキルを隠している人も躊躇わないと思う」

「……なら大丈夫ね、きっと」


 確固になっただけでなくついでにちゃっかり範囲も拡大されているが、ともかくこんな感じでミサキは親友二人に「心配するな」と伝えたのだ。


 ……伝えたすぐ後に『その時』が来るとは流石に微塵も思っていなかったが。



◆◆



 ――そして、心配するなと伝えたところで親友達が本当に心配しないとも限らない。



「せ、センパイっ!! お怪我は!?」

「……平気、傷ひとつ無い。……やれやれ、異世界人は短気で困るぜ……」


 泣きそうな顔で後輩が飛び出してきたので無理して柄にもないニヒルなジョークを飛ばしてみた。……飛び出してきた勢いそのままに抱きつかれたので効果があったのかは定かではない。


「……大丈夫だから」

「……っ、はい、よかったです……」


 割とキツめに抱きつかれているが、この状況でエミュリトスを振り払うほどミサキも野暮ではなかった。それだけ大切に思われているという事なのだから、親友の気が済むまで好きにさせてあげるのがその思いに対する答えだ。

 一方、もう一人の親友はというと――


「いきなり何やってくれてんのよコイツ!!!」

「い、痛たたぁぁぁぁァアア!?」


 マジギレしながらも冷静な動きで素早く少女を取り押さえて剣を突きつけていた。素早くっていうか一瞬で。足払いからの叩き付けで力任せに床に縫い付けている状態であるが、身動き出来ないよう体重をかけつつ剣もしっかり首筋に沿わせていて、いろんな意味で本気(マジ)だ。


「お、落ち着け! 儂はただ、お主らの後ろに魔人が居たから危ないと思って――」

「魔人じゃないわよあたしの大切な友達よ! あんたドラゴンかドラゴニュートでしょうが!強いんでしょうが!相手の実力くらいちゃんと見極めなさい!」


 その強い存在をリオネーラはあっさり取り押さえているわけだが。

 ともかく、そんな風に完璧に取り押さえられて身動きひとつ取れない少女はリオネーラの言葉に従うほかなく、ミサキ(達)をジッと注視する。そして、


「……む、確かにあやつとは纏う魔力の質が違うような……っていうかそもそも全てにおいてあやつより弱い……ような……気が……」


 そのまま少女の顔色がみるみる青くなっていく。


「と、というかお主ら、もしかしてその制服はカレント学院の――」

「ハァ!? アンタそれにすら気づいてなかったの!?」

「す……すまなかったのじゃあー! いや、ごめんなさーい!!!」


(……制服も 気づかれなければ 意味が無い。……一句出来た)


 ミサキが心の中で季語の無いアホな句を詠んでたり、身動きの取れない少女の心からの叫びが響いたりしてる中でガチギレリオネーラは容赦なく剣を押し付け続けていたのが今回のハイライト。



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