クエストを探すクエスト
次回に続きます
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なお、そんな少女達がうだうだと駄弁りながら向かっている先はいつも通り学校だったりする。せっかくの休日なのに……と思われるかもしれないが別に授業を受けに行く訳ではない。彼女達の目的はクエストにある。
休日にどんなクエストがあるのかを借金王は見ておきたかったのだ。前世では日曜や年末年始等に働けば(規則次第ではあるが大抵は)手当が出た。この世界にもそんな概念があるとまでは流石に考えていないが、多少条件の良いクエストならあるかもしれない。そう思っての事だ。
「ギルドの方にはそういうのは特に無かった気がしますけど、ここではどうかわかりませんね」
「じゃあ見てみる」
そんなノリである。一通り見てみて、報酬の良いクエストがあったら受ける、平日と変わらないなら皆で相談して決める、くらいの軽いノリである。ミサキとしてはその辺りをうろつく事でついでに他の皆の休日の過ごし方を知れたらいいなぁとも思っていたが。
「……そういえば、リオネーラは今日は遊びたいんじゃなかったの?」
「え? あぁ、昨日そんな事言ったっけ」
ミサキを引きずってボッツの前から逃げる際、「明日は遊ぼう」と言ったのは確かだ。
しかしあれはそう言った方が自然だったから言ったに過ぎず、そもそもこの三人で居れば大体の事は遊びと同じくらい楽しめる自信がリオネーラにはあるので本気で言った訳ではない。
「あれは勢いで言っただけよ、いいクエストがあるならそっちでいいわ。遊びに繰り出せるほどこの街に詳しい訳でもないしね」
「……私も街の事は全然知らない」
「よく考えたらわたし達田舎者トリオですね。わたしは山出身だし、リオネーラさんは村出身でしたよね? センパイに至っては……」
「……うん」
異世界出身はもはや田舎者とかそういう次元じゃない気もするが。
「でもエミュリトスはどこかの街でハンターしてたんでしょ? 少しは都会に詳しいんじゃ?」
「まぁ、ギルドがどういう仕組みだとかその程度の説明なら出来ますけど……それだけですよ。都会を楽しむ時間もお金もありませんでしたし。いつどこで迷うかわからないんですから時間もお金も常に余裕を持たないといけないんですよッ……!」
「な、なるほど、大変なのね……」
「………」
本職の方向音痴としての実感の篭った重い言葉にリオネーラが気圧されている後ろで、ミサキは考え込む。
(エミュリトスさんは考え方はしっかりしている。それでも路銀は尽きるし入学式にも遅刻した。この事実を単にエミュリトスさんが桁違いの方向音痴なだけだと笑い飛ばすのは簡単だけど、もしかしたらこの世界が迷いやすい造りになっている可能性もある……)
目印となる物が少ないとか、街道が整備されていないとか、地図の描き方が雑だとか方角のわかる磁気コンパスのような道具が無いとか……この世界の事をロクに知らないミサキの頭には不安材料がいくらでも浮かぶ。
もしそれらが事実だった場合、ミサキも同様に迷う可能性が高い。エミュリトスの苦悩も苦労も対岸の火事ではなくなるのだ。そしてエミュリトスから「同類ですねっ!」とか言われて花の咲いたかのような笑顔を向けられるのだ。可愛いけど悔しい複雑な気持ちになるのだ。
そう考えるとなるべく早いうちに真相を確かめ、不安を取り除いておくか笑顔を向けられる覚悟をしておく必要がある。その為には――
(自分の目で見て体験してみるのが一番。つまり学院の外に出てみるしかない。私の場合、外出自体にも懸念事項は多いから今すぐにとはいかないだろうけど……)
何かとトラブルの種になりかねない(主に容姿のせい)ので誰かの許しが出るまで外出をするつもりはなかったミサキだが、別に外に出たくない訳ではない。
何かが学べるなら外だろうと室内だろうと関係ないし、外でしか学べない事も室内でしか学べない事も存在すると知っている。そんな彼女が外に出たがらない訳が無いのだ。
今回の件でまたひとつ外に出たい理由が増え、なんとなくフラグが立った感じもさせつつ少女達は歩を進めていく――。
「ところで自分の方向音痴は自覚した上で聞きますけど、リオネーラさんは街の門からこの学院まで何時間掛かりました?」
「……えっ? じ、時間単位?」
「……何十分掛かりました?」
「言い直されてもなんか困る……答えにくい……」
「角を何十回曲がりました?」
「そっちも単位がおかし――い、いや、もう止めましょうこの話は! ね!?」
「……ぐすん」
◆
――実のところ、そもそもクエスト受付をしてもらえない可能性もあった。何と言っても法で定められた休日なのだ、前世の役所や病院等の施設のように休みだったり縮小営業だったりしてもおかしくはない。
しかしそれは杞憂だったようで、クエスト案内エリアに近づくにつれ受付カウンターに誰かが座っているのがちゃんと見えてきた。つまり休日でもどうやら何の問題も無くクエストは受けられるようだ。何の問題も無く。
「……? あれは……」
ただ、座っていた人物に問題はあったが。
「――なぁ、せめて酒をくれんかのぅ……酒がないと書類仕事なんて捗らんとワシは昔から言っておろうが……」
骨が――この学校の最高責任者である校長先生その人が――何故か大量の書類に囲まれながらカウンターに座っていた。
いや、正確には『何故か』ではないし『座っている』のでもない。『隣に立つ人物によって』『座らされている』のだというのは誰の目にも明らかだ。
「職務中に酒など認められる筈が無いでしょう、しかも書類仕事中に。普段からちゃんと働いている人ならば少しくらいは考えてやってもいいですが……貴様はどうだ?」
校長の隣にあるのは静かにキレる教頭の姿。これだけの情報でもう何があったのかは大体お察しである。
(休日だからと意気揚々と遊びに繰り出そうとした所で捕まって、今までの溜まり溜まった仕事を全部処理させられているのかな)
正解です。
「き、貴様って……そ、そもそもなんでせっかく制定された休日に仕事をせにゃならんのじゃ!? おかしいじゃろうが! ワシには休みがないとでも言うのかー!」
「休日に休みたければ平日に一日でもいいから真面目に働け! 平日に休んでいる奴が休日に休めると思うな!」
正論です。
「うわあ……何なんですかねあれ。なんで受付カウンターで山盛りの書類仕事させられてるんでしょうかねあれ。クエストとは絶対関係ないやつですよねあれ」
「なんでかしらねぇ……何にせよ、見て見ぬフリが出来ないのは厄介ね、あれ」
「………」
職員室でやっていてくれればスルーも出来たのだが、クエストを見に来た身である以上どうやってもあれが視界に入るしあれからもこちらが視界に入ってしまう。三人は少しだけ悩んだが覚悟を決めてあれの方へ一歩を踏み出した。
「お、おはようございまーす」
「おや、おはようございます。今日も三人お揃いですか。仲が良い様で何よりです」
恐る恐る頭を下げたリオネーラに続き二人も頭を下げると、教頭はさっきまでのキレっぷりは何処へやら、爽やかに優しい笑顔を向けてきた。生徒に接する時用の顔をちゃんと準備している教師の鑑である。
勿論顔だけではなく、しっかり生徒を思いやる言葉も掛けられるのが彼だ。
「しかしここに来たという事はクエスト目当てですか? いくら借金があるとはいえ、せっかくいい仲間に恵まれているのですから休日くらいはクエストの事は忘れて街にでも繰り出すのをお勧めしますよ。絆は金に勝ります」
視線はミサキに向けられている。遠回しに「そんなに急いで返さなくてもいい」と再度言ってくれているのだ。その気遣い自体はミサキにとってありがたいもの……なのだが、それに感謝するより先に聞き返しておきたい事が今のセリフの中にあった為、ミサキはそちらに飛びつく。
「……私は街に出ていいのですか?」
それはつい先程まで考えていた事。街には出てみたい、けれど誰かの許可無しに出るのは止めておくべきだ――そう結論を出していたミサキにとっては飛びつかざるを得ない話題だった。……勿論飛びつくといっても物理的に動いた訳ではないし、ついでに表情も動いていないが。
「はい? 別に街に出るのに制限はありませんが――あぁ、いや、成程、確かに貴女の場合は制限をかけておいた方が良いかもしれませんね。その外見ですからね……」
「……ですよね」
予想通りの言葉にミサキはいつも通り無表情で納得した――ようにしか見えないが内心は結構落ち込んでいた。予想通りではあるが、その予想が覆る事を少しだけ期待していたのも確かだったので。
当然ミサキのそんな心の細かい機微を無表情から読み取れる者などこの場にはおらず、続けて発せられた教頭の言葉も別に落ち込んでいるミサキを気遣っての物ではなかった。……結果的にはミサキを喜ばせ、先程のフラグを回収するものだったとしても。
「とはいえ、信用出来る誰かと一緒であれば外出くらいすぐに許可しますよ。幸い、信用出来る友は既に二人も居るようですしね。どうです、クエストの事など忘れて出掛けてきませんか?」
教頭の言いたい事は最初から「あまり借金の事は気にするな」で一貫している。借金を背負わせてしまった身である彼は元からそこそこミサキを気に掛けているのだ、ミサキの落ち込みようとは関係なく最初から。時々怪しんだり問題児っぷりに頭を抱えたりはするが、ちゃんと気に掛けてはいるのだ。
それは勿論借金を返済しなくていいという意味ではない。取り立てると最初に言って脅しておく程度には彼はキッチリしている。しかし同時に学生の本分は勉強と交流だとも考えており、自身が背負わせた借金がそれらを妨げる物になってしまう事だけは許せなかった。よって彼はミサキが他の生徒と変わらぬ生活を送れるよう望み、結構な大金を彼女に貸した身にも関わらず極端な取立てはしないよう努めている。
一方のミサキは教頭の胸の内に立派な教育理念がある事は察しているものの、それが自身の借金にここまで深く関係している事までは知らない。だが、クエスト初日に引き続き先程も「無理して受けるな」と言われたのだ、借金に対して気遣われている事くらいは察している。コミュ力はお察しでも流石に察している。そして先程のその気遣いに対して礼を言っていない事を思い出した。
「……お気遣いありがとうございます。わかりました、良いクエストが無かったら受けません。……ですが、どのようなクエストがあるのかは見ていってもいいですか?」
「ええ、それくらいなら構いませんが……?」
「休日にどのようなクエストがあるのかは知っておきたいので。平日より条件が良いか悪いかも含めて」
元々その為に来たのだし、目的を達成せずに帰るつもりはミサキには――否、彼女達三人には無かった。ちゃんと全員で相談して決めた事だからこそミサキもこうしてグイグイ行っている。
そしてそんなグイグイっぷりから教頭はいろいろ察したらしく、
「ふむ、もしや最初からそのつもりでしたか。いいでしょう。……学院では見ての通り平日より数は少なくなり、条件も特に変わりありません。依頼主である職員も少ないですし、休日にクエストを推奨するつもりもありませんからね」
「見ての通り」のあたりで掲示板の前まで移動して丁寧に説明してくれる教頭。つくづく校長に対するキレっぷりが嘘のようである。
その切り替えの完璧さをミサキは尊敬しつつ、言われた通りに掲示板に視線を向ける。なるほど確かに数は少なく質も変わりは無い。内容的にも特別受けたいクエストは見当たらなかった。
「特に目を惹くものは無いでしょう? ギルドの方なら休日という概念が薄いので平日と変わりないクエストが貼られていると思いますが、学院ではこんなものですよ」
休日の概念が薄いと聞くととんだブラック企業のようだが、前に述べた通りハンターはそれぞれ自分のペースで好き勝手に働き好き勝手に休むのでむしろホワイト寄りだ。正確には自由業や個人事業主のように自己責任の世界だし、命の危険もあるのでホワイト企業と表現するのは少し、いやだいぶ違うが。
むしろ明確にホワイトと呼べるのはここ、カレント国際学院の方である。命の危険もあまり無く、先程の教頭のセリフの中にもあったようにここの職員のほとんどは休日にしっかり休めているからだ。
学院公認クエストを前倒しして始める程度には人手が不足している筈なのだが、それでも休日はほとんどの職員を教頭が無理矢理休ませていたりする。仕事よりも休日を優先するという意味では立派なホワイト企業と言えるだろう。まぁ休日だからこそ優先的に拘束されている例外の骨もここにいるけど。
「さ、酒……酒をくれぇ……でないとワシは死んでしまうぅ……」
「もう死んでる奴の戯言は放っておくとして――とにかくそういう訳です、クエストは諦めて三人で街に遊びに行ってきなさい」
「……確かに急いでクエストを受ける利点は無さそうですね」
そう結論こそ出したものの、だからといって勧められるままホイホイ街へと繰り出そうという三人でもない。何せ誰一人としてここの地理に明るくないのだから。という訳で三人は教頭に背を向けてヒソヒソと作戦会議を開始する。
「……どうする?」
「うーん、街に行く? っていうかそもそも行きたい?」
「わたしは別に行きたくはないですが、お二人が行くなら……」
「あたしとしては街を知っておきたくはあるけど……でもただひたすらブラブラと通りを歩いて街を把握するだけになりそうよね、何かを買うとかの目的がある訳でもないし」
「……確かに。特に私はお金も無いし」
いくら借金を気にするなと言ってもらった所で「じゃあ無駄遣いするか!」とは普通はならない。借金を返すまで食費や生活費等以外の出費は極力抑える思考に走るのが普通である。生憎、ミサキもその辺は普通だった。
もしもこの会話を教頭が聞いていたならば自身の教育理念と照らし合わせた上で「そんなの気にせず散財してきなさい」とでも言うのだろうが、仮にそこまで言われようともミサキの普通の感覚では抵抗があるだろうし、そもそも彼に盗み聞きの趣味はないので意味の無い仮定である。
しかしそんな時、まるで盗み聞きしていたかのようなタイミングで口を開いた者がいた。
「あーそうじゃ少女らよ、街に行くのであれば頼みたい事があるんじゃが――」
者っていうか、物っていうか。




