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ヒロインへの第一歩

前回のあらすじ:エサやりワールドカップ開幕



【プギィィィ!】


 ピリピリとした殺気を放つ魔物にミサキは静かに歩み寄り、しゃがみこんで視線の高さを合わせる。


「……私は敵じゃないよー。武器も持ってないよー」


「話しかけに行くのか……」


 ボッツ困惑。


「話しかけるにしてももうちょっとフレンドリーな話し方は出来ないのかしらね……何て言うか抑揚がね、とにかく無いのよね……」

「センパイかわいい!」


 こっちはこっちで正反対の感想を抱く二人である。互いの感想に思う所はあれどこんなくっだらない事で喧嘩するつもりもないので二人はクールにノータッチを貫いた。

 そして肝心の話しかけられている魔物はというと……


【ギシャァァァァァア!!!】


「……敵意が増した気がする。何故」

「結局魔物はそういうモンだって事だ。奴らは全てを喰らうだけの存在、何かと仲良くするなんざ有り得ねぇのさ。なのに目の前でエサだか何だかわからんヤツがボソボソと煽ってきやがる、そりゃ腹も立つってモンだろ」

「別に煽ったつもりは……」


 言い訳にデジャヴを感じる。

 なお当然だが魔物に言葉が通じた例は無く、ミサキもそれは知っている。それでもつい対話から入ってしまったのは腰の低い日本人ならではといった所だろう。

 しかし考えてみれば言葉の通じない相手が目の前で何をするでもなくよくわからないことを喋るだけ、というのはまるで発展性が無く、人によっては苛立ちを覚えかねない。魔物の敵意が増すのも仕方ない……のかもしれない、とミサキは考えた。煽りとまで言われる覚えは無いが。


(……なら言葉で伝えるのは諦めるか。ジェスチャーとボディランゲージで異文化交流と洒落込もう)


 そう考えを改めた彼女はまず魔物をじっと見つめて少しだけ落ち着かせた(つもりだけどあまり効果は無かった)後、緑の薬草を取り出して食べるジェスチャーをして見せた後に魔物の口元へと運ぶ。

 しかし食べない。唸り続けるばかり。ボッツ達現地人からすればそれは想定通りの反応であり、そこで諦めるのが普通だ。が、ミサキはしょうがないなぁ、といった具合で魔物の前で薬草を食べるフリではなく実際に食べて見せるサービスまで実行した。


「苦っ」

「そりゃそうだろアホか」


 そのまま食べても効果はあるので間違いではないが、一般的には煎じたり乾燥させてから砕いたりして飲みやすくするのが薬草を摂取する場合の基本的な手法である。だって苦いし。

 ちなみに傷口に直接塗布しても良い。その場合も磨り潰したりして一手間加える必要は出てくるが。


 ともかく、そんな風にあえて薬草を食べて見せたミサキは「次はそちらの番だよ」と言わんばかりに魔物の前へと薬草(齧りかけ)を差し出した。

 それを見ながらも魔物はしばらく唸り続けていたが――


「……おや」


 不意に。

 唐突に。

 パクッ、と勢いよく魔物は薬草に噛り付いた。


「なっ!? マジかよ、信じられん……」

「……これは予想外ですね」


 素で驚いた声を上げるボッツに振り返り、問いかけてみる。決して嫌味ではない。言い方は残念ながら若干嫌味っぽくなってしまっているが、ミサキ自身も上手くいくとは全く思ってなかったのだから。

 なのに上手くいってしまった。しかもボッツの反応を見る限りでは恐らく世界初。そしてその理由は恐らく……相手がミサキだったから、だ。


「ああ……マズいな、これは面倒な事になるかもしれん。もしも言葉が、あるいは意志が通じたというのならそれは今までの魔物研究の前提から全てがひっくり返っちまう――」


 呆然と、あるいは愕然と語る彼は『らしくなかった』と言えよう。

 らしくなかった彼はその時完全に油断しており、そんな彼を振り返っている真っ最中のミサキもまた『それ』に気づけなかった。


「――ミサキ、危ない!」


 リオネーラが叫びながらも素早く駆け寄り、ミサキの制服の襟首を掴んで引っ張る。

 若干乱暴に見えるがかなりギリギリだったのだ、致し方ない。その証拠に、引っ張られたミサキの鼻先を掠めそうなくらいの所を『それ』は飛んでいったのだから。


「な、何だッ!?」


 素早く意識を切り替えたボッツの視線の先で、放物線を描いて飛んでいった『それ』はべちゃりと水気の多そうな音を立てて地面に落ちた。その軌跡を見るに発射地点は間違いなく檻の中の魔物だろう。

 魔物が射出した謎の液体。よく見てみない事にはその正体はわからないが、毒か酸か、それらに近い何か恐ろしいものである可能性もある。教師としての責務を思い出した彼はゆっくりとその液体に近づき――


「――くっせぇぇぇ!!!!」


 格闘家らしい超高速バックステップで一気に誰よりも距離を取った。

 教師としてそれはどうなんだ、と誰かがツッコミを入れる間も無く、すぐにとんでもない悪臭が周囲に漂い始める。逃げたボッツを責められない程のとんでもない悪臭だ。涙と鼻水が止まらないレベルのやべーやつだ。


「う、うえぇ……くしゃい……ひえぇぇ……」

「エミュリトスも離れて! 落ちた所が泡立ったり溶け出したりはしてないから毒の類じゃないとは思うけど、この臭さは単純に、おえっ、ヤバいわ!」

「ひゃぁい……しゅみません……ぐすっ」


「あたし達も早くここを離れないと……! ミサキ、息を止めて走るわよ、いける?」

「……………」


 リオネーラの必死な呼び掛けに、しかし青い顔をしたミサキは力無く首を振る。


「………私の事はいいから……構わず逃げて」

「ばか、こんな時に意味も無く格好つけてどうすんの――」


 と、そこまで口にして彼女は気付いた。

 ミサキは変な事は言うが、こんな時に意味の無い事は言わない筈だ。多分。あまり自信は無いがその筈だ。少なくともこんな青い顔をしている時には言わない筈だと思いたい。

 そう結論付け、次に考えたのはミサキが青い顔をしている理由。もっともこの状況では悪臭で気分を悪くしたのだろうと考えるのが自然だし、実際そうなのだろう。問題は『どのくらい』気分を悪くしているのか、だ。

 ここにいる四人の中で一番顔を青くしているミサキ、彼女の今までの行動を思い返す。ボッツから貰ったパンを食べ、そのままだとめちゃくちゃ苦い薬草を躊躇無く自分で食べ、その後にこの『そこそこ離れていても吐き気を催す程の悪臭を放つ液体』が鼻先ギリギリを横切り――


(あっ)


 察した。

 ついでに彼女が察すると同時、ミサキが口元を手で押さえたので確定してしまった。


「……ミサキ、限界?」


 こくり。頷く。


「あたしを逃がそうとしたって事は見られたくないのよね?」


 こくこく。


「……出来れば穴を掘ってその中に、ね。終わったら呼んで、すぐ迎えに行くから」


 こく、と小さく頷いたのを確認し、リオネーラは持ち前の素早さでボッツとエミュリトスの居る方へと一瞬で移動する。

 一方のミサキは逆方向へとよろよろと歩いていき、背後からリオネーラの「はい全員後ろ向いて耳塞いで!」という声が聞こえてきたあたりで……まぁ、その、あれだ、限界突破した。


 彼女の名誉のために詳細な描写は省略させていただく。ミサキ自身は名誉とかそういうのに執着は無いタイプだが、それでも一応女の子なので。



それヒロインじゃなくてゲロイn

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