さっきから続いてる殺気
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「――さァて、本題だ」
規定数の採取を終え、4人は魔物の檻へと近づく。彼女らを認識した魔物――黒いブタは敵意を露わにし、唸り、吠える。
【プグルルル……プギィィィ!!】
どこかビミョーにブタっぽい吠え方だったが、放つ殺気は本物だ。目の前に現れた人間を餌としてしか見ていない。そんな殺気に当てられ、慣れていないミサキは一歩後ずさった。
「ッ……」
だが、それだけで耐えた。耐えなくてはいけない、慣れなくてはいけない事だとわかっていれば心の備えは出来るものである。ファイヤーボールを顔面で受けた時と同じだ。
異世界人であるミサキにとってはこれも魔法等と変わらない『異文化』と言え、ただ黙って受け入れるだけのものでしかない。
「どうだ、この魔物はレベル1の雑魚らしいが、殺気は本物だ。なかなかクるだろう?」
「でも初めてなのに倒れずに耐えているんですからやっぱりセンパイは凄いですよ!」
「ミサキは変なところで度胸あるからねぇ……意地で耐えたんでしょうね」
こちらは殺気慣れしている現地人組だ。三者三様、好き好きに言いながら実に平然としている。凄いものだ、とミサキは感心した……が、
「……にしてもこの魔物、なんかミサキにばかり殺気向けてない? あたし、魔物の殺気にはそこまで慣れてないんだけど、向いてる方向くらいはわかるわよ?」
「魔物の殺気に少しは慣れてるわたしから言わせてもらってもその通りだと思います」
【プゴゴゴゴゴ……】
「……なんで?」
檻の前に立つ彼女達四人は横並びであり、魔物とは大体同じ距離の所に居る事になるのだが……どうやらミサキばかり目を付けられているらしい。
実際この中で一番弱いのはミサキなのでそういう意味では目を付けられるのはおかしくないように思えるが、今この瞬間のレベルだけで見るならブレスレットをしているエミュリトスが一応一番低いのでやはり不自然である。そもそもレベルの低い魔物が相手の力量を正確に測れるとも思えない。
「……もしかして、魔物から見ても私は悪目立ちしている……?」
「むしろ同族と思われてるんじゃないか?」
半分冗談半分本気でボッツが言う。
魔物は同族相手と言えど仲間意識を持たない。群れて敵を狩る事はあるがそれはあくまで獲物を前にした一時的な共同戦線であり、狩った後には魔物同士の殺し合いが始まる事も珍しくない、と一般に言われている。
「エサでもあり、エサを横取りしかねない同族でもある、そんなよくわからんお前を警戒してアツい殺気を送っている……のかもしれん。わからんがな」
「……では、そんなよくわからん私だからこそ、逆にこの魔物と仲良くなれたりは……?」
「無ぇな。同族ともエサとも仲良くしないのに両方を兼ね備えた奴と仲良くできるかよ普通」
まぁミサキからしても普通に考えればそうだというのはわかる。ただ異世界で『普通』なんて概念に囚われるつもりもないだけだ。
しかし現地人のボッツが言うからには事実なのだろう。流石にそこまで疑っていたらキリがないし、何より人類が敵視している魔物に肩入れするかのような態度を取りすぎると魔人疑惑に拍車がかかってしまうような気がしていた。
本気で肩入れしている訳ではなくあくまで好奇心からの態度だし、無駄に恐れられる事にもそろそろ慣れてきたミサキであるが、だからといって魔人疑惑を加速させたいかと言われれば否だ。なのでそう多くの質問や提案は出来ない。初っ端から一番ドデカい提案をダメ元でぶつけにいこう。
「……では、その証明の為に餌を与えてみてもいいですか?」
「どうしてそうなったんだ、まるで意味がわからんぞ」
「食べなければその説が正しいという証明になり、食べてくれれば私に対する殺気が和らぐかもしれません。どちらに転んでも損が無い」
「アホか、こんな弱ぇ奴からの殺気なんかいつまでも気にしてんじゃねえよ――と言いたいところだが、今日が初めてなら難しいか。わかった、それでお前の気が済んで殺気に慣れるならやってみろ」
「……いいんですか?」
上辺だけはもっともらしい事を言ったが、胸中の大半を好奇心が占めていた事はミサキ自身も気づいていた。現地の人の説が正しいにしろ魔物が餌を食べてくれるにしろ、それをこの目で見てみたいというごく普通の好奇心が。よってすんなり認められたのは少し意外だった。
その好奇心がごく普通のものであるが故にボッツにも察され、勉強にもなるし否定するほどでもないし何よりこのアホを説得するのはめんどくせぇ、とまで思われていた事は知る由も無いが。ともかく、意外な優しさと共に許可が出た事にミサキは驚きつつもいつも通り無表情で礼を言う。
「ありがとうございます」
「あー、だが流石に無許可で檻からコイツを出す訳にはいかんからな。エサをやるなら柵越しに食わせろよ」
「わかりました。……ところで与える餌は薬草で大丈夫ですか?」
魔物は生物を襲う、すなわち基本的に肉食なのだが、実際は追い詰められれば何でも食べる。水も草も、同族さえも。そのあたりも研究で明らかになっており、またミサキも以前に授業で耳にしていた。よってこれは単なる確認だ。
問いに首肯が返ってきたのを見てミサキは薬草を取り出す。同時にボッツはこの個人授業の総まとめに入った。
「おい魔人、殺気がどんな物かは理解したな? 殺気を放つ相手には格下といえども油断するなよ。負ける事こそ無いだろうが、運悪く手痛い一撃を貰う可能性は無いとは言えない。死ぬ気で殺しに来る奴はそういう運を引き寄せやがるモンだからな」
運、すなわちLUC。それに左右される手痛い一撃……つまりラッキーヒット、あるいはクリティカルヒットという概念の話だ。
もっとも実際はいくらクリティカルといえどもレベルが絶対のこの世界では限度があり、レベル差が開けば開くほど焼け石に水となる。が、ミサキとこのブタ魔物くらいのレベル差ならまだ通じてしまう。通じても死なない程度ではあるがだいぶ痛い。よって気をつけるに越した事はないのだ、本来ならば。
「まァ今は柵越しだから関係ねぇけどな。魔物が魔法みてぇな遠距離攻撃をしてくるなら別だがそんな報告も無い。実戦ではそうはいかねぇって事だけ覚えておけ」
「……はい」
「いい返事だ、じゃあエサやりに戻っていいぞ。……クク、魔物と仲良く、なんて考える変人は今までも居なかった訳じゃねぇが……どうなるか楽しみだなァ魔人よ?」
「………」
なんというかもう見るからに、いや見るまでもなく失敗を確信されている。嫌らしいニヤニヤ笑顔だ。
実際それがこの世界の常識なのだというのはミサキも理解しているし、ぶっちゃけ仲良くなんて出来ないだろうと最初から思ってもいるので腹は立てないが。
そう、先人達が危険と隣り合わせの状態で命を懸けて研究して導き出した答えを、少し存在が変なだけの自分が一人で覆せるだなんてミサキは到底思ってはいない。彼女はそこまで思い上がれはしない。結局はダメで元々。ただ、それを自分の目で確認しなければ気が済まないだけだ。
【プギィィィ!】
ピリピリとした殺気を放つ魔物に、ミサキは静かに歩み寄っていく――
魔物は黒いからって理由でなんとなく墨付きカッコにしましたが微妙にしっくりこない感ある




