つもりが積もり積もってツモる
◆◆
(――そういえば……女神はユリ根を食べるとか言ってたっけ)
模擬戦を終えてのお昼時、学食にて何を食べるか悩んでいたところでミサキは昨夜の会話をふと思い出した。正確にはユリ根ではないし食べるといってもそのままの意味ではないのだがミサキは気づいていない、っていうかそういう知識がないので気づけない。
そんな彼女は好奇心からユリ根を使ってそうなメニューを探すも、それらしいものは見当たらず肩を落とした。そんな様子を気にかけるのは何かデカいトカゲみたいな得体の知れない生き物の丸焼きをたった今受け取ったエミュリトスである。
「どうしたんです、センパイ?」
「……食べてみたかった物が無さそうで。エミュリトスさん、ユリ根を使った食べ物って知らない?」
「ゆりね? 人の名前ですか? 変わった名前ですね」
「……人を食べそうに見える? ユリの根っこ――と書くけど要は球根」
「見えませんけどもし食べててもセンパイはセンパイですよ! って、え、あれの球根って食べられるんですか?」
(人を食べてても驚かないのに球根を食べると驚くの……?)
地味にキツいカルチャーショック……のようだが勿論これはエミュリトスがちょっとあたまおかしいだけであり異世界人の間でも食人は普通にドン引き案件である。誤解しないであげて欲しい。
「んー、少なくともわたしは聞いた事ないですね、そんな料理。まぁドワーフと人間達では食文化が少し違いますからリオネーラさんに聞いてみてください」
「……わかった。ありがとう……」
と礼を言いつつ、チラリとトカゲみたいな何かの丸焼きを見る。
(……食文化の違い、か)
味次第では食べられない事も無さそうだが抵抗があるのも確か。これも異文化交流の難しさと言えるだろう。
しかしもしかしたらこれから先、こういった物を食べる機会――それしか食べ物が無い状況に陥る可能性――もあるかもしれないのだ。異文化交流難しいとか言って逃げているだけではこの先生きのこれない。ミサキは覚悟だけは固めておくことにした。
(……いざという時は覚悟を決めよう、いざという時は。……出来ればそんな時が来ませんように)
結構逃げ腰だった。
とはいえ実際、多少は逃げ腰でもいいんじゃないかと思える程度にはここ学食には人の手で加工されたメニューが多い。例えば――
「はいセンパイ、お隣どうぞ。今日はグラタンにしたんですか」
「うん。ありがとう」
例えばミサキの頼んだグラタンや、そんなやり取りをしている二人の向かいに座るリオネーラの頼んだパスタ等はその最たる例である。エミュリトスの好むワイルドなメニューは少なくともここではそこまで多くない。
最低でも人族の文化圏では上下水道と共に調理技術も結構発展しているようだ。もっともそれでも前世の料理ほど見た目が整っている訳ではなく結構ムラがあったりもするのだが、技術は劣れど素材が良いのか味は劣っておらずとても美味しい。健啖家にはなれそうにないがグルメは目指してみてもいいかもしれない、とミサキが思う程度には。
「……あ、ところでリオネーラ、聞きたい事があるんだけど……」
という訳でグルメを目指すならば避けては通れない(別にそんな事はない)ユリ根の話を振ろうとする。が、
「………」
「……リオネーラ?」
何故か返事がない。どうやら何か考え事をしているようで、机上を見てみれば早々に席に着いていたにも関わらず彼女はまだパスタに手をつけていなかった。ついでによく見れば今日のパスタはいつものセットではなく単品だ。
「……おーい」
とりあえず目の前で手を振ってみる。
「……ん? あぁ、もうミサキも揃ってるのね。じゃあ食べましょうか」
そう言い、何事も無かったかのように食べ始めるリオネーラ。質問をスルーされた形になるがそんな小さい事よりも彼女らしくない上の空っぷりの方が気になるわけで、ミサキとエミュリトスは顔を見合わせた。
(センパイの作戦に負けた事をまだ気にしてるのかなぁ……)
もしそれが事実だった場合、聞き方を間違えればそれは地雷を踏み抜く事となる。口を滑らせる事の多い毒舌娘にしてはよく口に出さず我慢したと褒めるべきだと言えよう。
一方のミサキも思い当たる節についてちゃんと考えている。親友の様子がおかしいとなれば本気で考えるのは当たり前の行いだ。
(……間違えてパスタセットじゃなく単品を頼んでしまって落ち込んでいた、とか? ……流石に無いか)
あってたまるか。
「……二人ともそんな目で見ないでよ。どうやってお金を稼ごうかなぁって考えてただけだから」
「……お金? でもリオネーラ、昨日は困ってないって言ってたような」
視線を感じたリオネーラは素直に白状したが、彼女は昨日ミサキが依頼を受ける少し前に確かにそう言っていたのだ、エミュリトスと声を揃えて。
「困ってるって程じゃないんだけどね。今日の出来事を踏まえて考えると貯めておくに越したことはないかなって」
「……今日? 何かあったの?」
「……さっきの戦いでさ、あたし、ミサキに攻撃したじゃない? で、ミサキはそれを防御した」
「うん。……とはいえ防御は砕かれて、その上からダメージ受けたけど」
「……その時砕いた剣、弁償だって」
「………」
「………」
「………」
「……だから今日はパスタ単品だったという事?」
「そうね」
意外と目の付け所は惜しかった。
「……リオネーラ、だったらそれは剣で防御した私にも責任はある。お金、出させて」
「違うわよ、あたしがミサキの剣を壊す狙いで攻撃したんだからミサキは気にしなくていいの。たいした金額でもなかったしね」
「……本当に?」
「ホントよ。ミサキの武器を壊して完全に無力化するのが狙いだったし、あの剣も備品という事でボロいやつだったらしいし、どっちもホント」
「………」
そもそもミサキは借金王であり、生活費以外に捻出できる金は多くはない。っていうか無い。それでも黙っている事が出来なかったのも事実だし、リオネーラの言った事も同様に事実なのである。
よって誰が払うかの話はここで終わる。が、大元の話はそうはいかない。大元、それはすなわち――
「でも相手の武器を弁償っていうのも変な話ですよねえ。センパイと話してた時、自分の武器を壊してしまったら弁償かなぁって話ならしてましたけど」
そう、問題はそこだ。戦う相手を警戒し、武器を破壊し戦闘力を削ぐという効果的な戦法を採っただけなのに弁償させられるというのは少し納得のいかない面がある。
しかしリオネーラは受け入れているのだから何かしらの理由があるのだろう。ミサキはそう考えていて、事実リオネーラはそのあたりの説明もボッツから受けていた。
「確かに変だけど、理由としては二つあってね。相手の武器を壊したならその時点で何が起ころうとその結果を受け入れる責任が発生する。その覚悟が無いならちゃんと見てから判断しろ、というのが一つ。例えば実戦で相手が盗賊だったとして、王家に伝わる宝剣を持っていたら壊すか?って話よ」
「……戦いながらそういった点の咄嗟の判断も出来ないといけない、という事?」
「そういう事ね。実際あたしも考え無しに壊したからそこは勉強になったわ」
これもまたミサキに対する絶妙な手加減に慎重になりすぎたが故である。備品だという所までは頭にあったが、弁償までは気を回す余裕がなかったのだ。
「もう一つは?」
「そもそもあまり武器を壊すな、武装解除したいなら叩き落とすくらいにしとけ、ってさ。思い入れのある武器かもしれないからって。例えば誰かから受け継いだ物だったり、誰かの形見だったり、それでなくても近いうちそいつの形見になるかもしれないから、って」
「………」
ボッツらしくない甘い――しかし大戦を戦い抜いてきた教官らしい甘い言い分に、皆……特にミサキは何も言えなくなった。
「……そう言われると反省しちゃうでしょ?」
「そうですね……」
「そういうワケで大人しく弁償したし、今後は控えようと思ったし、それでももしやっちゃった場合に備えてお金稼いでおきたいなって。もしかしたら今日壊した剣も何か思い入れがあったのかもしれないし……」
もしそうだった場合、慰めになるとは言い切れないけれどせめてちゃんと本来の値段分のお金くらいは渡しておこう、とリオネーラは考えたのだった。いい子である。
勿論ボッツもあれで一応大人なので追加請求なんてしてこないだろうし、万が一今日の剣に思い入れがあったところで語りはしないだろうが。
「という風にあたしにも稼ぐ理由が出来たってコトで、これからもミサキのお金稼ぎには付き合わせてね?」
「……ん……リオネーラが一緒に居てくれると助かるのは確かだけど……また借りが増えてしまう」
困った時のリオネーラ頼り、と開き直っているミサキではあるが、貸し借りを気にしなくなった訳ではない。今までの借りはちゃんと覚えている。
しかし同様に、初日にいろいろ話をしたリオネーラはミサキがそうやって貸し借りを気にしている事もちゃんと知っているのだ。
「これはあたしのお願いなんだからむしろ貸しでいいのよ。それに今日あたしを負かしてくれた事で借りは全部返してもらったようなものだし。今日の負けのおかげであたしはもっと強くなれるんだから。ミサキのおかげで、ね」
「……全部、とまでは思えないけれど、いくらか返せたなら私も嬉しい。わかった、まだまだリオネーラから学びたいし、今後ともよろしく」
まだミサキに出来る事は多くはない。意地を張って一人で行動して心配や迷惑をかけるよりは素直に甘えつつ学んだ方が結果的に良い場合がほとんどだ。ミサキはそれを知っており、実行している。
自分で出来る事は自分でやるが、出来ない場合は素直に甘える。ミサキのその割り切りの良さをリオネーラは好いており、故に何かと世話を焼きたがるのだった。まぁ元々面倒見のいい性格だというのもあるのだが。
「わたしも! わたしも絶対一緒ですからねセンパイ!」
一方こちらはミサキの全てを盲目的に好いている危ない後輩である。召使いと言われて喜んじゃう危ない年上である。
とはいえミサキは危ない子だとは微塵も思っておらず、自分を助けてくれる事に素直に感謝していたりするが。
「……エミュリトスさんにもよく助けてもらっているから、どこかで清算しておきたいところ」
「ん、貸し借りの話ですか? わたしはセンパイの力になれるのが何よりの喜びだって言ったじゃないですか、貸し借りなんて考え方はしてませんよ」
「……それはありがたい事だけど、だからこそ私は気にする」
「んー、じゃあ、わたしを側に置くのがお返しっていう考え方でどうですか? センパイと一緒に居られる時間はわたしにとって至福の時なので間違っていないはずです」
「それは違う。私も楽しい時間を過ごさせてもらっているからそれはお返しにはならない。それも含めての借り」
「ぐはっ」
カウンターパンチが心臓に入った。
召使いと間違われるくらいミサキに四六時中付き従っているエミュリトスだが、その行動が完全に自分本位な物である自覚はあった。そりゃそうだ、今の関係は自分から申し込んだのだから。
しかしそんな自分本位な行いがミサキにとってもプラスだったと本人の口から言ってもらえた……これはもう彼女としては己の存在自体の全肯定に等しく、その場で昇天するしかない位の喜びなのである。
「………………」
「……リオネーラ、エミュリトスさんが虚ろな目をしたまま動かなくなった」
「そのうち治るわよ」
「そう……?」
「嬉しくて固まってるだけだからね。後輩として無理矢理押しかけているって負い目が今まではあったんだろうけど、ミサキにそれも楽しいって言われちゃあ、ね」
相変わらず正確で的確な分析である。
(……私は後輩扱いはしないようにしてきたつもりだし、先輩後輩と言えど実質は友達同士のつもりだったけど、エミュリトスさんはそう考えずに負い目を感じていたのか……悪い事をしたな)
ミサキにとって言葉は思いを伝える為の道具である。故に物言いはストレートだ。が、ミサキ本人は口数がそこまで多くはなく、最低限の事しか言わない。そしてその『最低限』のラインを引くのも他ならぬミサキ自身。線引きを少し間違えた結果が今の状態だと言える。
口にせずとも常識とか雰囲気とかで考えればわかってくれるだろう、という決め付け――『つもり』という考え方――は時として相互理解の妨げとなりすれ違いを生むのだ。……まぁ、今回のは結果としてエミュリトスがヘブン状態になってるので結果オーライなすれ違いだが。
ともかく、ミサキはまたひとつ学習した。文字通り『別世界の住人』だった自分の常識やらに由来する考え方はこの世界の相手にとってもそうだとは限らず、故にとりあえず言葉にしてみるというのも人付き合いを円滑な物とする為に時には必要なのではないか、という事を。
という訳でとりあえず言葉にしてみた。
「……リオネーラと一緒の時間も楽しくて好きだけど、リオネーラはどう思ってる?」
「ふぇぁっ!? 好き!? な、何よ急に!?」
ド直球で尋ねつつノータイムで相手からのレスポンスまで求める、まさに鬼畜の所業である。
「エミュリトスさんとこういう話をしておけば負い目を感じさせる事も無かった筈だから。リオネーラとも話しておこうって思って」
「え、あ、う、うん、そっか。えぇと……そ、そうね、あ、あたしも……す、好きよ、ミサキと一緒の時間は」
(って何よこの恥ずかしいセリフは! 急に何言わせんのよミサキのバカ!!)
元々何かと感情的になりやすい上に年齢的にも思春期な少女に小っ恥ずかしいセリフはハードルが高かった。それでもちゃんと答えてるあたりに人の良さが表れているが。
言うまでもないが平然と答えられた訳ではない。顔を真っ赤に染めつつ、恨めしげな視線を向けたりしたかと思えばすぐに逸らしたり……そんな感じで落ち着きのない態度になってしまったのは仕方ないと言える。言えるのだが、コミュ力に欠けるミサキがその態度の真意を見抜けないのもまた仕方ないと言えるのだ、残念ながら。
(……歯切れの悪い言葉、こちらを窺うような視線、緊張に染まった頬……何か隠している? 何か言い難い事が? 優しいリオネーラの事だから私に気を遣ってくれてるんだろうけど、すれ違いの元となっても困るし……いつかまた掘り返して同じ質問をしてみようか)
やめて差し上げろ。
タミフル飲んでたら遅れました
次も遅くなるかもしれません




