高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応……出来たらいいなぁ
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「―――」
「――――」
「―――――」
レンとの会話の果てに光明を見出したミサキ。その後彼女が皆に説明した作戦はそこまで難しい物ではない。むしろシンプルな物だった。
①、おそらく敵は守りを固めてくる。むしろ固めてもらいたいので、万一にも攻めてこないよう先手を取り出鼻を挫く。
②、敵が守りに入ったらその陣形の外側を、左右二手に分けて『囮』を走らせ、意識をそちらに向ける。
③、敵が横の囮に気を取られたらそこで素早くトリーズ率いる突撃部隊が正面から切り込む。囮も可能な範囲でプレッシャーを与え続ける。
④、蹴散らしていればそのうちリオネーラが駆けつけてくるので、そこにユーギルが噛み付く。
ミスディレクション要素を含んでいる……と言うとテクニカルに聞こえるが、見ての通りやる事自体は実にシンプルなのだ。
なお、ミサキはそれぞれの段階において、そう作戦を立てた根拠もセットで説明している。
①についてはまず先程頭の中で考えた『こちらに不利な材料』を挙げ、これだけ材料が揃っていれば敵はリスクの大きい攻撃側に回る可能性は低いだろう、と説く。その後、しかしあくまで低いだけであり無い訳ではないし、加えて不利なこちらは常に先手を取って自分達のペースに敵を引きずり込まなくては勝てないのだから敵が予想外の動きをしないよう進路を阻むような先制攻撃で抑え込むのが最善の筈だ、と続けた。
次の露骨なまでに搦め手である②については、散々サーナスが言ったように正面から行っても勝てないからである。それ以上でもそれ以下でもなく、むしろ皆を納得させる為に説明が必要なのは囮の性能の方だ。説得力のある囮でなくてはいけない。そんな囮役を誰がやるのかは……まぁ、お察しの通り。
「私が外側を大きく回るように走って、皆の目を引き付ける」
「……それは危険でしょう、大丈夫ですの? もっと適任者がいるのでは?」
サーナスはそう言い、最初に「囮になってもいい」と宣言したトリーズを見やる。囮としての性能的には確かに彼でも問題無いし、ミサキが囮戦術を採用したのも彼の言葉が切っ掛けではあるのだが、彼は正面突撃以外したがらないだろうしそれを抜きにしてもミサキは自身の方が適任だと考えた。
「……ボッツ先生が言うにはどうやら私は人目を惹くらしいし、それに加えてリオネーラとも仲良しだから私が適任」
「リオネーラさんは仲良しだからといって手を抜くような人ではないと思いますわよ?」
「……わかってる、手を抜いてくれる事を期待してる訳じゃない。どれだけ気を引けるかの問題。私はリオネーラには変な人と見られてるみたいだから、仲良しであればあるほどリオネーラは私から目を離せない。それに他の人達も私を警戒してるみたいだし、効果的な囮になれる」
そう聞くとまさにミサキの為にあるかのような条件の揃いようである。実際本人もそんな風に聞こえるように話しているのだが……それを聞く皆の感想は少しズレていた。
(((警戒どころか避けられてるんだよなぁ……よく考えたら「変な人」で済ませるリオネーラさんってすげー)))
こちらのチームに残った人でさえまだまだミサキに積極的に近付いたりはしない。魔人伝承はそれだけ根深く、4日眺めているだけで恐怖が薄れるようなものでは無いのだ。
ミサキ自身もその事はもう充分理解しており、よって避けられている事にも実はちゃんと気づいている。避けられてるとか嫌われてるとか自分で言っちゃうのも結構辛いのでオブラートに包んで「警戒」って表現にしただけである。察しろ。
「危険は覚悟の上、という事ですか。それで、もう片方の囮というのは……やっぱり……」
「うん、レン君に頼んだ」
「ひいぃえぇぇ……」
真っ青な顔でガクガク震えるレンの様子は、どう好意的に見ても頼まれ事を引き受けたというよりは脅されてやらされている者のそれである。
「……なんか見てるだけでものすごい罪悪感があるのはわたくしだけでしょうか? っていうかあの様子では誰がどこからどう見ても囮なんて無理ではなくて?」
「……実は私もそう思う。けど本人がやれるって言ったんだから、頼んだ私に出来るのは信じる事だけ」
自分の姿を真似られるか、というミサキの質問にレンはイエスと答え、では自分と一緒に囮をしてくれないか、という頼み事にも少し悩みつつも確かにレンは頷いたのだ。
魔力で人間の身体を模っている不定形族にとって、特定の誰かの姿を真似る事は不可能ではない。自分の頭の中にしか存在しない誰かの姿になるより実在の人物を真似る方が神経を使い魔力も多く消費するものの、短時間なら不可能ではない。だが不可能じゃないからというだけではレンが囮なんてものを引き受けるとは思えないのも事実。臆病で争い事を苦手としていた彼らしくないのだ。
では何故か。ミサキに脅されたから……という訳ではなく、ミサキの視線が怖くてつい頷いてしまった……という面も少しはあるかもしれないがそれだけではなく、そこにはちゃんと彼の意志があったのだ。変わりたい、という意志が。
(……そ、そうだ。怖い事から逃げるのはもう止めにするって決めたんだ。その上、こうしてミサキさんに信じて貰えている……なら、頑張るしかない……!)
元々、彼は臆病な自分が嫌いだった。変わりたかった。しかしなかなかその機会は訪れなかった。
そんな中、変人だけど見た目ほど悪人ではない女の子と少しだけ仲良くなり、彼女を慕う女の子と、誰にでも優しいクラス長とも友達になれた。そして今日、そんなクラス長と変人のどちらかのチームを選ぶ事になり……彼は変人のチームを選んだ。
どちらが良いとか悪いとかそんな理由ではない。ただ、変わった人のいるチームなら自分も変われるような……そんな気がしただけである。
「……がっ、がんばるよ、ミサキさん! ぼくも! 大丈夫!」
「うん。大丈夫、信じてる」
ミサキもミサキで信じるなんて軽々と言っちゃっているが、ちゃんと信じるに足る理由はある。
作戦説明の時に言ったように、一瞬だけでも気を引ければ味方が突撃してくれる手筈になっているから囮自体はそもそもそこまで難しい事ではない。危惧すべきはレンがその臆病さ故に囮となる為の一歩を踏み出せない可能性の方である。
その懸念を解消する為にはレンを安心させる材料が必要だ。勿論囮自体が簡単な事だという事も材料の一つだが、ミサキはそれに加えレンに護衛を一人付けるつもりでいる。これは安心させる材料であると同時に作戦の隠し味にもなると考えての事。まぁ、実はまだ護衛を任せたい人本人の許可が取れてなかったりもするのだが。
とはいえ、もし護衛の人に断られた場合でもやりようはある。レンに被害が及びそうになったらミサキが自ら本物だとバラす作戦でいけばいい。敵は本物を警戒しているのだから乱戦の中で偽者と遊ぶ余裕も理由も無く、バラしたその時点でレンは放置され安全となる可能性が高いのだ。
囮自体はそこまで難しい事ではなく、更に多少の安全の確保もしてある。少なくともミサキより危険度は低い。そう伝えればレンも安心して動けるだろう。伝える前に「がんばる!」と覚悟を決めるような子なら尚更。ミサキはそう考えており、同時に信じているのだった。
さて、作戦の残りの段階――③と④についてだが、これはそのまま戦うだけなのであまり説明する事は無い。戦わなければ勝てないのだから根拠を説明する必要も無く、望み通りの戦場を与えられた二人からは反対意見など出よう筈も無い。
強いて言うならもしも③の時点でリオネーラが最前線に居た場合だ。この時は作戦を変える必要が出てくるが、それでも大きな変更は無い。ユーギルがリオネーラに飛びかかりトリーズが周囲を片付ける、そんな同時進行になるだけである。
そうでない場合――作戦通りに事が進んだ場合、ミサキ達による陽動とトリーズによる蹂躙に対して必ず何処かでリオネーラが動く。前線を押し返すにしろこちらの主力を討ち取るにしろ、それは最大戦力であるリオネーラ以外には成せない事だ。こちらだって相応の戦力を注いでいるのだから。
そこをユーギルが見逃しさえしなければ作戦は成る。彼自身の望みなのだから見逃しはしないだろう。
勿論、全てが上手く行く保証などない。どこかで想定外の事態が起こる可能性はある。
例えば初動、敵が守りを固めず全員で攻撃に回り、加えて出鼻を挫けない相手――リオネーラが単身突撃してきたりする可能性も無いではない。
だがそれは余りにもハイリスクだ。こちらはその動きを理由にチーム一丸となって守勢に入る事が出来るし、敵は万が一リオネーラを失えばボッツに勝てる可能性がガタ落ちする。正面からではユーギルさえ止められないだろう。だからその手で来る可能性は限りなく低く、それでもその可能性に備えて初動の時点ではボッツ周辺にユーギルとサーナスを配置しておく……とミサキは告げた。
そのようにして順を追って一つ一つ説明を重ねていくと、次第に皆はただ頷くだけになっていく。
ミサキの立てた作戦は別に意表を突いた物ではなく、むしろ誰でも思いつき、思い当たりそうな物事の組み合わせに過ぎない。褒められる点といえば想定外の事態にも多少備えてある所と、実力者二人のワガママをしっかり叶えている所だけだ。
もっと言うなら作戦自体も確実に勝てる物でもなく、結局は仕掛けるタイミングと個々人の奮闘に全てが懸かっているような力任せのものでしかない。無策よりはマシだが、所詮その程度である。
なのにその事を突っ込む者すらいない。皆ただ頷くだけ。それは何故か。ミサキが怖いから、という理由では断じて無い。
結論から言ってしまえば、それはミサキが異世界人――現代人だから、に尽きる。
物事を一から順序立てて、誰にでもわかるように、リスクとリターンを明確にし、想定される範囲内での反論意見に対する答えも準備した上で、足りない所は他の人に補ってもらいたいという謙虚な姿勢も示しつつ、懇切丁寧に誠心誠意、説明する。
ミサキはまだまだ若いが、多くの本に触れながら学校の授業も真面目に受けていた為、そのようなスキルは結構磨かれていた。数多の人の群れで形を成す社会の中に生きる現代人らしい、自分の意見に説得力を持たせるトーク術――っていうかビジネスマンっぽいプレゼン能力――が。
ディベートもディスカッションもごく一部の権力者しか行わず、戦争でも起こらない限り人は個人の意志で好き勝手に生き、口で語るより拳で分かり合う……そんなここ異世界ではその話術に抗える者はいなかったのだ。
結果、もしかしたらまだどこかに穴があるかもしれないミサキの作戦にも、誰一人として異を唱えられなくなっていたのだった。
(不思議なものですわ……ミサキさんは何ら特別な事は言っていない、むしろ誰でも思い当たるような事しか言っていないのに、何故こんなにもやる気が溢れてくるのでしょう。勝てそうな気になるのでしょう……。はっ、もしや、彼女にはリーダーの素質が!?)
残念ながらリーダーの素質までは無い。説明はうまく出来てもいかんせんコミュ力に欠けているので。
まぁそれはさておき、賢きエルフ様でさえこうしてミサキに乗せられている現状、他の者達も異を唱えるどころかやる気を溢れさせるばかりであり……結果的にミサキの作戦は全面的に信用され信頼され、チームの方針として満場一致で採用されたのであった。
「みなさん、異論はありませんわね! この作戦でわたくし達は勝ちますわよ!」
「「「おうっ!!!」」」
「…………あれ? 何か意見は無いの?」
自分の身に着けていた前世のスキルが抜群の効果を発揮した事に全く気付いていないミサキは置いてけぼりを食っていたが、なんか空気が読めない奴みたいで嫌なのでとりあえず皆と一緒に拳だけ突き上げておいた。




