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争いは同じレベルの者同士でしか発生しないっていうアレ


◆◆



 ――そんなこんなで秘密を共有した彼女達であるが、だからといって彼女達を取り囲むモノは何も変わらない。すなわち此処は学校であり、彼女達は学生であり、学生が学校でやる事といえば勉強なのだ。勉強こそが日常なのだ。

 レンがミサキをあまり恐れなくなったり、ディアンがミサキを今まで以上に警戒していたり、しかしそれにミサキは気づかないしそもそも気にしないようになった等といった変化はあれど、そこで成すべき事は変わらない。

 今日も今日とて、彼女達は勉学に励む――



「――よーし、俺の授業の時間だ。これが終われば昼メシだからな、身体でも動かして腹を空かしておこうじゃないか、なァ?」


 ボッツのそんな呼びかけに返事はあまりない。

 具体的に言うと獣人の中でもユーギル達の様な戦闘民族がポツポツ返事をし、日頃からうるさいサーナスがうるさい返事をし、ボッツのシンパであるトリーズが大声で返事をした程度である。その他多くの者は頷くだけだった。


「なんだ、元気が足りてないぞお前ら? あァあれか、昨日のクエストの疲れが残ってるのか? 結構受けてくれたらしいな、教員として礼は言うが、だからと言って授業を疎かにしてたら死ぬぞ? 死なない為の授業なんだからな」


 今度は主にレベルの低い者達が息を呑む。こういう脅しが様になっているあたりがボッツの人間性をよく表していると言えよう。


「あー、人同士の殺し合いは昔と比べて格段に減ったが、魔物の被害は減っていない。ここ最近の死因一位は魔物だ。魔物と模擬戦が出来れば良いんだがな、残念ながらそうもいかん。そこで、だ。昨日あの鳥野郎から魔物について軽く聞いたと思うが……奴らの対策についてはまだらしいな。エミュリトス、どう戦えば良いか知っているか?」


 唐突に話を振られて一瞬だけエミュリトスは狼狽えたが、すぐに落ち着いてゆっくりと椅子から腰を上げ、答える。


「はい、似たような形の獣を狩る時とそこまで変わりません。急所こそ一ヶ所しかないですが、普通に武器での攻撃が全身に通るので攻撃が当たりさえすればそのうち倒せます」

「ふむ、流石現役だな。満点の回答だ。俺が教える事は無さそうだな、ハハッ」


 彼がエミュリトスに問い掛けたのはその通り彼女が現役ハンターで、なおかつ目を付けているミサキと席が近いからである。そしてそんな彼女は現役らしい正確な回答をしてくれた。

 だが、褒められた彼女はあまり嬉しそうではない。ハンターならば常識なので褒められる程の事でもない……と謙遜しているのかとも思ったが、もっと複雑な表情をしている。


 ……結果論だが、この時ボッツがエミュリトスを指名してさえいなければ後の悲劇は避けられたのだろう。


「……あの、先生、非常に言いにくいのですが」

「お、おう、どうした」

「現役とか関係なく皆知ってます、昨日習ったので」


 居心地の悪さから、エミュリトスは素直に白状した。


「……ゲイル先生から……」

「………」


 これが例えばリオネーラやミサキ等の現役ハンターでない生徒だったならボッツの褒め方も違ってくる為、それほど居心地の悪さは感じなかっただろう。

 これが例えば他の現役ハンターであれば、居心地の悪さを感じても白状まではしなかっただろう。

 しかしエミュリトスだけはダメだった。慕う人を持つ彼女だけはダメだった。敬愛する先輩の前では清廉潔白な自分で居たいというごく自然な感情から、彼女は素直に白状してしまうから。


 そして、彼女がそう白状した事がどう悲劇に繋がるのかというのも、別に難しい話ではない。


「……あンの鳥野郎、なァにが「対策までは教えていない、お前が好きに教えておけ」だよ! 赤っ恥じゃねえか! 俺を笑い者にするのが目的か!?」


 皆が既に知っている内容をドヤ顔でもう一度説明するボッツと、それを見て密かにあざ笑う生徒達……そんな光景がボッツの頭の中で再生された。中でもミサキが全力で見下す笑顔をしていたのが非常に腹立たしい。

 だが、同時にそれはおかしいとも思い至る。いや、ミサキの笑顔の方ではなくて、その光景自体が、だ。


(そうだ、あのクソ野郎は俺にイヤガラセはしてくるが、それ以外は真面目なヤツだ。授業を1コマ無駄にするようなやり方はアイツらしくない。となると……まさか!?)


 ゲイルの性格を正確に理解しているボッツの脳内に最悪の可能性が浮かぶ。

 それはボッツがこの場、このタイミングでこうして罠に嵌められた事に気づく……という所まで全てが計算ずくだったという可能性。

 すなわち、『ミサキに目をつけているボッツだからこそ近くの席のエミュリトスを指名し、そのエミュリトスの自白により全てが仕組まれていた事に気づく』という一連の流れ全部がゲイルに読まれていた、という可能性だ。


(いや、もう可能性なんて言い方はヤメだ。確定だ。あのクソ鳥はこうして俺に気づかせ、負けを認めさせる所まで含めて計算してやがったんだ。アイツならそれくらいやる!)


 長い付き合いであるボッツには確信があった。そしてそれは実際に正解である。

 だが、いくら正解で確信があるからといっても授業を放棄して鳥の羽を毟りに行くわけにもいかない。教師としての矜持があるから――という訳ではなく、ここで愚かな選択をすれば余計にゲイルに付け込まれるだけなのが目に見えているからだ。

 結局、ブチギレ寸前の青筋を立てまくったまま授業を継続する道しか残されていないという事である。勿論そこまで全てゲイルの掌の上な訳で、なんというかもう可哀想なくらい完璧に罠に嵌められた形になっている。

 一見すると教師間で授業内容の共有に少し失敗しただけにしか見えないというのもミソだ。あくまで少しなので、『賢明なボッツがしっかり常識的な判断をすれば』授業に支障はほとんど出ない。ほぼ隙のない完璧で、陰湿な作戦であった。


「クソッ、やってくれやがって……授業が終わったら絶対に丸焼きにしてやる……」


 勿論、今現在ここまで正確にゲイルの作戦を把握しているのは付き合いの長いボッツだけである。

 とはいえ、生徒達にもボッツがゲイルに罠に嵌められたのだという事くらいは伝わっている。そして、ゲイルのそんなやり方に疑問を覚える生徒もいないわけではなく――


「……はぁ」

「ど、どうしましたセンパイ? やっぱりわたし、迂闊な事言っちゃいましたかね……?」

「……エミュリトスさんは悪くない、正直なのはいい事。……それより、大切な授業を教師間のじゃれ合いの道具にされるのがどうにも、ね」

「じゃ、じゃれ合いなんですかね……そこはわたしには何とも言えませんが」


 授業を一言一句聞き逃さないつもりで臨んでいるミサキにとっては、そういう雑音が混ざるのは良い気持ちのするものではなかった。

 ミサキが勉強熱心な事はエミュリトスも察しているため、「センパイが不愉快に思う気持ちは察します」と頷く。そして……そのやり取りは残念ながらしっかりとボッツの目に留まっていた。口角をつり上げたムカつく笑みと共に、彼はミサキに歩み寄る。


「んー、そうだよなァ魔人、不愉快だよなァ? せっかくこの俺が真面目な授業をしようとしてたのになァ、部外者に邪魔されちゃあなァ?」

「……そーですね」


 いつになくウザい。また面倒な事になりそうな予感がする。ボッツに絡まれると大抵面倒な事になるというのはもう散々学習済だ。正直もう勘弁してほしい。


「俺も不愉快だ。という事は俺達は想いを同じくする同志、仲間だ。わかるか? よぉし、わかったなら俺達2人で組んでゲイルをブン殴りに行くぞ。今日の模擬戦は『チーム戦』だ!」

「……良いんですか、予定通りに真面目な授業をしなくても」


 頭の回るミサキは「また思い付きで授業内容変えやがったなこの野郎」を丁寧にオブラートに包んで苦言を呈した。しかし今回はボッツにもわかりやすい免罪符があるのだ。彼はムカつく笑みを崩さずに不敵に言い放つ。


「既にあの鳥野郎のせいで授業の予定は滅茶苦茶だ、今更構わんだろ」

「……そうかもしれませんが、例え同じ内容の授業であってもボッツ先生なりに伝えたい事があったのでは?」

「俺が最優先でお前らに伝えなくちゃならんのは戦いに慣れる事の大切さだ。いくら頭で学ぼうと心と体が戦いに慣れてなければ死ぬ。逆に戦いに慣れさえすればそれまで体に叩き込んで教えてきた事が自然と役に立つ。相手が人だろうと魔物だろうとそれは変わらん。だから俺は毎日戦わせるんだ」

「……そうですか」


 どちらかといえば――否、どちらかというまでもなく座学を得意とするミサキであるが、ボッツの言葉の正しさは理解している。

 むしろ戦いや危険とほぼ無縁な異世界人だった彼女だからこそ、少なくとも頭では誰よりも理解している。だから彼女はボッツの授業を一番大切にしていたりもするのだ。

 ……担当教師がボッツじゃなければもっといいのに、と思う事も多々あるが。


「……それにしてもボッツ先生、耳がいいんですね」

「あン? あー、さっきお前の私語を聞いてた事か?」

「はい。迷惑にならないよう小声で話してたつもりだったのですが」

「あのなァ、お前はその存在自体が人目を引くって事をもっとちゃんと意識しとけ。もちろん悪い意味でな。絶えず誰かがお前に意識を向けていると思っておいて間違いは無ぇ。そんな見た目だからな」

「……嬉しくないですね」


 言いながら教室をぐるりと見渡してみる。勢いよく目を逸らす者、気まずそうに目を逸らす者、主な反応はそう二分された。

 レンとエミュリトスは気まずそうではあるが目を逸らしたりはせず、ユーギル含む一部の獣人は最初からこちらを見てすらいなかったりもしたがそれらはごく少数である。

 中でもガッツリ心配そうな視線を向けていたリオネーラとサーナスにはなんとなく手を振っておいた。微妙な反応をされた。


「何やってんだ……まあいい。さァて出撃だ魔人! 目標地点は職員室! 他の奴らも後ろからついて来い! 行くぞ!」

「……ラジャー」


 こうして、ミサキはまたしてもボッツ絡みで面倒事に巻き込まれるという悲劇に見舞われる事となったのであった。




エイプリルフールでしたけど嘘を言う相手がいないので更新しました

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