具体的に言うとサムネイルに使えそうな笑顔
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「――は、はーい、みなさん仕事は終わりましたかー?」
覗き見を終了し、いかにも今来ましたって感じでぬけぬけと声をかけるディアン。なお「みなさん」と言ってはいるが誰からの返事を望んでいるかは言うまでもない。
「あ、はい、終わりました。あとレンが倒れてます」
「ぶくぶく」
「……あー、何があったんですか?」
まだまだぬけぬけと言う。面の皮が厚くないと教師は――大人は務まらないのだ。
そんな大人の期待に応え、皆を代表して会話するリオネーラはその事には気づかない。理由もなく相手を疑う事はしないいい子だから。
見ているだけのミサキも同様に気づかない。仮に彼女が前に出ていたならディアン自身がボロを出した可能性はあるが。
「ええと、まぁ、いろいろありまして。でももう解決したので起こしてあげてください」
「ふむ……わかりました」
そんな中、若干だが怪訝な視線をディアンに向けている子が一人だけいた。
「………」
「……どうかしましたか? エミュリトスさん」
「いえ、特には」
「……そうですか?」
本当になんでもない事のように言われたのでディアンは気にするのをやめ、レンの治療(叩き起こし)に取り掛かった。
事実、エミュリトスにとってはなんでもない事である。ディアンのミサキに対する警戒が『以前より強まった』ところでなんでもないのだ。
そこに悪意が無く、自分達を引き離そうとする意図も無さそうなら後はもうどうだっていいのだから。
少ししてレンがリスポーンしたのを見届け、ミサキはディアンに声をかけた。
「……ところでディアン先生」
「は、はいっ! どうしました?」
「ここの本は貸し出しはしていますか? 読みたい本があるのですが」
厳密に言うと借りたい本そのものは決めていないが、方向性は決まっている。探す時間が欲しいのでこの質問は早めにしておく必要があった。
しかし、そう尋ねられたディアンの脳内はそれなりに騒がしい事になっており、
(貸し出し!? 持ち帰って読むの!? どうしよう、もしもまた同じような闇の魔導書が紛れ込んでいたりしたら……さっきはリオネーラさんが一緒にいたから良かったものの……今回も誰かと一緒に読んでくれるならいいんだけど)
「……ディアン先生?」
「あ、え、ええと、貸し出しというと……持ち帰るんですよね? 持ち帰って誰と読むんですか?」
「……何故誰かと一緒に読む前提なんですか?」
(当然の疑問だぁぁぁぁぁあ!)
頭が騒がしい。
「え、ええとですね、その、状態異常を引き起こす呪いの本とかが混じってたら一人だと困るじゃないですか!」
「……この本の山を運び込んだ人達が大丈夫だったなら呪いの心配は無いのでは?」
「あ、あの人達は大丈夫でも特定の人だけにかかる呪いとかもあるんですよ!」
「……そうなんですか? ……例えばどんな人にですか?」
「例えば……く、黒髪黒目の人だけにとか?」
「………」
「………」
「………」
やっちまった。
(しまったぁぁぁこれじゃアナタを警戒してますってド直球で言ってるようなものだぁぁぁそうでなくてもピンポイントなイジメに思われるぅぅぅ殺されるぅゥゥウ!!)
名の知られた強者であるディアンがレベル10のミサキに殺される事など天地がひっくり返ってもあり得ないのだが――いやこれはもういいか。
まぁそんな感じでディアンが命の危険が危ない!とガクブルしてる中、当のミサキは……感激していた。
(ディアン先生が私をピンポイントで心配してくれている……! ずっと怯えられ、距離を取られていたのに……!)
この人もボッツ先生同様、根っこの部分は立派に『教師』なんだな……と無表情の下で感激し、ディアンを今まで以上に立派な大人として尊敬しようとミサキは決めた。
元より年長者には敬意を払うミサキではあるが、そこに更に何かしらの理由が加わればよりストレートに尊敬できるようになるわけで、そういった理由を受け入れない道理は無いのだ。
一見チョロく見えるが必然とも言える。他人からも多くの事を学びたいミサキにとって、尊敬できる相手は多ければ多いほど良いのだから。
……まぁ、今回に限ってはその尊敬は勘違いから来ているのだが。
とはいえ全てが勘違いというわけでもなく、ディアンが一応教師として最低限の良識をもってミサキに接しているのはクエスト前のやり取りからも明らかだ。恐れてはいるけど。
それに今回の勘違いの元となっているディアンの態度も結局はミサキが魔人だと勘違いしているのが原因なので、マイナスとマイナスの掛け合わせで互いに勘違いが解消される日が来れば良い師弟関係を築ける可能性はある。その日が来るかは知らん。
ともかくそんなこんなでディアンとの距離感に良い意味で気を遣い始めたミサキは、心配してくれた事に素直に感謝し、彼女を安心させようと答えた。
「……そんな呪いがあるとは知りませんでした。でも大丈夫です、ディアン先生。自室で読むので、エミュリトスさんが一緒にいるはずです」
「は、はぇっ?」
なお、その心配してくれた相手は目の前で死の恐怖からガクブルし続けている訳だが、ミサキはもうそんな小さな事を気にしなくなっていた。
ディアンが自分を生徒としてちゃんと気にかけてくれているとわかった以上、多少怯えられようと気にならないのだ。まぁ勘違いだけど。
「……一人ではないので大丈夫です。それに彼女はリオネーラが一目置くほど素晴らしい回復魔法の使い手ですから、そういう意味でも安心していいと思います」
(あ、あれ? 殺されない? それどころかなんか私の発言が肯定されている? ……よくわからないけど、乗るしかない!)
生き残る為ですもんね。乗るしかない、このビッグウェーブに。
「それなら大丈夫ですね!!」
この上なく良い笑顔で答えておいた。




