まぁ魔法世界の本って火や水や汚れに対してチート的な耐性を持ってたりもするんですけどね
短 (くな)いです
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そうして何事もなく二人は書架の整理を終えた。フラグなんてなかった。
「――ん~っ。終わりましたねぇー」
伸びをしながらエミュリトスが言う。小さな身体で大きな動きをするのは見ていて微笑ましい。
ミサキはそんな微笑ましい光景を無表情で眺めた後、窓に視線を移す。外は既に暗くなりつつあり、結構な時間が経過しているようだ。
が、それでも時計を見る限り寮の夕食の時間までにはまだ余裕がある。ペース自体はディアンの計画通りだったという事だ。少なくともミサキ達の方は。
「……リオネーラ達の方はもう少しかかりそう」
「向こうの方はマジメな本ばかりみたいですからね、似たようなタイトルが多くて手間取ってるんじゃないでしょうか」
それを抜きにしても、途中でメンバー交代というイベントを挟んだ向こう側に若干の遅れが出るのは当然と言える。
手伝いに行こうかとも思ったが、レンに近づけない自分が行っても邪魔だろう。よってミサキは向こうが片付くまでこちら側でめぼしい本を漁る事にした。
といっても先述の通りこちらにあるのはそこまでマジメな本ではない。娯楽としての面の強い大衆向けの書籍がほとんどだ。
もちろんどれも面白そうではある。異世界の文化に触れるという意味でもいくつか借りて帰りたい。勇者の話や英雄の剣の伝承、さらには魔人伝説についての本などもあり、すごく気になる。
だが、異世界人であるミサキの意識をもっとも引いたのはそれらの本ではなかった。
(……作者不明の書籍……)
この世界にも作家や小説家といった職業はあるようで、同じ著者名を見かける事が何度かあった。その一方で娯楽作品ながら作者不明の書籍もあるらしく、それらは端の方に一纏めにして置かれていたのだ。
作者不明というだけでも珍しく思えるが、「異世界だから」の一言で片付く問題かもしれない。正確にはわからないが、とにかくそれだけの理由ではミサキはここまで意識を向けはしなかった。
一番の理由は実にシンプルで、それらの本のタイトルにある。
……その、なんだ、ええと、パロディっぽいのだ。ミサキの前世に存在した名作達のタイトルの。
好きな人が見ると不快感を催す可能性もあるので具体的には挙げないでおくが、それらを見たミサキの感想はただ一言。
(……ひっどい)
読書好きとして怒るべきなのか笑うべきなのかわからないタイトルばかりで、ただただ呆れた。そのセンスの無さにとにかく呆れた。
ただ、呆れつつもついついあらすじを調べてしまうのは本好きの悲しいサガといったところか。
(指輪の物語かと思えば……鼻輪? 主人公は牛? 面白いの? ……こっちのは2001年に普通に旅するだけの本か。旅に出るときが来たら参考にしようかな。次の……15人の逞しいオジサン達が漂流した先の無人島で普通にサバイバルして生き残る小説は……役立つ知識が詰まってそうでいいかも)
まぁ、どの本もタイトルはともかく読んでみれば案外面白いし役に立つものなのかもしれない。読書に関してはミサキはポジティブの極みなのだ。
だがそんなミサキでも首を傾げるくらい浮いている本が一冊あった。そのタイトルは相変わらず前世の本のパロディらしく、頭の悪そうなやつなのだが……裏面になんか堂々と「異世界で役立つ効果音集!」なんて書かれていたりしてツッコミどころしかない。
「………いや、もしかして」
ミサキは思う。そのツッコミどころしかない徹底っぷりにこそ、もしかしたら意味があるのかもしれない、と。
異世界で異世界の事に言及している本。つまりそれは『この世界を異世界だと認識できる人向けの本』である可能性があるのだ。
つまり、自分のような人間に向けてのメッセージ。この世界の人にはわからない、大事な何かが書かれている可能性がある。読まないわけにはいかない。
頭の回転の早い彼女はそう思い至り、頭の悪そうなタイトルの本を手に取って本格的に読み進め始めた。良い姿勢で立ったまま。本に敬意を払った堂々たる立ち読みである。
「せんぱーい、何読んでるんですかー? どんな内容なんですかー?」
「………」
背の低いエミュリトスからは中身が確認できず、ミサキの周りでぴょんぴょんし続ける事しか出来ない。
そして完全に集中して本を読んでいるミサキはそれを気にも留めない。素晴らしい集中力ではあるがエミュリトスとしては面白くなく、そのうち「むー」と膨れて床に座り込んでしまった。
それから数分後。ミサキは本を読み終えた。
ミサキは読書家ではあるが本を読むのが早いという訳ではない。読書に慣れていない人と比べれば多少は早いかもしれないが、速読術を身につけている訳ではない。
それでもこの本は数分で読み終えた。理由はただ一つ。
中身がスッカラカンなのだ。
1ページに1つ効果音が載っているだけの、看板に偽りのないクソみたいな手抜き本なのだ。勿論『大事なメッセージ』のような物は一切書かれていない。
読むだけ時間の無駄。
実に不愉快。
タイトルはパロディなのだろうが、この出来では元ネタに対して失礼だ。というか無礼だ。非礼だ。
実に、不愉快だ。
「…………………」
「ひ、ひぃっ!?」
無言で本を閉じ、足元にいたエミュリトスに目をやると何故か彼女は腰を抜かす程に怯えていた。
どうしたのだろう、とミサキが考えを巡らすよりも早く、タイミングが良いのか悪いのか背後から声がかかる。
「お待たせミサキー、こっちも終わっ――ヒッ!?」
「……? どうしたの、リオネーラ」
「あッ、い、いや……ミサキ、今一瞬すっごい怖い顔してなかった……?」
「……そう?」
ミサキ自身は感情を表に出したつもりは無かったのだが、元々怖がられているせいでマイナスの(特に怒りの)感情変化は察されやすい上に過剰に受け取られてしまうのだった。
ちなみにミサキが振り向いた瞬間に恐ろしい程の反応速度でレンはブッ倒れた。これはこれですごい。
「……ちょっと不愉快な本を読んだからそのせいかも」
「へ、へぇ~……」
リオネーラはビビりながらもミサキの手元にある本に視線を落とす。そのタイトルに。
異世界人であるミサキとはそのタイトルに対する見方は多少違うものの、タイトルからして面白そうには見えないという点では共通していた。不愉快な本と言う表現にも納得できる。
こういう時、普段のリオネーラであればミサキを慰めていただろう。
しかし今、彼女はビビっていた。ミサキの発する強烈な(ように見える)怒気にビビっていた。
そして同時に、ミサキが珍しく感情を露わにした事が嬉しくもあった。ビビりながらも嬉しいという相反する感情が彼女の中に渦巻いていたのだ。
そんなごちゃ混ぜの感情に今回は振り回されてしまい、リオネーラは普段と逆の選択をした。してしまった。
「つまりその本からは不快感が得られるってワケね!! ほら、ミサキがさっき「どんな本でもそこから得る物は必ずある」って言ってたけどまさにその通り――」
「……………………」
「ひゃあああああああセンパイの背後のダークフレイムの火力がまるでダーク油を注がれたかのように増しているぅぅぅぅ!!!」
エミュリトスには何かが具現化した光景が見えているらしい。
「リオネーラさんなんであんな事言ったんですかぁ早く謝って早く!」
「ひっ、ひゃい! ごめんなさいミサキ様ちょっとした冗談だったんです許してください何でもするから!!!」
冷静に考えればレベル50のリオネーラがレベル10のミサキにここまで怯えるのはおかしいのだが、誰もが冷静に考えられなくなる程度にはミサキから負のオーラが噴出していた。一応ミサキとしては友達に向けてはいないつもりなのだが。
なお言うまでもないがリオネーラに悪意はなく、ミサキの先の発言に乗っかっただけである。ちょっと上手い事言って不快感を笑いに変えようとしただけである。
ミサキを慰めこそしなかったもののイジろうとした訳でもない。単にミサキから自分へ目を向けさせて空気を和ませるつもりだった。何ならそこから「あたしにも読ませて」みたいな和気あいあいとした展開に持っていくつもりでもあった。
ただいかんせん運とタイミングが悪かった。リオネーラの言う通り不快感を与えるくらいしか目的の無さそうな本を、どう見てもつまらなそうなクソ本を、ミサキは無駄に考えを巡らせて無駄に深読みした上で手に取ってしまっていたのだから。無駄に。
言うなれば自分から見え見えの罠に突っ込んでいって嵌まったようなものである。とんだ赤っ恥体験である。忘れたい記憶ランキング暫定一位である。笑いのネタにされても到底笑えないヤツである。
恥の感情はすぐに本に対する怒りへと変換されたが、問題はリオネーラが上手い事言って一言に纏めたせいでミサキの中で一通りの感情が再燃してしまった事であり、つまり蘇った恥の感情も再び怒りへと変換され、今や怒りの炎が約二倍になっている事だ。
まぁ、その辺りの事情はリオネーラの預かり知らない所なので彼女に非はない。二度目になるが単純に運とタイミングが悪かっただけだ。
同様に脊髄反射でリオネーラの発言を責めたエミュリトスにも何も非はない。結果だけ見ればリオネーラの発言のせいである事に違いはないので彼女は元よりそこまで間違ってもいない。意味するところこそ全然違うが。
そしてミサキもそのあたりはちゃんと分かっているし、そもそもこの怒りをぶつけるべき相手を間違えるつもりもない。
ちゃんと分かっている。
そう、悪いのは全部この不愉快な本だ。
「……よし、燃やそう」
「燃やされる!? あたし燃やされるの!?」
「? どうしたの、リオネーラ」
何故自分が燃やされるという話になっているのだろうか?
状況のわかっていないミサキだが、しかし恐怖に駆られたリオネーラは構わず畳み掛ける。
「な、何でもするとは言ったけど(あたしを)燃やすのはさすがにやめて!」
「(この本を)燃やしちゃいけないの?」
「ヒイッ!? 真顔!」
本来のミサキであれば当然本好きの一人として燃やすのに抵抗はあるのだが、今回ばかりは別である。紙と時間と元ネタの無駄遣いとしか言えないこの本の悪趣味っぷりは燃やしたくなってもしょうがないと思っている。
(ああ、でも確かに焚書には良いイメージなんてないし、本を燃やす人はいずれ人をも燃やしかねない事を危惧してくれているのだろうか。怒りに囚われた私を心配してくれているのだろう、リオネーラは優しいな)
「……ありがとう、リオネーラ」
「今までありがとうって事!? 別れの挨拶!?」
「……ん?」
……と、ここでようやく何かがおかしいとミサキも思い始めた。
「ホントにごめんなさいミサキ! まさかそんなに怒るだなんて……」
「……え? リオネーラには怒ってないけど……?」
「………はぇ?」
重ねて言うが、リオネーラに非がない事は頭の回るミサキもちゃんと察している。つまり彼女の中では当然の、いわば周知の事実。だが、よくよく会話を思い出してみると、
「……あっ」
そう、最初のリオネーラの謝罪に彼女は返事をしていなかったのだ。
結局、この状況で冷静さを欠いていたのは怒れるミサキに怯える二人だけではなく、怒りに飲まれたミサキ本人も同様だったという事らしい。
「……ごめん、リオネーラ。ちゃんと説明してなかった。リオネーラの言葉に腹を立てた訳じゃない」
「……そ、そうなの?」
「うん。こんな本を手に取ってしまった自分の馬鹿さ加減に腹を立ててるだけ。リオネーラの言葉で思い出してしまっただけで、リオネーラの言葉自体に怒ってはいない。誤解させてしまってごめんなさい」
「……そ、そっかぁ……良かった……。そういう事ならいいわよ、気にしないで顔を上げて?」
「……ありがとう」
以上、転生初日ぶりの二人のすれ違い芸でした。
「……あれ? それじゃあミサキが燃やそうとしてたのは……もしかして」
「この本」
「……ダメよ?」
「………」
「ほら、良い子だから落ち着いて、その本を渡しなさい? ね?」
本を燃やそうという程の怒りの気持ちは既に無いが、これ以上自分のような被害者を出さない為に抹消しておくべきではないかと考えていたミサキは若干渋る。
とはいえ学校の所有物を勝手に燃やすなど流石に許される事ではないし、頭の少し冷えた今となってはやっぱりなんだかんだで本も可哀想である。大人しくリオネーラに差し出した。
「はい、よく出来ました。……うわ、つまんない本。燃やしたくもなるわね」
現地人から見てもそうなるらしい。
……一方、気配を消してそんな寸劇を遠目に伺う影があった。レベル50のリオネーラから気づかれない距離を正確に測り、そこから様子を伺う者がいた。
「流石にここまで離れると言葉が聞き取りにくいですね……」
まぁ、普通にディアンである。魔人警戒続行中のディアンである。彼女も普通に有能ではあるのでこれくらいの芸当は出来るのだ。
しかしリオネーラから気づかれない距離という条件がかなり厳しく、基本的にローテンションなミサキの声だけは聞き取れなくなってしまった。リオネーラとエミュリトスが叫びすぎとも言う。
「聞こえる声と動きから察せる範囲だと、どうやらリオネーラさんが何かミサキさんの機嫌を損ねる事を言って燃やされかけたみたいですが――え、怖くないですかそれ。やはり魔人……?」
その推察は合ってるといえば合ってるし合ってないといえば合ってない。
「そして何故か急にミサキさんが大人しくなり、頭を下げ、リオネーラさんに本を差し出した……というかリオネーラさんが本を取り上げた?」
そこはだいたいあってる。
「ふーむ、謝り倒している内に何故かミサキさんが大人しくなったようでしたが……本の影響で一時的な興奮状態か催眠状態にでもあったのでしょうか? でもそんな本が学院にある訳がないし、リオネーラさんは平気だし……?」
もう少しで真相に辿り着きそうな惜しさがそこはかとなく出てきた。
「もしかして……! あれはミサキさん――いえ、魔人にのみ邪悪な力を与え凶暴化させる闇の魔導書なのでは!?」
一気に遠ざかってしまった。
いよいよミサキだけでなく本まで勘違いされるようになったようでなかなか感慨深いものがある。
「だとすれば取り上げたリオネーラさん流石です! とはいえ当分はミサキさんに影響が残ってないか警戒する必要はありますが……。しかし、そんな恐ろしい本が紛れ込んでいたなんて……場合によっては焼却処分も検討しないといけませんね……」
そして結局燃やされかねないらしい。どうやらそういう星の下に生まれた本のようだ。かわいそうに。
ジワジワとブクマが増えてきています、まことにありがたき幸せ也




