NOと言える日本人になりましょう
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「――おはようございます。ここは保健室ですわよ。わたくしが運んで差し上げました。お礼は不要ですわ」
目を覚ましたミサキを迎えたのは保健室の白い天井とベッド脇の椅子に座るサーナスと謎の一方的なマシンガントークだった。
「……なんでそんなに捲し立ててくるの?」
「……何を話せばいいかわからないからですわ」
「まあ……それは……確かに」
言いながら上半身をベッドから起こす。筋肉痛が僅かに痛んだが、サーナスは不満げに目を逸らしていた為気づかない。
偶然に感謝しながら、ミサキはどうにか話を引き伸ばそうと言葉を捜す。
「……えっと、決闘お疲れ様でした、とか?」
「あぁ、それは必要そうですわね。お疲れ様です。そしてわたくしからは勝利おめでとうと言わせていただきますわ」
「ありがとう。あんな勝ち方しか思いつかなかったけど」
「レベル差がありますから仕方ないです、そう仕向けたのはわたくしだとも言えますし。あ、制服もお返ししておきましたわよ」
エアーで打ち上げられたブレザーはあの直後、やはり風に流されて少しズレた場所に落ちてきて回収されている。
他にも財布に入っていた小銭も周囲にそれなりの数が落ちてきていた。どれかが当たれば勝ちだったのだ、そういう意味ではあれは広範囲攻撃と呼べる。曲芸じみた上に運任せの攻撃だったが、サーナスが動けない事もあり期待値はそれなりにあったのだ。
ちなみにこれは完全に余談だが、ミサキはこの学校の制服を気に入ってるのでこの作戦自体ものすごーい苦肉の策だったりもした。ついでに小銭もそもそも自分の物ではないのだが……そこは目を瞑ってもらおう。
「ありがとう。……でも、あんな攻撃が当たったところで実戦だと何の意味もない。ルールに助けられただけ」
「ルールの中での戦いだからそうしたまででしょう? それは貴女もわたくしも同じですわ」
「……それに、防壁魔法もサーナスさんが変更してくれた。二度も譲歩してもらっての勝利だから、胸は張れない」
「わたくしがそう望んだのですわよ。わたくしの望んだ舞台で、貴女は勝った。舞台を整えた者に恥をかかせるつもりが無いのなら誇りなさいな」
「……そっか。わかった、誇る事にする。……ありがとう」
「……そう何度もお礼ばかり言われても困りますわ」
今回は気を失って眠っている間にあの女神は現れなかった。という事は少なくとも誰かに責められるようなアホな戦い方ではなかったという事だろう。サーナスの言う通り、ちゃんと誇らないと相手にも失礼だ。
まぁ、ミサキ自身は誇れるほど奇抜な事をしたとは思っていないし――というかただのヤケクソな運任せだし、反省点も多い戦いだったのだが。
一方で――
(にしても、物理攻撃を狙うように仕向けたのはわたくしですが……それに乗ってきた上で二段構えの不意打ちを狙うとは……)
一方でサーナス自身も反省すべき点は多々あると考えていた。少なくとも最後にミサキが物理攻撃を選び、突撃してくる事は予想通りで狙い通りだったのだから。
同時にそこからあの手この手で勝利をもぎ取ったミサキを再評価してもいた。状況を冷静に判断しながらも手段を選ばないその姿勢は実にサーナス好みだったのだ。
何より、彼女が負けた原因はミサキの行動全てに彼女が『完璧に反応し、正しい対応をしたから』だ。そこまで自身の実力を評価され、信頼されていたという事実は嬉しくもあった。
(……ふふっ。面白い人ですわ、本当に)
プライドの高い彼女にとって、負けて笑える経験なんて初めてである。そんな経験をさせてくれたミサキを評価しない訳がない。
一方でそこまで評価されている事を知らない彼女はサーナスの微笑の理由がわからず、「何かあった?」と間の抜けた問いかけをする。
「いいえ。自分から決闘をふっかけておいて負けたのに、得る物が多くて不思議と清々しい気分だ、と思っただけですわ」
「……次は勝てなさそう」
「心配なさらずとも、次に決闘を挑む相手が居るとすればそれはリオネーラさんですわ。レベル差を埋めるやり方もあると貴女に教わりましたから」
「………ねぇ、サーナスさん、聞きたい事があるんだけど」
ひとつ声のトーンを落とし(たつもりである、ミサキ的には)、サーナスに真面目に問う。
「……どうしてそこまでリオネーラを敵視するの? 良い人だよ、リオネーラは」
「……何か勘違いなさっているようですが、別に彼女が嫌いとか恨みがあるとかそういう訳ではありませんのよ?」
「……そうなの? 「エルフ族が魔法で負ける訳にはいかない」とか言ってたから種族としての誇りから絡んでるのかと」
「表面上はそういう事にしているのです。わかりやすいですし、彼女にエルフの素晴らしさに気づいてもらいたいので」
「……? よくわからないけど……エルフとして尊敬されたいって事?」
「スタート地点はそうですわね。そこからゆくゆくはわたくし個人の事を尊敬して欲しい……いえ、もっと言うと懐いて欲しいのです。ああいう可愛い子にわたくしは懐かれたいのですわ!」
何か話の流れがおかしくなってきた。
「……確かにリオネーラは可愛いけど」
「でしょう!?」
「でも、サーナスさん自身も美人だと思う」
「あら、ありがとうございますわ」
「……それに、エルフは美形揃いの種族じゃないの?」
これはあくまで前世の知識である。が、クラスのエルフを見ている限りだとこの世界のエルフも美男美女揃いなのは確かだった。
故に、身近でかつ美しいエルフの中で懐き懐かれをやっていれば良いのでは? とミサキは言いたかったのだが、
「そうですわね、エルフは確かに美しい一族です。ですが可愛らしい一族ではない……可愛さにおいては幼い人間やハーフエルフ、フェアリー達に軍配が上がるのです!!!」
「……………えっと」
こういう人を何と言うのだったか。ミサキには縁遠い言葉だったので思い出せず仕舞いだったが、あえてこちらで補足しよう。やんわりと言うなら年下趣味である。
そう、サーナスはやんわりと言うなら年下趣味である。外見だけで判断するタイプのやんわりと言うなら年下趣味である。
「あ、リオネーラさんの事ばかり言ってますがもちろんミサキさんも可愛らしいと思ってますわよ。影のある美少女、ダウナー系とでも言うのでしょうか? これもまた素敵ですわぁ……」
「……そんな焦点の定まってない目で見られても……どうすればいいのか……」
「懐いてくださればそれだけで」
「……遠慮しときます」
嫌な事はハッキリ嫌と言うべし。前世で習った大事な事だ。
「あら、残念。決闘にも負けた事ですし、今のところは我慢しますわ」
(「今のところは」……?)
稀にハッキリ伝えても通じない人もいるので気をつけよう!




