その6:世の中、大体の事は早い方が良い
ご無沙汰しております…
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――可能な限りいつも行動を共にしているミサキ、リオネーラ、エミュリトスの三人だが、一人の時間が無いわけではない。
極端な例をあげればトイレや風呂の時だったり、他にもクラスメイトや教師に『ミサキ以外が』名指しで呼び出された時だったり(ミサキが呼ばれた場合は大抵二人も心配してついて来るので)、ミサキに限れば寝る前の読書の時間も一人の時間と言えなくもないしベッドの中では当然誰もが一人である。
そして、三人のうち誰かに一人の時間があるのならば残された二人には『二人の時間』がある……事もたまにあるのだ。
例えば――ミサキがマルレラの店での短期アルバイト期間を終えた日の夜。ようやく肩の荷が下りたからか今までの疲れからか、ミサキが早々に爆睡してしまった時のこと。
「……そういえばセンパイ、働くのは初めてって言ってましたもんね。全然そうは見えませんでしたけど緊張してたんですかね」
「たぶんね。全然顔に表れないのは良いことなのか悪いことなのか……頑張りすぎなければいいけど」
「あはは、そうですね」
「……エミュリトス、あなたもよ? 隠そうとしないで、キツい時はキツいって言わないと」
「……いえ、わたしは別に何も……」
「無理してるといずれ他ならぬミサキに心配かけちゃうわよ? ミサキに迷惑かけたくないのはわかるけど、その為にもあたしにくらいは事情を話して仲間に取り込んだほうが得だと思わない?」
ミサキがマルレラと話し込んだり、エリーシャやリンデに纏わり付かれていた時などの視線が明らかにこちらに向いていないタイミング。実はそのタイミングで時折エミュリトスは僅かに疲れた表情を覗かせていた。
とはいえそれは――
「……無理とかそういうのじゃないんですよ、本当に。あのお店は環境が良かったので。わたしが勝手に緊張していただけなんです」
それは、彼女自身の言う通りごく小さなもの。ミサキが気付かなくても仕方なく、それどころかマルレラやエリーシャのように長く生きてきた人達にも隠し通せるほどの僅かすぎるもの。気付けるリオネーラの方が異常とさえ言える程のものだ。
「緊張? ま、エミュリトスもお店で働くのは初めてって言ってたもんね」
「それもありますけど、わたしは……自分で言うのも恥ずかしいんですけど、なんか人の視線に対して結構敏感というか、勘が働くんですよ。悪いこと企んでそうだなぁとか、わたしの事を避けてるなぁとか、マイナスな感情の視線にはよく気付いちゃうんです」
過去に何度か発揮されたことはあるが、未だ誰にも話してはいなかったエミュリトスの……なんというか特異体質? 固有スキル? 的なやつのことである。
これは生きていく上では結構役に立つものだが、当然というか必然的にというか、視線に対して無意識に身構えてしまうという心理的デメリットが生まれてしまう。日常生活に支障をきたす程ではないものの、日常でない場に放り込まれたなら話は別。まぁ鋼メンタルの人ならそれでも屁のカッパだろうが、生憎彼女は本来は臆病な性格なのだ。本来は。
「そうだったの……。それは、たくさんの視線に晒される店員は居心地悪かったでしょうね。ごめんね、気付いてあげられなくて」
「いえ、さっきも言った通り環境が良かったので……あのお店に来るお客さんはわたしの事も好意的に見てくれていたので、ホント、嫌な思いとかはしてないんですよ。そんな人がいたらどうしよう、って勝手に緊張しちゃってただけなんです、ホントに」
「確かに、いい人たちばかりだったわね。……でも次もそうとは限らないわ。次があれば――」
次があれば、事情を知る自分がどうにか気を配り――場合によってはミサキの決定に異を唱える必要もあるかもしれない。
リオネーラはそう言おうとしたが、そう言おうとした相手の視線がそれをさせてはくれなかった。
「……ダメですよ。わたしの都合でセンパイのやりたい事の邪魔をする訳にはいきません。リオネーラさんだってわたしの立場なら嫌でしょう?」
「まぁ……そうね。そうよね」
今この瞬間まで声に出して確認した訳では無かったが、『ミサキの足を引っ張らない』、これは二人の間での共通認識だとお互いが確信していた。だからこそリオネーラはそれを脅し文句のように使い、使われたエミュリトスもアッサリ白状したのだ。
しかし今回はそのせいでリオネーラの採れる選択肢が一つ減ってしまったと言える。
(となると、ミサキのやりたい事はそのままやらせてあげた上で、ミサキに気づかれないようにエミュリトスをフォローするしかないかしら。難しいけどやれなくはないか……? ……いや、ミサキだって馬鹿じゃないわ、いつまでも騙されてくれる気はしないわね)
奇行の目立つミサキだが、それは彼女の頭が悪い事を意味しない。むしろ頭は使いまくっており、何かと考えまくった結果の奇行である。まぁそのぶんコミュ力が低いので多少の隠し事なら気付かれないだろうが……『多少』でなくなってからも変わらず隠し通せるとはリオネーラには思えなかった。
そして隠し事がバレた時、隠していた期間が長ければ長いほどお互いのダメージは大きくなるものと相場が決まっている。この世界にはまだそこまで創作物は溢れてないのでリオネーラはその相場とやらは知らないが、優しい彼女なりに優しいミサキと優しいエミュリトスの『最悪のifの未来』を想像してみれば同じ結論に達するのだ。
(ミサキは気付けなかった自分を責めるでしょうね。隠していた期間、すなわちエミュリトスに負担をかけていた期間が長ければ長いほど。そしてその後は……きっと気を遣いすぎてギクシャクするんじゃないかしら。少なくとも今のような遠慮のない関係ではいられなくなりそう……)
容易に想像できるそんな未来は、リオネーラとしても到底容認できるものではない。
「という訳でリオネーラさん、このままセンパイには内緒で――」
「明日朝にでもミサキに事情を話すべきだと思うわ」
「そう言われるかもなぁとは少し思ってましたけど言わせてください、裏切り早すぎませんか!?」
「大丈夫、裏切るからにはちゃんと納得させてみせるわよ。いい? まずそもそもね、あなたの尊敬するミサキはあたし達の嘘や誤魔化しにずっと騙されてくれるような頭の悪い子ではないでしょ? 最初っから破綻してるのよ」
「ぐっ、それは確かに……天才にして聡明たる賢いセンパイがわたし達ごときの幼稚で稚拙な誤魔化しに騙され続けてくれるとはとても思えない……」
「遠回しにあたしまで幼稚で稚拙って言われてるけどまぁいいわ。で、どうせバレるなら騙す期間は短い方がいい。ミサキは知らなかった期間が長ければ長いほど深く自分を責めるだろうから」
「くっ、それは確かに……天使にして透明たる優しいセンパイなら隠し事をしていたわたし達を責めるより自分を責めてしまうのは目に見えている……」
「なんで前半ちょっとセリフ似せたの?」
どうせやるなら全体的に似せて欲しいところだが語彙力の限界だった。
「まぁいいわ。ともかく……そういう訳で、あたしの理屈はわかるわよね?」
「……そう、ですね……」
言われ、エミュリトスは緩慢とではあるが頷く。緩慢なのは「リオネーラの理屈を認めはするが、言われるがまま白状するつもりまではまだ無い」という気持ちの表れである。
とはいえリオネーラとしてはそれで充分。もし彼女がここを意地でも認めなければ面倒な事になっていただろうがそうはならず、そしてここさえ認めてくれるなら勝算があるからだ。
「長引けば長引くほどデメリットは大きくなっていく。それだけでも説得力はあるだろうけど……それに加えてもうひとつ。早く白状する事であなたにメリットもあるとしたら?」
「メリット……ですか? 白状したらセンパイは自分を責めるのに? わたしのせいでセンパイが自分を責めてしまうのに?」
「それを補って余りあるメリットよ。少し考えればわかる事だからあまり勿体ぶりたくないんだけど……ミサキを苦しませる事を恐れるあまり気付いていないというのなら教えてあげる」
別に難しい事ではなくむしろすぐにわかる事で、そして何よりエミュリトスの性格を考えればとても大きなメリット。
「白状したら……あんたはその『勘』を堂々とミサキの為に役立てる事が出来る。この先ずっとミサキに頼りにして貰えるわよ」
「………………た、確かに!!!」
そう、少しでも早く正直に全て打ち明け、ミサキにも把握してもらった上でその能力を敬愛する先輩の為に積極的に振るった方が忠臣エミュリトスとしては明らかに得なのだ。
少し考えればすぐにわかる事。だが、ミサキの邪魔をしたり悲しませたりする選択肢などハナから頭に無い狂信者にはなかなか気付けない事でもあった。
しかし一度気付いてしまえばその事実はあまりにも大きい。そんな『殺し文句』がすぐに浮かぶあたりが流石はリオネーラ、流石のコミュ力といったところか。
「言われてみればその通りです、自分の力を隠したままセンパイにお仕えするなんて不忠もいいところ……! 出来ることと出来ないことはハッキリさせておかないとセンパイに雑にこき使ってもらえないッ!」
「雑にこき使われたいの?あっやっぱ答えなくていいわ、愚問だった」
「逆に聞きますがリオネーラさんはセンパイに雑にこき使われたくないんですかッ!?」
「答えなくていいって言ったのに!いや確かに質問には答えてないんだけども! 恥ずかしいからノーコメントよノーコメント!」
恥ずかしい、という時点で答えを言っちゃってるようなものなのだが恥ずかしがってるリオネーラは気づいていない。
「うわーーんセンパイわたしが間違ってましたー!今この場で謝りますどうかお許しをー!!」
「こらぁ起こそうとするなユサユサするなー! 気持ちはわかるけど明日の朝にしなさいって言ったでしょうが!!」
「ハッ!? す、すいませんつい……起きてませんよね?」
「………………」
二人は静かにミサキの様子を窺う。どうやら変化は無いようだ。
「……大丈夫、かしら? 睡眠の魔法にも弱いみたいだし眠りも深いのかもね」
「ほっ……。と、とりあえず、明日の朝にするなら今のうちにセンパイにどう伝えて許しを乞うかを考えたいです。センパイの邪魔をしたくない、センパイの役に立ちたい気持ちに偽りはない事を伝えつつ隠し事を詫びられるように。リオネーラさん、どうか良い謝り方を一緒に考えてくれませんか?」
「もちろん手伝うわよ、無理矢理聞き出そうとしたのはあたしだからね、最後まで付き合うわ。でもそんなに深刻に考えなくても、ミサキならそのまま言うだけで良かれと思ってやった事だっていうのはわかってくれそうなものだけど」
「そうかもしれませんけど……」
「ま、いいわ。不安なら二人で考えましょうか」
と、そんな流れで二人は作戦会議を始めたが……
さて、ここで問題である。いくらミサキが睡魔に弱いとはいえ、同室で親友二人が騒ぎ、身体を揺すられまでしているのに眠り続けられるものだろうか?
(……起きて欲しくなさそうな会話してたから寝たふりを選んだけど正解だったかな)
まあ、流石に起きていた。起こされたとも言うが。
なお完全に余談だが彼女の覚醒に最も寄与したのはエミュリトスの揺すりではなくリオネーラのツッコミ声だったりする。とはいえ職務を果たしただけの彼女に落ち度はないだろう。
(……二人の説明セリフから察するに、エミュリトスさんが良かれと思って隠し事をしていて、それを私に謝ると同時に明かそうとしているっぽい? ……なら、私はそれを聞いて受け入れればいいだけ、か)
何を隠しているのかの部分は聞いていないが、これだけ悩んでいる親友の姿を目に(耳に)した以上、どんなものであれ受け入れるだけだ。そう考える程度にはミサキも親友想いであり、同時に親友の事を信じていた。
そして――
(そうと決まったら…………寝直そう)
――そして、やはり睡魔に弱かった。
あ、もちろん翌朝は特に何事もなくあっさりミサキが受け入れて解決しましたのでそこは省略させていただきます。
間が空いてしまい申し訳ありません。
現在療養中なのですが未だ完治しておらず、というか何なら来月から入院なので次回も大幅に間が空くと思われます…
どうか見捨てず待っていただけると幸いです。




