その5:聖水が割と効きそうで困る
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――またある日、朝食時の出来事。
「……いただきます」
今日も今日とてパンメインの食卓だったがミサキは文句も言わず、丁寧に手を合わせて食事に取り掛かる。
ゆっくりと食事の出来る現代に生まれ、学校でテーブルマナーも僅かとはいえ習ってきたミサキの食べ方は丁寧なものである。王侯貴族に匹敵するとまでは言えないしそもそもこの世界のマナーとはいろいろ違う可能性もあるが、少なくとも一般的に見て『教養がある』と感じさせる程度には丁寧だ。
「……ごちそうさまでした」
「ミサキの食べ方はしっかりしてるわよね。さすがは教会にお世話になってただけあるわ」
そんなミサキの食事風景を見てリオネーラがそんな事を言う。ミサキが転生者である事を知っているリオネーラがそんな不自然な言い回しをする。それはつまり、
「……まあね」
余計な事は言わず雑にノっておいて後は任せるのが正解という事である。そうすれば説明してくれるはずなので。
「何だっけ、『食べ物に対する感謝の気持ちを忘れるなかれ、感謝の言葉を欠かすなかれ』だっけ? 当然といえば当然なんだけど、教義として定めて徹底するのはすごいわよね」
「……まあね」
「基本的にユルい宗教なんだけど、何故かそこだけはしっかりしてるのよね女神教。ま、当然といえば当然のことだから反発とかは無いらしいけど」
食事の前に祈りを捧げたりする文化は西洋でもよくあるものである。なので何もおかしくはない、のだが……
(……メーティスさん、日本大好きっぽかったからなぁ)
もしかしたら単に日本のいただきます文化をトレースしたかっただけではないのか?という疑惑もミサキの中にあったりする。
もっとも、仮にそうだとしても何も問題はない。リオネーラの話を聞く限りどちらにせよ教会に世話になっていたドイナカ村出身者という設定に反しない、どころかむしろ説得力が増すので。リオネーラがわざわざ説明してくれたのも太鼓判を押す意味があったのだろう。
よって疑惑を追求するつもりは彼女にはなく、真相は闇の中――となるのだがせっかくなのでここで明かしておくとその疑惑は正解です。やったね!
……とまぁそんな事はさておき、宗教の話関係でミサキには地味に気になっている事がある。
「……そういえば、二人の信仰している『教え』は?」
そう、親友二人がどこの宗教に帰属しているか、だ。
今まで話を聞いた範囲だと、この世界では最大勢力の女神教が基本的にユルいため他の宗教が厳しく振る舞う訳にもいかず、結果的に宗教間でのトラブルなどはほとんど無いようなのだが……それでも教義によってはタブー等もあるだろう。そのあたりには気をつけておきたい、とミサキは考えていたのだ。
なので聞いてみた。女神教が最大勢力らしいので二人とも、あるいはどちらかくらいは女神教徒じゃないかな、と予想しつつ。すると……
「「無宗教」」
ファンタジー異世界らしからぬ答えが返ってきた。神権政治とまでは行かずとも宗教がかなりの存在感を示しているはずの異世界らしからぬ答えが。つーかどちらかといえば現代日本っぽい答えが。
「……え、無宗教の人って結構いるの?」
「まさか。大体の人は女神教徒よ、ほとんどの街中に大きな教会があるくらいだもの。あたしもエミュリトスが無宗教って聞いて驚いてるわ」
どうやら同時に答えたのは完全に偶然らしい。仲の良い事である。
「あたしの場合はウェルチ村の成り立ちのせいってのが大半ね。元々流れの人が集まって出来た村で、どうやら昔は宗教を捨てて逃げてきた人とかも居たっぽくてね……もちろん何かをずっと信仰してる人もいるんだけど、っていうか他ならぬウチの両親も女神教徒なんだけど、でも村としてはその人達に気を遣って話題にするのを避けてきたみたいな、そんな感じで。村に教会すら作らなせない徹底ぶりだったわ」
「……村に教会が無いからリオネーラも入信するタイミングがなかったと」
「まぁそれもあるけど、別に急いで入る必要もないし……。女神教ってユルすぎて教会内部の人以外は日課の礼拝すら無いのよ。両親見てても他の村人と行動が何も変わらなくてね、宗教の必要性を全く感じなかったわ。だから急がなくてもいいかなーって」
実際はあくまで何事も『個人の自由意志』に委ねるのが女神教のスタンスである。なので教会の近くに住んでいたり都会に暮らしていたりする信徒は礼拝もしたりするのだが……教会も無い田舎でパン屋を営みつつ自給自足生活をしているリオネーラの両親にはそんな暇は無かったのだった。
「……でも入信するなら女神教がいい、と」
「そうね、何と言ってもユルいからね。あたし好みではあるわ」
「……なるほど。エミュリトスさんは?」
「わたしは……実はずっと前は女神教徒だったんですけど」
「……そうなんだ」
「はい。ただ、その、レベルという概念を嫌いになるにつれて、レベルが重要なこの世界を作った神様のこともだんだん嫌いになってきちゃってですね……」
「………」
「…………抜けちゃいました! てへっ☆」
てへっ☆ って。
「……まあ、別に、信仰は人の自由だしそれはいいと思うけど……」
信仰の自由は保障されるべき。それは現代日本人からすれば当然の感想だ。
しかし続く言葉は「けど」なのだ。エミュリトスが開き直って「てへっ☆」とか言っちゃった理由もそこにある。すなわち……
「ミサキが女神教の保護下にあって、あたしも女神教なら入ってもいいかなーって考えてる時にまさか身近に脱退者がいたとは」
話の流れ的にこのままではエミュリトスだけ仲間外れ、という事である。
まぁユルい宗教らしいので仮にそうなったとしても今と変わらぬ関係では居られるだろうし、優しいリオネーラは最悪入信を諦めてもいいと言ってくれるだろうが……エミュリトスとしてはやっぱりミサキに合わせたい訳であって。
「うわーんごめんなさーい! 女神教って入信し直せますかね!?センパイとの運命の出会いをもたらしてくれた女神様を疑うことなんて今後一切いたしませんので!! 今は心の中は誰よりも熱心な女神教徒ですのでー!!!!」
「できるのかしらねぇ……っていうかあんたどっちかというとミサキ教徒よね」
「それは否定しませんけど」
「急に真顔にならないでよ」
「センパイ教があったら女神教なんか蹴って即入信ですけど」
「女神教に再入信できるかって話をしてるのに蹴るとか言うなっ」
「でもセンパイ教の話を振ったのはリオネーラさんですよ」
「……そうだけどっ!」
と、そんなアホな話はともかく、再入信出来るかどうかというのは結局のところ確認してみないことには誰にもわからない。
ユルい宗教、という事で、来るもの拒まず去る者追わずのスタンスであってくれると良いのだが……
(……どうしても、という時はメーティスさん――じゃなくてテメスさんに頼んでみる? 便利に使うようで気は引けるけど、友達の為に何もしないのも嫌だし……)
女神の力を使ってもらうのは当然アウトだが女神官テメスに頼み込むくらいならセーフだろうか、いやそれでもコネをアテにするのはどうなんだ……とミサキも考え込むものの、よく考えたら自分達の向かう先の教会に都合良くテメスがいる保証すら無く。やっぱり行って確認してみないと何もわからないな、という結論に達したのだった。
……テメスの居ない教会に行ってしまった場合、そもそもミサキが見た目のせいで問答無用で入場拒否される可能性もあるのだが。下手すりゃ聖水ぶっかけられたりして追い払われる可能性もあるのだが、エミュリトスの問題が大きすぎて誰もその事には気づかないのだった。




