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異世界は薄着でも厚着でも戦えるので好きな方をお選びください


◆◆◆



 ――そして、マニュアル製作を請け負ってから三日目。フツーにマニュアルは完成した。いやまぁミサキとしては初めての作業に必死で不安で心配な三日間だったのだが、特筆するような出来事は無かったという意味で。

 そして、特筆するような出来事がなかったのはマニュアルを作った側だけではなく、受け取った側も同様だ。


「――うむ、確かに受け取ったぞ。いかんせん始めて目にする物じゃから正確な事は言えんが、儂はよく出来ておると思う。良い仕事じゃ」

「……ありがとう。どこかで役立てて」

「どこかでというか、早速使わせてもらうぞ。……エリーシャ、お主にやってもらいたい事は接客以外にも多少ある。主に雑用じゃがの。それについてもこのマニュアルとやらに書いてもらった、読んでおいてくれ」


「はぁい」とだけ言い、エリーシャは受け取ったマニュアルに目を通し始める。黙々と。

 そう、確かにこのマニュアルはミサキなりにわかりやすくなるよう頑張って作りはしたが、ぶっちゃけ目に見えるスゲェ効果が即座に現れるようなものではない。そういうものではないので当たり前だが、だからこそ特筆するような出来事も何もないのだ。

 ただ、それはミサキ達の頑張りが評価されないという事を意味しない。結構頑張ったのだというのはマニュアルを一目見ればすぐにわかる。


「仕事の流れ、注意点、色分けしてあったりイラストも付いてたりして本当にわかりやすくていいと思うわ。すごいじゃない。ありがとう、ミサキさん」

「……私だけの力じゃない。皆の助けがあってこそ」

「そうね、そう言ってたわね。じゃあみんなにお礼を言わないといけないわね、ありがとう」


 エリーシャは素直に、大人びた笑顔を浮かべて皆に礼を言った。美人の笑顔は野郎共に対してかなりの破壊力を誇りそうだったが、客のいないタイミングを見計らってマニュアルの件を切り出していたおかげで二次被害は出なかった。


「あとはこれをミサキさんが朗読してくれれば完璧なのだけれど」


 代わりに全てを台無しにする謎の追撃がミサキに入ったが。

 しかし、意外にもミサキはその声フェチのピンポイントな攻撃(願望)に対して前向きな回答を返す。


「…………まぁ、一度くらいなら」

「えっ、いいの?」

「……そろそろ来れる日も減りそうだから」


 実は昨日のうちに教頭から学院クエストのアップデート告知が生徒達に為されていたのだ。それはそのままミサキがここを辞める日が(たまに手伝いに来るとしても)目の前である事を意味し、それならば、とミサキ(去る者)エリーシャ(残る者)に対して何かしてあげたくなるのもおかしな事ではない。


「そうなの……寂しくなるわね。このマニュアルが毎日ミサキさんの声で喋ってくれればいいのに……」

「なによそのヤバイ発想……」


 リオネーラは思わずツッコミを入れたが、エミュリトスなどは気持ちがわかるので何も言えなかった。

 なお当のミサキはエリーシャの求めるものが作れなくもない時代・世界からの転生者なのでもし録音できる技術や魔法があれば協力は惜しまないつもりだったのだが、エリーシャとリオネーラの反応を見ればそんなものは存在しないとわかる。なのでこの場で出来る事は無かった。朗読くらいしか。


「……そういう事が出来るようになったら手伝うから」

「ええ、ありがとうミサキさん。その時が来たら是非お願いね。……ふふ、賢者を目指すついでに研究しようかしら、『人の声を記録する魔法』が可能かどうか……我ながらなかなか面白い着眼点な気がするわ。属性は……どれにも属さない無属性になるのかしら?それとも何かに閉じ込めるならその何かに準じた属性に?というかまさか禁忌魔法に認定されたりはしないわよね?それ以外にも――」


(……結局朗読はしなくていいのかな)


 魔法バカの本領を発揮し、エリーシャはなんかブツブツ言いながら自分の世界に入り込んでしまった。なかなか声のかけにくい状態である。

 それを見て、今度はマルレラが話を切り出した。


「まぁ何じゃ、ともかく前々から話に聞いていた学院クエストが始まるという話じゃな? 多少危険になり報酬も増えたやつが」

「……うん」

「そうか、丁度良いタイミングかもしれんな。ほれリンデ、試作品じゃ」


 言いつつマルレラが取り出して披露した物は……リンデに振った事からわかる通り、妖精サイズの鎧である。既に完成していたらしい。

 ……ただし、それはサイズこそ小さいもののガッツリ全身鎧プレートアーマータイプだったが。つまり重そうなやつなのだ。


「わーい! 装備してみていいー?」

「勿論じゃ。ほれ、着せてやろう」


 鎧といえばプレートアーマーのイメージしかなかったのか、リンデは特に何も気にせずノリノリで試着タイムに入る。しかし……



「……おもい」

「やはりか」


 本人以外の誰もが予想した通り、非力な妖精族にはプレートアーマーは重すぎた。


「うごけないー、とべないー!」

「やはりか」

「さっきからやはりやはり言ってるけどわかっててやってたのー!?」

「儂は聞かれた時から難しいと言っとったろうに」

「そう言われればそんな気もするー!」


(((……その割には着せる時はノリノリだったような)))


 ミサキ達のそんな疑問は、しかし次の瞬間に氷解する。


「フッフッフッ、実はどうせこうなるじゃろうと思ってな、まだ他にも作ってあるんじゃよ。ほれ、妖精サイズのチェインメイルじゃ!」


 どうやら鎧を作る事自体は楽しかったらしく、それを披露するこの場もまた楽しいらしい。よってノリノリなのだ。まさかの第二弾まで飛び出してくる程度には。

 そうして飛び出したチェインメイルだが、金属板プレートで作られたアーマーと比べると、チェインを薄く伸ばしてメイル状にしたそれは確かに多少は軽そうだ。

 なおどちらの鎧もしっかり背中に羽根を出す隙間が空いている。手間のかかった丁寧な仕事である。


「わーい! 装備してみていいー?」

「勿論じゃ。ほれ、着せてやろう」


 と、コピペで済むやり取りをもう一度繰り返した後、リンデは嬉しそうにチェインメイルを装備する。その結果……



「……おもい」

「これもか」


 結果もほぼコピペで済んだ。残念ながら。


「まあ予想通りではあるのじゃが、もしかしたらという気持ちが無かったとは言わん。そう考えると残念な結果じゃな」

「ごめん……」

「いや責めてはおらんぞ。予想通りじゃ、予想通り」

「それはそれでくやしー! もっと軽いのないのー!?」

「むぅ、悪いが今は無いな。次に作るとしてもこれ以上となると、そうじゃなぁ……プレートアーマーから前面部だけを切り取ったブレストアーマーでも試してみるか? あるいはそうじゃな、そこから更に軽量化して胸部だけに限定した胸当てもあるな」

「へー! そういうのもいいかもー!」


 諦めきれないリンデが追い縋って話を広げ、ちょっと現実的な案が見えてきたような気がした……のだが、「鉄製の胸当て」と聞いてミサキの脳裏には別の映像が見えていた。よく会う人が毎日それを装備しているからだ。というか学校の生徒なら誰もが知っている人が。


「……胸当て……ボッツ先生が装備しているやつか」

「そうね、あの人はおそらくモンクだから格闘戦のし易さを重視して軽装にしてるんだと思うわ。勿論後衛のリンデが付けるのも良い選択よ、機動力が確保できるから敵から距離を取れるようになる」


 ミサキの呟きにリオネーラが補足し、更にメリットも挙げる。が、背中を押された筈なのにリンデはこの時点で複雑そうな表情をしていた。そしてその表情は続くエミュリトスの核心をついた一言で爆発する。


「でも学院の中では先生とお揃いのファッションって事になりますよね?」

「ヴェェァォァァそんなのやだァァァァア!!!」

「うわっ急にオークに握り潰されたような声出さないでくださいよびっくりするじゃないですか」


 ひでぇ例えである。が、実際ひでぇ声でもあった。ボッツとオソロがそれほど嫌という事であり、流石の嫌われっぷりと言わざるを得ない。


「そ、そんな装備の被りなんて気にしてたらキリがないわよ? ね?」

「……私がボッツ先生の名前を出したのが良くなかった。ごめん」


「そうだとしても、ミサキさんは悪くないけど、それでもイヤなものはイヤー!!!」


「よくわからぬが、お主らの教師ではないのか……?」

「ひどい嫌われ方よねぇ。いったいどんな人なのかしら……」


 蚊帳の外の二人(店長と店員)に対し、しかし良い子で陰口を嫌うリオネーラとミサキから説明できる事は無く。ミサキは目を逸らし、リオネーラは曖昧に笑うだけしか出来なかった。



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[良い点] 酷い教師です(笑)
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