新入りへの洗礼
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――ともあれ、そんな訳で少女達三人はかなり自分達に都合のいい条件で雇ってもらえた。
しかしそうなると逆に申し訳なく思えてきてしまうのが彼女達である。申し訳ないので店員になってくれる人を探そうと学校内で少し頑張ってみるも、結果は全て空振り。申し訳なさを抱えたまま、せめて少しでも早くマルレラが長期の店員を見つけてくれるよう祈り続ける日々を過ごす。
その祈りが届いたのは……丸一週間が経ち、再び休日が訪れてからだった。
◆
「あー、ミサキさーん!」
寮の自室から一歩踏み出したところで、ミサキ達三人は待ち構えていたかのような声に呼び止められる。振り向けば、その声の主はリンデだった。
「……おはよう、リンデさん。どうしたの?」
「おはよー。今日も行くのー? 鍛冶屋さん」
「……うん、その予定」
三人はマルレラの店で雇われてから一週間、かれこれ休み無しで働いている。そう聞くとハードなようだが、平日は放課後しか働いてない上に鍛冶屋というものは夜遅くまで開けておく意味はあまり無いらしく閉店が割と早い。なので彼女達は言うほど働いてはおらず、疲れは溜まっていなかった。
なのにそこそこ以上の給金を貰っているのだからやはり申し訳なさが先に立ち、よって休日である今日は早めに出勤しよう、という話になっていたのだ。
そんなミサキ達の行動を予想した上で声をかけたリンデの目的も、また予想がつく。
「アタシも一緒に行っていいー?」
どうやら心の準備が出来たらしい。ミサキは一応確認の為に親友二人の顔色を伺った後、頷きを返した。
「……勿論」
「よかったー、よろしくねー」
「……今日は一人?」
「あールビア? 今日もサーナスと特訓だってさー。先週からずっとちょこちょこ特訓してるんだけどまだまだ誤射が多くてしょっちゅうサーナスに当ててるんだってー」
「そう……」
「何回誤射してもサーナスはニコニコして許してくれて、いい人だって言ってたよー」
「…………そう」
それは本当に「ニコニコ」と呼べる健全な笑みなのだろうか。ドジっ娘はドジなままがいいと言い張る彼女の事だ、ドジを許す笑みではなくドジを喜ぶ笑みなのではなかろうか。
とはいえ、悪い人ではないとはミサキも思っている。一番絡まれているリオネーラからすれば鬱陶しくてめんどくさいかもしれないが、それでも彼女も悪い人だとは言わないだろう。
サーナスを知る他の人達も恐らくは同様。であればとりあえずは問題ないと思われる。とりあえずは。サーナスが何かやらかさない限りは。
「というわけで早く行こうよー」
なので、そんな風に急かされればこの話はここでお終い。
スッパリと思考を切り替え、ミサキ達はマルレラの店へ向かうのだった。
◆◆
さて、ここからが本題である。
というのも――
「「いらっしゃいませー!」」
店内に足を踏み入れたミサキ達にかけられる挨拶が二重になっていたからだ。言うまでもなく今まではマルレラ一人の声だけだった。つまり、一人増えているのだ、店員が。
まぁ普通にカウンターに二人並んで立っているので見ればわかるのだが。
「うむ、挨拶はちゃんと出来るようじゃの」
「ふふ、ありがとうございます、店長さん。第一のテストはクリアかしら?」
「そうじゃな。まぁ正式採用までそんなにいくつもテストがある訳でもないが」
マルレラの隣に立つその人は魔法使いっぽいイメージそのままのつば帽子を被り、しかし体に身につけたローブはボディラインが出る程度に軽装で動きやすさを重視したもの、という格好をしている若い女性だ。
ミサキはその人に見覚えがあった。初めて見たのは一週間前、丁度この店で。最初こそ「若い魔法使いっていうのはこういう格好なのかな」と勝手に納得した程度だったが、その後に彼女は強烈な印象を残していったのだ。
というのも――
「あらっ? ねぇそこの貴女、もしかしていい声の店員さんじゃない?」
そう、この店で生まれた――生まれてしまった――ミサキの声フェチメンバーズ、その中で一際目立っていたのがこの人なのだ。
初日に顔を見たいとせがみ、その為の出費なら惜しまない覚悟を見せ付けたあの人である。彼女はあれ以来ちょくちょく――どころか毎日ここに通って何かを買っていくのでミサキも常連として顔は覚えていた。
「……こんにちは」
元々目深に被っていたマントのフードを更に深くなるよう引っ張りつつ、挨拶をする。
顔は見せていないし喋ってもいないのによくわかるなぁ、と一瞬思ったが隣に居る顔ぶれから判断されたのだろう。
「ふふ、こんにちは。仕事外の時間でも顔は見せてくれないのかしら? 恥ずかしがり屋さんなのねぇ」
「……そういう訳ではないのですが」
「ちょっと、あんまりセンパイに近づかないでもらえますか」
「そ、そーだそーだー……?」
カウンターの中から出て来ようとしている女性に対し、ミサキの気持ちを察したかのようにエミュリトスとリンデが制止の声をかける。実際はエミュリトスは威嚇の意味が大半だし、リンデに至っては二人の関係を知らないのでよくわからないままエミュリトスの味方をしただけだが。
そんな警告を受けた女性はちゃんと足を止めつつ、どちらかといえばエミュリトスよりリンデの方に注目する。
「いつものドワーフの店員さんと……貴女は、フェアリー?」
「そ、そうだけどー……?」
「ふぅん……フェアリーまでいるなんて流石は『学院』ね、羨ましいわぁ。良い声の店員さんのお友達かしら?」
「良い声……ミサキさんのことー? うん、友達だけど……」
以前も述べた通り、フェアリー……妖精族の存在自体はそこまで珍しくはないが、他の種族と寝食を共にするような共同生活をするかといえばまた別で、妖精族は妖精族だけで行動する事がほとんどであった。
そんな妖精族を公式に共同生活の場に引き入れたカレント国際学院は確かに彼女の言う通り「流石」なのだろう。「羨ましい」というのはどうとも取れそうでよくわからないが……それよりも今は話の流れでミサキの名前という個人情報がアッサリ流出した事の方が問題である。
「へぇ、ミサキさんと言うのね。いいこと聞いたわ、うふふっ」
「あっ」
「なにセンパイの名前をアッサリバラしてくれてるんですかこのおマヌケ!」
「ぴゃー! ごめんなさーい!」
「いや……名前くらい別にいいんだけど……」
ミサキとしては問題ないのだが、既にエミュリトスに怒られた後のリンデとしてはやっぱり問題なのだった。迂闊だった事には変わりないし。
ただ、静観していたリオネーラもミサキと同意見だったりはする。別にミサキの名前がどうでもいいという意味ではなく、どうせすぐに知る事になるだろうから、だ。
「ねぇマルレラ、この人ってもしかして」
「うむ、店員希望者じゃ、長期のな。ちょくちょく客に声をかけておったんじゃがようやく一人来てくれたわい。なんでも元ハンターらしいぞ、どうじゃ、ハンターを目指すお主らにとっても興味深い話が聞けそうじゃろ?」
「まぁ、そうね、それ自体は嬉しい事だわ……。ただ、何て? お客さんに声をかけ続けたって?」
「ん? う、うむ、そうじゃが」
「あのさ、鍛冶屋に買い物に来るような人なんて大抵は戦う仕事を既に生業にしてる人だと思うんだけど。わざわざ店員に転職なんてしないと思うんだけど」
「…………あっ」
どうやら今頃気づいたらしい。というか言われるまで気づかなかったらしい、自身がかなり確率の低い賭けに延々と挑んでいた事に。やはり微妙なところで人族の文化に疎いドラゴニュートである。「ようやく」と言っていたが一週間で見つかったのはむしろ幸運だったのではなかろうか。
「ま、まぁ結果的にこうして来てくれたんじゃからいいじゃろ!」
「そうなんだけどね。えぇと、それで貴女……あ、名前は?」
「あら、名乗るのが遅れちゃったわね、ごめんなさい。私はエリーシャ・ヴィエラ。よろしくね」
「エリーシャさん、と。あたしはリオネーラ・ローレスト。どれだけ一緒に働けるかはわからないけど、よろしく」
魔法使いっぽい大人な女性――エリーシャと頭を下げ合うリオネーラ。彼女達があくまで短期間の手伝いである事はマルレラにより既に説明されていたようで、エリーシャはその事には特に言及しなかった。
そんな事よりも……と期待を込めた眼差しを向ける先は、当然というか何というか、やはりミサキの方である。察したミサキが名乗る前に、彼女をかばうように前に出つつエミュリトスが先に名乗った。
「エミュリトスです。一応よろしくお願いします。あともう一度言いますがあまりセンパイに近づかないように」
「よろしく。ところでセンパイというのは? ミサキさんのあだ名かしら?」
「ええと……まぁ、そんなものです」
(((説明めんどくさくなったな)))
学校内ではひそかにリオネーラが説明して回っているので多くの者はエミュリトスのセンパイ呼びの理由(と由来)を知っているが、先輩という単語自体の知名度はこの世界では決して高くはない。まず使われない概念なので。
そして知名度が低くまず使われないという事は実質的にミサキのあだ名のようなものとも言えなくはなく、よってエミュリトスは説明をめんどうくさがった。説明してあげたところで特に得も無いし、ぶっちゃけ多少敵視してるしで。
エリーシャとしても敵視されてるのはうっすら感じていたのでそれ以上掘り下げはせず、っていうか早くミサキの声が聴きたいので急かすような視線をそちらへ向けた。
「……ミサキ・ブラックミストです。よろしく」
「ふふっ、やっぱり良い声。よろしくね」
「……はい」
「敬語も要らないわ、同じ店員なんだから」
「……わかった」
「…………」
「…………」
「……………」
「……………」
「……あー、そっちのフェアリーの娘は初顔じゃな?」
「あ、はーい、ミサキさんのお友達のリンデだよー、よろしくー」
向かい合ったまま沈黙してしまったミサキとエリーシャを見かねてマルレラは話を進めようとしたが、エリーシャは微動だにしなかった。
彼女は自己紹介が終わってからもずっとミサキにそわそわした視線を向けている。
「………………そわそわ」
っていうか口で言っちゃっている。
「………………」
まぁ、そのそわそわした視線の意味するところは流石にミサキにも察しはつく。顔を見たいとずっと言われ続けてきたのだから。
それがなくともこれから一緒に働く人なのだから顔を隠したままというのも失礼に当たるはずであり。仲間達はミサキの意思を尊重して庇うような立ち回りをしてくれていたが、それに応えるという意味でも今この場で決断するべきだろう。見せるか否かを。
「……マルレラ店長」
素顔を見せる事で自分が嫌われる覚悟は出来ている。なら後はその結果店が被るかもしれない不利益についての確認だ。すなわち、ミサキが顔を見せた事で店員希望者が一人去り、常連客を一人失う可能性をマルレラが受け入れてくれるかどうか、である。
しかし、それに対するマルレラの答えなど決まりきっていた。
「思うままにせい。そりゃ儂としては其奴に去られては困るが、じゃからといってお主のやりたい事を阻むような真似が儂に出来るはずなかろう。大体、これは其奴の望みじゃろ? お主は望みを叶えてやるだけじゃ、何を負い目に感じる事がある?」
「……そう言われても、開き直るのは難しい」
「ま、それがお主の良いところか。じゃが儂とてこの展開は最初から想定しておる、気にするな。むしろお主を悩ませてしまう方が心苦しい」
「……わかった。ありがとう、気にせずやりたいようにやる」
「うむ、それで良い」
「……えっ? あの、何をそんなに大事のように……?」
状況が飲み込めず戸惑うエリーシャに、マルレラが告げる。
「エリーシャ。この後、お主がどんな行動を取ろうと儂らは責めはせぬ。ここを去り、二度と訪れる事が無くともな。ただ、出来ればここで見た事は黙っていて欲しい」
「……え?え?」
「ミサキ、奥の作業場を使うと良い。客が来ぬよう、儂は表で見張っておこう」
「……ありがとう。……エリーシャさん、確認するけど、本当に見たい? 正直、見て気持ちのいいものではないと思うけど」
「も、もしかして酷い怪我とかそういうの?」
「そういう訳ではないけど……」
「違うのね……じゃあ、学院ではどうしてるのかしら?」
「……特に何も。そのまま」
「うーん……怪我とかではなく、意地でも隠そうとしている訳でもなく、でも見たら気分を害するような顔……? あ、もしかして――」
頭を捻りに捻り、一つの考えに思い至ったエリーシャは真顔を作り、シリアスに言い放つ。
「――絶望的にブサイク?」
「……それ以上」
「それ以上!?」
無礼の限界に挑戦したにも関わらずその上を行くと言われ、エリーシャは仰天した。オトナな色気のある魔法使いでもこんな反応するんだなー、とミサキは呑気に眺めている。
「もぉぅ、想像つかなくて逆に気になるじゃないの! ……ふぅ、いいわ、私も覚悟を決めた。元より貴女のお顔が見たくてここに来たんだもの、ここで退いたら何のために来たのかわからなくなっちゃうわ」
と、いい感じに覚悟完了したエリーシャのセリフについつい反応してしまったのは客の足止めの為に表に出る寸前だったマルレラである。
「こやつ、最初は「ドラゴンの魔法を間近で見たいから来た」とか言っておったんじゃがのう……」
「それも嘘じゃないけど二番目の理由よ。ふふ、別に一番の理由を言えとは言わなかったじゃない?」
「まぁ、先程も言った通り予想は出来ておったから別に良いのじゃがな……。その欲が良い方向に転んでくれる事を祈っとるぞ」
「う……そ、そう何度も念を押されると怖いわねぇ……一体どんなお顔をしているというのかしら……」
「ひとつアドバイスをするなら……反射的に攻撃したくなっても冷静に我慢した方が良いぞ」
「それは当然というか……お顔を見ただけで有無を言わさず攻撃するような人なんて普通いないでしょ? しかも店内で。そんな人がいたら私、軽蔑しちゃうわよ?」
「……………そうじゃな、では後は頑張っとくれ」
顔を見ただけで有無を言わさず攻撃(しかも店内で)した経験のある酔っ払いドラゴニュートはそれ以上何も言わず去っていった。
……エリーシャが「……んぉぅっふ」という悲鳴とも何ともつかない妙な声を絞り出しながらその発言の意味を理解するのはそれから数分後のことである。
パソコンが……壊れた……




