ASMR
――ちょっと話が逸れたが、ともかくそういった事情からミサキ達三人は会計を任されることとなった。
とはいえ、流石にその一言だけで片付けていい話ではない。
「……ごめん、私は未経験だから何をすればいいかわからない」
ミサキが声を上げ、手を挙げる。手伝いたい気持ちに嘘はないが、今の自分が役立たずである事もハッキリしておかないといけない、と考えるのがミサキだ。基本的に自分を偽らない子なのである。
まぁ、未経験者なのにいきなりレジ接客やる流れになったら大抵の人は素直に教えを請うと思われるが。
「はーい、わたしもわかりませーん」
「あたしは多少ならわかるけど」
「ふむ、ではリオネーラに監督を任せようかの。なぁに、金を受け取って釣りを返すだけじゃ、何も難しくはない。あぁ、買取希望者が来た時は儂に回してくれ」
「本当にそれ以外の事はしなくていいのね?」
「ああ。商品も客が気に入ったやつを勝手に持ってきて勝手に持って帰るしの。特にする事はない筈じゃ」
この店は――というか先週行ったアクセ屋もだったが――壁や棚に置いてある商品を客自ら手に取り、カウンターに持って行き会計、そしてそのまま持ち帰る、というスタイルのようだ。これなら確かに会計以外にやる事は無さそうだが。
(ほとんどセルフサービスか……確かにゲームとかでは店員はカウンターに立っているだけだったけれど)
本当にそれでいいのか、と不安になってしまうのは元現代日本人だからか。まぁそのあたりは暇を見つけてリオネーラ監督に尋ねればいいだろう。
「……そういえば、リオネーラはどこでこういう仕事を?」
「あぁ、あたしの実家は本業パン屋さんでね、ここに来る前はよく手伝ってたのよ」
「……パン屋さん……なるほど」
唐突に明かされた設定だったが、おかげでいろいろ合点がいった。バイトに抵抗がない事もだが、ミサキと出会った入学初日にマジックパンを持っていた事も、魔法を教える際の例えに何故かクロワッサンを持ち出した事もこれで説明がつくのだ。
ただ、こんなにも自然に溢れている(らしい)世界の村といえばなんとなく畑を耕して自給自足していそうなイメージがミサキの中にはある。なので村でパン屋として生計を立てている、と言われても最初はピンとこなかった彼女だが……
(……そういえば、マジックパンのようにマナが沢山含まれた食品は日持ちするとメーティスさんが言っていた。日持ちするパンなら田舎からも出荷できるから商売として成り立つのか)
実際に田舎から出てきたリオネーラの持っていたマジックパンを美味しくいただいた経験のあるミサキはそう正確に把握したのだった。冷静に考えれば前世での保存食の常識がひっくり返されてる気がしないでもないが、そのあたりの話も村に行った時に本職から聞ければいいな、と思いつつ。
◆
そうして三人はマルレラの代理でカウンター内に入り、うち未経験者の二人はリオネーラから接客のイロハを学んで実践し……そんな感じでそれなりの時間が経った頃。
「……ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
「おう、ありがとな」
(へえ、やるじゃないミサキ。あたしが初めて手伝った時はここまで滑らかには出来なかったわ)
相変わらずの抑揚のない声で(ついでに制服にヘルムの変なファッションのままで)、しかし初心者とは思えないほど堅実で丁寧な仕事をするミサキをリオネーラは隣でひそかに評価していた。
だが、実のところこれはミサキが凄いわけではない。サービスに溢れた現代で数多くのプロの接客術を見てきているので見よう見まねでそれっぽい仕事が出来ているだけだ。つまり転生者なら誰でも出来る事であり、ミサキもリオネーラから評価されているとは夢にも思っていなかったりする。というか初めての接客に必死でそんな余裕はない。
ちなみに余裕がない理由はもう一つあり……
「あ、いらっしゃいませー!」
「……いらっしゃいませ」
客が多い……というか、徐々に増えてきているのである。リオネーラがミサキの隣に立っているのも実は監督している訳ではなく二人で並行して客を捌こうとしているため。エミュリトスもミサキのサポートに入り、現時点で出来る万全の態勢で回しているのだ。
(むう。この繁盛っぷりは嬉しい事じゃが……原因は何じゃ? これ以上増えるようでは流石に三人に申し訳ないぞ……)
質問攻めに合いながらもマルレラは頭を働かせるが、思い当たる節はない。最初の客が来た理由こそミサキ考案の看板のおかげだとしても、三人に会計を任せてから徐々に客が増えている理由は分からずじまいだった。
……そう、「だった」のだ。直後に入店してきた数人の客の会話を聞くまでは。
「なるほど……噂通りだね」
「そうね。本当に噂通り――」
(噂じゃと? 一体どんな――)
「「――店員が可愛すぎる!」」
(何……じゃと……)
どうやら可愛い店員がいる店だという噂が流れているらしい。まぁそれ自体は事実(約一名を除いて)だとしても、いくらなんでも噂として広まるのが早すぎる。何故?と考えかけたマルレラだったが……
「いやぁ、元々看板の目立つ店があるとは噂になっていたんだけどね」
「そこに更に目立つ可愛さの店員がいるときたら、ねぇ。見てみたくもなるわよねぇ」
そう、これは言わば相乗効果。元々看板が噂になっていたところに更に同じ店に関するもうひとつの噂が乗っかり、かなりの速度で広まっただけの話だ。
おそらくこの噂を乗っけた人は善意だったのだろう。自分が興味を持った店に繁盛して欲しい一心で。それ自体はマルレラにとっても嬉しい事なのだが、ただ、肝心の噂がちょっとだけ間違っているのは少々問題である。
(困ったのう……その「可愛い店員」とやらは実は本当の店員ではないのじゃが。今日しかおらんのじゃが。どうしたものか……)
もし彼女達がこのまま働き続けてくれるならそれがベストなのは言うまでもないが、学生という身分がどういうものなのかはマルレラもスカル校長から聞いてうっすらと把握している。なので働いてはくれないだろうな、と考えていた。
事実、ミサキ達には以前も述べた通り学院クエストを優先せねばならない理由があり。その事をマルレラはまだ知らないものの、結果だけ見れば同じことだ。
(恐らく働いてはくれまい。だが、しかしのぅ……)
それでもマルレラは悩む。その理由は……少女達の働きっぷりを見ていればわかる。一人ずつ順に見ていこう。
まずは明るく優しい性格で気が利く上にコミュ力も抜群、そして知識も豊富な上に接客経験もあるリオネーラ。もうこの時点で結論が見えているような気もするがあえて言おう、彼女は完璧である。自然に笑顔を振り撒きつつ文句無しの仕事をする、その姿は異性同性問わず人を惹きつけて離さない。店員としてこの上ない逸材である。
次にエミュリトス。こちらは容姿の可愛さこそリオネーラとタメを張るものの仕事には不慣れ、あと本来は臆病な性格(忘れられがちだが)なのもあって接客に時折戸惑いが見られる。だがそこが一部の人にウケるらしく、背格好の小ささも相まってとにかく可愛いものを見る目で見られていた。あと今でこそ本領を発揮できていないもののドワーフという事で鍛冶にも詳しく、人気店員になれる可能性を秘めているだけでなく鍛冶師の視点から物も言える、これまた逸材と言えよう。
まぁ、この二人の優秀さについてはある程度は予想通りだと思われる。問題は残る一人、デメリットの塊みたいな問題児・ミサキだが……前述の通り、今回は前世知識のおかげ(あとヘルムのおかげ)で接客はしっかり出来ていた。更に今回はそれだけでなく――
「ねえ、店員さん。貴女いい声してるわね。落ち着いていて透き通った良い声だわ」
「……ありがとうございます」
それだけでなく、ちょくちょく声を褒められていた。
実際、彼女自身に自覚は無いもののミサキの声質は悪くはない。話し方は抑揚が無く暗い印象を与えるにも関わらず何故かハッキリ耳に残り、脳に伝わる不思議な声をしているのだ。雑に言ってしまえば声優が声を充てている感じである。その効果の程はレンに『設定』を語り聞かせて暗黒騎士に堕とした件がわかりやすいだろうか。
されど今までこの世界で声を褒められた事は無かった。理由はもちろん他の部分のインパクトが強いから。初見の人は外見にまず目が行くし、仲良くなってくればそれはそれで内面が気になってくる。声の良さに気が付かない訳ではないのだが言及する暇が無かったのだ。
だが今は違う。外見は防具で見えないし、出会ったばかりの店員の内面を気にする客はあまりいない。結果、ミサキのところには顔を隠した謎の少女の良い声に惹かれた好奇心旺盛な客が――声フェチが集まりつつあった。チラホラと。
(三人それぞれにファンが付きつつある……こうなってくると手放すのは惜しいのぅ……)
手放すも何もそもそもこの場限りのヘルプでしかないのだが……ともあれ、マルレラがそう思ってしまう程度にはそれぞれの店員が優秀かつ人気で、客の入りも良いのだった。
「――ねぇ店員さん、その下のお顔を見せてくれない?」
「……それは出来かねます、申し訳ありません」
「そう…………いくら払えば良いのかしら? 何を買えば見せてくれるのかしら?」
「……そういうシステムではありませんので」
何故かミサキのところだけは違う店みたいになっていたが。




