押すなよ、絶対押すなよ
前回のあらすじ:レジェンダリーエンシェントドラゴニックインフィニットエターナルショップに客がたくさん来た
……と思いきや。
「ねぇねぇ店長さん、実際のところ貴女……ドラゴニュートなの?」
「う、うむ、そうじゃが……」
「なあ、火は吹けるのか? その尻尾は動くのか?」
「それはまぁ当然じゃ。……あー、色々聞いてくれるのは嬉しいが一族の不利益になる事は答えられないからの、そこは覚えておいてくれ」
「この剣はどうやって作ったんですか? なかなかの腕のようですが」
「今度は剣の質問か! 作り方は人族と変わらぬと思うが。鍛冶技術は山のドワーフから教わったからの」
「この武器くださーい」
「あ、少々お待ちを! ……すまぬ、質問は後でな!」
……こんな感じで、商売してる時間よりも質問攻めに合っている時間の方がどう見ても多い。
まぁ考えてみれば当然だ。ドラゴンの看板を見て興味を持ち、店主がドラゴニュートである事を確認した上で悩んでいた人達なのだ、聞きたい事は沢山あるに決まっている。そもそもドラゴニュート自体が極度に排他的で謎に包まれた種族なのだから。
しかし中にはやっぱりちゃんと買い物に来たらしき人も居たりして、勿論マルレラの本業はそちらなので疎かにする訳にもいかず。なので……
「……マルレラ店長、忙しそう」
「そうですねぇ」
なので、ミサキ達三人は手持ち無沙汰な時間が続いてしまっていたりする。
とはいえ彼等を招き入れてマルレラが忙しくなる原因を作ったのは自分達だ、そんな立場で「先にこちらの話を聞け!」とは言えない。よってちゃんと接客を優先してくれと伝えてある。元より急ぎの用事でもないので。
それよりマルレラの方が心配だ。質問をする客はずっと居座っているし、何故か買い物客も一人帰ったと思えば少ししてまた一人訪れて――と、気の休まる暇が無さそうな状態が続いているから。
故に彼女――リオネーラがそんな事を言い出すのも必然だったのだろう。
「……ねぇミサキ、マルレラを手伝ったりしちゃダメかしら?」
「……いいと思う。私も同じ事を考えてはいた」
もしリオネーラがそう言い出さなくとも、ミサキがいずれ口にしていたと思われる。彼女の望みは人助け。どう見ても目の前の光景はマルレラの手に余っているのだから。
だが、それでもリオネーラほど早く言い出せなかったのには勿論理由がある。「考えてはいた」と言った事にも理由がある。
(でも、私に何が出来るかな)
ミサキは現実を見られない子ではない。就労経験もなく、体力もこの世界の人達と比べてあまりなく、知らない事もまだまだ多い。そんな自分に出来る手伝いとは何だろうか、と考えている最中だったのだ。
ただしそれは尻込みを意味しない。マルレラの手助けをしたい、その気持ちは本物なのだから。
「……何か手伝える事はあるか、マルレラ店長に聞いてみよう」
「そうね、流石にただの客のあたし達にお金を扱わせたりはしないだろうしね。まずは聞いてみないとね」
――という訳で接客と質問の合間を縫ってマルレラに聞いてみたのだが……
……わかる人にはわかっただろう。予想がついただろう。そう、今のリオネーラの発言はフラグだったのだ。
「ありがたい! そういう事なら会計を頼みたいのじゃが!」
「はぁ!? 普通お金の扱いをただの客に任せる!?」
「その『ただの客』を儂は信用しとる、問題はないじゃろ。それとも何じゃ、お主らが儂の代わりに彼奴らの質問に答えてくれるのか?」
「う、そう言われるとそうなんだけど……」
「それともまさかお主らのうち誰かが盗みを働く可能性があるのか? その制服を着て盗みを働くというのか?」
学生が制服を着て悪事を働くという事は学校の名に泥を塗るという事。制服を着ている時点で看板を背負っているのと同じであり、相応の振る舞いが求められていると言える。
現代では当たり前の考え方だが、この世界にも同じ考え方はあるのだ。実際ミサキは以前ボッツに「街でおかしな事をするな(要約)」と釘を刺された事があるし。ただ、人との関わりを避けてきた種族であるドラゴニュートがその概念を理解しているというのは驚きといえば驚きである。
マルレラがそれだけ人の暮らしに馴染みたい・溶け込みたいと考えている事の表れだろう。であればリオネーラとしてももうこれ以上は言い返せなかった。
「……わかったわよ。信頼には応えないとね」
「おお、助かる。儂はどうにも計算が苦手でな……」
「苦手って――ああ、そっか」
「うむ、ドラゴニュートには貨幣取引の文化は無くてのぅ……」
他種族との交流を徹底的に拒んでいるドラゴニュートは人族の文化である貨幣に触れる機会は全く無い。そもそも人族でもド田舎なら物々交換だけで暮らしている人達も居るくらいだ、それ以上に閉鎖的なドラゴニュートが貨幣取引をした事がないであろう事はリオネーラにも予想がついた。
「流石に数を一切数えない生活をしてきた訳ではないし、鍛冶を学びながら勉強もしたが、やはりどうにも面倒でなぁ。10より多い数なぞ全部「たくさん」で済ませた方がわかりやすくて良いと思うぞ」
「お金持たせちゃいけないタイプの奴だわこれ」
「身体で覚える『技術』なら身につくのじゃがなー。人族は幼い頃から『算術』に触れる機会があるようで羨ましい限りじゃ。歳をとってから慣れない事を始めるのはキツいわい」
……再確認しておくが、一応マルレラ自身はドラゴニュートの中では最年少である。「歳をとってから」という発言も「大人になってから」程度のノリで言ったにすぎない。……のだが、言葉遣いが老人言葉なせいで、まるで……
「なんかもう言い方がまるでおばあちゃ――んぐっ」
「しー」
失言しかけたエミュリトスの口をミサキはギリギリ押さえた。相変わらずほとんど間に合っていないので意味はないが。
なお「しー」と言ったという事はミサキも大なり小なり同じ事を考えはしたという事である。そんな二人の様子からいろいろ察しつつも一縷の望みを託すようにリオネーラを見たマルレラだったが……リオネーラもまた気まずそうに視線を逸らした。つまりはそういう事である。
「……まぁ、人族から見ればかなり年上なのは事実じゃろうし、どう思おうと自由じゃが……思うだけじゃぞ! 儂より若いドラゴニュートはおらぬというのにおばあちゃんと呼ばれたくはないからの! 絶対におばあちゃんと呼ぶでないぞ! 絶対じゃぞ!」
(……呼べというフリかな?)
現代人の感覚からすればそうとしか聞こえないが、勿論そんな訳はなくマジなやつなので実際に表立ってマルレラおばあちゃんと呼ばれる事は無かった。
……まぁ、もし将来的にマルレラの存在が人々に受け入れられ、ファンがたくさん出来たら影でこっそり親しみを込めて呼ばれる事になるかもしれないが。もしかしたら。




