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一家に一台、コミュ力お化け(たまに暴発)

前回のあらすじ:ハンター登録? まだ早い!



 ――と、そこで終われば良かったのだが。



「――いや、ミサキ君にはもうひとつ問題があるんじゃよ、これが」


 職員室の扉の方から響く老人言葉。一部の人にとっては聞きたくなかったその声に、ここにいる者達は三種の反応を示す。


「……校長先生」


 のんびりと振り返ったのはミサキ。いつも通りの反応である。


「「ッ!!」」


 出来れば聞きたくなかった声に勢いよく反応するのは校長を警戒していたリオネーラとエミュリトス。なお都合上順番に記しているものの皆の反応は同時である。念のため。

 そして最後の1パターンは、


「馬鹿な!? 休みなのに校長が出勤してくるなんて!? 貴様何を企んでいる!?」


 誰よりも戸惑い驚愕し、前の二人が大人しく見えるほどに警戒を顕わにする教頭のものである。素でこんな反応になっちゃうくらい校長の勤務態度に関して彼は諦めきっているのだ。可哀想。

 だが対する校長もこの程度でショックを受けるような性格ではないので平然としていた。真面目な上に怒るとなかなか怖い教頭の前で平気で毎回サボりをかますだけの事はある。彼の面の皮はかなり厚いのだ。骨だけのくせに。

 とまぁそんな感じで彼らはすっかりお互いの普段の行動に慣れきっている。その程度には彼らもまた付き合いが長い。すぐに普段のような会話に戻れる程度には。


「ちょいと皆に伝えておく事があっての。伝えるというか再確認じゃが。丁度いいタイミングじゃったわ」

「皆、というのは? 私もミサキさん達も含めたここにいる全員ですか?」

「うむ。教頭、()()()()()()()()()()()()じゃろ、教会の連中が主導しとる『ドイナカ村制度』についてじゃ」

「……ああ、確かに微かに聞き覚えが。教会の保護下にありつつも自立を強く望んでいる子についての話……でしたか? すみません、うろ覚えで」

「大体そんな感じじゃ。謝る必要はないぞ、ワシも言われるまで忘れとったしな。で、それが今年から採用されてのぉ、対象者の国民証の出身地表記はドイナカ村となっておる。そこにいるミサキ君の国民証もじゃ」


 ここまでが大体昨夜説明された――というか女神によって急遽設定として作られた――部分である。


「が、勿論それは架空の地名じゃからの、その状態でハンターとして登録すると少々面倒になるという訳じゃ。これがミサキ君の抱えるもう一つの問題じゃな」

「何が面倒なのですか? ちゃんとした教会の制度なのですからギルドもそれを理由にハンター登録を拒んだりはしないでしょう。面倒事など起こらないと思いますが」

「そうではなくてな。『ハンター登録は支部でも出来るが、登録情報の変更は本部でしか出来ない』じゃろ?」

「ああ、面倒ってそういう……それはそうですね」


「……そういうものなんですか?」


 ミサキが尋ねてみれば、教頭は一切疑わず理路整然と説明してくれる。ドイナカ村設定によりミサキの世間知らずにも説得力が生まれ、そのあたりは怪しまれなくなったのだ。

 で、そういう面倒な仕組みになっている理由だが……まず、そもそもハンターには二種類のタイプがいる。一ヶ所に定住して依頼を受ける地域密着型のハンターと、世界を旅してその先々で依頼を受ける流浪のハンターだ。数が多いのは前者だが、『赤の癒し手』ディアンや伝説の偉人『賢者』のように旅慣れている者には猛者や知識人も多く、故に後者も無視できる存在ではない。

 そんな風に一目置かれる流れのハンター達だが、もちろん最初に登録した以外の場所で依頼を受けるには自分がハンターだという裏を取ってもらう必要がある。ここが問題で、最初に登録した場所と現在地が離れれば離れるほどに確認は遅くなるし、確認しに行く者も面倒になる訳だ。かつては下手すればひと月くらい軽くかかっていたと言われている。

 これを受けて身分の証明用として登録証――ギルドカード――が作られたわけだが、これのセキュリティがまた意外と(失礼な話だが)頑丈で、登録情報を変更するにはわざわざ本部まで足を運んでギルドカードを預ける必要があるとか。個人情報の保護にはまだそこまでうるさくない世界なのに意外と(失礼な話だが)しっかりしていた。

 まぁ、あまりガバガバすぎてもカードの偽造や窃盗からの悪用が横行する可能性があるので何かしらの対策をしておくのは当然といえば当然なのだが。


「そういう訳じゃからの、面倒を避ける為には先に本籍地を決めた方が時間的にも多少はマシじゃろ、という話じゃよ、ミサキ君。ギルド本部まではここからじゃと馬車で片道一日、往復二日くらいかかるしのぉ」

「……確かに面倒くさいですね。時間もかかりますし出来れば避けたいです」

「あと登録情報の変更には金もかかるぞい」

「絶対に避けましょう」


 即答である。貧乏バンザイ。


「うむ。ではそんなミサキ君が本籍地を手に入れる方法じゃが、主に三パターンある。自分で土地を持つか、あるいはどこかの大人の養子になるか、もしくは()()()()()()()()身元保証人を見つければよい」


 今現在のミサキの身元保証人は教会関係者(という事になっている)の女神官テメス(メーティス)なのだが、そのままでは本籍地を得ることは出来ないとのこと。

 女神教の聖職者は孤児の保護に尽力しているものの、彼ら彼女らはあくまで『子供が一人前になるまで保護し、責任持って巣立たせる』のが目的であり、正式に養子として引き取る事は滅多にないし身元の保証も教会という組織を通しての一時的なものとされているからだ。

 厳しいようかもしれないが、そうであるべきなのもまた確か。人はいつかは自立しないといけないのだから。

 そして、だからこそ自立の道を自ら進んで選んだ証である『ドイナカ村』の称号(?)を持つミサキに対して校長が親身になる事自体はそうおかしな事ではない。……ない、のだが、



「という訳でミサキ君に提案なのじゃが……どうじゃ、ワシの保護下に入るつもりはないか? 養子としてではなく、一人の人として身分を保証しよう」


「「「なッ!?」」」



 流石にこの提案にはリオネーラ、エミュリトス、教頭の驚嘆の声が重なった。

 もっとも、驚いたのはあまりにも単刀直入すぎて完全に不意を突かれたからという点が大きい。状況だけを見れば親友二人の警戒は正しかったという事になるし、ついでに教頭の「貴様何を企んでいる!?」という先程の発言もぜんぜん的外れなものではなかったという事になる。あくまでタイミングが想定外だっただけで、投げ込まれた球は普通のストレートだ。

 しかしそれ故に親友二人は警戒していたにも関わらず後手に回ってしまった事に歯噛みし、教頭は校長の発言の真意を図ろうと頭を働かせる。そんな中、当のミサキは……


「……その場合、本籍地はどこになるのですか?」

「この街じゃな。商業都市ソルドバイ。今のワシは校長という立場上ここに住んでいる事になっとる。手続きが面倒じゃったから当分変える気はないぞ。あぁ勿論ミサキ君は何もせず今まで通りにしてくれていい、ただワシが勝手に身分を保証するだけじゃ」

「ふむ……」


 当のミサキはなんか一見すると乗り気なような返事をしていた。あ、ちなみに今更だがソルドバイというのがこの街の名前である。街というか人のあふれる巨大都市というか。

 まぁともかくそんな感じで都会なのでここを本籍地・本拠地とするのは悪くない、どころかかなり良い判断と言える。商業都市であるため人も物も情報も集まりやすく、何をするにもほとんど得しかない。一応中心部まで足を運ぶ必要はあるが大した問題ではないだろう。


 だからこそ彼女達は焦った。常識的に考えて得しかない話だからこそ、ミサキが受けるのではないかと考えた。


「ちょーーーっと待ってミサキ、よく考えましょ? 確かにここを拠点にするのはいい事だけど本籍地までそうする必要はないわ。いろいろ見てから決めた方がいいわよ、何ならウェルチ村ならあたしが案内するし! それでもし良ければ両親を説得してウチの養子に迎えるし!!」

「いざとなればわたしがセンパイを養子に迎えますし!!!」


 あくまで保証人に立候補しただけの校長に対し、何故か貪欲に養子を狙いにいく親友二人。どうやら焦りだけでなく対抗心もあったらしい。っていうかエミュリトスはつい最近ミサキの養子になりたがっていた気がするが逆でもいいのだろうか。年齢的には確かにミサキの方が年下ではあるのだが。


「……落ち着いて、二人とも。流石にそこまで迷惑はかけられない」

「それは校長先生が相手でも同じでしょ!? あたしの方が、その、役に立つわよ! 例えば、えっと――」


 少し悩んだ後、ハッとしたかと思えばリオネーラはミサキに顔を寄せ、小声で語りかける。


「――あたしと同じ出身地ってことにしておけば何かと口裏も合わせやすいはずよ。ただでさえあなたは色々事情を抱えてるんだから。っていうか覚えてる? 校長先生には気をつけろって言われたんでしょ? そんな簡単に相手の提案に乗っちゃダメじゃない」


 咄嗟に思いついたにも関わらずここまで魅力的な提案が出来るあたりは流石のコミュ力である。ついでとばかりにミサキを引き止めようとするのも上手いやり方だ。

 だがそれでも彼女は焦っていた。故に、実は最初の段階から間違いを犯していた。


「……いや……ごめん、最初から断るつもりだったんだけど」

「……へ? そ、そうなの?」

「……リオネーラの言う通り、校長先生にも迷惑はかけたくない。言われた事も覚えてる。受ける理由はあんまり無い」

「そ、そう、ちゃんと覚えてたのね、偉いわ、うん、偉い!さっすがぁ!」

「……そこまで?」


 焦りと対抗心のせいで一瞬だけとはいえ頭からすっぽ抜けていたなんて言えず、リオネーラはミサキを不自然なほどに褒めちぎって誤魔化すのだった。なお言うまでもないがエミュリトスも同様である。

 しかしこのやり取りが完全に無駄だったかと言われれば意外にもそんな事はなかったようで。


「……ところで、リオネーラの村の土地は安かったりする?」

「え、ええっ? どうだろう……ちょっとわからないわ、気にした事も無かったから。なんで急にそんな事――って、あ、そうか、土地を手に入れて本籍地にしようって事ね?」

「……うん。リオネーラの所にするかはまだわからないけど、参考までに」

「まぁ、あたしにもわからないから早まった事は言えないけど……ウェルチ村は流れの人が集まって生まれた村と伝えられているし、そのあたりは寛容なはずよ。案外使ってない土地なら簡単にくれるかもしれないわ」


 未だ危険の多いファンタジー異世界、そんな世界の田舎の村では安住の地を求めて流離う人を受け入れたり、あるいは旅人がなんとなく村に腰を落ち着けてしまったりという事もちょくちょくある。

 無論、村として名前が認められている(イコール)どこかの国の管理下にあるという事なのだが、まだまだ未開の地が多いこの世界では田舎の土地の所有権に関してはかなりユルく、現地の人の判断が優先されるのだ。なので場所次第ではタダ同然で手に入る可能性は充分にある。まぁ言うまでもなくそういう場所はマジモンの辺鄙なド田舎である可能性が非常に高いが。


「……実際にはほとんど住まないとしても?」

「う、うーん、多分……? ただそれでも村民として国に税を納めてもらう必要はあるけどね」

「……それは勿論」


 元現代人であるミサキが納税の大切さを知らない訳がない。その点は何も問題はなかった。


 という訳でまとめると、今回の本籍地の件では『安い土地を形だけでも手に入れる』というのがなるべく誰かに世話をかけたくないミサキにとってベストな解決法と言える。……お金を稼ぐ為にハンターになるのに、その為にお金を稼いで土地を買わないといけないというのは本末転倒な気もするが。結局何かしらの稼ぎ口は別に見つけないといけないようだ。


「……そういう事だからエミュリトスさん、ハンター登録はもう少し後になりそう」

「むー。まぁ仕方ないですよね、残念ですけど」

「……ちなみにエミュリトスさんは安い土地に心当たりはない?」

「そうですねぇ……火山も安いといえば安いはずですよ、劣悪な環境なので。元から住んでるドワーフなどの種族なら問題無いですが……それでも一度人の街の快適さを知ってしまうと戻れないくらいには劣悪です」

「……そんなに厳しい環境なら私には無理そう」

「あ、決してセンパイに不可能があると言いたいわけではないですからね! わざわざ良くない環境に身を置く意味も必要も無いって話で!」

「いや、私に不可能はたくさんあるけど……」

「センパイのそんな謙虚なところもステキですけどね!」

「………」


 何を言っても勝てる気がしない。

 まあ、いつも通りといえばいつも通りのエミュリトスである。なのでミサキは地味にホッとしてもいた。つい先程までほんの少しだけこの年上の後輩の態度に違和感を覚えていたから。

 どこにかと言われればそれはズバリ、リオネーラが村を案内すると言い出してからである。この後輩の性格上、そういう展開になったら張り合って自分も故郷を案内したがりそうなもの。なのにほとんど発言すらせず大人しかった事が少し引っかかっていたのだ。

 しかし話を聞いてみれば普通に納得のいく理由があり。考えすぎだったな、とミサキは頭を切り替えた。


 なので、彼女は気付かない。


(ある意味、環境が劣悪で良かったのかも。これでわたしが「故郷に帰りたくない」って言ってもセンパイ達はきっと疑わないだろうから……)


 コミュ力ドン底のくせに今回は珍しく良い勘をしていた事に。



(……ん? エミュリトスは何にホッとしてるのかしら?)


 まあ、そのぶんコミュ力レベル最大のリオネーラが引っ掛かりを覚えたので問題はないのだが。たぶんそのうちなんとかなるだろう。適当に。ユルい感じで。


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