ピチピチの48歳
――この世界には労働基準法は存在しない。
……と聞くと現代人はついつい労働時間がどうたらとかブラック企業がどうたらとか考えてしまうかもしれないが今回大切なのはそこではなく、むしろそれ以前の話。この世界では『就労が可能とされる最低年齢すら定められていない』という事についてだ。
これはまぁ、想像はつくかもしれないが環境次第では小さな子供も働かなくては生きていけない世界だからというのが一番の理由である。だいぶマシになってきたとはいえ、魔物の脅威が常に生活の隣にある限りこれは変わらないだろう。
だが、だからといって子供に過酷な労働を強いる事を大人が――というか国が推奨するかといえば当然そんな事はなく。原因である魔物を、戦いを今すぐにはどうにか出来ない分、せめて子供達の働き口は多く用意して選択の自由は与えてあげようというのがほとんどの国の方針である。ギルドの雑用クエストもこれに含まれると言っていい。
つまり、選り好みさえしなければ簡単な仕事はそこそこ溢れている世界なのだ。
ただ、高給・好待遇となると流石に話は違ってくるし、何より異世界人だったり忌々しい見た目をしていたりしない事が最低条件ではあるのだが。
「そーれ」
掛け声と言うには抑揚が無さすぎる、「それ掛け声の意味ある?」とリオネーラがツッコミたくなるような声とともにミサキは自室の床に財布の中身をひっくり返した。
ジャラジャラン、と結構な枚数の硬貨が出てくるものの、その中に高価な硬貨(シャレではない)は無いので総額は大したもんではない。教頭から借りた金も含めれば別なのだが、あくまで今回は自分で稼いだ分のみのカウントだ。
さて、彼女が何の為にこんな事をしているかというと――
「……やっぱり学院クエストだけじゃ苦しい」
単なる残金確認と現状確認である。それ以上でもそれ以下でもない。肩透かしといえば肩透かしだが、しかしこれはダンジョンで実戦を経験し、欲しい物がたくさん出来てしまったミサキには必要な行為だった。
ちなみに現時刻は前の回の「二人とも、どこに行く?」発言から僅か一時間後である。いい感じのシメの台詞だったにも関わらずあれから大して時間は空いていない上、「どこに行く?」と尋ねたにも関わらずやっぱり二人はミサキの事情を優先した。重ね重ね肩透かしでなんとも申し訳ない。
「お金の問題は切実よねぇ。何かやり方を考えてみる? 前にも言ったけどあたしもお金稼ぎたいし」
「わたしもわたしも!」
「……ありがとう。ひとまずいろんな人に相談してみたい」
「そういえば大人に相談したいって昨日言ってたわね。じゃ、とりあえずぶらぶら歩いてみよっか」
そんな感じで、今日もこの三人は団体行動である。
――が、寮の自室から一歩踏み出した所で三人は不幸にも奇妙な光景と鉢合わせしてしまった。
「――魔法を極めるのに必要なのは集中力ですわ。……さぁルビアさん、目を閉じ、心を無にし、何事にも動じない鋼の意志を持つのです……」
「う、うん、わかった~……」
「何が起こってもそのまま、直立不動の姿勢のままで一分耐えるのですわよ。…………ふうぅーーーーっ」
「ひゃあああっ何かほっぺたに生ぬるい風がぁ~!?!?!?」
「落ち着いてリオネーラ、落ち着いてその拳を下ろして」
「止めないでミサキ! これは流石に殴り飛ばしていいと思うの!」
たぶん修行か何かをしているのだろうが、幼子に息を吹きかける大人というのはあんまり褒められた光景ではなかった。
「こ、これはルビアさんに頼まれて集中力を鍛えているだけですわよ! お三方ともおはようございますわ!」
「挨拶より言い訳が先に来てるじゃないの! おはよう! 自分でも怒られそうな事をしてる自覚はあるんじゃないの!?」
(怒りながら合間で挨拶を返すリオネーラも律儀というか真面目というか)
「ぐっ、だ、だとしても他に良い方法なんて無――」
「無い訳ないでしょ! まったく、賢いエルフなんでしょ? 大人なんでしょ? もうちょっと落ち着きなさいよね……」
「こ、こう見えてもわたくしまだ48歳ですわ! 大人ってほど大人ではないですわ!」
「えっ、あー、エルフとしてはまだまだ若者か、そっかぁ……あたしから見ればだいぶ年上なんだけどね……はぁ」
ハーフエルフはハーフとなった事で寿命は人間族より多少長い程度にまで落ち込んでおり、年齢に関しては人間族にかなり近い考え方を持つ。なので48歳と聞くと立派な大人だと感じるのだが、しかし長寿なエルフ族から見れば年齢二桁なんてまだまだ尻の青いガキンチョなのだ。
エルフ=かなり年上、という先入観からサーナスに年上としての落ち着いた振る舞いを期待していたリオネーラは諦めて深々とため息をついた。とはいえ元々そんなに本気で期待していた訳ではないけども。
ちなみに長寿な種族は人間基準で見ればやはり相応に成長も遅くなる。リオネーラは2つ年上にも関わらずミサキよりちょっとだけ背が低いし、48歳のサーナスは人間族で言うところの20歳前後のピチピチなお姉さんの容姿をしているのだ。
まぁ、この世界では見た目で年齢を推測してはいけないというのはミサキも最初の二日間で充分思い知っている。なので今更48歳発言に驚く事は無い。
「……おはよう、サーナスさん。ルビアさんに頼まれたの?」
「おはようございます。ええ、魔法が上手くなりたいとの事で、魔法に長けるエルフであるわたくしに教えを請いたい、と。流石可愛らしい子は見る目もありますわね! おっほっほ!」
見る目があったらサーナスだけは絶対選ばないのでは? とリオネーラとエミュリトスは訝しんだ。
「わたくしは見てないのですが、なんでも昨日ミサキさんに誤射したとか? それを反省しての特訓らしいですけど」
「……まぁ、一応。気にしてないけど」
「ふむ……やっぱりミサキさんならそう言いますわよね。ルビアさん、もう一度確認しますが本当に特訓しますの? ミサキさんは気にしてないそうですわよ?」
「き、気にしてないって言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱりわたしが嫌だよ~。魔法上手くなりたい~!」
「むう、そうですか。まぁそういう事ならもちろん手伝いますけど」
「……? もしかしてサーナスさん、乗り気じゃない?」
ちょっと意外なノリの微妙な悪さに引っかかりを覚え、ミサキは聞いてみる。
サーナスの趣味嗜好から考えると女の子に頼られて乗り気にならないとは思えないし、というか実際師匠として選ばれた事自体は喜んでいたように見えたし、そもそも幼女に真顔で吐息を吹きかけていた先程の光景はどう見ても乗り気な者のそれだったと思うのだが。
「乗り気じゃないというか……そうですわね、ミサキさんが気にしてないとの事なので正直に言いますけど、わたくし、ドジな女の子もそれはそれで可愛いと思ってますの。被害を受ける人からすればたまったものではないとは思いますけど、見てる側からすればドジして慌てて涙目になってる子ってこう……とっっっても可愛いと思いません!?」
「……そう?」
「なんというか、ドジる度に慰めてあげたい、みたいな? というか見守り続けたい、みたいな? いいじゃないですか、なんかこう……胸の奥がキュンとしません? うーん、この感覚を上手く言い表わせる言葉が欲しいですわ!」
「……………」
その『言葉』に前世の知識で該当しそうなものはあったが、あまり詳しくないのでミサキは黙っておいた。
もしかしたらこの異世界でその言葉を開発し、広めるのはサーナスかもしれない。『萌え』という言葉を……。
「とまあ、個人的な好みで言えばそのままの可愛らしいルビアさんで居て欲しいのですが、それでも可愛らしい子のお願いですから拒みはしませんわ。努力をする女の子もまた可愛い!」
「……つまりどちらに転んでもルビアさんは可愛い」
「そういう事になりますわね」
「……つまりどちらに転んでもサーナスさんは嬉しい」
「そういう事になりますわね!」
という訳で結局は特訓にも乗り気になるらしい。どちらに転んでも得をするなんてサーナスのくせに美味しいポジションである。
あと話の流れでやたら可愛いを連呼されていたルビアは恥ずかしそうにモジモジしていたがそちらに対するフォローはリオネーラからの同情的な視線だけだった。
お久しぶりです……(小声)
スローペースになりそうですが、今後ともよろしくお願いします




