甘い神って略したらアマガミじゃね?
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『ミサキさん、もし私が神の座から追放されてただの人間の地位まで堕ちたとしても友達でいてくれますか……?』
「……どうしたの、突然」
『追放されたからって別に特別な力に目覚めたりはしないであろう役立たずな私でも友達でいてくれますか……?』
「……だから何があったの」
ダンジョンから帰還し、疲れ果てて爆睡していたミサキはその夜、なんかやたらメソメソした鬱陶しい女神に捕まっていた。
時系列的には校長達と女神の邂逅の直後なのだがミサキはまだそれは知らない。まぁすぐに知る事になるのだが。
『その、ミサキさんの出身地になっているドイナカ村に関して実はかくかくしかじか』
「……無茶をして現地の人に接触しちゃった、と」
『まぁ自業自得ではあるんですけどね。なので後悔はしていませんが……それでももし怒られて神をクビになって人間に堕とされたらと思うと……』
「……そういう事がよくあるのかはわからないけど、それは私から見れば理不尽。メーティスさんは私の為に動いてくれたのに」
『あーいえ、そこは良いんですよ、ホント自業自得だと納得してるので……元々私がドイナカ村なんてアホな名前をつけたせいなので』
「それは否定出来ない」
『わぁい即答だぁ』
実際そのアホなネーミングで初日から困らされた側なので。具体的には一話目から。
しかしそれでもやっぱり助けられた側からすればクビはやり過ぎな気がするのだ。とはいえ本人が納得ずくである以上、神同士の取り決めに何も知らない人間が感情論で口を挟むのも違うだろう。であればミサキに出来る事は……まず最初の問いにちゃんと答える事だ。
「……神じゃなくなっても変わらず友達だから。もしその時に行く場所が無いなら一緒に居よう」
『ま、迷いがないですね……何ですか、そんな軽いノリでよく知らない人を泊めちゃうつもりですか!』
「……恩人だという事は知ってる。理由としてはそれだけで充分」
『く……くそうっ! 大して弁が立ってる訳でもないのに言い返せない!嬉しくて! あーもう、その時はお世話になります!』
そもそもミサキに好きに生きろと言ったのはメーティスである。なので言い返す必要もあまり無く、あっさり話がついた。
『……えぇと、それでですね。お察しかと思いますが神の仕事はこういう世界の辻褄合わせが主でして』
「……転生によって生まれた世界のズレを修正するお仕事?」
『今回はそうでしたけど、そもそも世界というのは些細な事で少しずつズレが出てくるものなんですよ。ミサキさんも前世で『よくわからないけど不意に思い出した事』があったりとか、何かをやろうとして『よくわからないけど嫌な予感がした』とかの経験はあるでしょう? そういうのは大抵私達の仕事の結果です。どこの世界でも起こるもので、この世界でもミサキさんだけが原因ではないです。気に病まないでください』
「……ありがとう」
世話をかけてしまっている事に対する負い目はやはりあるが、面と向かって告げられた気遣いを受け取らない訳にもいかない。いつも通り無表情でミサキは頷く。
もしここで女神がミサキの心の内を読んだりしていれば無表情の下に隠された心の微妙な機微にも気付けるのだろうが、彼女はそんな事はしない。出来るけどしない。これはミサキ相手に限った事ではなく、そもそもそういう行いを彼女は嫌っているのだ。だからこそ現世に対する対応が後手後手に回っている面もあるのだが、それでもそれは『人の気持ち』を尊重したい女神の『甘さ』――もしくは優しさ――と言えた。
そして、そんな女神が嫌っている行いがもう一つある。
『えー、そういう訳でこれから『ドイナカ村制度』に関しては今年から適用されたという風に辻褄を合わせないといけないのですが、この時に一番厄介なのはそのドイナカ村制度――あるいはドイナカ村という村について考えた事のある人、なんですね。『考えたけど思い当たる節がなかった』という過去の記憶があるのに、明日からの世界では普通に適用されてる訳ですから。ド忘れにしても有り得なさすぎます』
「……うん」
『まぁその記憶を弄ってしまえば解決なのですが……私はそういうの嫌なんですよ。さっきみたいに『元々は無かったくだらない記憶』を『増やす』のはまぁ仕方ないとしても、『元々存在した大事な記憶』を『捻じ曲げたり無かった事にする』のはどうしても嫌なんです』
第三者から見れば記憶の改竄という意味では大差なく思えるかもしれない。しかし実行する側からすればそこには大きな違いがある。与えるか奪うかの違いが。
「……優しいね」
『いやん、褒めても何も出ませんよ! 褒めるくらいなら……そうですね、できればお願いを聞いてほしいなーと』
「……?」
『ええとですね、話の続きですが、ドイナカ村について思いを馳せた事のある人は現在三人います。一人目は筋肉先生。彼は教会の動向に普段から興味がないので自分が知らなくても不思議ではない、と勝手に納得してくれました。私の狙い通りに。二人目は骨先生ですが彼は私の存在に勘付いてる節があるので記憶の矛盾にもすぐに適応すると思われます。あとなんか私を挑発してきたのが腹立ったので放っておきましょう』
後者に関してはあからさまに私怨な気がしたがミサキはツッコミはしなかった。というかそれどころではなかった。
『そして最後の三人目ですが……誰の事かはわかってそうですね』
「……リオネーラ」
『そうです、初日にミサキさんの国民証を見てしまったあの子ですね。あの子に関しては厄介です、筋肉先生ほど教会に無関心でもなく、骨先生ほど私の事を知っている訳でもない。適当な理由付けで誤魔化せるほど無知でもなく、ド忘れするような性格でもない。記憶を改竄しない限りどんな手を打っても間違いなく矛盾に気付くと言い切れる賢い子です』
「……でもメーティスさんとしては改竄はしたくない、と」
『ええ、あの子にとってはミサキさんと初めて出会った時の大事な記憶でしょうから。あ、でも剣を向けた事は忘れたがっているかもしれませんね?』
「………」
そこは本人もだいぶ反省しているのでイジるのはやめて差し上げろ。
「……ノーコメントで。陰口は良くない」
『おっと、確かに陰口にあたるかもしれませんね。まぁ人前に出れない神なので何言っても陰口な気もしないでもないですが。いやまぁついさっき人前に出てきたばかりですけど!』
「……落ち着いて、話がどんどん脱線していく。結局お願いっていうのは何?」
『そ、そうでしたそうでした。予想はついてるかもしれませんが、そういう訳なのであの子――リオネーラちゃんの記憶はなるべくそのままにしてあげたいんですよ。でもそうなると現実とのズレに困惑するでしょうから、どうにかしてミサキさんから説明してあげて欲しいんです。勿論本来は私がやるべき事であって、こんな後始末をミサキさんに頼むのは心苦しいのですが……』
だったら何故頼むのだろうか、ミサキは少し考えてみるが……少し考えてみただけで答えは出た。
難しい事ではない。メーティスが自分で説明するとなると当然リオネーラに直接接触する必要が出てくるからだ。現地人との接触はなるべく避けなくてはならない。と言いつつついさっき接触したばかりだが、だからこそこれ以上の接触は避けるべきである。
ミサキとしても友達にこれ以上危ない橋を渡らせるのは本意ではないので、むしろ頼んでくれて助かったと言ってもいい。
「……わかった。やってみる」
『ありがとうございます! あ、ついでにもうひとつ。あの小さい子は筋肉先生と同じく教会に全然興味が無いタイプのようなので何もするつもりはありません。リオネーラちゃんのついでにありのままを説明して仲間に引き込んでください』
「……仲間? 引き込む?」
ただ事情を説明するだけ……というには少し不自然な言い回しに引っかかりを感じ、ミサキは問い返す。
実際女神なりに考えがあっての言い方だったらしく、彼女は微笑んでから説明を始めた。
『骨先生が最後に挑発してきたって言ったじゃないですか。何か企んでいるのかもしれません。悪い人ではないと踏んでドイナカ村制度に関しても任せたんですが、早計だったかもって気がしてきまして……。彼が手を回してくる前に二人にしっかり事情を説明し、繋ぎ止めておくべきです』
「手を回すって……何をしてくるの? 校長先生は悪い人ではないと思うけど」
そう何度も接した訳ではないが、人となりがわかる程度には会話している。日頃の振る舞いも加えて判断する限り、校長は教頭の頭痛の種でこそあるものの悪人ではない筈だ。
『確かに恐らく悪人では無いでしょう。でも善人が他人を利用しないかと言えばそうでもありません。善意でも人は動かせますからね』
「……それは、確かに」
『でしょ? 彼が執着しているのはあくまで私だと思われますが、その私への足がかりとしてミサキさんに接触してくる可能性はあります。で、そのミサキさんへの足がかりとしてまずあの二人から切り崩してくる可能性も。そんなやり方に対処するには現状をちゃんと共有する事です。俗に言う「報・連・相」ですね』
「……社会人だ」
『伊達に神やってませんから。まぁでもあれです、彼に一切近づくなと言っている訳ではありません。やっぱり悪人ではないでしょうから学べる事は学んでください。私が原因で貴女達三人が分裂する事になったら流石に申し訳なさが過ぎるのでそこだけはお気をつけて、というお話です』
「……わかった、気をつけておく」
どうにもそんな事が起こるとは考え難いが、それでも忠告にはちゃんと耳を貸すのがミサキである。女神としても万が一程度のつもりだったがこれでその万が一の可能性さえ無くなった。
ただ……
(……日頃の行いを見てると教頭先生を困らせているだけのダメな人にしか見えないんだけどな、校長先生。メーティスさんの『仕事』に気づいてる節があるという事は、ああ見えて凄い人だということ……?)
ただ、ミサキの中にちょっとした疑問だけは残ったが。まあよくよく考えたら校長を任されるという事は凄い人であってもおかしくはない。どんなに日頃ダメに見えても凄い人である可能性はある。
そのうち明らかになればいいな、と、ミサキは疑問を頭の片隅に置いておくのだった。
◆◆◆
――なお、翌日早朝のミサキによる二人への説明は意外にも何の滞りもなくすんなりと済んだ。
元現代人のミサキの説明が上手かった、というのもあるが、加えて聞き手の二人が今更ミサキの言う事を疑う筈がないからというのが大きい。最後に少しだけ答え合わせをしておしまい、だ。
「――なるほどね。まだ実感は無いけど……考えるとなんか変な気分ね、ちょっとだけ世界が変わってるっていうのは。他は全て同じだけどほんの一部だけ違う別の世界に来た、って感じ? ミサキもこんな気分だったのかしら?」
「……私の場合は何もかもが違う世界だったから、どうだろう」
「ふふ、そうね、そう考えるとミサキの不安はこんなものじゃなかったはずよね……。ま、ちょっとだけ似た者になれた、って感じに受け止めておくわ」
ぶっちゃけドイナカ村とかいうどーでもいい事の認識が変わっただけである、深刻に捉えるよりは良い方に考えた方がずっとマシ。リオネーラはそうやって気持ちの整理をつけた。
「神に選ばれしセンパイに我々も一歩近づけたという事ですからね、言わば我々は神公認のセンパイ近衛兵。これはわたしの中のセンパイ史において重大すぎる出来事ですよ……」
似たような結論でもこのように大袈裟な言い方にすると印象が全然変わってくるから不思議である。勿論やベーほうに。
「毎日23時間センパイに祈りを捧げた甲斐がありましたねリオネーラさん。正直神なんて興味なかったんですがこれからはセンパイの半分の半分の半分くらいは信仰してやるとしますか」
「待って、すごく自然にあたしを同類にしないで」
「あと校長先生の動きにも一応気をつけておきましょうか。悪い人だと感じたことはないので大丈夫だと思いますけど一応。我々は常にセンパイの意志を優先するのでそもそも何をしてこようと問題ないですけどね」
「……まぁ、そうね、それは事実だわ」
珍しくリオネーラが会話の主導権を取れていない。それほどにエミュリトスのテンションがハイなのだ。
考えようによっては昨日ほぼ一日ミサキと引き離されていたのだから当然の反動と言える……のかもしれない。禁断症状みたいなもんである。たぶん。
であればまぁ、ミサキが一緒に居れば済む訳だ。つまりいつも通りの一日を過ごせればそれでいい。
という訳で……
「……今日は休日だけど、二人とも、どこに行く?」
とりあえず、何をするか決めようか。
ブクマがまたひとつキリのいい数字を迎えました、ありがとうございます。
と感謝を述べた直後なので言いづらいのですが、ここで6章は終わりとなります。いつも通り書き溜めが尽きたので次回までしばらく間が空きます、申し訳ありません……




