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それぞれのエピローグ

長くなったので分割……しようとしましたが出来ませんでした



「……心配せずとも、ここまで知恵をつけた子に雑な扱いはしませんよ。信用してもらった事ですから尚更ね」


 ミサキ達が転送されていく様子を水晶を通して見ながら、おじさんは呟く。その傍らには頭を撫でられて喜ぶ可愛い番犬と、ムスッとした可愛くないボッツの姿。


「おいオッサン。そいつが予想外だってのはどういう意味だ?」

「……そのままの意味ですよ。知恵をつける事がそもそも予想外でした。ですがこれは同時に前例が無かっただけとも言えます」

「ああ?」

「言い方は悪いですが、ダンジョン内の敵はあくまで倒される為の存在で、使い捨てなんですよ。DPがあればいくらでも作り出せるかりそめの命。我々ダンジョンマスターも、ダンジョンに挑む挑戦者もそう考えてきました。故に今回のように番犬が最後まで生き残る事もほとんど無く、その上挑戦者と仲良くなったなんていう前例は存在しません」


 実際、サーナスが同行している方のパーティーを見定めた番犬は四人によってしっかり倒され、DPへと還っている。

 念の為言っておくが彼女達の行いは何一つ間違ってはいない。力を示さねばならない番犬相手に加減をする必要などカケラもなく、キッチリ倒し切るのも生き残る為に必要な判断。ボッツやおじさんから見れば彼女達の方が理想の動きをしている。あくまでミサキ側が(というかミサキが)非常識なだけだ。


「つまり……単に前例が無かっただけで、特別変な事ではない()()()()()()と言うことか?」

「ダンジョンマスターの中にはDPで作り出した補佐を置いている者もいます。その中の更に一部は自由意志を持たせているらしく、そんな補佐は徐々に融通を利かせてくれるようになるそうですよ。それと同じ現象だとすれば変な事ではないですね」

「……そうか。つまり今後同じようにダンジョン内の敵と交流しようとするバカが現れれば……」

「同じように成長する子が現れるかもしれませんね。とはいえ元々知恵を持っていた子に限られるでしょうが」


 知恵が無ければまず交流が出来ない。成長する理由も無ければ成長の余地も無い。

 ただ、人が気付いていないだけで知恵を『秘めている』ものが存在する可能性はあるのだが……


「……まァ、ここ初心者ダンジョンは言わば絶好の訓練場だ。そんな所に来て敵と交流するようなクソバカがそうそう出てくるとは思えんが」


 そう、戦う為にここに来て、入場料まで取られているのに敵と交流するか? と言われれば普通はNOなのだ。ここが動物園だったなら話は別だがそんな事はない。戦わず敵と戯れるなんて何しに来たのかわからんにも程がある。

 敵が露骨に知恵を持っていようと密かに秘めていようと、どちらにせよ交流する理由がなければ同じこと。


「クソバカって……まぁそうですね、そもそもの発生確率が極端に低いのは間違いないです。念の為上に報告はしておきますが、成長したところで害は無いのだという事さえ証明されれば問題は無いでしょう。つまり、後は私の仕事です」

「仕事が増えたな。恨むなら俺じゃなくて魔人を恨めよ?」

「恨みはしませんし悪いようにもしませんよ、興味深い一件ですので。なので教官もあまり心配なさらぬよう」

「……心配? ハッ、そうだな、そうならよかったがな……」


 彼が終始ムスッとしているのは心配などではない。ミサキ(クソバカ)の立場を案じているわけではない。


(そのうち、なんて思ってたがそれでは遅いな。帰ったらすぐに調べてみるか……魔人の出身地くらいは)


 ミサキの変人っぷりが周囲に与える影響の意外な大きさを懸念し、教師として対策を練ろうとしているだけだ。



「あー、ところでオッサン、お前は補佐を置かないのか? 居た方が便利なんじゃねえか?」

「置けるなら置きたいですがDP貧乏なんですよウチ。入場者こそ多いですがほぼ全員が体力も魔力も少ない初心者なので回収できる量も当然少ないんですよね。更にクリアされるのが前提なのでDPを使って配置した敵は毎回ほぼ全滅。割に合わないんですよ」

「そ、そうか……」

「なので、正直今回は助かりました」


 笑みを浮かべておじさんが振り返れば、そこには未だ健在のダサいゴーレムとその周囲に転がる多数の生徒。まさに死屍累々といった惨状だ。とはいえもちろん本当に死んでいる訳ではない。彼らはDP回収用クソダサゴーレムと戦いすぎて体力の限界を迎えてしまっているだけである。

 辛うじて立っているのは戦闘バカにして体力バカのユーギルとトリーズのみ。ほぼ休み無しで戦い抜いた彼ら二人をおじさんとボッツは非常に評価していたが、二人からすればそんな事は関係ない。肩で息をしながら悔しそうに呟く。


「チッ……コイツを倒すにはもっと力が必要か……!」

「くそっ! オレの筋肉じゃ足りないというのかッ!」


 足りないのが筋肉かどうかはともかく、二人とも心折れる事無くこの悔しさをバネに頑張ってくれそうだ。そう考えればボッツにとっても彼らにとってもゴーレム殴りは悪い経験ではなかったと言える。

 未だダンジョン内にいるもう片方のパーティーについても多少モタついてはいるもののボッツから見れば全てが常識的で、このまま行けば無事にクリアし達成感と反省点を抱えて帰ってくるだろう。誰にとっても充分な成果のあった一日という訳だ。

 一応ボッツはミサキに関して内心の不安を抱えているが、だからこそ勤めて明るく振舞った。


「よーし、向こうのパーティーが片付き次第撤収だ、全員準備しておけ! ああ、いい一日だったなァ!」

「私は水晶球をひとつ割られましたけどね」

「………」

「週末、お待ちしていますよ教官」

「お、おう……」


 明るく振舞いきれなかった。





「いやーダンジョンっていいものですわね! 襲い来る敵!卑劣な罠!難解な謎解きに強大なボス! そしてそれらに力を合わせて立ち向かう美少女達! うーん実に絵になりますわぁ!」

「アンタそれ、ダンジョンがいいんじゃなくて女の子達が協力してる光景が好きなだけじゃない?」

「否定はしませんわ!」


 そんなこんなで帰り道。なんだかんだでお互い出番の無かったサーナスとリオネーラはけっこう楽しげにそれぞれのパーティーの様子について報告し合いながら歩いていた。


「でも最初の敵はあれイジワルですわよね。初心者も初心者の方々にゾンビ犬をけしかけるなんて。エグいしクサいしでプチ混乱でしたわよ」

「えっ、そっちの番犬はゾンビだったの? あー、その方が躊躇なく攻撃できるからかしら? こっちは普通に犬の姿してたからかミサキと仲良くなってたし」

「えっ、敵と仲良くなるってミサキさん一体何やってるんですの……? あぁでも犬とお戯れになるミサキさんは見ておきたかったかも!」


 やはり難易度が違うせいか細かいところでちょくちょく違いがあったらしい。地味に興味深い話ではある。

 そんな感じに時折相手を羨みながら情報交換をしている二人だが、実は列の最後尾にいる。ほぼ全員が疲れ切って歩いている中、比較的元気という事で後方警戒に回されたのだ。まぁ初心者ダンジョンと街とをつなぐ街道はちゃんと整備されており、敵などまず出ないのだが。

 で、そんな最後尾二人の前を歩くのが今日のメイン組、ダンジョンに潜った八人(と最後だけ一緒にいた一人)だ。彼女達の疲労は色濃い(最後の一人以外は)。


「センパイ、大丈夫ですか? 肩貸しましょうか?」

「……大丈夫、みんな自力で歩いてるんだから私だけ楽は出来ない。気持ちだけ貰っておく、ありがとう」

「むぅ。わたしはあんまり疲れてないので好きに使ってくれて構わないのに」

「……そういえば、マスタールームにいた筈の他の皆は何故疲れてるの?」


 バテバテの自分達の前を歩く、何故か自分達と同じくらいに疲れてそうな集団を見ながらミサキは問う。エミュリトス達はミサキ達の様子を見ていたが、ミサキ達からエミュリトス達の様子は見えていないのでこれは当然の疑問だ。


「あー、こっちはこっちで全然壊れないゴーレムとの戦闘を何故か強いられまして……やる気を出してた人ほど疲れてます」

「……という事はあんまり疲れてないエミュリトスさんは」

「ぜんっぜんやる気無かったですね! でもユーギルさんに戦えって言われまして。あー、それであの……」


 くだんのユーギルは最前列を歩いている。彼には万が一にも聞こえる事は無いだろうが、それでも他の人達に聞かれては困る話だ。エミュリトスは声を潜める。


「えーっと、わたしのあれの件がちょっと怪しまれまして。一応完璧に誤魔化したつもりですけどもしかしたらまだ疑われてるかもしれません。センパイを巻き込む訳にはいかないので、わたしが距離を取り始めたらそういう事だと思ってください」


 言うまでもなくレベル詐称の件だ。実際はちゃんと誤魔化せているので杞憂なのだが二人にそれを知る由は無く、更に言うとミサキからすればそれどころではない事を言われたのでそれどころではない。


「……もしそうなったとして、一人で解決出来そうなの?」

「うーん、それはまだわかりませんけど。そもそもバレてどうなるかもわかりませんし。でもやっぱりわたしが原因の事で周囲に迷惑はかけられないじゃないですか」

「……私も同じ立場だったらそうするかもしれないから気持ちはわかる」


 ここで「迷惑なんかじゃない!」とか言って熱血っぷりを発揮できないのがミサキのちょっと残念なところである。

 まぁ、だからといって「はいそうですか」と認める性格でもない。


「……わかるから、まずは相談して。そして一人で解決出来そうならエミュリトスさんの意志を尊重する。……けど駄目そうなら絶対一人にはさせない」

「うぐ……ご、強引ですねぇもぅ。……まあ、でもそうですね、言われてみればわたしも大切な人が無理して一人で抱え込んでるのを見たくはないですし、見て黙っていられる自信もないですし……」

「……私も同じ。だからその時は諦めて大人しく捕まって」

「……ふふ、そこだけ聞くと悪者ですよセンパイ。でも……ありがとうございます」


 自分が相手の立場ならどうするか。お互いにそれを考える事が出来たからこその結論だった。

 とはいえ最初に言った通り、今の時点ではちゃんと誤魔化せているのでこの結論が役に立つ事はないんですけどね。



 さて、そんな感じに各々自由にダラダラと歩いているのだが……その中にあって少しだけ様子がおかしいのがレンである。


「はあ~……」


「……ねールビア、どう思う?」

「さぁ……何を見たんだろうね~……」


 彼はつい十分ほど前――ダンジョンでの授業を終えていざ解散、となった時――にダンジョンマスターのおじさんに個人的に呼び出され、『どこか』で『何か』を語り合ってきたらしい。

 レンが不定形族である事はダンジョン内での行動を全て視ていたおじさんなら当然気付いており、接触を持ちかけたのもそれが原因っぽくはある。しかし結局何があったのかは誰にもわからない。レンがずっとこんな調子――落ち込んでいるように見えて何かを考え込んでいるようでもあり、要するに話し掛けにくい程度に物憂げな感じ――なので。

 もちろん心配半分興味半分でリンデが声をかけたりはしたのだが、レンは詳細を語らない。よって共に歩く妖精二人には「とりあえず悪い事があった訳では無さそう」というくらいしか察せなかった。

 もっとも、レンが詳しく語らないのは気分の問題ではなく語れない内容だからというのも多分にあるのだが。何故なら語り合った内容は互いの正体について。極力特定を避けねばならないダンジョンマスターの素の姿に関するモノだったからだ。


(まさかあんなに素早く、自由に、たくさんの姿に変身できるなんて。さすがだなぁ……)


 ついでにおじさんの正体は不定形族界隈ではちょっとした有名人だった。変身技術では右に出る者がいない優秀な女性としてかつてその名が知られていた存在。言わば不定形族の中での生ける伝説。人族から見れば優秀なダンジョンマスターにしてただのゴーレムマニアのオッサンだが。


(……ぼくは変身能力を評価されてるって先生は言ってたけど……あんな領域まで辿り着けるとは思えないよ、とても)


 そんな彼女に会ってレンは刺激を受けるやら、受けすぎて将来のビジョンが見えなくなってしまうやらでちょっと物憂げな感じになってしまっているのだ。

 だがそれでも彼は腐りまではしないだろう。今回のダンジョンでそこそこ活躍出来た事は間違いなく彼の自信に繋がっているのだから。今は少し立ち止まってしまっているが――


「それにしてもアタシ今日頑張ったよねー? 戦えるフェアリーを自称していいかなー?」

「気が早いよ、どう考えてもミサキさん達のおかげでしょ~? もっと強くなってからにしようよ~。わたしも……もっと強くなるから。誰にも迷惑かけないくらいに……」

「ルビア……うん、そうだね。アタシも頑張る。もっと強くなろう!」

「うん……!」


「……二人とも偉いなぁ。……うん、ぼくも出来る限りの事はしてみようかな。とりあえず頑張ってみよう。それだけでも……きっと見えてくるものはあるよね」


 ……少し立ち止まってしまって『いた』が、前に歩き出した友達を見て影響を受けないほど彼は後ろ向きではないのだ。





 そんな感じで全員何事もなく帰還し、ボッツが雑に解散を告げ、今日はお開きとなった。疲れている中わざわざ教室まで戻ってホームルーム、とはならないらしい。

 当然ミサキも今日はゆっくり休みたいため普通に寮に戻る。隣に立つのはもちろん同室のリオネーラとエミュリトスだ。


「とりあえずミサキ、今日はお疲れ様。頑張ったわね」

「お疲れ様ですセンパイ。かっこよかったですよ!」


「……ありがとう」


「あ~、それでね、あの……ミサキ、何か欲しい物とかない?」

「……急にどうしたの?」

「あ、いや、別にプレゼントとかいう訳じゃないのよ? ほら、今日一日ダンジョンで過ごしてみて何か欲しくなったりしてないかなーと思って。ね?」


 しどろもどろに誤魔化すリオネーラ。その様子からわかるとおり、要は自分で言ってたようにプレゼント……というか、ひとつの壁を越えたミサキにお祝いの贈り物がしたいのだ、リオネーラは。

 しかしミサキにそう正直に言っても答えを返してはくれないだろう。ミサキにとって今日の経験は必然のものであり、祝われる程のものではないのだから。なのでリオネーラはひとまずプレゼントじゃないと言って誤魔化し、聞き出そうとした。実際正面からプレゼントと言って渡すのは彼女自身もちょっとだけ恥ずかしかったので丁度良かったとも言える。


 だがしかし、相手はミサキなのだ。コミュ力に欠けるミサキなのだ。そういう心理を汲んではくれない……のはまだいいとして、望む答えすら返してくれない。


「……お金」


「えっ」

「お金。欲しい物、足りない物が多すぎるから、何よりもお金が欲しい」

「せ、切実ね……」


 切実でリアルな答えではあるのだが、リオネーラの問い方が悪かったとも言えるのだが、それでも風情も面白みもないクソみたいな答えである。流石にプレゼントで現金を贈る訳にもいかず、リオネーラは頭を抱えた。


「えーっと……センパイ、それじゃあその「欲しい物」の中でわたし達が力になれるような物はありませんか? 古い物をお譲りしたり、わたしなら作ったり出来るかもしれません」

「……ありがたい申し出だけど、やっぱり根本的に解決したい。誰にも頼らず欲しい物が買えるくらいにお金を稼ぎたい。そして早く借金を返したい」


 状況を察したエミュリトスがフォローに入るも珍しく真っ当な主張で返される。確かに借金は早く完済するに越した事はない、たとえそれが教頭の厚意に溢れたクリーンな借金だとしても。


「……そういう意味では簡単で早く稼げる仕事が欲しいとも言える」


 理想のバイトを探す日本の苦学生みたいな事まで言い出した。一応ミサキも学生ではあるので間違ってはいないけど。


「んー、あたしの村でなら心当たりはあるけれど、流石に勉強と両立しながら働きに通うのは無理よね。街でアルバイト先を探してみる?」

「ハンター登録すればいいんじゃないですか? モノにもよりますが学院公認クエストより稼げる筈ですよ」


 二人の提案を受け、うーん、とミサキは頭を捻る。

 何故ならどちらも難しそうだからだ。こんな外見の人間を雇ってくれる所が街にあるとも思えないし、ハンター登録もまた登録時に外見で何か言われそう。仮に言われなかったとしても教頭によれば学院としてはハンター用のクエストより学院クエストを優先して欲しいとの事なので、そのあたりのすり合わせに難儀しそうだ。

 そもそも街やギルドまで出向く手間を考えると学院でクエストを受ける方が結果的に早く済む可能性も大いにあり、現段階では何とも言えないというのが正直なところ。流石にこういう事は大人の誰かに相談してみるべきなのかもしれない。


「……明日、先生達に相談しつつ考えようかな。今日は疲れた」

「まぁ、そうね、先生達の方がこの街にもハンターズギルドにも詳しい筈だしね……」


 その後に続いた「結局プレゼント聞き出せなかったじゃん」という小声の呟きはミサキの耳には届かず。さすがに同情したエミュリトスは後で愚痴くらい聞いてあげようと心に決めた。ミサキの事を最優先とする彼女だが、日頃から何かと助けられているリオネーラ相手ならこのくらいの気配りはするのだ。


 何はともあれ、全ては明日。少女たちはそれぞれの疲れを癒す為、今日ばかりは何もやらかしたりせず静かに残りのタスクを消化し、眠りに就いたのだった……。



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