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再びミサキの手元に戻ってきた剣についてだが、初心者ダンジョンの為にと手放した物なので結局もう一度手放す事となった。キャッチ&リリースである。
「……今度は私じゃない誰かの役に立ってあげて」
再び光に包まれていく剣が、その言葉に応えるように少し震えたようにミサキには見えた。
一方その後ろでは、エミュリトスが宝箱の中に篭って箱入り娘をやっていたせいでボス戦のいきさつを全く知らなかった事を知ったリオネーラが一通りの説明をしてあげてたりしている。
「っていうか珍しいわね、エミュリトスなら「センパイの活躍を目に焼き付けるんですー!」くらい言うと思ってたんだけど」
「そうしたい気持ちも勿論ありましたけどね、やっぱりそれ以上にセンパイと一緒に行きたかったですし」
「……あたしは明日は用事を入れたほうが良さそうね?」
「え? あー、そんな事はないですよ。というか……リオネーラさんだってモヤモヤしてるでしょう?」
「うっ……そうね、それは確かにね……贅沢だってのはわかってるんだけど」
徐々に小声になっていく二人の会話。それはミサキと……それ以上にパーティーメンバーの三人に聞かせたくないが故。
要するに二人もミサキと一緒に冒険したいのだ。今日はそれぞれの役目と立場に準じた振る舞いをしていたものの、仲良く冒険してる四人を見てやっぱりどこかモヤモヤしていたのだ。
こんなこと当人達に聞かせられる訳が無い。彼女達に非は一切無いのだし、そもそも聞かれると恥ずかしいし。
そんな二人の会話が気になりつつも聞き耳を立てるのも失礼かなぁとミサキが悩んでいたところに、タイミング良くこの後についての指示が入る。
『……どうする魔人、宝箱、もう一回開けとくか?』
「……いえ、結構です。また返ってきたら流石に困るので……」
『そうか……あー、じゃあ後はさっさと出口に向かえ。ボスを倒した事でどこかに扉が出現している筈だ。一目見ればわかるようになってるらしい。その先にある転送魔法陣で入口まで戻って待ってろ、俺達もあっちのパーティーが終わり次第向かう』
「わかりました」
『……しかしまさかお前達の方が先に終わるとはなァ、向こうの方が難易度は低いんだが。恐ろしい奴らだ』
「せんせー、そこは素直に褒めていいんじゃないのー? 特にミサキさんをさー」
リンデが茶化すが、ミサキは「違う、皆のおかげ」と謙遜するしボッツは無言で完全に無視する。
ミサキの謙遜は当然、というか事実なので特に問題はない一方で、ボッツが素直に褒めないのには理由があった。勿論彼の性格が悪いからというのもあるが、それに加えて単純に考え事をしていたからだ。変人ミサキの今日の活躍を見て、出自や経歴に興味を持ち始め……思い出せない事に気付いたからだ。
(入学式前日までに生徒全員のプロフィールは頭に叩き込んだ筈なんだが……思い出せねぇな。まァいい、そのうち調べとくか……)
職員室まで戻ればそのあたりのデータは書類として残っている。故にこの時のボッツは怪しみつつこそあるがまだ多少暢気だった。
もっとも、もし見ていればドイナカ村なんていうフザけた出身地名を忘れる筈がないのだが。つまりボッツはそもそもミサキのプロフィールを見ていない。『思い出せない』のではなく『元から知らない』のである。
しかし本人は一度見て覚えた筈だと信じ込んでいる。その認識のズレの原因はミサキが入学式当日に転生した――極端な言い方をすれば割り込んだ――から。それと、この世界の住人が割り込んできた異物から目を逸らすかのように無意識下で『まるで最初からミサキがこの世界に居たかのように』辻褄を合わせてしまっているからだ。
そう仕向けたのはミサキを転生させた女神。自分の行動が原因でミサキが怪しまれる事があってはならないと考えた彼女は、良心の咎めないギリギリセーフな所を――人の記憶や思考ではなく無意識だけをかるーく操作したのだ。結果、まるで世界そのものが辻褄を合わせようとしているかのように誰もがミサキの過去から目を逸らす。まさに世界神の面目躍如と言えるだろう。
しかしそれはあくまで無意識にしか効果がなく、今のボッツのように一度明確に意識してしまえばそれだけで適用外。こうなってしまえばボッツはその疑心に従ってミサキについて調べ、ドイナカ村出身というフザけたプロフィールを目にしてしまう。どうにかして対策を講じねばならないところだ。
女神の望み通りにミサキが活躍した結果こうなるとは皮肉なものだが、何であれミサキの出身地をドイナカ村とかいうフザけまくった場所に設定した責任は女神にあり、ならば今回も彼女が対処するのが筋というもの。ここをどう切り抜けるか、世界神の腕の見せ所というやつである。
「……さて」
こちらはそんなボッツの考えも女神の仕事も知らないミサキ達。気持ちを切り替えた彼女等は出口を探そうと周囲を見渡し始めた……のだが、直後、そこに響く声がひとつ。
「ワン!」
「あっ、あの犬は……センパイに躾けられて格の違いを思い知り服従を誓った番犬では?」
「……仲良くなったって言って」
聞こえた鳴き声に釣られてそちらを見れば、そこに居たのは最初に戦った番犬。しかもなにやら「ついてこい」と言わんばかりに尻尾を振りながら吠えている。それを見てミサキパーティーの四人はそれぞれ違う反応を示した。
「出口に案内してくれるんじゃないのー? 早く行こうよー」
「ま、待ってリンデ、そんな簡単に決め付けちゃダメだよ~」
「でもこんな状況で他に案内してくれる場所も思いつかないし、ついて行ってもいいんじゃないかな。ミサキさんに服従――じゃない、懐いてるから罠の可能性もないと思うし」
「……レン君……」
「ご、ごめん、服従する気持ちもわかるからつい!」
「その気持ちはわからなくていいやつだから……」
違う反応と言いつつツッコミしかしていない者が約一名。
あとレンが変なところで犬と共感しているがそれはさておき、行動の指針としては彼の言い分が最も説得力がある。犬と共感した理由も説得力はあるが今はそっちではない。
四人は今日一日共に冒険してきた事で磨かれた決断力を発揮し、満場一致でレンの言う通り番犬の後をついて行く事に決めた。そして……
「おっ、ホントに出口っぽいよー!」
先導されるままに辿り着いた扉、その中に魔法陣が描かれているのを真っ先に入ったリンデが確認した。
それでなくとも扉がちょっと豪華な造りになっていたのでここが目的地なのは一目瞭然。レンの判断は正しかったようだ。もちろんレンの意見を尊重したパーティーの判断も。
「……道案内、ありがとう」
「わふん」
ミサキが頭を撫でると番犬はこれまた嬉しそうに尻尾を振る。かわいい。
「……何かお礼をしたいけど、今あげられそうな物は何もないな……リオネーラ、このコ連れて帰っていい?」
「ダメに決まってるでしょ、置いてきなさい」
オカンか。
「……ちゃんとお世話するから」
「(ダンジョン産の生き物なんだから)出来る訳ないでしょ。置いてきなさい」
子供とオカンか。
『いや、勝手に連れて帰られるとこちらが困るんですけどね?』
そしてまさかの飼い主降臨である。これにはワガママな子供も逆らえない。元より本気ではなかったが。
「……ごめんなさい、可能だったらという程度であって本気ではありませんので」
『それならいいのですが……わかりにくい子ですね。ともあれ連れて行かれると私が困ります、その子はどうやら『予想外に知恵をつけている』ようですから』
「……どういう事ですか?」
元々ミサキとの取引に応じるくらいには頭が良かった気がするが、どうやらそれだけではないらしい。
『……私がその番犬に出した指示は「出口の扉の前で待て」だったんですよ。一目見てわかるようにね。なのにその子はこの指示の本質が『貴女達を案内する事』にあると見抜き、私の命令に背いて迎えに行った。自分の意思で最善の手段を採ったんです。これが何を意味するかわかりますか?』
「……まさか、このコが危険だと?」
『おっと、そう考えましたか。大丈夫ですよ、いざとなれば私はその子を……言い方は悪いですがいつでも『停止』させられますから。『抹消』でもいい。なので危険はありません、いくら命令に背き、独断で行動しようともね。そもそも良かれと思っての命令無視のようでしたし咎めるつもりもありません』
「という事は……単にそのコが良い方向に成長していると」
『ええ、そうです。問題がある訳ではなく興味深いだけです。この子は側に置いて調べてみたい。なので連れ帰られると困ります』
「……本気ではないですから」
元より冗談半分だったし、リオネーラに最初にダメと言われた時点で連れ帰るつもりは全くない。その後のお世話発言のせいで本気に見えてしまったと言われればそれまでなのだが。
『という訳ですので、その番犬をこちらに渡してもらえませんか』
「……勿論です。よろしくお願いします」
元々ミサキのペットという訳でもないのだ、飼い主が返せと言ったなら返すほかない。どういう風に『調べる』のかがちょっとばかり気になっていたとしても、だ。
にも関わらずおじさんはわざわざミサキの意志を尊重する優しい言い方をした。ならばミサキもそれに応えるしかないだろう。おじさんを全面的に信用し、『よろしくお願い』するという方法で。
「……元気でね」
「ワン!」
別れを済ませた直後、番犬の足元に転送魔法陣が出現し、発動。そのまま光と共に番犬を連れていってしまう。
また会える日が来ればいいな、と少しだけしんみりしつつ、それでもいつも通りの無表情でミサキは自分達用の転送魔法陣へと歩を進めた。




