エンシェントって名前のやつは大抵強い
「う、動いた! ど、どうしよう、ミサキさんっ!?」
「……ひとまず距離を取ろう。リンデさん、ルビアさん、抱えるよ」
毒は(一応)無く、そこまで強くもないらしい敵だがあのサイズと硬そうなボディはそれだけで脅威である。っていうか威圧感すごい。
気圧されているレンの問いに答え、あまりのサイズ差に怯える妖精族二人を抱きかかえミサキは走った。彼女の足は決して速くはないが、ゴーレムはそれ以上の鈍足のようでどうにか距離は取れそうだ。
(……やっぱり足は遅い)
見た目(もしくは前世のイメージ)通りに、そして授業で習った通りにゴーレムという生物の歩みは遅い。巨体故に歩幅自体は広いが動きが遅い。これなら体力の続く限りは時間は稼げるだろう。時間を稼げれば作戦も練れるはず。
「……レン君、あの柱の裏まで走って」
「う、うん!」
万が一の遠距離攻撃に備えて遮蔽物の裏に駆け込み、抱えていた妖精二人を下ろして息を整える。
ゴーレムからはかなり距離を取った。余裕は充分。
「は、運んでくれてありがとー、ミサキさん……」
「……気にしないで。それよりどうやって倒そうか」
「た、倒すのー? あんなの倒せるの……?」
ミサキから見ても大きなゴーレムは妖精族から見ればどれほどに映るのか。怯えるなと言う方が無理がある。
震えるばかりのリンデとルビアを前に、しかしそこで誰よりもやる気を出したのは意外にもレンだった。
「か、勝てるはずだよ……なんてったって初心者ダンジョンなんだし。勝てないとおかしい。弱点もあるって話だし、それさえわかればなんとかなるよ、きっと」
「……私もそう思う。弱点を探す練習としてのボスなのは間違いないはず。だからこうして容易に距離も取れるんだと思う」
せっかくなのでレンの説に乗っかっていく。
「……何より話を聞く限り、今回ばかりはボッツ先生も関わってなさそうだった」
「そ、そっか、それなら安心出来るねー……わかった、がんばる」
(……自分で言っておいて何だけど説得力すごいな)
安心と信頼と実績のボッツである。
ともあれそんな感じであっさり二人の協力は取り付けた。臆病なレンが真っ先にやる気を出したのが大きかったらしい。となれば次にやる事はひとつ。弱点を探す事。
「……レン君、何だと思う?」
「う、うーん……足が遅いのも弱点といえば弱点だよね、そういう意味じゃないとは思うけど。他には何だろう、特定の属性の魔法が効いたりするのかな? あ、でもそれだとその魔法が使えないパーティーに不利すぎるか……」
特定の属性魔法だったり特定の攻撃法だったり急所だったりと明確な弱点のある敵というのは確かに存在し、身近なものは既に授業で習ってもいるのだが、残念ながらゴーレムはそれには当て嵌まらない。
人によって造られるゴーレムは弱点の場所や属性どころか弱点そのものの有無まで全てが創造主に委ねられているからだ。ガチの門番や番人として生み出すなら弱点は無しにするし、今回のように倒される為に造るとしても弱点は創造主の匙加減次第。作られた存在であるが故の多様性があるのだ。
……というのがこの世界での、今の時代での常識である。
つまり、別世界の人間なら常識からズレた別の知識を持っているということ。
「……頭に露骨に文字でも刻んであればそこを攻撃するんだけど」
ゴーレムの頭にはエメス(真理)の文字が刻まれており、それでゴーレムは動く。止める時はそれを一字消してメス(死)に変え停止させる……というのはミサキの元いた世界ではそこそこ有名な話だ。しかし、この世界の今のゴーレムは魔法で作られ魔力で動いておりそもそも文字が書かれていなかったりする。
とはいえ文字の書かれたゴーレムの話が一切無い訳ではない。無かった訳ではない。知っている人は知っている。このパーティーで言えばレン(とミサキ)が。
「頭に文字……あぁ、『エンシェントゴーレム』のこと?」
「うん」
エンシェントゴーレム。その名の示す通り、ミサキの世界で有名な頭に文字を刻んだゴーレムはこの世界では太古の存在とされていた。魔法で造るゴーレムより数世代前の、造り方が失われて久しい時代の謎の多いゴーレム、と。
実際に遥か昔から目撃例がある事と、頭に刻まれている文字が未だ解読されていない『古代文字』である事がその理由だ。
現存している個体数は確認できる範囲ではゼロ。記録に残っている限り人類が遭遇したエンシェントゴーレムは全て暴走しており破壊せざるを得なかったらしい。このあたりが造り方が失われ、魔法製ゴーレムにシフトしていった一因なのだろうと考えられている。
ともかくそんな訳でエンシェントゴーレムについてのほとんどは今も謎に包まれたまま。刻まれた文字の意味すら(解読できていないのだから当然だが)知られていない程だ。ただ、その文字が弱点である事は当時の優秀な戦士達が苛烈な戦いの中で偶然見つけ出していた。
「不思議な話だよね、文字を消したら止まるゴーレムなんて。しかも一番「最後」の文字じゃないといけないなんて」
とはいえ明らかになっているのはここまで。『理由はよくわからないが止まる』というだけ。まぁそれも当然だ、既に絶滅している遥か昔の存在であり、書かれた文字がまず解読できていないのだからこの世界の人としても研究のしようが無いのだ。
「………」
勿論ミサキは現代知識の力でもう少し詳しい。が、それがそのままこの世界に当て嵌められるという確証は無い。実際『最後』の文字という違いもあり――いやこれはもしかしたら逆から読んでるだけかもしれないのだが、どちらにせよ絶滅している今となっては確かめようが無いのでわからない。
ついでに言ってしまえば絶滅したゴーレムについて誰も知らない知識を知ってる人ってぶっちゃけ怪しい。守ってあげたくなる系正統派美少女とか男女共に認めるスーパーイケメンなら無条件で信用してもらえるだろうが、生憎ミサキは奇行の目立つ黒ずくめの少女なので絶対怪しまれる。薄気味悪く思われて魔人説に拍車がかかるだけというオチが見える。
なのであくまでふんわりと、知識ではなく思いつきを述べているだけという体をとってレンの疑問に返事をすることにした。怪しまれたくないなら本来何も言うべきではないのだが、もしかしたらこの『思いつき』が巡り巡ってどこかで誰かの役に立つかもしれないと考えると人助けをしたいミサキとしては無視も出来ないのだ。
「……もしかしたら、だけど。文字をひとつ消す事で意味が変わっているのかもしれない」
「……あー……うーん……?」
「どーゆーことー?」
もう少しでピンと来そうなのか頭を捻るレンの代わりに、考える事を早々に投げ出したリンデが聞き返してくる。彼女はとても諦めがよかった。
「……言葉を使った遊びみたいなもの。一文字増やしたり減らしたりする事で単語は別の言葉に変わる」
「うーんと、例えば?」
「例えば…………」
いきなりそう振られるとなかなか咄嗟には浮かばないものだ。悩むミサキの脳裏に辛うじて浮かんだものは……どこかで聞いた覚えのあるやり取り。
「……例えば、私が何もせずボケーっとしてたら『暇人』です」
「うんうん」
「……でもそこから「ひ」の文字を取ったら、私は世界中から恐れられる存在になりました。……わかる?」
「あー、「ひ」を取って『魔人』になったってことかー。なるほどー。……ごめんね、辛い例え話をさせちゃって……」
「…………大丈夫」
自虐ネタと思われたのだろう、マジトーンでものすごく優しい視線を向けられた。
実際は自虐ではなく転生当日の出会って間もないリオネーラとの会話の中で披露してしまった素のボケの再利用なのでリオネーラの視線の方が気になる、というか怖いのだが、恐る恐る振り向いてみたところ彼女は別の意味で視線を逸らしたくなる目をしていた。
(……後で根掘り葉掘り聞かれそう)
探るような、問い質したくて仕方ないような――恐らくは前世由来の知識だと既に勘付いていそうな、そんな目だ。感情的になりやすいリオネーラの目は口ほどに物を言い、コミュ力の低いミサキにもその声はたまに聞こえてくる。仲良くなってきた証だろう。
ただ、そこに本当の意味で視線を逸らしたくなる叱責の声が無かった事にはホッとした。リオネーラはミサキが転生者である事を隠すべきと思っており、足がつくような行動や言動を好まない。そんなリオネーラが何も言わないのなら今回のミサキの判断は正解でありセーフだったという事になる。
事実その通りに、レン達も何も気にせず話に戻ってきた。
「なるほどね、文字を減らして意味を変える、かぁ。それでゴーレムが止まる……本当にそうだとしたら面白い仕組みだけど、ただの文字にそんな効果があるものかなぁ……? あっ、いや、ミサキさんを疑う訳じゃないけど!」
「……私も「もしかしたら」程度にしか思ってないから、そこは疑ってくれていい。ただの思いつき。当たってるとは私も思ってない」
先程も言ったが確信を持って語っているほうが却って怪しいので。『確かな知識』ではなくあくまで『思いつきの仮説』じゃないといけないのだ。
なのでミサキはそう思いついた理由を補強する。せっかくだからと。
「……ただ、ひとつ言うなら、私は言葉には力があると思ってる。なら文字にもあってもおかしくはない」
「言葉に、力……?」
いわゆる言霊。日本文化ではあるが、他の国にも通じるところがない訳ではない。たとえそれが言葉遊びに疎いこの世界でも。
言を発すれば事が起こる。それだけなのだから。
「……「頑張る」って口にすれば不思議と頑張れる。レン君にも覚えがあるはず」
「それは……ある、ね。うん、それが文字にもあって、それがゴーレムに作用してるんだとしたら全部納得がいく……現代文字には不可能で、古代文字にのみ成せる業だったとしたら――」
「……まあ、あくまで「もしかしたら」の話だから」
補強した結果、なんか予想以上に説得力のある感じに纏まってしまいそうになってきてミサキはちょっと焦ったが――
『 デテコイ ボケ カス Baby! 』
「――じゃあ、あの暴言だらけのポイズンゴーレムはその『言葉の力』を悪用してると」
「……そう言えなくもない」
こちらを見失っているらしいボスの罵声で気付く。そういえば戦闘中だった、と。
何故ベイビーだけ流暢な発音だったのかは永遠の謎である。




