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見せ場はないが見る目はある




 結局全員で同時にAを押すという苦渋の決断で痛みを分かち合い、少女達は次のエリアへと踏み込んだ。

 マスタールームのボッツはしばらく不服そうにしていたが、それでも仕事を投げ出しまではしない。一応最低限の責任感はあるのだ。テンションはガタ落ちしていたが。


『あー、次は……というかここが最後だな、ダンジョンらしく複雑に分岐した、言わば迷路エリアだ。まァ本来はダンジョン全体が迷路になっているものも少なくないんだが』


 少なくない、というか多い。ここは経験を積む為の初心者ダンジョンなので今まではむしろ迷わないように気を遣われていたというだけだ。


『で、ここはハズレのルートの先には簡単なトラップや弱い敵も配置してある総仕上げのエリアになっている。ここに時間をかける為にさっきの部屋はすぐに終わらせる必要があったって訳だな。……あー、迷路の有名な攻略法は授業で習っているな? おら魔人、答えろ』

「……左手法、ですね。外壁沿いのどこかにゴールがあるならばいつかは辿り着けます」


 片方の壁に手をついて歩く、というアレだ。この世界ではダンジョンが身近にあり、命の危険も絡んでいるが故に迷路についてもそれなりに研究されていてこの方法くらいはとっくに発見されていた。もし発見されていなければミサキが前世知識チートを披露していたかもしれない、惜しい。

 なお左手か右手かは正直どちらでもいい。ミサキも実は右手で覚えていたくらいだし。単純にこの世界では右手に武器を持ち左手で辿る人が多いので左手法と呼ばれているだけである。心理的には利き手の方が辿りやすいのだが。


『そうだな、左手法も絶対ではない。その場合は地道なマッピングでゴールを導き出すしかない訳だ。……よしもういいだろ後は適当に頑張ってこいホラさっさと行け』

「………」


 テンションガタ落ちでやる気のなさすぎるボッツに投げやりに言われ、少女達は迷路を進み始めた。




 ――ボッツはやる気なさすぎだったが、マスタールームの他の面々は割と真剣にミサキ達の行進を眺めている。


「あの黒い少女は優秀な子ですね、基本が全て頭に入っている。さすがは教官の教え子」

「先生は関係ないですよ。言ったでしょう、センパイは常に我々凡人の予想の上を行くと」


 おじさんのダンジョンマスター視点からの感想にエミュリトスが軽く食ってかかる。軽くなのは勿論ミサキが評価されている事が嬉しいから……と、もう一つ。ただ単に事実を述べているだけに過ぎないからだ。


(わたしとリオネーラさん以外は知らないでしょうけど、センパイは本当に不思議な人なんだ。センパイの日頃の言動を見てれば元いた世界がこことは全然違う世界なのは予想がつく。なのにセンパイはこの世界の人達と同じ早さで……ううん、それ以上の早さでこの世界の事を覚えていく。この世界に馴染んでいく。これは先生の教え方が良いからというだけでは到底説明できない)


 一般常識とされる知識を知らず、リオネーラや教師に質問しまくるミサキの姿が脳裏に蘇る。その次は最近よく見かける、この世界に順応し、ごく普通に振る舞い戦う姿が。

 そして……唐突で突飛な発想で人を驚かせ、呆れさせる姿も。時に自分達を困らせるその姿は、しかしやっぱり眩しく映る。


(センパイとわたし達では何かが決定的に違うんだ。だからセンパイは常にわたし達の予想の上を行く。わたし達では思い付かなかった事もきっとセンパイは思いつく。わたし達では出来なかった事も、きっとセンパイは成し遂げる)


 だからそんなセンパイと共に在りたい……――というのが彼女、エミュリトスの考え方だ。ざっくり言えば。

 もしこれをミサキが聞けば1から99まで否定したがるだろう。ミサキは自分を特別だとは全く思っていないから。なのでほぼ全てを否定し、しかし彼女としてもエミュリトスと一緒に居たくはあるので最後の結論だけはしれっと同意するだろう。セコい。

 まぁ今はこの場にミサキはおらず、声も届いていないのでこれは意味の無い仮定だ。そしてそれは同時にエミュリトスの買い被り気味の過大評価を止める人もいない事を意味する。否、それどころかボッツの罠を突破し、おじさんにも認められるという実績を残してしまった事でミサキを評価しつつある人はむしろ増えつつあった。


 ……そんなマスタールームで、ダンジョンに潜っている誰かではなく今この場にいる別の人物への評価を改めていた者が一人だけ居た。

 その者――獣人族の男は評価を改めた相手に後ろから声をかける。後ろから、すなわちゴーレムと戦闘中の者達の方角から。ゴーレムとの戦闘を切り上げ、そこからこちらに歩いて来てまでして声をかけたのだ。


「――おい女、お前も手伝え」


 真後ろから声をかけられたその少女――エミュリトスが振り向く。


「……ユーギルさん?」


 そこに居たのは強さのみを求める戦闘バカ代表、ユーギル。

 クラス内レベル序列二位の彼が、強さにしか興味のない彼が今となってはクラスで一番レベルの低いエミュリトスに共闘を持ち掛けた、という事だ。どこからどう見ても不自然極まりなく、声を掛けられたエミュリトスも、その様子を見ていたボッツやクラスメイト達も目を白黒させていた。


 ……もっとも、もし彼が本来のエミュリトスの実力を見抜いていたりするなら――評価を改めていたなら話は別である。


「お前、そこそこ戦えるクチだろう。バテてる連中と交代しろ」

「……ご冗談を。わたしは貧弱ですよ、とーっても」

「そうだな、いくらドワーフが力自慢の種族とはいえ女には男ほどの怪力はない。そのくらいは知っている。だが少なくともお前はかなり『動ける』はずだ、レベルの割にはな」

「…………何を根拠に?」

「落とし穴の中での冷静な対処だ。お前、荒事に慣れているだろう?」


 訝しむように言われ、失敗したなー、と内心で舌打ちをする。

 腕力を、ひいてはレベルを誤魔化している事までバレた訳ではない。だがこのまま疑惑の目線を向けられ続けるのはやっぱり危ないので、トボけるよりは適当に彼を納得させる方がいいだろう。


「えーっと、まぁ、一応ハンターなので。レベルは低いですが、低いからこそ危険を回避して生き残る為にいろいろ頑張っては来ましたよ」

「俺なら生き残る為にも真っ先にレベルを上げるがな。……いや、そのあたりはどちらでもいい。動けるなら手伝え」

「……動けはしますけど、わたし程度の攻撃じゃダメージは通らないと思いますよ、あのゴーレムには」


 動ける事はもう隠しようがないにしても腕力を誤魔化してる事は悟られてはならないので貧弱アピールはなるべく自然にねじ込んでいく。

 それを受けて思い留まってくれたりすればベストだったのだが、さすがにそこまでは望めなかった。


「構わん。出来る事を好き勝手にやればそれでいい。今だって全員そうして戦っている。どうせ相手は一切動かんからな」

「……気楽な戦いで良い事ですねぇ」


 ここまで言われれば断るのも逆に不自然というもの。こうなった以上、多少動けるところを見せてから適当なところでバテるのが一番ユーギルを納得させられる道だろう。そう結論を出し、エミュリトスは渋々頷いた。

 もちろん「好き勝手に動かないで団結すれば勝てるのでは?」なんて親切な忠告をしてあげるつもりはない。


「わかりましたよ。センパイが迷路を突破するまでは付き合います、適当にね」

「ああ、適当でいい。お前が動けるのは確かだがそれでも叩き壊すような活躍までは期待していない。ただの時間稼ぎで構わん」

「……まぁ、実際わたしが加わったくらいで何か変わる訳でもないですからね」


 ブレスレットを外せばまだワンチャンあるかもしれないが、外すつもりはないので可能性は絶無。むしろこれ以上目を付けられないように上手く弱者を演じる事の方が大事と言える。

 こうして無駄に気を遣わねばならないエミュリトスの戦いが今、始まった――!




 まぁ、描かれませんけど。



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