我慢と魔眼
『エクスペディ(以下略)』が不採用になり、結局普通に歩いてトラップエリアを通り抜ける事になったミサキ達。
しかし大半が授業をちゃんと聞くいい子達であるこのパーティーは初心者向けのありがちなトラップになどまず引っかからない。
「えーと、基本的には足元や壁にスイッチがあってそれに触れると発動する、だったよね」
「そうだね~。たまに足を踏み入れるだけで発動したりするのもあるらしいけど~」
「……とりあえず、露骨に出っ張ってる所は避けていこう。そことか」
探究心から知恵を得た不定形族であるレン(さっき人型に戻った)、噂好きの事情通ゆえに記憶力のあるルビア、そして真面目で勉強好きなミサキ。三人寄れば文殊の知恵といったところで、後ろを歩くリオネーラから見ても全く危なげはない。面倒見のいい彼女が真っ先に注意しそうな所も三人のうち誰かがちゃんと気付くのだ。
(なんというか、ちょっと寂しくもあるわね……特にミサキの成長は。ま、ライバルとして隣に並び立ってくれる日が近づいていると考えれば寂しいばかりでもないのかしら)
人知れずしんみりしていたリオネーラだが、考え方を変える事で寂しさを頭の中から追い出した。どちらも本音だからこそ出来た事だと言える。一方で――
「むぅー、面白くないなぁー」
この中で一番勉強嫌いで退屈も嫌いなリンデは思いっきり本音の愚痴をこぼしていた。妖精族のイメージそのままに子供っぽい彼女はこう言っては何だが一番トラップに引っかかり易いタイプである。
当然他の皆もその事は把握しており、前もってリンデに『足並みを揃えて周囲を警戒する』事の大切さを説いていた。その結果が少し迷走してあのエクスペ以下略になった――というのは余談だが、とにかくその結果彼女はちゃんと皆と一緒に警戒しながら歩を進めてはいるのだ。
ただ、頭では理解していても気持ちがついていっていない――つまり我慢している状態であり、それが先程の愚痴に繋がっていた。
「リンデ、気持ちはわかるけどもう少しだから~」
「むー、わかってるー……でも愚痴くらい許してー」
「まぁ愚痴だけならいいけど~……」
ここで和を乱すような行動をされると困るが、リンデとて授業を経てトラップの危険さは理解しており結局無謀な行動に出ることは無かった。授業さまさまである。
『………』
……しかし、そんなわかりやすいパーティーの弱点を――リンデの我慢を見逃す性悪ボッツではない。
(フッ、我慢か。『あの』妖精族がここまで我慢しているというだけで立派なモンだが……我慢ってのは我慢する必要が無くなれば弾けるしかねぇんだよ)
なんかカッコいい事を言っているようでごく普通の事しか言っていないが、要するに彼女達を直接罠に嵌めるのではなくリンデの我慢を――警戒を解き、間接的に罠に嵌める作戦で行くつもりのようだ。
さて、その作戦がどんなカタチでミサキ達の前に現れたかというと……
「あっ! 見てミサキさん! あれ!」
リンデが指差した先――今歩いているダンジョンの通路の先、その上の方に『ゴール』と書かれた横断幕が下がっていた。ついでにその真下に豪華な宝箱まで置かれていた。
罠と思って見るとすげぇ露骨な罠である。が、初心者ダンジョンにならこういうわかりやすい一種のチェックポイントのようなものがあってもおかしくはない。ダンジョン初体験であるミサキ達にはどちらなのか判別できず、中でもいい加減我慢の限界だったリンデは――
「ゴールだって! ねぇもう早く行こうよミサキさ――」
「……………」
無言でミサキに見つめられ――
「…………は、早く慎重に行こうよ、ミサキさん」
「……それなら賛成」
我慢の限界で溢れ出しそうだった心に青ざめた顔でギリギリ蓋をした。
視線に込めた訴えを聞き入れてもらえたミサキはご満悦だが、邪魔されたボッツとしては当然面白くない。
『チッ。一歩でもいいから迂闊に踏み出せば面白ぇモンが見れたのに。いちいち魔人に確認取ってんじゃねえよリンデ』
「むきー! せんせーの性悪ー!」
「……その時は捕まえてでも止めた」
『フン。まァそうだな、最後の最後まで気を抜かねぇ事は大切だ。そのあたりは弁えているようだな、お前』
「……百を行く者は九十を半ばとす、と私のいた所では言いますから」
『ほぉ、面白い言葉だな。今度使わせてもらおう』
正確には単位の『里』まで含めての諺だが、この世界では通じなさそうなのでそこは省略しておいた。というか里についての説明を求められると面倒なので。
『にしても魔人、お前にリーダーシップなんてモンは無ぇと思ってたが……考えを改める必要があるな。恐怖で人を縛り付けて思うがままに操る才能はあるようだ』
「……いよいよ本物の魔人っぽくなってきましたね、私」
真に受けたわけではなく、あくまで鼻で笑うような皮肉を込めたミサキの返答。しかし対するボッツはただ一言、『仲間を見てみろ』とだけ告げる。
「まぁ……実際さっき怖かったし……怒らせないに越した事はないかなって」
「あの視線が自分に向けられたらと思うとゾッとするよ~……」
「ぶるぶるぶるぶる」
視線を逸らす妖精二人と、図書館での一件を思い出して小刻みにバイブレーションするレン。少なくともこのパーティーにおいてはミサキの恐怖支配は有効らしい。友達ばかりのパーティーの筈なのにどうしてこうなった。
◆
何はともあれミサキのおかげで一致団結している(清く正しく対等な団結とは言っていない)このパーティーはその後もトラップを正確に回避し続け、無事ゴールの横断幕の下まで辿り着いた。
「やったーゴールぅ! さーて、ご褒美はなにかなー?」
二度目の我慢の限界を迎えたリンデが横断幕の下の宝箱に飛び付く。ゴールに置いてある豪華な宝箱、となればご褒美と考えるのは自然である。が……
「……待って、リンデさん」
そのご褒美を開けようとしたリンデにミサキは声を掛け、止めた。実質二連続のストップにリンデは戸惑ったものの逆らいはしない。恐怖で支配されてるので。
「ど、どうしたのー?」
「……もしかしたら、の話だけど、これも何かの罠かもしれない」
「そ、そうなの? でもゴールしたじゃん、アタシ達」
「うん。あくまで可能性の話。……その宝箱はゴールの横断幕のピッタリ真下にある。ゴールより手前側、トラップコースの最後に置いてあると言い張れなくもない」
言われ、頭上を見上げてからリンデはそっと宝箱から手を離した。
「……それにそもそも、このゴールの文字さえも嘘である可能性もある。油断させる為の罠。ダンジョンマスターのおじさんはどうかわからないけど、ボッツ先生ならそのくらいはする」
言われ、リンデはそのままそっと後ずさった。
「確かに……せんせー性格悪いもんね」
「……でも、どちらも罠じゃない可能性もある。何も無かったらその時はリンデさんの楽しみを奪った私を責めてくれて構わない」
「……ううん、そんなことしないよー。その時はたぶんそれがせんせーの狙いだったってことだろうから」
「……なるほど、そこまでは考えてなかった。ありがとう、リンデさん」
「えへへー」
ボッツの性格の悪さを起点として始まった話でちょっとだけ二人は仲良くなった。敵を疑い仲間を信じる事は大切なのでボッツとしても何も言えない。
なお真相はというと、『ゴールの場所自体は本物』であり他は全てボッツの罠。横断幕はリンデを誘い込む為にわざわざ設置させた物で、豪華な宝箱も同様にリンデに開けさせる為に置いた物。
ゴール自体は本物なのでミサキは疑いすぎと言えるのだが、リンデの行動を止めてボッツの企みを全て潰したという意味ではしっかり彼の上を行ったと言えた。
せっかくなのでついでに明かしておくが、ボッツが横断幕の罠を見抜かれた時にあっさり認めたのもこうして二重に罠を張っていたからである。罠を看破したという安心感をミサキ達に与え油断させ本命の罠にかけようとしたのだ。
そう、本命。つまりこの宝箱の罠はボッツの好みが十二分に炸裂した、結構心臓に悪いヤツなのである。
「……それで、この宝箱はどうしようか」
本命だというところまでは見抜けていないミサキが皆に問う。
罠を覚悟で開けるつもりなら防御力が高くアクセサリーのおかげで耐性も多少ある自分が行くべきだろう。そんな決意を胸に秘めながら。
だが、それに対する皆の返答は……
「「「スルーしよう」」」
決意を固めていたミサキからすれば肩透かしの、そして罠を仕掛けたボッツからすれば見透かした上で嘲笑われているとも取れる、しかしこの上なく賢明なものだった。
ちなみに心臓に悪いこの宝箱の罠――というか罠の宝箱――の正体は有名な擬態生物のミミックで、蓋を開けたら飛び出すタイプの奴だったりした。結局その時は来なかった訳だが……ゴール地点に意味ありげに設置されて豪華なガワで着飾られ、鳴り物入りで登場しておきながら完全放置を喰らった彼(彼女?)の心境は不明である。
言うほど遅れませんでした




