バブみは感じ……ない
◇
――時はちょっとだけ遡り、ミサキ達サイド。
エミュリトスやボッツ達がおじさんと一緒に穴に落ちていった衝撃からようやく全員(10人)が立ち直り、さてどうするか、と相談していた頃である。
「――まぁ、ダンジョンマスターのおじさんも先生もどこかから見てるんでしょうし、先に進んでいいと思うわよ」
タイミングを見計らい、リオネーラがそう言って皆を後押しした。既に両パーティーとも同様の意見で固まりつつあったタイミングでだ。これぞリーダーシップ。
ダンジョン内では同行者は極力口を挟むなと言われてはいるが、厳密に言えばまだダンジョン内ではないのでセーフだろう。敷地内ではあるが。
そんな風にクラス長であるリオネーラの言葉に力強く背を押された両パーティーは、緊張を胸にそれぞれのルートの扉の前に立ち……ひとつ深呼吸した後、押し開けた。
で、扉を開けたという事は、
『センパイ頑張ってくださあぁぁぁぁい!!』
頭上からそんな声が降ってくるタイミングな訳で。
「うわっ、びっくりした……エミュリトスさんの声?」
相変わらず全然びっくりしてなさそうな抑揚の無さでミサキが反応し、天井周辺を見回す。頭上から何かを通して響く声、という現象に少し懐かしさを感じながら。
なお他の面々が一切反応していない訳ではない。緊張しているせいか大半は急な声に身体をビクッと震わせて驚いていただけだったが。レンに至ってはいつも通りブッ倒れ――かけたがギリギリ踏み止まった。えらい。
『あっセンパイの声が聞こえる! そうですわたしです、マスタールームから見てますよー! 何か気付いた事があったら教えますねー!』
(……どこから声が出てるんだろう。スピーカーのように目に見える何かがある訳じゃないのか)
声の出所を特定するのは諦め、エミュリトスの言葉に「そういうのは良くない」と正論を返そうとした……が。
『あっ』
何故か今度はボッツの短い声が響き……それを最後に何も聴こえなくなった。
「……? どうしたんだろう……誰かわかる?」
パーティーメンバーに目を向けても誰もが首を傾げ、リオネーラでさえも首を振る。こうなったらお手上げである。
まぁ、マスタールームでボッツがドジっ子属性を発揮したせいで通信が途絶え、更に本人はその隠蔽工作に四苦八苦している最中だなんて誰にもわかるはずがないのでこれは仕方ない。ただ状況がわからない以上は勝手に進む訳にもいかず、少女達はその場待機を余儀なくされた。
しかし待機時間はそう長くはならず、通信はすぐに復帰する。
『……あー、聴こえてるかお前ら? ……んだよオッサン、そんな不安げな目で見るんじゃねぇよ』
「先生、何がトラブルがあったんですか?」
今度は代表してリオネーラが問いかけた。何か大きな問題だった場合は実力者である彼女が対処する事になる可能性もある訳で、自ら真相を確かめようとするその姿勢は責任感ある立派な対応と言っていいだろう。まぁ肝心の真相はボッツがやらかしただけというクッソくだらない上に恥ずかしいものなのだが。
『あー……いや、何でもねぇ。うむ、何でもねぇ』
「……そうなんですか?」
『ああ、何も問題はねぇ。……んだよエミュリトス、ニヤニヤしてんじゃねぇよ』
「エミュリトス……? あっ、もしかしてウチの子が何かご迷惑を……?」
『あー、いや、そういう訳じゃ――』
『ちょっとリオネーラさん!? なんてこと言うんですか!?』
心配性な保護者リオネーラは野放しになっているエミュリトスの名前が出た瞬間に良からぬ想像をしてしまう。ミサキが絡むとすぐに導火線に火が付くキケンな爆弾少女なのは事実なのでその反応は仕方ないのだが、流石に今回は冤罪なのでエミュリトスも怒った。
『どちらかといえばわたしはセンパイの子です!!!』
冤罪がどうとかは全然関係なかった。
「えっ、あ、うん、ごめん……」
対するリオネーラは無実のエミュリトスを疑ってしまった罪悪感やらそもそも想定外の返しだったやらで謝る事しか出来なかったが、当然エミュリトスの言い分を信じた訳でも肯定している訳でもない。大体、最初は妹になりたがっていて結局後輩で落ち着いたのに今度は娘になりたいとか迷走しているにも程がある。
勿論他のメンバーも彼女の世迷言を信じてはいない。が、パーティーとしてそこそこ仲良くなったせいか一連のやり取りで緊張が解けたのか、不思議とその世迷言から話が広がっていった。
「ぼく達は分裂して増えるから、もし仮にミサキさんが分裂してエミュリトスさんが生まれたのなら親子になるね。あっ、あくまでもしもの話だからね? 違うのはわかってるからね?」
珍しい、しかし本来の姿形を考えれば妥当な繁殖方法について語るのは不定形族。その内容もだがそもそも彼がこうやって誰かの発言に真っ先に乗って自分語りを始めるのも珍しい。どうやら臆病な彼は緊張がほぐれた反動でちょっとハイになっているようだ。
「アタシ達はフェアリーサークルって言われる特定の場所のマナ溜まり?みたいな場所から自然発生する種族だからー、同じサークルから生まれたならみんな親子だよー。もし二人が妖精族で同じ場所から生まれてたなら親子だったねー」
こちらは自分達でもイマイチ誕生の原理がわかっていない妖精族。そのあたりを気にしないアバウトさが特徴の種族とも言える。ちなみに短い周期で生まれれば親子ではなく姉妹になるらしいが具体的にどこまでなら姉妹でどこからが親子なのかは決まっている訳ではないとか。全てフィーリング。なんともアバウトなことである。
「いや、あのね、わざわざ別の種族で考えなくてもね、あたし達ハーフエルフや人間族の社会でも一応養子になれば義理とはいえ親子にはなれるから……」
『その手がありましたかッ……!』
……と、みんなで脱線しまくりつつもなんやかんやで少し話が盛り上がっていたのだが、それに対してミサキが言いたい事は一つだけ。
「……そもそも私の方が年下なんだけど」
『「「「「あっ」」」」』
地味に三歳も年下だったりする。ミサキもたまに忘れるが。ついつい忘れがちになるが。
なおエミュリトス本人はガチで忘れていた。それでいいのか。




