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ダンジョンからおじさん現る

横書き推奨……かもしれません



 ――そして、いよいよその日はやってきた。



「――よぉし、ついたぞお前ら。ここが今日の授業の舞台……初心者ダンジョンだ!!」


 先頭を歩いていたボッツが振り返り、声を張り上げる。それに対する返事は……あまり無い。


「つ、疲れた……」

「やっと着いた……」


 体力の無い一部の生徒が街からダンジョンまでの二時間の徒歩移動でバテていたからだ。

 とはいえ二時間の徒歩移動くらいはこの世界では普通なのでこれは体力の無い彼等に問題がある。装備や荷物を抱えての移動は確かに体力を奪われるが、それがここでのスタンダードなのだ、体力をつけて慣れるしかない。

 なおミサキは毎日の走り込みのおかげで多少なら体力もついてきていたので一応ギリギリバテはしなかった。ものすごく疲れはした、というラインである。よって返事をしようとしたのだが……


(……何これ)


 ダンジョンの入り口――地下への階段の前にある、門柱と梁だけで出来た石造りの簡素な門――の、その梁の部分を見てしまった結果そのまま固まっていた。同じように見上げている一部の生徒と一緒に。

 ミサキと一部の生徒……固まっている者達に共通するのは『初心者ダンジョンを一度も見た事がない』事だ。要するに初めて見るダンジョン(の一部)に驚き、目を奪われている状態なのだ。……まぁ、驚くといってもなんというかこう、アホ面を晒すような驚き方なのだが。なぜなら……



『ょ

  ()こそ 初心者ダンジョソ

            へ!!!』



 ……こんな感じでバランス悪く並んだ可愛らしい文字が何故かドギツいピンク色でそこには描かれているだけだからだ。目と頭が痛い。


(マルレラ店長の所の看板より酷い)


 更によくよく見れば何度か書き直した跡すらある。書き直してこのザマなのだろうか。あと書き直したのならついでに色も変えて欲しかったところだが誰も何も言わなかったのだろうか。むしろ変えた結果がこれなのだろうか。っていうか致命的な誤字くらい何とかしろ、どことは言わないが。

 まぁ目を惹くという意味では嫌になるほど目立っているのでそれが目的だとすれば納得出来るとはいえ……街の近くの、それも初心者向けダンジョンに来る人なんて大抵そこにある事は知っていて来るだろうし目立たせる必要がそもそもあまりないように思える。

 何故こんな事になっているのか。誰もその疑問に答えを出せず、反応に困って固まってしまっているのだ。


「あー、お前らの考えてる事はわからんでもないがな。だがこの初心者ダンジョンは国の管理下にあり、今となってはその名の通り初心者育成に欠かせない物にまでなっている。取っ付き易い物に見せておいて損はないってこった」


 見兼ねたボッツが解説する。要するに結果として目立っているだけで本来は親しみやすさを狙っているらしい。確かにある意味では親しみやすいのでミサキにも筋は通っているように思えた。


「……なるほど、色もフォントもデザインも目立たせる事しか考えてなさそうなどこか気が抜ける感じなのは意図的なものでしたか」

「そういう事……だろう、多分。まァ正直ひっでぇセンスだとは俺も思ってるんでな、断言はしないでおく」

「………」


 ひっでぇ話である。

 だが実のところ、これはマトモなセンスの人に頼めば済む話かと言われればそう簡単なものでもないのだ。ダンジョンの入り口、門の梁部分とはいえそこも立派なダンジョンの一部。そこに文字を書くという事はダンジョンに手を加えるという事。それが出来るのは『ダンジョンマスター』に限られるのがこの世界の掟だからだ。



「――いやいや、相変わらず手厳しいですな、教官殿は」



 そんな言葉と共に、ボッツの背後――ダンジョンへと続く階段から一人の男性が姿を現した。その外見は……


「「「……おじさんだ」」」


 見た者全員がそう言ってしまうような、ザ・おじさんといった風体。

 服装は戦士というよりは町民寄りで、少しぽっこりした腹に多少の皺の刻まれた顔、そして薄くなってきつつある頭。眉尻を下げて困ったように笑うその表情からはおじさん特有の人の良さ、話しかけやすさがにじみ出ている。

 要するに良い人っぽい、しかしどこにでも居そうな無個性なおじさんという事だ。少なくとも見た目は。


「お久しぶりです、お待ちしておりました、教官」

「おう、相変わらず見事なオッサンっぷりだな。こんな平凡なオッサンがあんなセンスしてるとは誰も思わんだろうよ」

「だから良いのですよ、意外であればあるほど良いのです。私がダンジョンマスターだとバレにくくなりますからな」


 ダンジョンマスターとはその名の通りダンジョンの支配者。基本的に各ダンジョンに一人しか認められない絶対の権力者。

 なので万が一その身に何かが起こると色々面倒な事になる。国の管理下にあるようなダンジョンなら尚の事で、そういうダンジョンには国が認めるほど『護身・隠伏の方法に長けた』ダンジョンマスターが就く事になっているのだ。

 その上で先程のおじさんのセリフを振り返れば、あの痛々しいセンスとおじさんという組み合わせも一種のカモフラージュだという事がわかる。……もっとも、おじさんがカモフラージュの為にあのセンスを身につけた()()()()()()()()()()()()のだが。


「あーお前ら。そういう訳で名も明かせないが、このオッサンがここのダンジョンマスターだ。ここがこの国で一番安全なダンジョンという事は転じてコイツがこの国で一番優秀なダンジョンマスターという事でもある。安心して挑め」

「ははっ、照れますな。そういう訳で皆さん、よろしくお願いしますね」


「あのぉ~……『そういう訳』なのはわかったけど~、それならこうして姿を見せるのも本来ならダメなんじゃ……?」


 好奇心ゆえかルビアがそんな質問を飛ばす。ミサキも同じ事を思っていたし、実際クラスの中にいる初心者ダンジョン経験者もマスターの姿を見たのは今回が初めてだったりする。

 つまり理に適った質問なのだが、おじさんより先に口を開いたボッツは実に簡単に言ってのけた。


「まァ見せないに越した事はない。コイツの『多数ある』顔のうちの一つを晒している訳だしな。だがまァ一つくらいなら問題ないとも言える。少なくとも今までコイツの中身が女である事に気づけた奴すらいねぇんだから」


「「「お、女っ!?」」」


「……もしかして、ぼくと同じ……?」


 どこからどう見ても普通のおじさんにしか見えないおじさんを前にレンが呟く。どこからどう見ても普通のおじさんにしか見えないおじさんに女性が化けるなんて純粋な変装では到底辿り着けそうもない領域だが、確かに不定形族なら不可能ではないのだろう。

 が、勿論その疑問に対して答えは返ってこない。返してはいけないし、ボッツ個人としても返すつもりがないからだ。彼は意地悪く口を釣り上げ、答えではない答えを生徒に『教える』。


「ま、どう見ても普通の人間族のオッサンだよなァ? そういう事だ、それが事実で、それ以上は知る必要は無い。そもそも俺が本当の事を言っているとも限らんだろう? 俺だって国の為なら嘘くらい吐くさ、給料欲しいしな」


 そう言われれば皆としても口をつぐむしかない。レンも他の不定形族がどこで何をしているかなんてほとんど知らないし、何よりボッツと嘘という組み合わせはしっくり来すぎていて誰も太刀打ちできる気がしなかったのだ。ボッツの日頃の行いが実を結んだ結果と言えた。


(梅に鶯……いや、むしろ鬼に金棒? ……まぁ、別に何でもいいか)


 そもそもおじさん(?)の身の安全の為なのだからこれ以上深く追及する理由も無い。切り替えの早いミサキはスッパリと考えるのを止めたのだった。


「つー訳だ、おら、全員さっさと入るぞ。これほどのダンジョンを貸し切れる時間は限られてるんだからな」

「……貸切だったんですか。カレント国際学院って凄いんですね」

「おうそうだぞ。ちなみに本来は入場料取られるからな、ここ」

「……入場料、取るんですか……」


 ちょっとテーマパーク感が出てきてしまった。『国の管理下にある』『一番安全なダンジョン』なのである意味間違っておらず仕方ないのだろうが……


「値段は高いが一回買えば一年間使える入場券もあるぞ。なお子供は大人の半額だ」


 テーマパーク感よ。



ダンジョン編と言いつつまだダンジョンに入ってすらいませんが今後ともよろしくお願いします。

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