こぼれ話その2
・後輩は心が狭い
ダンジョン探索を週末に控えて、もっとも変わったのはミサキ達の放課後の過ごし方である。
まず流石に今ばかりは目の前の事に集中しようという事で放課後のクエストは受けない方針になった。そしてリオネーラは約束通りレンの特訓に付き合う事が増え、ミサキもボッツに言われたとおり彼からナイフでの戦い方を、ディアンからナイフの活用法を学ぶ。
そしてエミュリトスは当然ミサキに付き従いその姿を眺めて恍惚としている……と思いきや意外にも別行動をしていた。もっとも、それは彼女が望んだ事ではないのだが。
「エミュリトスさん、アタシ達に回復魔法を教えて欲しいんだけどー……ダメ?」
レンもミサキも特訓している事を受けてか、妖精二人も何か特訓したい気分になったらしくエミュリトスにそんな事を頼み込んでいたからである。
妖精族は魔法を得意とするので回復魔法も普通に使える……筈なのだが何故かリンデは使えないらしく、それに加えて使えるルビアから見てもエミュリトスの回復魔法は頭一つ抜けているから教えて欲しい、という事らしい。
もっともルビアの疑問に関しては腕力とレベルという代償を支払って回復魔法の効力を上げているのだからそれは当然といえば当然で、同時に他人には明かせない事でもある。なのでエミュリトスは(なるべくミサキと一緒に居たかったのもあって)最初は渋っていたのだが、結局リオネーラ同様ミサキの為になるなら仕方ない、とその申し出を受けた。
とはいえ前述の通りルビアに対して言える事はないのでリンデだけに教えつつルビアは見学という形になり。そうやって数日間三人は寮の裏庭などでひっそりと――なんとなくミサキやレンに見られたくなかったので――特訓を続けていた。……のだが、ある日……
「わたくしも混ぜてくださいまし!!!」
「「「………………」」」
どこからか嗅ぎ付けてきたのか普通に後を追ってきたのか、ともかくその日は余計な存在が紛れ込んできた。
まぁ余計な存在と言っても馴染み深い関係ではある、いつも通りならなんだかんだで受け入れるのだろう。……いつも通りなら。
「……なんの用ですか裏切り者」
「酷いですわ!?」
一応、幼女趣味サーナスとエミュリトスの距離感は今までもずっとビミョーなものだった。
サーナスの視線にエミュリトスは勘付いているので普段はそれとなく距離を(物理的にも)取っているのだが、しかしミサキの話となると不思議とウマが合うのでその時に限ればとても仲良くなっちゃう不思議な関係だったのだ。
勿論サーナスとしてはそんな関係でも充分嬉しかった。それが何故今は初っ端から辛辣な言葉を投げかけられているのか。何故今日だけいつも通りの反応ではないのか。答えは簡単で、この日になってようやくもうひとつのパーティー……ミサキ達とは別のパーティーの同行者が決まったからだ。サーナスに。
……まぁ、所詮は別パーティー、ミサキと行動を共にできる訳ではない。それなのに裏切り者呼ばわりされるのは正直サーナスとしても納得がいっていないのだが……
「ダンジョンでは何が起こるかわかりません。何かの拍子に二つのパーティーが合流する可能性だってゼロじゃありません。裏切り者になる可能性が僅かでもあるなら裏切り者です!」
「酷い理屈ですわ!?」
疑わしきは罰せよ精神である。こわい。サーナスとしてもますます納得いかない。
だが実はエミュリトスが「裏切り者」と言いたくなる心理に限れば理解出来なくもないのだ。サーナスが同行者になるまでのいきさつは、エミュリトスから見れば無理矢理名乗り出てうまく同情を引いてその地位を掴んだようにしか映らなかったのだから。
経緯はこうだ。
まずミサキ達のパーティーにリオネーラをあてがった点からわかるように、教師達は出来る限り実力のある者をパーティーの同行者にしたがっている。
が、クラスで二番目の実力者であるユーギルは同行に一切興味を示さず。よってボッツが三番手のトリーズを指名したところ彼は素直に引き受けた。まぁ他ならぬボッツの指示だったので彼が逆らう筈も無い。
ここまでは自然な流れだ。しかしそこにサーナスが割って入った。「彼女達には以前特訓に付き合ってもらった借りがある、それを今返したい」という建前で。
……そう、建前で。本音はまぁ、彼女達がサーナスにとって以前『特訓に付き合わせた』程度には可愛らしい集団だから、である。ミサキ達に同行できないなら彼女達と、という訳である。借りを返したいというのも完全なる嘘ではないのだろうが、同時にそんな下心もエミュリトスには見え見えだった。
だがその下心にトリーズもボッツも気付かず、むしろサーナスを信じ、そういうことなら――と譲ってしまったのだ。以上、説明終わり。
……という訳で、同じ留守番仲間だと思っていた相手が下心丸出しで同行者に名乗り出た所を見てしまったエミュリトスがトゲトゲしくなってしまうのは多少は仕方ないと言える。見方によってはミサキからあの子達に乗り換えたようにも見えなくもないので尚更。
しかしこれ、実は別パーティーの少女達にとってはそこまで悪い話ではないのだ。多少は仲良く、同性で実力もあるサーナスが同行してくれるというのだから。エミュリトスもそれは理解しているのでいつまでもトゲトゲを続ける気は無かった。
……借りを返したいという言い分は、彼女の敬愛する先輩に通じるところもあるし。
「……すいません、冗談です。お互いに利があって納得済みならそれが最善のはずですしね」
「で、ですわよね! そうですわ、わたくしはあくまで皆にとって最善の方法を選んだだけですわ! 正直に言うとあの娘達に良い格好をしたいという気持ちもすこーしありましたが!」
「少し?」
「たくさん!」
「……まぁ、正直なのはいいことですけど」
生来のプライドの高さや見栄っ張りな面は多少残っているものの、それでもミサキに負けて丸くなってからのサーナスはどうにも憎めない面も持つ。裏切り者は言い過ぎたかな、とエミュリトスはちょっぴり罪悪感を覚え、償いとばかりに話題を振った。
「でも、良いところを見せたいといっても基本的には同行者は不干渉ですからね。そこは気をつけてくださいよ」
「そうなのですよねぇ、そこが問題なのですわ。何か突発的で予測不可能で尚且つほどほどに危険な、でも命の危険まではなくてわたくしが簡単にカバーできる自然に起こりそうな範囲の優しい事故とか起こってくれるといいのですけれど」
「事故に対してここまで注文つける人初めて見ましたよ」
「とはいっても、流石にわたくしがそんな事故を引き起こすわけにもいきませんし」
「……あぁ、流石にそのくらいの常識はあったんですね」
そうなってはただの自作自演、マッチポンプである。教育という大義名分のあるボッツならやりかねないが、対等な立場である生徒同士でそれをやる訳にはいかない。そのくらいの常識はサーナスにもあった。あってよかった、本当に。本当に……。
「どうにかしてあの娘達の役に立ちたいのですが。難しいものですわ」
「……ふむ。役に立つ、かぁ……」
ダンジョンに潜れるサーナスを羨んでいたエミュリトスであったが、ここまでのやり取りでちょっと考え方を変えてみようと思い立つ。
一緒にダンジョンに行くサーナスやリオネーラとて必ず役に立てる訳ではない。何も起こらない限り空気に徹さないといけないのだから。であれば……
(……そうだ、それなら羨んだってしょうがない。センパイと一緒に歩けるだけで充分羨ましいけど、センパイの役に立ちたいわたしが気にするべきはそこじゃない。ダンジョンに潜る前、今のうちに出来る限りセンパイの役に立っておくことの方が大事!)
羨んで妬んで時間を無駄にするくらいなら本来の目的を果たすべき。それが幸せだと宣言したのは他ならぬ自分自身なのだから。ミサキ的に言うなら初心忘るべからず、といったところか。
(そういう意味ではリンデさんに回復魔法を教えておくのはとても大切なわたしの仕事。他には……そうだ、センパイの荷造りを手伝ったりしてみようかな。ダンジョンに行くんだから下準備は大事。わたしは少しは旅慣れてるし、きっと役に立てるはず)
授業ではあるが――否、授業だからこそ道具の持ち込みも許可、あるいは推奨されている。回復薬や爆弾などの戦闘用の物からロープやシャベル、ピッケルのような探索用の物まで何でも。勿論準備を手伝う事にも何の問題もない。
そういう面で役に立とうとエミュリトスは改めて決意しつつ、ひとまずはリンデの特訓に戻るのだった。
「……ところで結局わたくしは混ぜてもらえますの?」
「たぶん邪魔になるので地面と喋っててもらえますか」
「結局酷いですわ!?」
主人公不在。
たぶん次回からダンジョンです。たぶん。




