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ダンジョンに備える男女


◆◆◆



 ――週末のダンジョン体験が決定した事で、少女達を取り巻くいろいろなものが変化していく。

 今週の座学の授業は全てダンジョンについての知識を学ぶ場となる事が告げられ、模擬戦も同様にたまにパーティー単位での連携も練習する場に。そして人間関係の面では――


「――ミサキさん達ー、いっしょに食べていいー?」


 主に休み時間などにミサキ達仲良しトリオの輪にパーティーメンバーのレンやリンデが加わる事が増えた。トリオの絆を邪魔しない程度の距離感で、パーティーメンバーとしての絆も深めようとしているのだ。空気の読めるリオネーラは勿論、ミサキの晴れ舞台を見守るエミュリトスもそれは必要な事だとわかっているので気遣いに感謝しつつ二人を快く迎え入れていた。

 そして今――昼食時も同様に二人はそれぞれの食事を手に混ざってきたのだが……


(……ルビアさんはいない、か)


 二人という事は当然、そこに最後のパーティーメンバーであるルビアの姿はない。教室ではミサキの隣の席な事もあり輪に加わっているように見えない事もなかったが、リンデが絡まない限り口を開かなかったのでやはりまだ距離があるのだろう。


(怯えられてるから仕方ないか。私の方から話しかける訳にもいかないし……)


 実際は妖精らしさ丸出しの高速手のひら返しでミサキは認められてはいるのだが。問題は心の距離だけなのでむしろ話しかけた方が良いのだが、彼女にそれを知る由はなかった。


「……リンデさん、レン君、どこに座る?」


「アタシはここー」

「じゃ、じゃあぼくはこっちに……失礼します」


 ミサキと向き合っているリオネーラの隣にレンが、エミュリトスと共にミサキを挟む形でリンデが腰を下ろす。

 見れば彼ら二人の持ってきた食事は人族の普通の食べ物ではなく、レンは何やら涼しげな青色の飲み物を、リンデは何かの葉っぱと真っ赤な木の実を手にしていた。

 何なのかと聞いてみたところ、レンからは「水分とマナの補給」という答えが返ってくる。一瞬共食いかと思ったがそんな事は無いらしい。


「……ちなみにメニュー名は?」

「……スライム(用の)エナジードリンク……だね」


 決して共食いではないらしい。


「……リンデさんのは?」

「ナマの葉っぱとナマの木の実だよー」

「……(なま)なのはわかる。その植物の名前が知りたい」

「んー? だからナマだってばー」

「……? ……もしかしてナマって名前の植物?」

「そー言ってるじゃーん。「ナマって名前」ってちょっとおもしろーい」


 よくわからない(というか全然わからない)ツボでケラケラと笑い出したリンデを尻目に、リオネーラが補足&フォローをする。


「ナマの木は珍しい植物なのよ。生息地は主に妖精の森の奥深くだから知らない人は知らないかもね。妖精の森にナマの木があるのか、ナマの木がある森だから妖精が集まってきたのかは定かではないと言われているわ」

(卵と鶏みたいな話になってきた)

「で、ナマの木の何が妖精を引き寄せるかって言うと、マナが豊富なのよね。妖精はあたし達とは身体の作りからして違うっぽいからマナを沢山必要とするみたいなの」

「なるほど……ありがとう」


 確かにあんな薄い羽根で飛べるくらいに、ミサキが肩に乗せられるくらいに軽い不思議な身体は作りからして何かが違うと考えるのが自然だろう。

 マナを多く必要とする不思議な身体、という意味ではレンも同様だ。不定形族に妖精族。どちらもミサキから見ればいかにも異世界らしい種族なのでそういうものだとしても何らおかしくはない。彼女はあっさり納得し、自分のパスタ(リオネーラとおそろい)を黙々と食べ始めた。

 そして他の子は……


「ぷぷっ……くすくす……」


 リンデはまだツボっている。


「ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ」


 レンはすごい音を立ててドリンクを啜っている……というかどうやらゼリー状のドリンクらしい。やっぱり共食いなのではなかろうか。


「はあぁぁ……」


 エミュリトスはパスタを食すミサキの横顔に見惚れている。よくあんなに見られてて平気で食べられるな、とリオネーラは常に不思議に思っていたりする。


(……っていうか自由なメンバーね……なんでこんだけ頭数があって会話の無い時間が生まれるのかしら)


 正確にはレンは遠慮している(それを悟られないようにわざと音を立てて飲んでいる)だけなので他の自由な連中共と同じ括りにしてしまうのは可哀想なのだが。

 かくいうリオネーラも遠慮している身である。先述の通り、今はミサキ達のパーティーが絆を深めるべき時期だと考えているので。しかしそうやって気を遣った結果がこんな沈黙だったりするとどうしてもうずうずしてしまう……というか、余計なお世話かもしれないと思いつつも口を開いてしまうのだ。


「ねぇリンデ、ルビアさんってどんな人なの?」

「ぷふっ……え、なにー? ルビアー?」

「そ、ルビアさん。リンデと違ってあまり話した事ないからね」


 しれっと呼び捨てになっているのは今日一日の成果である。パーティーメンバーではないリオネーラが一番絆を深めている(その上さらに絆を深める話題を振っている)のは正直どうかと思う。


「んー、そうだねー……噂や情報を集めるのが好きな子、かなー」

「いや、それはもうわかってるんだけどね。他には?」


(……集めるだけ? 集めたものを発信はしないのかな)


 食べながらミサキは小さな疑問を抱いたが、リオネーラが話しているところにわざわざ割って入る必要性も感じなかったし何よりパスタをしっかり味わいたかったので口には出さなかった。食事を優先したがるのも現代人、あるいは日本人の(サガ)だろうか。


 ……だが、次に発せられた言葉には流石に食事の手を止めざるを得なかった。


「他には……すっごくドジ!」


「「「……え、ドジ?」」」


 リオネーラ、エミュリトス、レンの三人がハモりつつ固まる。ミサキもパスタを口元に運んだ状態から動けない。

 何故ならそれは……


「そ、ドジ。歩いてたら何もないところでコケるし、空飛んでたら絶対どこかで頭ぶつけるし、魔法を使えば半分くらいは味方に飛ぶよー」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんな子がダンジョンなんて潜れるの!?」


 そう、そんなテンプレすぎて最近では逆に見ないようなレベルのドジっ娘なんてどう考えてもダンジョン探索には向かないからだ。……ダンジョンどころか日常生活に支障をきたしている気がしないでもないが。


「………………それはアタシも正直不安なんだけどー」

「そりゃ誰から見たって不安よ!」

「でもねー、ルビアは外の世界を知りたがってるんだ……いろんな噂を集めてるうちに、噂に聞くものを自分の目で確かめたくなったんだって。だから……こういう経験はしておいた方がいいと思うの」


 唐突にブッ込まれたマジメな温度の話に一同は黙り込む。

 勿論悪い意味の沈黙ではない。ルビアの憧れもリンデの思い遣りも、どちらもこの場にいる誰もが理解できる『良いもの』だ。誰もが何かしら共感できるものであるが故の沈黙だ。

 それに肝心のドジに関しても、今までルビアのドジっぷりが明らかになっていなかったという事は誰かがフォローしていたという事。一緒に居た妖精族だけでフォロー出来ていたという事。なら週末まで訓練すればミサキ達パーティーでもどうにかカバー出来る範囲なのではないか。そういう見方も出来る。

 つまり、これはどう肯定するか悩んでの沈黙だ。不安は残るが、だからといって否定するつもりはもう誰にも無かった。


「……全力で守ると言った。私のやる事は何も変わらない」


 ミサキはそれだけ言って食事を再開する。ある意味そっけなくも取れるし見えるが、彼女の「何も変わらない」という言葉は肯定するつもりだった皆の意見を何よりも代弁しているとも言え……皆は顔を見合わせ、小さく笑った後に頷いたのだった。




「……ところでリンデさん」

「ん、なにー?」

「……ルビアさんは集めた噂を誰かに流したりはしてないの?」

「昔はやってたけどー、「お前はドジだから、いつか何かやらかすからやめろ」って妖精王様に言われてやめたー」

「…………そう」


 妖精王、賢明な判断である。



毎度ありがとうございます。

次回から新章となりますが、なにぶん作者はダンジョンに潜った事がないため取材に時間がかかると思われ次回の投稿は遅くなるかもしれません。

何卒ご理解のほどをよろしくお願いします。

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