初登場は4話
「さて皆さん、一段落したならそろそろ授業に戻りますよ」
教頭の声かけにより、生徒は全員彼に注目する。マルレラは軽く校長と話をしてから戻るらしく、ミサキ達に軽く手を振ってからそちらへと歩いていった。
「といっても、先程言った通り今日の一コマ目はまず最初にレベル測定です。これにより今週のカリキュラムが決まりますから。……まぁ、皆さんなら何を見据えているか予想がついているとは思いますがね」
ここにいるのは理解が早い、もしくは勘のいい者ばかりである。……性格がマトモなのはリオネーラだけだが。
「なので言ってしまいますが、今週末には未経験者を集めて初心者ダンジョンで実戦の予定です。経験者にも別の役割があるのでレベルは測ってもらいますよ」
「っ……」
予想通りではあるが緊張せざるをえない発言に息を呑んだのは……まぁ、ミサキだけである。他は全員大なり小なり実戦経験があるので。
だが、経験者組も心を乱されなかった訳ではない。
「そ、それはつまりわたし達はセンパイと別行動という事ですか!? わたしとセンパイの仲を引き裂こうと!? 寝言は寝てから言ってくださいよ!」
「ふ、不安だわ……! ミサキがバカな事をやらかした時にいったい誰が止めるのよ!?」
「ああっ、初めてのダンジョンに恐怖するミサキさん達を颯爽と助けて感謝されたいですわッ!!」
「……ミサキさん、愛されていますね」
「……恥ずかしい」
三者三様、それぞれの言い分がそれぞれ別ベクトルで恥ずかしいミサキであった。
「それはさておき、一応リオネーラさんの不安に関しては回答があります。一つのパーティーにつき一人ほど同行者をつけるつもりですので。勿論危ない時に割って入れる強さを持った生徒を、です。別の役割があると言ったでしょう?」
「な、なるほど。それなら安心かな……」
「もっとも、基本的には無言で後ろを歩いて空気に徹していただきますがね。恐らくミサキさんの居るパーティーにはリオネーラさんが割り振られるでしょう。リオネーラさんが良ければ、ですが」
「あっ、そ、それは勿論! こちらからお願いしたいくらいです!」
「それは良かった。これで我々としても安心です」
「やったっ」
遠回しに一番不安なパーティーと言われている気がしたミサキだったが、リオネーラがついていてくれれば安心出来るのも事実だし、小さくガッツポーズするリオネーラが微笑ましかったのもあって口を開きはしなかった。
エミュリトスやサーナスとしては当然不満はあるが、先週末のごっこ遊びではリオネーラが自ら身を引いたおかげでとんとん拍子で話が進んだ事を覚えており、こちらも口を挟みはしないのだった。
「そういう訳ですので、早くレベルを測って教室に戻りますよ。今頃はボッツ先生がアレな性格を活かして目的を隠したまま不安ばかり煽りながらレベル測定をしている事でしょう。早く教えてあげないと皆が可哀想です」
そう言って教頭が四人を急かす。結局リオネーラ以外の言い分は完全に無視された形になるが内容が内容なので当然である。
ついでにボッツの扱いも結構酷いがこちらも日頃の行いを鑑みれば当然である。実際そんな光景が全員容易に想像出来たので。
よって全員大人しく教頭に従い、テキパキとレベルを測って教室へ戻ったのだった。
◆
「――魔人のレベルは15になっていたか……ギリギリだな」
「そうですね、やはり今週に計画しておいて良かった」
全員のレベルを測り終え(ついでにネタバラシもして)、ボッツと教頭は教室の隅で顔を突き合わせて小声で相談し合う。
測定の結果、初心者ダンジョンへは予定通り潜る事になった。大体レベル10あれば戦えると言われるこの世界では初心者ダンジョンに潜る者のレベルも高くてそのくらいであり、レンやリンデ達のようなレベルの低い未経験者から見れば丁度良いタイミングと言える。つまり彼ら教師陣の予定の組み方は的確だったのだ。
ただ、一番の悩みの種であるミサキの成長速度がちょっと早すぎただけで。
「アイツには実戦の空気を学んでもらわねばならんのだが……ここまで育っちまうと初心者ダンジョンのモンスター程度で相手になるかどうか。本当にギリギリの所なんだよな……」
「……どれほどの実力があろうと初めての実戦では緊張するものです。それに彼女は頭は良い、我々の意図くらいは察して真剣にやってくれると思いますが」
立場が上の教頭よりボッツの方が偉そうな口調だが、教頭はそんな事は気にしない。先程職員室で彼の事をボロクソに言っていたが口調はその評価には一切関係していない。純粋に彼の性格を見ての事である。
「最初こそそうかもしれんが最近何かと絶好調なアイツの事だ、すぐに慣れるだろうよ。それはなんか気に食わん、俺が」
こういうところである。
「気に食わん、って……貴方は……」
「あァいや、言い方が悪かった。俺の経験上、すぐに慣れる奴ってのはやっぱり危険に鈍感になっちまうんだよ。逆にいつまでも慣れない臆病な奴ほど長生きする。最初にビビらせておく事は大事だ」
ちょっと怒って見せればすぐにもっともらしい言い訳を並べ立てる、こういうところもである。もっともらしいというか普通に一理あるのがまた腹立たしい。最初からそう言え、という言葉を教頭は静かに飲み込んだ。
「……初心者ダンジョンで出来る範囲の事に限りますからね。ダンジョンごと爆破するような脅かし方は許しませんよ」
「ハハッ、おいおい、あんたの中の俺はそんなに無法者なのか?」
「はい」
「……………えっ?」
「ではボッツ先生、今日中にパーティー案を書いて提出してください。今週の授業計画は貴方の模擬戦以外は全てダンジョン探索を意識したもので組んでありますので。よろしくお願いしますね」
「お、おう……」
どんな叱責や罵声よりも素の反応の方が堪える時もある。ボッツはそれをこの時始めて知ったのだった。
◆
教頭が立ち去った後の教室で、ボッツは声を張り上げる。
「あー、なんだ、とにかくそういう訳でだな、今週末に実戦未経験の連中にはダンジョンに潜ってもらう。……が、世論のあれこれに配慮せねばならん以上無理強いは出来ん。甚だ不本意だがな」
異文化交流という目的を掲げて設立されたこの学校の動向には世間がだいぶ注目しているのだ、いくら無法者のボッツといえどそのあたりを軽視は出来ない。それがわかる程度には彼は大人である。
……厳密にいえば不本意とか言っちゃうのもアウトなのだが。それがわからない程度には彼は無法者だった。
「つーことで参加したくねぇ奴は手を挙げ……あァいや、逆だな。参加してぇ奴は手を挙げろ」
ちょっとだけ気の利いたその言葉に甘え、手を挙げなかった者もやはりいた。しかしそれでも未経験者の大半はしっかりと手を挙げる。
「……ふむ、八人――じゃねぇ、七人か。ならパーティーは二つだな」
一度数え間違えたのはしれっとエミュリトスが紛れ込んでいたせいである。何故いけると思ったのだろうか。
まぁそんな事はさておき、ボッツの言う通り挙げられた手は(エミュリトスを除いて)七つ。まず当然ミサキがおり、次に少し意外なレン。あとは先週サーナスの特訓に付き合っていたレベルの低い女の子達が四人、そして妖精族の中で唯一手を挙げたリンデだ。
「この面子ならパーティーは必然的にこう分かれるな。まさか文句のある奴はいねぇだろう?」
こう、というのは言うまでもなくミサキ・レン・リンデのパーティーと他四人である。理由なんていくらでもあり、当人達も大半はこれで良いと思っているので文句など出よう筈も無い。ただ、文句ではなく注文は出た。リンデから。
「せんせー、アタシ達のパーティー三人なんだけどー」
「そうだな。だがその顔ぶれなら別にいいだろ?」
「だけどー、せっかくだしもうひとり誘っていいー?」
「あ? ……ふむ、そうだな、説得出来るならやってみろ」
流石に経験者を誘うのはアウトだがこの流れでそんな事はする筈もない。となれば仲の良い妖精族の誰かを誘う――説得するのだろう、とボッツは推測し許可を出した。否、許可どころではなくむしろ推奨するように煽りすらした。その方がボッツにとっても望ましい展開だからだ。
(ちぃとばかりレベルが高い魔人に常に緊張感を持ってダンジョンに潜ってもらうには……『守るもの』を増やした方がいい筈だ)
妖精族はその身体の小ささから想像できる通りに打たれ弱く、必然的に後衛となる。防御力の高い前衛のミサキからすれば守るべき対象であり、どうせならそんな対象をもっと増やして気の休まる時がないようにしてしまえ、というのが性格の悪いボッツの望んだ展開だった。
そしてそんなボッツの望み通り、リンデはある妖精族の子に呼びかける。
「ルビア、一緒に行かないー?」
「うぇっ!? わたし!?」
彼女が声をかけたのはミサキの隣の席の子。地味に寮でも隣の部屋で現在リンデ(と押しかけてきたサーナス)と同室の、噂好きっぽく情報通っぽい印象の子だ。
同室という事もありリンデとは仲が良いらしく、行動を共にしているところをミサキも何度か見た事がある。そんな関係なので誘いに心を動かされてはいるようだが……
「え、えっと……」
躊躇うように口ごもりながら、チラチラとミサキに視線をやる。そんな動きを視界の端で捉えながらもミサキはそちらに視線を向けないようにした。
(……避けられてる自覚はあるし。変に視線を合わせて怯えさせないようにしないと)
その視線の意味くらいはミサキにもわかる。今までいろんな人から散々避けられてきたのだから。最近は友達が増えてきたので忘れがちになるが、この扱いが彼女のデフォルトなのだ。
よって結局は断られる、そう考えるのが自然だろう。だが彼女――ルビアはその視線の奥にもう一つの感情を秘めており……その感情が彼女の首を縦に振らせた。
「わ……わかった。一緒に行くね……」
「「「えっ」」」
予想外のその返事にミサキだけではなくレンやらエミュリトスやらのいろんな人が間の抜けた声を上げる。ルビアがミサキを避けているのは近くにいる者達にとっては嫌でも察せるものだからだ。一方で企みが上手くいきそうなボッツはワルっぽくほくそ笑んでいるがそれに気づく者はいない。
「やったぁー、頑張ろうねー!」
「う、うん……」
ルビアの席にまで飛んできて手を繋ぎ、無邪気に喜ぶリンデは知らない。ルビアの首を縦に振らせたその感情がちょっと複雑なものだという事を。決して悪いものではないのだが、リンデが知れば良い顔はしないであろうものであるという事を。
(魔人ミサキさん……この人に関する噂はあまりいいものは聞かないんだよねー……正直、怖い……)
情報通で噂好きの彼女の下には多くの噂が集まる。その中でミサキに関する噂は彼女がレンを洗脳しただとか、街で従者を連れて練り歩いていたとか、リンデを闇に堕としたとか(これは流石に信じていないが)、よりによってそんな感じのものばかり。
(でも、一緒にいるリンデ達は楽しそうにしてる。寮で話を聞く限りでは噂はウソなんじゃないかって思えてくる、どちらがホントかわからなくなってくる……。だから……わたしはこの目で確かめたい)
要するに彼女は噂を疑うと同時に、『今のところはまだ』ミサキを疑ってもいるのだ。
それ自体は悪い事ではない。ロクに話してもいない相手を信用できる人の方が珍しいのだから。ただ、リンデが心を許しているミサキを疑う、それはつまりリンデをも疑っている、と取られる可能性はある。少なくとも子供っぽいリンデはそれを知れば良い顔はしないだろう。
ルビアもリンデを怒らせたくはないし、ついでにミサキが普通に怖い事もあって今までは事を荒立てないよう距離を置いてきたのだが……いよいよ今日、勇気を振り絞ったのだ。
噂好きでありながら噂だけに踊らされる事なく己が目で真実を見極めようとする。情報に対して真摯な彼女のその姿勢は立派なものであり、それを見る限りでは彼女は妖精族の中では大人びていると言えた。
(リンデにバレないように……魔人さん、わたしはあなたを見極めるよ! ……こ、怖いけどっ!)
言ってる事は二日目のサーナスに近いがルビアの方が本気である。というかサーナスのは半分くらい後付けである。まぁサーナスもサーナスなりに頑張って見極めようとはしたが。
何はともあれ、そんな感じでミサキは再び試されようとしていた。
……が。その前に、お望み通りの展開になってハッピーなボッツによる講釈が始まる。
「……ククッ。よーしよし、いいぞ、これで魔人のパーティーも無事に『バランスのいい』パーティーになった。リンデ、ルビア、言わずともわかっているだろうが打たれ弱いお前らは後衛だ。戦う覚悟をしたからには今後の模擬戦で多少は身の守り方も教えるが、それ以前に敵を近寄らせないように立ち回れ。そして魔人、お前は前衛だ。お前が後衛を絶対に守れ。いいな?」
あえてレンの名は出さず、ミサキに全て背負わせようとする。勿論ミサキに緊張感を持たせる為なのだが……
「……わかりました。全力で守ります」
守るという事はすなわちその人を助けるという事。人助けをしたいミサキはむしろ前向きにやる気を出してしまった。まぁミサキはやる気と緊張感を両立出来ない訳ではないのでそれ自体は悪い事ではない。ただ……
「……リンデさん、ルビアさん。いざという時は私を盾にして逃げて。防御力には少し自信があるから」
ただ、ミサキのやる気がそうやってルビアにも向いた結果――
(あっ、これ魔人さん良い人だわ……)
さっきまでミサキを試そうと息巻いていたルビアがあっさり手のひらを返し、試す事なく認めてしまった。情報に対しての姿勢こそ多少大人びていたがそれ以外は所詮は妖精だったらしい。
別にそれ自体も悪い事ではないように思えるかもしれないが……二人の間を間接的に取り持ったのがボッツだと考えるとちょっと嫌になる。上手い具合に誰も気づきようがないのは救いと言えた。
書き溜めが尽きてて遅れました
次回、短いエピローグ挟んでこの章は終わる予定です。よろしくお願いします




