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武器や防具は持っているだけじゃ意味がないぞ



 翌日。新しい一週間がまた始まる、その初日。

 朝礼の直後、ミサキは担任であるボッツ――ではなく廊下で待機していた教頭に声を掛けられていた。


「ミサキさん、客人が来ています。朝から申し訳ありませんが職員室までお願い出来ますか」

「……客人、ですか?」

「例の鍛冶屋の店主です。届け物があるとか」


 どうやらマルレラがナイフを届けに来た、という事らしい。放課後という約束だった筈だが何かあったのだろうか。


「もう出来たのかしら?」

「ずいぶんと早いですねぇ。あ、わたしのも出来てますよ、後でお渡ししますね、センパイ」

「なになに、盛り上がってますが何のお話ですの?」


「……ミサキさんしか呼んでないのですが……いや、まぁ良いんですけどね?」


 ミサキに声をかければ必然的にリオネーラとエミュリトスはついて来るし、今回はオマケにサーナスまで首を突っ込んできた。更に言えばレンやリンデも遠巻きに様子を伺い、聞き耳を立てているのが見て取れる。

 そんな光景を目の当たりにすれば教頭も呆れたような、しかしどこか楽しそうな口調にもなろうというもの。『今後の』授業内容を考えれば仲間は多いに越した事はないのだから。


「ボッツ先生、予定通り一コマ目に全員のレベル測定を済ませましょう。ミサキさん――と希望者は職員室で私が測定します」

「おう、わかった。で、結果次第では今週末から『アレ』だな?」

「そういう事ですね。よろしくお願いしますよ」

「任せとけって。あそこには顔が利くからな」


(『アレ』って……もしかしてアレかな……?)


 ミサキのその予感は正解である。後でわかる事だが、実際に思った通りのアレだったので。





「――おお、ミサキや。わざわざ済まんの、頼まれていた物を届けに来た」

「……こちらこそ、わざわざありがとう。でも放課後で良かったのに」


 職員室でスカル校長と何やら楽しそうに喋っていたマルレラだったが、教頭と共に室内に入ってきたミサキの姿を認めるや否やこれまた嬉しそうに走り寄っていく。その手の中には予想通りナイフ(鞘付き)があり、用事はやはりその件のようだ。

 しかし何故わざわざ届けてくれたのか、それがミサキにはわからない。後ろにいる仲間達にもわからない。ちなみに今ここにいるのは共通の友人であるリオネーラとエミュリトス、そして初対面となるサーナスだ。


 ……マルレラ(見た目幼女)とは初対面となる、サーナス(幼女趣味)だ。


「どちら様ですかッッッッ!!!!」


「うるさっ!? な、なんじゃこのエルフは!?」

「おっと申し遅れましたわ。わたくしサーナスと申します。ミサキさんとは友人ですのよ」

「そ、そうか。なんで急に叫んだのじゃ? こんなナリじゃから警戒されるのは慣れておるが……お主にあるのは敵意ではない。何なのじゃ?」

「わたくしにあるのはピュアかつストレートでクリアーな興味だけですわ、貴女への! その可愛らしいお姿と対照的な力強き角と尻尾、そして老成した言葉遣い! まるでドラゴンの様でありながらも愛らしい貴女が気になって仕方ありませんの!」

「エルフってこんな鼻息荒い種族じゃったか……?」


 その呟きに教頭マトモなエルフは無言で頭を抱えた。


 とはいえマルレラもマルレラで人族の文化(嗜好)にそこまで詳しい訳でもないので、サーナスの姿勢に違和感こそ覚えたもののそこまで引きはしなかったのだが。


「まぁよいか。儂はドラゴニュートじゃ」

「ど、ドラゴニュート!?」

「うむ、街の方で鍛冶屋をやっとる。エルフの使うような弓矢の品揃えは良いとは言えんが、他に何か入り用じゃったら寄っとくれ。ミサキの友人ならば悪いようにはせん」

「あ、そ、そうですか、鍛冶屋ですか。それは良かった、実はわたくし諸事情で剣を探しておりまして。近いうちに寄らせていただきますわ……」


 一方のサーナスもまた鼻息こそ荒いものの不躾に手を出すような真似はしない紳士であるため、普通に受け止められた上にさらっとドラゴニュート(謎の多い種族)とか言われ、商人らしい宣伝までされて一気にペースを握られると調子が狂ってしまうのだった。案外サーナスとロリババアは相性が悪いのかもしれない。

 まぁそんなどうでもいい事はさておき。いい加減話が誰も得しないくらいに脱線しまくっているのだが――


「あ、いや済まぬ、今日の午後だけは営業しとらんでな、もしそのつもりなら悪いが別の日にしてくれ」


 そのマルレラの返答が話をうまく本筋に戻せそうなものだった為、ミサキは割って入った。


「……マルレラ店長、午後に何か用事が?」

「あぁそうじゃった、あれじゃ、昨日の看板の件じゃ。偉い人にあれを見せたところ許可自体はすんなり下りたんじゃが、ほら、儂は絵が……他人を笑えない程度に下手じゃろ?」


 自身の欠点と失敗を素直に認める良いドラゴニュートである。


「それでこの下絵を看板にでっかく描いてくれる人に心当たりはないか、と尋ねたところ紹介された人がおってな。しかし其奴の都合のつく時が今日の午後しかなくての……すまぬ、本当なら先に約束のあったお主達を優先するのが正しいのじゃろうが……」

「……それは言わばお店の都合だから仕方ない。その分こうして自ら届けてくれたんだから文句なんてない」

「そう言ってくれると救われるの。感謝するぞ」


 店主が大切な自分の店を優先するのは当然だとミサキは考える。その上おそらくは無理をして武器を仕上げ、店主自らが足を運んでくれたのだから充分に義務も義理も果たしていると言えた。

 ……まぁ、店主自らとは言ったもののそもそも他に店員がいる訳でもないのだが。


(もしこの看板作戦が功を奏してお客さんが増えたら、それはそれでマルレラ店長は嬉しい悲鳴を上げる事になりそうだけど……)


 そうミサキは考えたが、曲がりなりにも商売人であるマルレラにこんな誰でも予想が付くような事を意見するのも気が引けたので口にはしなかった。実際この程度の事は考えていて当然だ。何も考えていないなんて有り得ないのだ。あってはいけないのだ。有り得ない筈なのだ。


「というわけでな、これが注文の品じゃ。この度はお買い上げありがとうございます」

「……どうも。では代用品のナイフをお返しします、ありがとうございます」

「うむ、確かに」

「……見てもいい?」

「勿論じゃ。というか見てくれ、何か悪い所があればすぐに修理せねばならぬでな」


 言われ、ナイフを革製のシースから抜く。姿を現すのは当然、白と黒の綺麗な紋様を描くダマスカス製の刃だ。


「ほう、ダマスカス製のナイフか。良い出来じゃな。初心者が持つにはちぃとばかり高級品な気もするがの」


 マルレラの後ろからひょいっと覗き込んできた校長が口を挟む。もっとも口調に悪意はなくあくまで一般論を述べているだけなのだが、それにマルレラはあえて噛み付いた。


「なんじゃ骨爺、儂のお客様が選んだ武器に文句があるのか?」

「なんじゃマルっ子、随分とミサキ君を気に入っとるようじゃの」

「見所があるからのぅ。将来が楽しみじゃぞ」

「ワシとしても面白い子である事は否定せんがのぅ」


 なかなか区別の付き辛い老人言葉同士の会話だが実際に喋っているのは幼女と骨という不思議な光景である。

 ちなみにマルレラを「マルっ子」と呼んでみせた校長だが実際は彼の方が年下だ。流石にドラゴンほど長生きはしておらず、あくまで見た目の問題でそう呼んでいるに過ぎない。「爺」「子」と呼び合う関係をお互い気に入ってはいるが。


「………」


 そんなのじゃのじゃトークをほどほどに聞き流しつつ……というかほどほどしか耳に入らないくらい、ミサキは手に持つナイフの吸い付くような感触に心を震わせていた。

 手のサイズを測っていただけあり持ち手の部分の長さがピッタリで、順手で持つにしろ逆手で持つにしろまるで違和感がない。武器の重心・バランスなどの細かい事はわからないが、校長の言う通り良い出来なのだろう。

 刃の部分もダマスカス特有の美しい紋様がきらめいており、それでいてよく砥がれている。少なくとも素人目に見て文句の付け所は無かった。


「……マルレラ店長、ありがとう。今のところは何も問題はなさそう。大満足」

「そうか。使ってみて何か違和感を覚えたらすぐに持って来るのじゃぞ」

「わかった」


「『大』満足」とまで口にしたミサキのテンションは結構上がっていたのだがそれに気づけたのは付き合いの長い二人だけである。

 そしてそのうち片方は地味に機をうかがい続けており、今がチャンスとばかりにこのタイミングで一歩を踏み出した。


「センパイ、せっかくなのでこちらも今お渡ししておきますね」


 言いながらエミュリトスがポケットをモゾモゾして取り出したのは勿論昨日約束したアクセサリーである。どうやら腕輪、ブレスレットタイプにしたらしい。

 ミサキも流石にこの期に及んで拒んだりはせず、「ありがとう」と手の平を出し受け取った。ただ、やっぱりそのお値段は気になってしまう。


「……高かったんじゃ?」

「いいえ、誓って安物です。勿論本心ではセンパイには高級品を身に付けて欲しいですが、『少なくともこれは』本当に安物ですっ!」

(…………?)


 やたら強く言い切るところにちょっと違和感を感じたミサキだが、作ってもらった立場もあるしエミュリトスをあまり疑いたくもないのでこの場は素直に信じる事にした。


「……わかった。ありがとう、絶対に大切にする」

「えっ、ぜ、絶対にですか? また作れば済むくらいの安物なんですからそこまで気にしなくても……」

「気にする。プレゼントを雑に扱うつもりはないし、それがその人からの初めての物なら尚更。もしも無くしたり壊したりしたら私が自分を許せない」


 引き続きテンション高めのミサキがちょっとだけ饒舌に語る。もはや装備せずにずっと保管し続けかねないような言い方であり、聞いていたリオネーラなんかは実際そっちを危惧したくらいなのだが……何故かその言葉を受けてエミュリトスが膝をついた。


「くっ……お、お許しくださいセンパイ! わたしは嘘をついて……はいませんがズルをしようとしましたぁッ!」

「……何をしようとしたの?」


 ちょっとの違和感は感じていたのでさほど驚かず、ミサキは自白のその先を促す。といってもどうせエミュリトスの事だ、そこに悪意など微塵もなくミサキにとって益にしかならない事なのだろうが。


「確かに『その』ブレスレットは安物ですが……センパイにバレないように寝てる間にこっそりすり替えたりして、少しずつ良い物にランクアップさせていこうという作戦を立てておりましたぁッ!」


 金と手間と時間と根気を贅沢に使いすぎな作戦である。


「……確かにエミュリトスさんの腕なら不可能ではないかもしれないけど」

「ですが、それはセンパイの想いを……『そのブレスレット』を大切にするという想いを裏切る行為! 言われてようやく気づいた愚かなわたしをお許しください!」

「……と言われても、私は何もされてないから許すも何もない」


 そう、実害は『まだ』何もないのだ。まだ何も起こっていないのだ、ミサキの考え方では起こっていない事に対して返すものは何も無い。

 しかしそれはエミュリトスにも同じ事が言える。まだ何も起こっていないのだから許しを請う必要も無いのだ。なのに彼女は頭を下げた。ならばその分に関してはミサキも何かを返さねばならない。


「……むしろ思い留まってくれたエミュリトスさんに感謝しないといけない。やっぱりそういう事はされたくないから、しないでいてくれてありがとう」

「っ、センパイ……ありがたきお言葉! 同じ過ちは二度と犯さないと誓います!」

「そんなに重く受け止めなくていいから……」


(……なるほどのぅ、ミサキは誰に対してもこんな感じか。儂を許した時と同じ、自身の信念の通りに対処するだけか)


 マルレラが初対面の時を思い出しながら頷く。まぁ未遂のエミュリトスと違い彼女は派手にやらかしているのだが、それでも許された身だからこそこの場で一番思うところがあると言えた。


(店で見た時はこの狂犬(エミュリトス)をどう飼い慣らしておるのか気になったものじゃが、素なのじゃな。……む、そう考えると儂もミサキに飼い慣らされとると言えるのか。……面白いのぅ)


 一族の誇りに疑問を抱いていたとはいえ、若輩者とはいえ、マルレラにも己が強さに対する自負は普通にある。なのに自分より弱いミサキに実質的に降っているこの現状が不思議と嫌ではないのだ、面白いという感想しか出てこないのも無理はなかった。


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