良質な睡眠をアナタに
次回に続きます
「さて、最後は睡眠ね。これはもう普通に眠るだけとしか説明出来ないわ。完全に無防備な状態で眠りこけてしまい、普通に目覚める程度の刺激を受けたら普通に起きる。それだけよ」
「……普通の眠りだ」
「そう言ってるじゃない。あ、座っておいた方がいいわよ。立ったまま寝たら思いっきり倒れるから」
「たしかに」
「それと、この魔法は今日のやつの中で一番苦手なやつだから時間も一番かかるかもしれないわ。悪いけど気長に待ってね」
言われるまま腰を下ろしたミサキにそう告げ、リオネーラは魔法を唱える。
ミサキが毒に耐性がある事が明らかになった以上、同様に睡眠にも耐性を持っている可能性も考慮しなくてはならない。ただでさえ苦手な魔法なのにそこまで配慮するとなるとかなりの長期戦が予想される訳だが……その程度、彼女にとってはハナっから覚悟の上だった。
「《スリープ》!」
覚悟の上で唱えられた魔法はしっかりとミサキに作用し――
――直後、どさりと音がした。
「……zzZ」
文字通り"直後"に……スリープの発動からコンマ一秒も経たぬ間にミサキは音を立ててぶっ倒れ、眠り始めたのだ。マッハ再びである。
「これは…………あれね、睡眠はミサキの弱点みたいね、毒とは逆に。この弱点はちょっと危険だわ」
「少しくらい弱点がある方が人として良いと思います!」
「そういう話をしてるんじゃないわよ」
「まぁでもそうですね、わたし達以外の人には弱みを見せて欲しくないですよね。つまり最低でも睡眠耐性は付与されてないといけないわけですね、わたしがセンパイに差し上げるアクセサリーには」
「そういう話じゃないのに結論はその通りなのってタチ悪いわね……」
「zzZzzZ」
「……さて。ではそろそろ起こしますか?」
「ん、そうねぇ……」
「zzZzzZzzZ」
「………」
「………」
「……どうします?」
「……なんか起こすのが可哀想なくらいよく寝てるわね」
「まぁ、センパイは特殊な経緯でここに来てますから……」
「そうね、疲れが溜まってるのかもしれないわね……」
「……よしっ、もう少し待ちましょうかー!」
言いながら、エミュリトスは勢いよくミサキの隣に寝転んだ。
「なんであんたも寝る気マンマンなのよ」
「今はセンパイの為の時間なんですからセンパイが寝てる以上わたし達だけ起きてても仕方ないじゃないですか」
「まぁ、そうと言えばそうだけど」
「というわけで30分交代にしましょう、後で起こしてくださいねー」
「……はぁ、仕方ないわねぇ……」
ボヤきつつ、ミサキを挟む形でリオネーラも腰を下ろす。
返事を待たずに瞼を閉じたエミュリトスが熟睡しているのかどうかはわからない。わからないが、こうして寝顔が二つ並んでいるという事は二人から無条件で信頼されているという事に他ならない。
それだけは確たる事実であり、その確たる事実は世話焼きリオネーラにとって心地よく微笑ましいものであった。
★
ミサキの意思とは無関係に一時間の延長が決まってしまった訳だが、当のミサキはその一時間を寝て過ごす事は出来なかった。体は寝ているのだが、意識の方は捕まえられてしまっていたのだ。
「――ミサキさんの毒耐性ですけど、あれは完全に偶然の産物なんですよ」
勿論そんな事が出来るのは一人しかいない。この世界の創造神、女神メーティスしか。
「この世界の毒は全部ミサキさんの体内の抗体で無効化されちゃいます。私もびっくりしましたね、まさか現代日本人なら誰でも受ける予防接種で出来る抗体がこの世界の毒にも効果を発揮するなんて。いやーしょうもないオチで申し訳ないです」
「………」
「……どうでしょう? 聞かれそうな事に先に答えてみましたけど。あ、勿論ミサキさんのルールには抵触しないと確信を持ってたから出来た事ですけどね」
「……聞きたい事がある」
「ちょっと、せっかくの神の先読みを無視しないでくださいよ」
「……確かにそれも聞きたかったけど、それよりもっと聞きたい事がある」
「はい? 何でしょう」
「……何故、私は膝枕されているの?」
仰向けの姿勢で首が持ち上がっている感覚と、視界に入るメーティスの上半身。
ミサキが目を開けた時にはすでにこの状態だった。メーティスが先にこの場に来ていた事自体は何度かあれど、それでも今まではお互い立って向かい合って喋っていた筈なのだが。
「嫌でしたか? 嫌って言われたら泣いちゃいますよ?」
「……答えの選択の余地がない」
「ふふ、冗談です。ええと、基本的には私がミサキさんの夢にお邪魔する時って脳は活性化してる状態なんですよね。レム睡眠ってやつです。あ、顔面ファイヤーボールで倒れた時にお邪魔した事もありましたが、あれも倒れた直後なので脳は元気でしたよ」
「……今回は違う、と」
「ええ、スリープの魔法は相手をなかなか起きないノンレム睡眠に強引に叩き込むものです。で、今回はノンレム睡眠状態からミサキさんの意識を私が無理矢理目覚めさせたカタチになるのですが、その場合ミサキさんの身体の最初の状態は現実のミサキさんの状態に引っ張られるんですねー」
「……だから私は横になっていた」
「そういうことです」
「………」
「………」
「…………それで、膝枕をした理由は?」
「あ、やっぱり有耶無耶にはしてくれませんか」
「恥ずかしかったし驚いたからハッキリさせたい」
「全然そうは見えませんでしたけど……」
神にすら疑念を抱かせる無表情っぷりらしい。
「まぁ、単純にミサキさんを起こす為に五感のいずれかに訴える必要があったわけです」
「うん」
「で、せっかくなので五感の大半に響きそうな膝枕を選びました。つまりはノリと勢いです」
「正直」
しかし一応筋は通っている。実際、太ももから伝わる温もりや微かに香る女神のものだと思われる芳香、そしていつもより近くで響く声は意識を覚醒させるのに効果てきめんだろう。
夢に近い世界である筈なのに五感のほぼ全てが稼動しているというのも不思議なものだが。
「……というか、神に物理的に接触出来るのも驚き」
さわり。
「うひゃっ!? い、いきなり脇腹触るのはやめてくださいよ!」
「あ、ごめんなさい……まさか神がそんな人間的な反応するとは……」
「膝枕の為に感覚も全て人間的にしましたから……」
「そう……ごめん」
膝枕の為、つまり自分を起こす為に感覚も人間的にする必要があった、と解釈したミサキは謝った。たとえ膝枕という手段を選んだのが他ならぬメーティス自身のノリと勢いであろうとも全ては自分の為だったのだろうと。
実際は全てではなく、膝枕をする側の感覚を知りたいというメーティスの願望(欲望?)もちゃっかり含まれていたのだが。
「まぁ、ミサキさんなので許してあげます。私にとっても役得でしたしね」
「……どのあたりで得が?」
「えっ? え、えーと……お子様のミサキさんにはまだ早いですよ」
「……そう」
前世でもミサキ――御崎はそういう言い方でお茶を濁された事は何度かあった、両親などの大人から。彼女の好奇心の旺盛さは当時からそれほど厄介だったのだ。
幸運だったのは御崎が他人の忠告にちゃんと耳を貸す性格だった事だろう。雑なその場しのぎにも彼女は毎回ちゃんと従った。そしてそれは当然ミサキも同様で、メーティスに対してもそれ以上踏み込みはしなかった。
少し会話に間が出来たタイミングでミサキは上半身を起こし、座る。先程恥ずかしいと言った通り、覗き込まれているというのはやはりどうにも居心地が悪い。
「そ、それでですね。話を戻しますけど、毒とは逆に睡眠がミサキさんに効きやすい理由は……」
「……睡魔に弱い自覚はある」
「そうですか。一応言っておきますが現代日本人はほぼ全員が慢性的な睡眠不足に悩まされています。ミサキさんに限らず大抵の人はスリープによくかかると思いますよ。むしろミサキさんもたまにはあの子にスリープかけてもらってゆっくり眠ってください、状態『異常』とは言いますが良質な睡眠が取れますので」
現代人であるが故に毒に強く、現代人であるが故に睡眠に弱い。女神がそう作った訳ではなく偶然の筈なのだが、うまく出来ているものである。
「ん……わかった、考えとく」
「はい。さて……まだしばらくミサキさんは起こしてもらえそうにないですけど、どうします?」
「……そもそも何故私は起こしてもらえないの?」
「疲れてそうだから眠らせてあげよう、だそうです」
「……気を遣わせてしまったかな」
「休日というのは休む日です。ミサキさんにとっても、あの子達にとっても。なので正しい行いと言えるでしょう。……せっかくなので私との話も早々に切り上げてゆっくり眠りますか?」
そう勧めるメーティスの顔は寂しそう……ではなく普通に慈愛に満ちていた。いろいろとアレな部分のある女神だが心根は優しくはあるのだ。
立場上彼女は全てを語ってはいない。つまり信用には値しない……という考え方も出来なくはない。しかしミサキはその優しさだけで彼女を信用している。信用し、友達になっているのだ。
故に、たまには甘えたりもする。
「……メーティスさんはまだ時間ある?」
「まぁ、神ですからね。時間などいくらでも作れますよ。何かしますか?」
……もっとも、甘えるといっても所詮はミサキなので一緒に遊ぶとか抱きつくとかの微笑ましい光景になるとは限らない。
「……正座」
「……はい?」
「一緒に正座しよう。どちらが長く出来るか、勝負」
麻痺を体験し、膝枕をされて正座が懐かしくなったが故の、本当にそれだけの後先考えない(っていうかほぼ何も考えていない)思いつきである。
一応、今のメーティスが人間の感覚を持っているからこそ出来る勝負である、という事だけは計算に入れているが。でもやっぱり後先は考えていない。どんな反応をされるかも全く考えていないし、そもそも勝負形式にする理由も特に無い。本来はちゃんといろいろ考える子なのだが、どうやらこれがミサキなりの甘え方らしかった。
さて、そんな予想だにしない申し出を受けたメーティスの反応はというと――
「いや、私さっきまで膝枕していたんですけど……」
「……それでも足が痺れた様子がない。かなりの使い手と見た。だから勝負したい。……まぁ、特に勝ち負けで何がどうなる訳でもないけど」
「ほ、ほほーぅ、使い手と言ってくれますか……そう言われると悪い気はしませんね。いいでしょう!」
チョロかった。
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