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俺、13歳だけど16歳の奴泣かしかけたことあるぜ


 そんな感じで驚異のパルクールっぷりを発揮して泥棒猫を捕獲したリオネーラは帰りも同様に軽やかな動きで地上に降り立ち、見守っていた人達から盛大な拍手を送られていた。老若男女問わず、それどころか現役ハンターらしき人からも、だ。


「あはは、どーもどーも……なんか照れるわねぇ。えぇと、さっき追いかけてたおばさんは……?」

「私だよ。どうもありがとうね、本当に助かったよ」

「いえいえ。それよりも……盗まれた物はこれで合ってますか?」


 そう言いリオネーラが手渡したのは中身のわからない小さな紙袋だ。中身がわからないが故にリオネーラも確証が持てずにいたのだが、おばさんの安堵と喜びの表情を見れば答えは一目瞭然。


「ああ、これだよ間違いない。良かった……。聞いてはいたけどこの猫、紙袋の上からでも私の大事なものを見抜くとは恐ろしい嗅覚だね……匂う物でもないのに」

「中身は……えぇと、聞いても大丈夫ですか?」

「大したものじゃないよ、アクセサリーさ。今日が結婚記念日でね。物でも言葉でも日頃の感謝を伝えたかったからね、盗まれた瞬間はつい叫んじまったよ。取り返してくれて本当にありがとう」

「と、取り返せて良かったです……」


 大したものじゃん!とツッコみかけたがなんとか抑えるリオネーラであった。

 ちなみにリオネーラが捕らえたシーフキャットは騒ぎを聞きつけて来た憲兵が連行していった。何でも腕の良い調教師テイマーならシーフキャットを改心(?)させて従える事も出来るらしく、それなりの値段で引き取ってくれるらしい。故にその代金を誰が受け取るか、という話にもなったが……捕獲者であるリオネーラは悩みもせずに辞退した。


「被害者であるおばさんが受け取るべきですよ」


 そう言い切ったのは勿論本心からというのもあるし多少は善意も無い訳ではないが、何よりも早く話を切り上げたかったのだ。注目を集め続けるのは得策ではない。マントに包まった親友を連れているのだから。

 まぁその親友はなかなかのクソ度胸であり、騒動を見守る人達――解決した今となっては野次馬――が集まろうと憲兵が来ようとそのワケありルックのまま堂々としてはいたのだが。そのおかげで却って何も言われてはいないのだが、だからといって長居していい理由にはならない。


「うーん、何かお礼をしたいんだけどねぇ……」


 なので、おばさんのこういう好意もそれとなく断らねばならない。


「気持ちだけで結構です、生憎急いでますので……」


 そう言ってチラリとマントに包まれた少女(ミサキ)に視線をやればおばさんも察する。何か事情のある子を連れているのだ、と。

 さらにその視線の先でドワーフの少女が甲斐甲斐しく「大丈夫ですか?怪我はないですか?」などと世話を焼いていれば効果はまさにうなぎのぼり。


(……マントで顔も服装もよく見えないけど、もしかしてどこぞの貴族のお嬢様でも連れてるのかねえ? だとしたら引き止める方が迷惑か。この子の制服はあの学院のものだし、後で学院にお礼を言っておけばいいかね)


 のぼった先はほんのちょっとだけズレていたが、それでもおばさんはしっかり空気を読んでくれたと言える。最後にもう一度だけリオネーラに、そして一緒に立ちはだかってくれた二人にも礼を告げ、野次馬を散らす為にあえて彼等を掻き分けながら彼女は帰っていった。

 それを受け、ミサキ達もその場を後にする。野次馬達はまだ少しだけリオネーラのアクションに心を奪われてはいたが、それでも当事者達がいなくなったのでその場にとどまる理由もなく、すぐに散っていくのだった。




(物でも言葉でも日頃の感謝を伝えたい、かぁ……)


 先程のおばさんの言葉を頭の中で反芻するエミュリトス。特に何かの記念日が近いわけではないが、ミサキに贈り物をしたい立場としてその言葉は参考になったのだ。


(わたしはセンパイの役に立つ事で感謝を伝えてるつもりだったけど……)


 次に脳裏をよぎるのは、そんな見ず知らずのおばさんに対して即座に体を張る事を決めたミサキの勇姿。


(……センパイはいつだってまっすぐだ。ならわたしも小賢しい作戦なんか考えないでたまには正面から伝えてみようかな。今までの全部に対する感謝を。……よしっ)


 そう決意してしまえば今までの苦悩が嘘だったかのように不思議と心はスッキリした。受け取ってもらえる保証などない、それでも他のやり方など考えられない。そんな感じに。

 そんな爽やかな気持ちでエミュリトスがミサキの方に視線をやれば……


「……結局リオネーラ任せだった。私が言い出した事なのに何も出来なかった……」


 当のミサキは爽やかとは程遠いどんよりとした空気を纏っていた。まぁミサキが爽やかだった事など一度も無いのだが、今回はその無表情の下でそれなりに落ち込んでいる事は発言から推察できる。

 そんなミサキを慰めようと、なんでもない事のようにリオネーラは告げた。


「人混みのない『上』にシーフキャットを追いやったのはミサキの功績よ。あなたが一歩踏み出した形をとっていたからあいつはあっちに逃げて、その結果あたしが全力で追えたんだから」


 慰める為に、慰めではない単なる事実を淡々と羅列する。


「その時のあいつのジャンプを追えなかったのは仕方ないわ。シーフキャットという生き物を初めて見たのもあるだろうし、何よりマントで視界が狭かったんでしょ?」

「……視界は言い訳にならない。確かに視界から外れたものは追い難くなるけど、そのぶん視界内のものに対して集中力は高まっていた筈だから」

「真面目ねぇ。まぁ、そうやって己を悔いて人は強くなっていくものだからあまり露骨な慰めはしないわ。ミサキには早く強くなって欲しいからね」

「……リオネーラは優しい」

「ミサキが優しいからね。おばさんの為に捕まえると言い出したのはミサキだし、その責を果たそうと前に出る姿も……まぁ、カッコよかったわ。だからあたしは追いかけたのよ、ミサキばかりにいい格好はさせられないから」


 自分を動かしたのは他ならぬミサキだと、その行動だと。だから何も出来なかった訳ではないと、そう言っているのだ。

 事実だけでなくちょっと恥ずかしい言葉やちょっと格好いい言葉もスラスラと並べ立て、落ち込むミサキを上手く丸め込むあたりは流石のコミュ力と言えた。今後の課題もしっかり残してあるのでミサキに反論の余地はない。


「……ありがとう、リオネーラ」

「どういたしまして」


 そうやってミサキが感謝を述べれば、次は同じく感謝を伝えたいエミュリトスのターン。既にメインストリートから外れ、学院に至る坂道に入っているので周囲の目を気にする必要もなく思いっきりやれる。


「……センパイ、少しお話が」

「何?」

「はい。あの……今まで色々とありがとうございました、センパイ」


 思いっきり真剣に告げられたその言葉に、流石のミサキも驚きを隠せない。


「…………どこか遠くに行ってしまうの?」

「え? ……あ!? い、いえ、そういう意味じゃないです! 単に出会ってからの全部にお礼を言いたかっただけで!言ってなかった気がして!」

「そう……良かった」

「す、すいません、言葉足らずで……」


 いつもと逆の構図になっているがお互いそれを笑う余裕は無かった。エミュリトスは9割くらいは心から申し訳なく思い、残り1割はミサキがホッとしている(ように見えた)のが嬉しい為に。ミサキの方は今このタイミングでお礼を言われる心当たりがさっぱり無いから。


「……でも、私は何もしてない」

「そんな事はないです。センパイはわたしが共にいる事を許してくれました。センパイと共に歩みたいと思ったから、わたしは今日アクセサリーを売ったんです」

「……どういう事?」

「常に成長を続けるセンパイに並ぶ為に、わたしは強くなるのも勿論ですけどそれに加えてアクセサリーの研究をしようと思ったんです。一人の時にやりたい事があるって言ったじゃないですか、昨日」


 それを理由に敬愛するミサキから別行動を提案されて絶望が見えかけた時のやつである。


「その研究の為に今あるアクセサリーを売ってお金を作ろうとしたんですが、その結果自分で言うのも何ですが割といい腕を持ってるらしい事がわかっちゃったわけで。つまりセンパイと一緒にいたおかげで判明したってことですし、センパイと一緒にいたおかげで今までの頑張りが報われたってことですし、わたしの目指す先もたぶん合ってるって思えるようになったんです」

「……そんなの……私じゃなくてもいつかはわかった事だと思う」

「でも今わかったのはセンパイのおかげです。だから今お礼をしたいんです。全てはあの日、センパイが校門でうずくまるわたしに声をかけてくれたおかげなんです」

「………」


 そういう言い方をされるとこれまたミサキに反論の余地はない。『報い』を大事に考える彼女だからこそ、自身の行動の結果が返ってきただけだと言われれば認めるしかないのだ。

 ぶっちゃけあの時は一目散に逃げられただけなのでそこだけを見れば美談にはなりようもないのだが、巡り巡って今があると考えればやはり認めるしかない。風が吹いて桶屋が儲かったようなものである。

 なので……


「というわけでですね、その……お礼の気持ちとしてアクセサリーを作りたいんですが……受け取ってもらえませんか?」

「……それは……」

「……やっぱりダメですか?」

「っ……」


 そんな今にも泣き出しそうな上目遣いで言わなくとも、最初から答えは決まっているのだ。

 というか、いくらミサキのコミュ力が地面スレスレ低空飛行だといっても感謝のプレゼントを拒んだりそれに対して金銭を支払ったりするのが野暮だという事くらいはわかっている。こう見えても何かと年中贈り物をする文化のある日本で育ってきたのだから。


「…………出来るだけ安い物にして」


 それでもこうやって往生際の悪い抵抗を試みるあたりもまた遠慮がちな日本人だからなのかもしれないが。

 まぁでも、後輩を泣かせなかったのは偉い。


総合点数が999だったのでスクショ取っておきました。

イザという時に使おうと思います。

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