はい、三人組つくって〜
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ミサキが異世界で過ごす初めての休日は徐々に終わりに近づきつつある。色々あった一日だったが、既に日は落ちてそろそろ夕食時かという頃合だ。
が、しかしそれでもまだ一日は終わっていない。よってイベントも尽きない。
……今度は珍しい人物が小さな騒ぎを起こしたのだ。
「……こんばんは、今夜からあたしも同じ部屋になりました」
「「……えっ?」」
騒ぎを起こす側には到底回りそうもない常識人が、唐突にミサキ達の部屋を訪れて開口一番にちょっぴり常識外れにしか聞こえない事をのたまった。
「……ダメ? やっぱり三人じゃ狭いかしら? 無理なら帰るけど……」
「いや……エミュリトスさん、どう思う?」
「えっと……センパイにお任せします。嫌ではないです」
唐突極まりない流れではあるが、リオネーラはタチの悪い冗談を言うような子ではない。よって二人は素早く相談を済ませる。相談と言うにはミサキの質問は漠然としているしエミュリトスも結局判断は丸投げしているが、嫌ではないという意志を伝えた分だけエミュリトスの方がしっかりしていた。
という訳で全てはミサキに一任されたのだが、やっぱり事情を聞いてからでないと何とも言えない。
「……ひとまずリオネーラ、一から説明して欲しい」
「んー、説明と言われても……ホラ、今週いっぱいは『お試し期間』で部屋割りの変更が効くって話だったじゃない?」
「……そういう話、というか、リオネーラがそう助け舟を出したというか」
初日の時点ではその場に居なかった『ミサキと同室の子』が嫌がった場合に備えて、リオネーラが寮長に提案した件である。
「舟? 面白い表現ね……まぁ言いたいことはわかるわ。ともかく、それなら今日はまだセーフでしょ? 急いで寮長さんに掛け合って許可貰ってきた、ってワケ」
「貰えたんだ……」
ちょっぴり常識外れに聞こえたのはここだ。あれは前述の通りペアの相性が悪かった時に備えてのモノであり、三人組を作ってペアという大前提から覆す事は想定されていない筈なのだから。
とはいえミサキにとっても嬉しい『常識外れ』ではあるし、許可も出たのならもう何も言う事は無い。
「案外あっさりだったわよ? 部屋の数が増える訳でもないし、ルームメイトの許可さえ出れば、って。……ちょっと恥ずかしい話だけど、あたし達が三人セットで行動してるのは割と知られてるらしくて……」
「……私が目立つせいだと思う、ごめん」
「謝られても困るわよ、恥ずかしいとは言ったけど事実なんだし、それにそのおかげで話が早かったんだから」
「仲良し三人組だからね〜」みたいなノリでリオネーラは許可を貰ったのだが、実際は『問題児二人とストッパー』として知られつつある。つまり監督係としてリオネーラは送り込まれたと言え、今回のリオネーラの申し出はむしろ寮長側から見ても渡りに船だったと言えるのだ。
「あ、サーナスは最初はちょっと寂しそうだったけど、急に元気になって「わたくしも掛け合ってきますわ!」とか言ってたから心配要らないと思うわ」
「………」
おそらくは妖精族の誰かの部屋に厄介になるつもりなのだろう。誰も言及こそしなかったが全員がそう推測していた。だってサーナスの友達って他に居ないし。
しかしそうだとすると――
(もしかして……いや、後で確かめよう)
少しだけ嫌な予感がするミサキとエミュリトスだったが、まぁすぐにわかる事だ、とその予感を意識の外に追いやった。
「で、その、後は新しくルームメイトになるミサキとエミュリトスの許可だけなんだけど……」
「……私は嬉しいから良いけど。私の私物はほとんど無いし、スペースも大丈夫だと思う」
「ありがと。……エミュリトスは?」
「全てはセンパイの御心のままに」
「……う、うん。まぁ、嫌じゃないって言ってくれてたものね。ありがと」
「他の人ならあの時に反対してましたけどね。リオネーラさんならいいです」
エミュリトスの性格からすれば敬愛する先輩との二人きりの時間を奪う第三者を受け入れるなど有り得ないのだが、彼女から見てもリオネーラだけは特例なのだ。それだけリオネーラは二人の事を助けてきた。二人に足りない部分を補う潤滑油であったり、二人に道を示す先導者であったり、知恵袋であったり、時にはツッコミ役だったりとそれはもう様々に。
完全な善意でそこまでしてくれる相手をどうして嫌いになれようか。エミュリトスにとって最優先は勿論ミサキであるが、『同じくらい優先したい』程度にはリオネーラにも情を感じているのだ。
「ですが! この部屋にはルールがありますからね! 夜はセンパイにとって何よりも読書の時間です、決して邪魔はしないように!」
「わかったわ。ふふ、そーね、そういうところはこれからエミュリトス先輩に教えてもらわないとね」
「……いいですよ、この部屋において四日分先輩なわたしが四日分の後輩歴から導き出した後輩道というモノを先輩として叩き込んであげましょう!」
もはや後輩なのか先輩なのかわけがわからない事になりつつあるが、ミサキと会うまで馴染みのなかった先輩後輩という言葉を巧みに使いこなしている点は評価すべきかもしれない。
(でもリオネーラは初日にこの部屋で寝ている。勿論エミュリトスさんの方がここで過ごした時間は長いけど、この場合先輩になるのはやっぱり先に入ったリオネーラになりそうな……?)
もしミサキがこの疑問を口にしていたらエミュリトスがゴネたりふて腐れたりと地味に面倒な事になっていたと思われ、地味に危機一髪な状況だった。本人含め誰も気付いていないが。
――で、ミサキとエミュリトスの二人が感じた嫌な予感についてだが。
まぁ厳密には嫌というよりはしょーもない予感というかそんな感じのアレなのだが、ともかくそれについてはリオネーラの荷物を二人の部屋に運び込む時についでに確認する事にした。
という訳でまず手伝いの名目でリオネーラの部屋へと皆で向かえば、そこには既にサーナスの姿も荷物も無かった。
よって三人で残るリオネーラの荷物(と言ってもそう多くもないが)を運び出し、来た道を戻る。そしてミサキはその途中で……自分達の部屋のひとつ前の部屋の所で立ち止まり、その扉をノックした。
「え? ミサキ、あなた達の部屋は角部屋でしょ? もうひとつ向こうよ?」
謎の行動に驚いたリオネーラの言う通り、ミサキとエミュリトスの部屋は一番端、角部屋である。初日にざっとレベル順に振り分けられただけの部屋割だからだ。
同じ理由でリオネーラとサーナスの部屋は逆側の角部屋であり、そう考えるとそれなりの距離を往復している事になるが今の問題はそこではない。レベル順に振り分けたというところが問題であり――
「……少し確認。待ってて」
妖精族は大抵戦いを嫌うのでレベルが低く、だからこそ同族間の仲間意識が強くまとまって行動する傾向があり、そしてミサキの覚えている限りではこの部屋に居たのは……最初こそ人間族の子と妖精族の子だったが、すぐに妖精族二人になった筈なのだ。
「――はぁい、どちらさま~? ……あっ、ま――ミサキさん」
「……こんばんは」
扉が開き、リンデとはまた違ったのんびりした声と共にそこから顔を出したのはミサキの隣の席の事情通っぽい妖精族の子。そしてその奥では……
「うわぁなんですのこれー!? 日用品が小さい!制服も小さい!私服も小さい!ベッドも小さい! 何もかもが可愛らしいですわぁー!!!」
「こらーサーナスー! あんまり部屋を漁るなー!」
「……やっぱり」
「……あー、リンデさん達、ミサキの隣の部屋だったのね。そしてサーナスはここに厄介になることになったワケね……」
部屋の中のもの全てに興奮してハイテンションなサーナスを見て、ミサキは妖精族二人に同情の視線を、エミュリトスはサーナスに白い目を向ける。続いて状況を理解した(ついでにサーナスの本性にいよいよ確信を持った)リオネーラは……
「……これ、あたしがサーナスを解き放ってしまったとも取れるんじゃ……うわ、すっごい申し訳なくなってきた……」
あまり行き過ぎるようであったら決闘の日を待たず全力でサーナスを叩きのめすべきかもしれないと考え、「何かあったら大声を出してね」と扉を開けてくれた子に告げた。
一応サーナスは少女達の身に迂闊に触れる事だけはしないように心掛けているのだが、その気配りはなかなか伝わらないようだ。




