異世界に箪笥は無くとも似たような経験は絶対してる
「――行きますわよ、魔王――『氷雪の魔王少女』! そしてその配下、『次期魔王少女』と『暗黒騎士』! 貴方達を討ち倒し、この世界に平和を取り戻してみせますわ!!!」
「……闇の権化たる私を討ち取れるなら、やってみるといい。人間の命も希望の光も、全て私の闇が呑み込んでみせよう」
「魔王様の敵はわたしの敵! 行きますよ『暗黒騎士』、挟み撃ちです!」
「言われるまでもない。勇者はここで必ず潰す…!」
――と、そんな感じにそれぞれの方向でノリにノっている最終決戦が始まった訳だが……ここでいくつか再確認しておこう。
まず、今回の目的はサーナスの特訓――具体的に言うなら防御力上げ、である。多少脱線しているようにも見えるが、最初にして最終的な目的は変わらずそこにあるのだ。
そしてその為に今演じている勇者と魔王ごっこについてだが、伝承では……というか常識的に考えてそれらは常に勇者の勝利で幕を下ろす。勇者役は勝者の役でもあり、魔王役は敗者の役なのだ。そこまで含めての『役』であり『ごっこ』だと言える。
それら二つの前提から考えると、今回のごっこ遊びの流れは『サーナスをボコボコにして鍛え、彼女の気が済んだら適当に魔王が負けて終わる』というもの以外には存在しない。存在してはならないと言ってもいい。
サーナスもミサキもそれは理解しており――珍しく何も言わずとも意見が最初から完全に一致しており――、最終確認も簡素なものだった。サーナスが満足したら『勇者の力を解放』し、それでミサキが負けて終わる……という、それだけの確認。ちゃんと理解している二人にはそれだけで充分だったのだ。
そこに至るまでの道筋こそ定まっておらずアドリブを強いられるが、それでも結局は結末の見えている出来レース。そう知りながら、されど少女達は本気で演じる――
「せやぁっ!」
エミュリトスが愛用のロッドを振るい、
「……ふっ!」
レン――暗黒騎士が闇色の大剣を振るう。もちろん自身の体を変形、変色させて作ったものである。よく出来ている。
そして――
「ぐふぅー!」
そしてそれらの攻撃を受けた勇者サーナスはよく吹っ飛ぶ。まだわざとらしさは多少残っているものの、仕掛ける側の二人の演技のマジっぷりに影響されているのか徐々に自然になってきており将来に期待の出来る演者に見えなくもない。多分。
ちなみにそれを眺めている魔王ミサキはなかなか手が出せずにいる。武器は一応リオネーラから剣を借りているのだが、配下二人のコンビネーションが意外にもガチすぎてついて行ける気が全くしなかったのだ。
まぁ偉そうに傍観しているのも魔王っぽいといえば魔王っぽいのだが、サーナスの防御力を鍛える為には何か手を出してあげたいところだ。よって遠くから魔法で援護しようか、と彼女は考えたものの……
(……得意属性は水って設定だったっけ。……水魔法、知らないな……)
自分のイメージから作られた筈の設定に足を引っ張られるという珍しい現象に悩まされていた。
ミサキの使える魔法の属性はまだ火と風だけ。最悪それらを使ってもいいのだろうが、もしこの場で水魔法を覚えられるならそれに越した事は無い。もっとも、今この場にそんな方法があれば、の話だが。
(リオネーラ……は遠すぎる。流石に演技の最中に観客に教えを乞うのは無理があるか――)
覚える方法、あるいは教えてくれる人は居ないかと周囲を見渡していたミサキの目に……一人の少女が映った。観客というほど遠くにおらず、さっき少しだけ喋った為他の子よりは話しやすそうな少女――妖精族のリンデが。
「……うん?」
視線を感じたリンデもミサキの方を向いた。……向いてしまった。可哀想に。
標的を定めたミサキが口パクでリンデを呼び、リンデもリンデで怪訝な顔をしながらも近寄ってしまう。さっき少しだけ心を許してしまったせいである。
「……どしたのー?」
「……呼びつけてごめん。リンデさん、水魔法を使えるなら教えて欲しい、可能なら」
演技の最中に長話をする訳にもいかないので早口、かつ簡潔に問うミサキ。
……文字だけで見るといつもと変わらない気もするが。しかし急ぎの要件である事はしっかり聞き手に伝わっている。リンデも簡潔に答えた。
「使えるけどー……ウォーター? アイスニードル? フリーズ? どれ?」
「……一番簡単な攻撃魔法」
「じゃあアイスニードルねー。尖った氷が飛んでいくイメージで使うの。……やってみせた方がいい?」
「……いや、戦うのは嫌いだって聞いてるし無理は言えない。自分でやってみる、ありがとう」
言うまでもないが、イメージが重要と言われている魔法を学ぶのであればその目で見てみるのが一番手っ取り早い。しかしミサキはリンデの事情を考慮して断り、ぶっつけ本番というハードな道を選んだ。そしてそれは……密かにリンデの中でのミサキの株をまた僅かに上げたらしい。
「……ミサキさん、肩借りるよー」
ふわりと浮いた後、静かにミサキの肩に腰を下ろすリンデ。妖精族は現代で言うなら人形サイズ――言葉のイメージ的にはフィギュアではなくドールサイズ――であり、ミサキ程度の体力でも支えるのに支障はない。その行動に対する驚きは勿論あったが。
「……?」
「……見ててあげるー」
「……ありがとう」
驚きはしたが、善意からの行動であるなら拒む理由はミサキには無く素直に受け入れた。リンデ側も実は見ているだけでなく、ミサキが失敗したら密かに手助けまでするつもりだったりもする。妖精族は一度気を許せばチョロいもんなのである。……正直チョロすぎて危うい。
しかし幸か不幸か、結局その危うさにミサキは気づかなかった。リンデの手を借りる事にはならなかったからだ。
「……《アイスニードル》!」
前世で見た氷柱をしっかりイメージしてミサキは唱え……初めての水魔法は見事に発動。彼女の声に合わせて配下の二人は振り向きもせずに素早く射線を開け、結果、アイスニードルは見事に命中した。
……サーナスの足の小指あたりに。
「あ痛ぁー!?」
一応靴の上からのダメージであり、更にレベル差のせいかニードルと言いながらも突き刺さったりはせず当たった瞬間に砕け散りはしたのだが。
つまり大したダメージじゃない筈なのだが……まぁ、それでもやたら痛い場所はあるのだ。気持ち的にも。
「……ねぇミサキさんー? 一回で成功させたのは凄いけど……なんであんな場所狙ったのー? 嫌がらせ?」
「……いや……ニードルってくらいだから刺さるかな、と思って……もし目とかに刺さったら危ないと思って……咄嗟に下にずらしたら下に行き過ぎた」
「もっとサーナスのレベルを信用してやりなよー……魔法防御力も高いはずだし、本当に危ないと思ったらちゃんと避けるはずだよー」
誰かさんと違ってサーナスは一撃で昏倒するような攻撃を顔面で受けたりはしないのだ。誰かさんと違って。
「……確かに。後で謝ろう」
「んー、いや、でも痛い攻撃の方が防御力も育つんじゃないー?」
「……それも確かに。私も最初そう考えた」
「つまりー……」
「……サーナスさんの為を思うなら、執拗に小指を攻撃するべき、と」
「そゆことー」
「………」
「………」
「……いや、執拗に勇者の小指だけを攻撃する魔王なんて誰も見たくないんじゃ」
「……だよねー」
サーナスの為と考えると悩ましい所だが、やはり魔王らしくない振る舞いで今の真剣な演技の空気をぶち壊してしまっては全てが水の泡だろう。二人はそう結論付けて二重の意味で軌道を修正し、次からは普通に腹部あたりを狙ってアイスニードルを撃つ事にした。
珍しくミサキが奇行に走らなかった瞬間である。
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