・・・すごい女だ。
前回のあらすじ:暗黒騎士が目覚めた
「……み、ミサキさん! あの!」
「……? サーナスさん、と――」
そんなタイミングでミサキに声を掛けたのは先程話し合っていたサーナスと妖精族の子である。配下二人が役になりきってるせいでシラフのミサキは孤立しており、今がチャンスとばかりに謝りに来たのだ。
しかし謝られる理由に心当たりのないミサキからすればそれは不思議な組み合わせにしか見えない。今からの事もあるのでサーナスだけならまだわかるのだが。
という訳でミサキの視線が妖精族の子の方に集中するのは仕方ない事と言えよう。勿論その視線が見つめられる側を無駄に萎縮させてしまうのもまた仕方のない事である。
「あ、あのー、ミサキさん、えっとー……そのぉ……」
「……リンデさん、何か用?」
「あ……名前、知ってたの?」
「? ダメだった?」
「い、いや、ダメってことはないけどー……話した事も無いし……」
「……それはお互い様」
「そ、そうだけどー……アナタはほら、目立つからさ」
もちろん悪目立ちという意味である。が、流石に二度も口を滑らせるほど彼女は迂闊ではなかった。まぁここで言われずともミサキ自身もボッツに言われたり日頃のアレコレで自覚しているのだが。
「……相手が私の名前を知ってるのなら、こちらも知ってないと失礼だから」
「……そ、その理屈だとクラスで目立つアナタはクラス全員の名前を覚えてるって事にならない……?」
「……ファーストネームだけなら」
「し、失礼だからって理由だけで?」
「……まあ、そうなる」
(……い、意外と律儀っていうか、しっかりしてるんだー……)
僅か五日で29人のフルネームを覚える、と言うのはいくら勉強好きなミサキと言えど荷が重い。しかしファーストネームだけなら現代日本人ならその気になれば割とイケると言っていいだろう。
それは何故か。一番大きいのはこの学校が異文化交流を主眼に置いて多種多様な種族を迎え入れているから、という点だ。様々な種族が混在する教室で、人間族しか見てきていない現代人はまず存在そのものに際立ってインパクトのある種族の人を覚えやすい。……まぁ、客観的に見ればこれに一番当て嵌まっちゃうのは皮肉にもミサキ――オンリーワンの魔人族――なのだがそれは置いておいて、例えば絶滅寸前の巨人族であるトリーズ等がこの条件に当て嵌まる。
次に、同じ種族の者達でグループ分けして覚えるという方法が使える。これがなかなか効果的で、例えば種族毎に名付けの法則性があったりすると覚えやすい。それでなくとも種族毎に得意分野が違う傾向があるので、座学ではエルフやハーフエルフ、人間族の子が何かと本領を発揮するので目立ち、戦闘では獣人やドワーフ達が目立つ。授業毎に目立つ子達をグループ単位で覚えていけば良い訳だ。法則や傾向を見抜くのは現代人ならそう難しくはないだろう。
もっともグループ単位で覚えるのはあくまで最初の一歩に過ぎず、後は地道に一人一人それぞれの個性から名前を覚えるしかない。これは普通にやるしかないのだが、ここが一番現代日本人なら楽勝なところだったりもする。
理由は二つ。まずこの世界では何故か誰もがファーストネームで呼び合う。苗字で呼んだり名前で呼んだりが混在する日本とは違い、誰を指してるかがわかりやすく直感的に覚えやすい。
もうひとつは……名前が全員カタカナである事。漢字と読み方をセットで覚えなくてはならない日本人からすれば覚える量は半分程度で済む。まぁ日本人でも最初は読み方だけで漢字は後々覚えていく、という人が多いかもしれないが、逆に言えばその『後々』の部分を他の人の名前を覚える時間に回せるという事だ。よって覚える速度が上がる。
そんな感じで効率的に覚えられる下地が初めから整っていた上、ついでにいつも一緒にいるリオネーラやエミュリトスと復習も出来る環境にあったミサキは一週間でなんとか全員のファーストネームだけは覚える事に成功していたのだった。
そしてそのあたりの裏事情こそ知らずとも、事実として初対面で名前を呼ばれた妖精族の子――リンデはミサキの言葉をあっさり信じ、評価を少し改めた。少なくとも歩み寄る意志はあるようだと認め、少しだけ心を許したのだ。
……若干チョロい気もしなくもないが、妖精族全体の傾向として警戒心が薄く移り気、というのが一応ある。多少ある。そのあたりは見た目の子供っぽさから受ける印象そのままと言えよう。
「あ、あのねー、ミサキさん……さっきはごめんね?」
「……? さっき?」
思い当たる節のないミサキには問い返す事しか出来ない。ちなみにミサキが「……?」と言っている時は大抵無表情で首を傾げている。それを怖いと思うかは人それぞれだが、とりあえずリンデはそれで止まりはしなかった。
「さっきアタシが言ったじゃん、アタシよりミサキさんの方が魔王軍にピッタリだ、って」
「……ああ。それは客観的に見て事実だし興味もあったから気にしてない。そう言ったはず」
「ほ、本当に……?」
(……どうして信じてもらえないんだろうか)
大体はその無表情っぷりのせいである。
まぁ、それでなくても人は許しを請う相手には慎重になるものだ。万が一にも機嫌を損ねたくはないから。ミサキもそういったごく当たり前の心情なら理解している為、今回は言葉を重ねる事にした。より信じてもらえそうな方向に。
「……むしろ貴女の一言のおかげでこうして今演技をさせてもらえているとも言える。ありがとう」
「えっ!? あー、えーと、どういたしましてー……?」
「うん」
それでいい、とばかりに頷いたミサキを見て、ようやくリンデは安心出来たのだった。……否、安心しただけではなく――
(謝ってたのにお礼を言われるって変な気分ー……。でも……うん、お礼を言う人に悪い人はいないよね)
安心だけではなくついでにもうちょっとだけ追加で心を許し、結果彼女はリオネーラ達の居る外野席まで戻らずその場で今後の成り行きを見届ける事に決めたのだった。
ちなみに、もう一人の方の謝りに来た人物は……
「ミサキさん! わたくしもごめんなさいですわ!」
「……サーナスさんにも謝られる心当たりが無いんだけど……」
「わたくしの方はついさっきの件ですわね。ホラ、魔王は孤独で残酷であるべき、みたいな事言っちゃいましたけど、本当はそんな役やりたくなかったのかなと思いまして……大なり小なりミサキさんを反映している訳ですし」
「……そんな事は無い、どんな役でも演じるのは楽しそうだから。それに魔王のイメージと反する部分も裏設定として残してくれてるから充分」
「そ、そうですか、良かったですわ……」
「……どこかで誤解させてしまったみたいでごめん」
「い、いえ、そんなに気にしなくていいんですのよ、実を言うと念の為でしたので! 誤解って程でもないので! 頭を上げてくださいまし!」
ミサキに頭を下げられ、サーナスは慌てた。
リンデも言っていた通り、彼女達にとってミサキの発言は怒っているようにも聞こえるが確証まではない範囲である。それでも、と謝ろうとしたのはサーナスの選択なので、そこで逆にミサキに頭を下げられてはむしろ困るのだ。
パタパタと手を振りワタワタしながら、しかしそれでもミサキに触れはせず顔を上げるよう促すサーナス。紳士であった。
「……ありがとう。やっぱりサーナスさんは優しい」
「だっ、で、ですから誇り高きエルフに優しさの二……三文字はありませんと! もう、そういう訳ですので!そろそろ始めますわよ!」
「待って。……その優しさにつけこむ訳ではないけれど、私もひとつ謝っておきたい事がある」
「……ミサキさんから? 何ですの?」
今度はサーナスが怪訝な顔をする番である。ミサキとしても実は今こうしてサーナスの顔を見てようやく気付いた失敗だったりするのだが。
チラリ、とレンに――ひざまずき頭を垂れ、胸に手を当てて己が信念を再確認している暗黒騎士に視線をやり、ミサキは口を開く。
「……レン君が私の考えたストーリーのせいでがっつり男の子になってしまった。可愛い子に攻撃されたいサーナスさんとしては不本意な結果かもしれない」
「あぁ……いえ、大丈夫ですわ。ミサキさんのストーリーは聞いていましたが、彼には現実と同じく不定形族という設定がそのままありました。それなら問題ありませんわ」
「……いいの? レン君が中性的だから声をかけたんだと思っていたけど」
「それはそうなのですけれど、いいのです。ご覧くださいな、僅かな表情すら見えない彼のあの漆黒の全身鎧を。あれでは中身は想像する以外にありませんわよね?」
「……まあ、うん」
「でしたら中身は『精一杯男のフリをしている美少女』の可能性もありますわよね? 不定形族なんですもの」
「……まあ……うん」
「低い男の声も、可愛い女の子が無理して出そうとしてると考えると胸がトキメキません?」
「………」
「ほら、耳を済ませてみてくださいな、聴こえますわよ、男の声の裏に潜む美少女の声が……」
「……………」
「……とまぁ、そういう訳で問題ないのです!」
「……………そう。ならいいけど」
要するに思い込みと信じ込み、そして脳内変換のテクニックでレンの変身に対抗するという事だった。つよい。
さて。そんなこんなで色々あったが、ようやく魔王軍と勇者の対決の火蓋は切って落とされる事となる。
……それを見守る者達は皆、一様に緊張の面持ち――ではなく不安そうな表情をしていた。
外野の人達がめっちゃ暇そうに見えますがリオネーラが上手く場を繋いでいます、きっと。




