そういう劇じゃねえからこれ
前回のあらすじ:目指せジャキガンマスター
(さて。この世界のセンスに馴染むにはどうするのがいいのか……)
なんだかんだで彼女はこの世界に馴染む決意を固めた。そうやってひとたび決意を固めれば前向きに取り組もうとするのがミサキという少女である。それがたとえブラッディでダークネスなセンスを磨く茨の道だとしてもそれは変わらない。
そしてその前向きさは……大抵の場合、実践あるのみだとか当たって砕けろ的な結論を出す。考え無しな訳ではない、多くの場面でそれが最も効率的な事を事実として知っているからだ。
「……レン君も上手く演じられなかったって聞いた覚えがある」
「え? う、うん、そうだけど……」
「……じゃあ、レン君の設定は私に考えさせて欲しい」
本来ならば自身の成長の為とはいえ他人を積極的に巻き込みはしないミサキだが、今回はサーナスの言う通り自分で自分の設定を考えるのは恥ずかしいだろう、という考えから名乗り出てみた。
自分は経験が積めて相手は恥ずかしい思いをしないで済む、お互いに得をする取引だろうと考えての事である。勿論、相手が取引のどこかに疑問を持っていれば全力で説明する義務が発生するが。
「え、ええっ!? せ、設定があるだけで上手く演じられるようになるものかなぁ……?」
「……何も無いよりはいいはず。特に性格の設定、あるいは性格の形成に繋がる背景の設定は。……不定形族が実在の人を真似る時、その人の性格を調べたりはしない?」
「す、する、のかな? ごめん、ぼくはこんな性格だから内面を真似てもどうせすぐボロを出すに決まってるって言われて、そのへんの練習はしてこなかったから……」
「………」
何気なく話を振ったら少しばかりシリアスな話で返ってきてしまった。
酷い決め付けだ、と思う反面、レンが自身の臆病さを自覚している時点でそれは揺るぎ無い事実となってしまっていたのも確か。そう正確に理解した時点でミサキにはもうどちらが正しいとも言い切れない。過去の話でもあるし。
なのでこの件に関してはガン無視を貫く。器用に取り繕ったり慰めたりするコミュ力は彼女には基本的に無いと思っていい。
「……設定は大事。少なくとも私は心からそう思ってる。レン君にとっても試してみる価値はある筈」
「う、うーん……じゃあお願いしようかな。自分で考えるのは恥ずかしいしね……」
正直半信半疑だったレンだが、ミサキがそう言うなら、と受け入れた。
他にもシリアスな内容を口走ってしまった負い目からという理由もあったが、もしこれで上手くいけば実在の人を真似る時に今回の経験が活きるかも、という考えがそれ以上にある。昔は上述の理由からそんな機会は来ないと思っていたものの、今のレンは既に一度ミサキを真似た事のある身なのだ。
しかもそれは自分の意思で望んだ事。変わりたいと思って挑んだ事。であればそんな彼が次回に備えるのは必然と言える。
それを踏まえれば、今回のは言わば――
「……きっと、実在の人を真似る練習の練習くらいにはなると思う」
「! ……そ、そうだね……」
ミサキからの珍しいフォローに驚いた――のではなく、同じ事を考えていた事の方に驚き、レンは少しだけ返答に詰まった。驚きの方が強かったものの、どこかに喜びも混ざっていたからだ。
なお言ったミサキは当然のごとく何も察せておらず小さく首を傾げる。追求しようとしたところにレンの笑顔が飛んできたので結局それは諦める事となった。
と、そんなどことなく青春っぽい空気に不満を抱くのはやっぱりこの人である。
「むー! レン君ばかりズルいです、センパイわたしにも何か設定考えてくださいー!」
「……仲良くしようって言ってなかった?」
「レン君が悪いんじゃないです、センパイがレン君ばかり贔屓するのが悪いんですー!」
「……そう言われると言い返せない。贔屓のつもりはなかったけど、ごめん」
「あ、いえ、わたしも言い過ぎました、ごめんなさい……。で、でも贔屓じゃないって事はわたしの分も考えてくれるんですね?」
「私で良ければ、だけど」
「センパイがいいんです!」
「……わかった。性格の設定でいい? 何か方向性の希望とかはある?」
ミサキの演じる魔王はサーナスがある程度のイメージを教えてくれたが、部下の二人には指標となるイメージが存在しない。よって性格をまず固めておくべきだ。
そうすれば演じやすくなる筈、というミサキの考え方は筋が通っていると言える。まぁ、返ってくる答えは当然相手に依存する訳だが。
「方向性はそうですね……演じやすいようにわたしの根っこの部分は変えないで欲しいですね」
「というと?」
「センパイ――じゃなくて魔王様に絶対の忠誠を誓っていて戦闘も身の回りの世話も率先してこなし、魔王様の為なら命も惜しまず、魔王様の作る世界を誰よりも近くで見届けたいと願っている一番の側近! という部分です」
「……………」
「……あれ? 性格固まってますね? 設定作る余地があまり無いですね?」
それだけ自身の普段の心酔っぷりが重いという事なのだが上手い具合にそこにだけは気付かないのがエミュリトスという少女である。
逆にミサキは普段から部下かと見紛う程に助けられている事を申し訳なく思うが、つい先程にもそれに対して気を遣うな、貸し借りという考え方をするなと釘を刺されたばかりであり何も言えない。
「な、何か考えて欲しかったんですけどね……何かありませんか、センパイ?」
――何も言えない、が、感謝を伝える事は出来る。
「……じゃあ二つ名を。……『次期魔王少女』……で」
「……? センパイ、それは……」
「……魔王もそんな貴女の事を大切に想ってる。本来なら対等に接したいくらいに。命を惜しまない忠誠も嬉しいけれど嬉しくない。もし私が負けた時は貴女だけでも生き延びて意志を継いで欲しいと思っている……そういう意味での次期魔王」
「っ……! せ、センパイ――いや、魔王様。わたしはそんな貴女様だからこそ忠誠を誓い、この命を捧げたいと思うのです。これはわたしの自分勝手な望み、貴女様が気に病むことは一切ありません」
「……それでも、生きて欲しい」
「ならば勝ちましょう。わたし達が勝てばいいのです、あの勇者に。魔王軍のためにも、わたし達のためにも!」
「……あの、魔王にそんな家族愛に溢れたサイドストーリー要ります? 魔王っていうのはもっと孤独で孤高で部下にも残酷なくらいでないと魔王っぽくないですわ」
「「………」」
冷静なダメ出しを喰らった。
どうやら魔王ってのは独りで静かで、豊か――かどうかはわからないがとにかく誰にも邪魔されず自由な存在であるべきらしい。
よってミサキ渾身のサイドストーリーは表には出さず裏設定としてエミュリトスの中に秘められる事となった。勿論彼女としては勿体無いという気持ちが無い訳がないのだが、裏設定という言葉のカッコよさには頷くしかなく(ついでにサーナスも一緒に)了承したのでこれで万事オッケーである。カッコよければ大体の事は許されるのだ。
裏○○、っていうのはカッコいいとおもいます




