28.破壊の女神、降臨
邪神官の復活の杖にはまるで限界が無かった。
三人が倒しても倒しても、すぐにまた魔物を復活してしまう。
「これじゃキリが無いな」
「埓があかないですね」
「ボスやっつけたいのに、あそこまで行けないんだよ」
サーリスの教えでは「まずは回復とバッファーを潰せ」だったが、その通りに邪神官を倒そうとしても魔物たちが邪魔でたどり着けない。
気のせいか、カシェルの顔色も良くないようだ。
「サーリスがいれば、もう少しマシになるはずなんですが」
音消しの秘蹟で魔法をどうにかしようにも、こんなに開けた場所では意味が無い。音を消した範囲から簡単に出られてしまうからだ。
せめて遠距離からも攻撃できればよかったのだが、あいにく、カタリナもロッサも飛び道具は持っていない。ザールの魔法も、周囲の魔物の処理に追われて邪神官を狙い撃つヒマがない。
それに、邪神官自身も女神の加護のお陰か、魔法耐性はかなり高いようだ。
――ふと、何かが気になって、カシェルは石像へと視線と向けた。
やたらと精巧に作られた、等身大のサーリスの石像だ。ここまで精緻に姿を写し取った石像を、なぜあの女神の信徒たちが作って、ここに置いたのか。
「“追尾の弓”に“無限の矢筒”まで……?」
ふたつとも、サーリスが実家を出て以来ずっと愛用している弓と矢筒だ。そのふたつの品も細部までがしっかりと写し取られていて、なぜそこまでという疑問がさらに強くなる。
「まさか」
カシェルは何かに気づいたように石像を注視する。
「三人とも、そのまましばらくお願いします」
「え?」
「しばらく僕は手が回りません」
「マジで!?」
「まかせてー!」
悲鳴のようなロッサとザールの声は気にせず、カシェルは石像に走り寄った。
状態をつぶさに観察した後、おもむろに祈りの言葉を唱え始める。
それに気づいた邪神官が、カシェルへ向かおうと動く――が、そこにカタリナが割って入った。
「やっと前に出てくれた! これであたしと戦えるね!」
棘付鎖をぐるぐる振り回しながら、カタリナがにんまりと笑う。
魔物たちの後ろに陣取っていた邪神官を攻めあぐねていたのに、向こうから出てきてくれたのだ。幸先がいい。
「ロッサ、スラニルの輝きは持っていますか!?」
「え、スラ……あ、光のしずく? あるけど――」
「ならすぐにこちらへ!」
魔物を相手にしていたロッサに、カシェルの声が飛ぶ。
「いや、こちらへって言われても、無理!」
ロッサが相手にしているのは雑魚魔物ではなく、邪神官の連れていた魔物だ。来いと言われて即座に放っていける相手ではない。
カシェルはしばし逡巡するように考えて、それからロッサの横へと戻ってきた。
「代わります。なので、あなたはサーリスの石像に浄化を」
「え? 石像に? なんで……」
「呪いを浄化するんですよ。あれが本物のサーリスです」
「は?」
思わず戦いを忘れて振り返ってしまう。
なんで細部まで執拗に正確に作ったのだろうと思ったけれど、本人を石化したというならたしかに納得だ。でも、なんで石像なんかに――と考えたところで、「早く!」とカシェルに怒鳴られてしまった。
「わ……かりました!」
カシェルがああまで言うのだから、石像は本当にサーリス本人なのだろう。
杖で巧みに魔物の攻撃を捌くカシェルに、なんだ結構戦えるんじゃん、などと思いつつ、ロッサは石像へと急いで駆け寄った。
そしてスラニルの輝き、つまりドラゴンの王から預かった“光のしずく”を懐から出して、浄化のための祈りを始める。邪神官が阻止しようとロッサめがけて魔法を撃つが、カシェルの呪文返しに阻まれて届かない。
焦燥にじりじりと炙られつつも、ロッサは努めて冷静に浄化の祈りをつなげていく。この一度の浄化だけで呪いが解ければいいと考えながら。
「“――時の神クァディアマルと、すべての善き神々の名において、この地にはびこりし穢れを清め、ここを清浄な場としめせ”」
“光のしずく”からこぼれ落ちた輝きが、石像に吸い込まれていく。
どうやら手応えはあったようだと、ロッサはほっとしながら石像を見守った。
どこからどう見ても灰色の石でしかなかったのに、じわじわと端から色づき、柔らかさを取り戻し――
「……勇者トレーナー・サーリス、ふっかーつ!」
構えていた弓を下ろして、サーリスが拳を振り上げた。
あの、勇者の試練で何百回となく聞いた声と、まったく同じ声だった。
『やだぁ、ほんとにサー様じゃないの!』
鞘に収めるのももどかしく、地面に突き立てておいたゴリラの剣が、驚きの声を上げた。半信半疑だったロッサも、思わずまじまじと見つめてしまう。
「いやあ、どうしようかと思ったよねえ。このまま摩耗して土になるまで石として一生終えるのかなあとか思ってたわ-」
「あ、あの」
「あ、今代の勇者くん? どこの子だろ。アレかな、後衛職のほうの男子? あ、でもゴリラ持ってるし、もしかしてテル坊んとこの子?」
「サーリス、戻ったなら手伝ってください!」
戦闘そっちのけであれこれ喋りだすサーリスへロッサがこの状況をどう説明しようかと逡巡する間に、カシェルから声が飛んだ。
「はいはーい、だいじょぶ見てたからわかってる!」
サーリスは再度弓を構えると、立て続けに矢を射った。
「勇者何号かわかんないけど、君も戦闘戻ってね!」
「え、あ、はい」
「雑魚は私に任せてくれていいから!」
* * *
状況は瞬く間にひっくり返された。
さすが、“勇者を育てし者”であるサーリスの采配は、つい先ほどまで石になってたことが信じられないほど巧みだった。
もちろん、試練とレベラゲを重ねてきた三人の力あってこそではあるが、それでもその力を十二分に使えるよう采配することは難しいはずだ。
後方に立ち、時折弓を射込みながら、サーリスは的確に指示を出す。
特に、魔力の中和は強力だ。
邪神官の復活の杖も、魔力中和をされては役に立たないのだから。
「ようやくだ」
邪神官を守っていた三体の魔物も、すでに倒れた。
あとは邪神官を倒せば、おしまいだ。これでようやく、この世界に平和が――
「ここまでか」
とうとう観念したのか、天を仰いだ邪神官が、“復活の杖”を掲げるように両手に持った。
「我が女神よ、美しき創世主、世界の主人たる女神よ……御身に我を捧げます。どうか我を糧に復活を果たし、この世界の不埒なる者どもを一掃し、真の再生を! 今度こそ、我らに楽園を!」
「え、あっ、やば――」
サーリスが「やばい」と言い終える前に、邪神官の両腕が“復活の杖”をたわめ、ばきりと折った。
たちまち邪神官の身体がはじけ、とてつもない力の奔流が全員を襲う。
『ああ、なんてこと』
女の声が響く。
声は柔らかくてとても穏やかなのに、その声で背すじを駆け抜けていくのはとてつもなく嫌な気配だった。
「サーリス、これはなんです?」
「女神、まだ降臨してたわけじゃなかったんだ」
「え? そうなの? 女神さまって邪神になってもうここにいるんじゃなかったの?」
「伝説編三部作のふたつめ、私クリアしてないんだよねえ。だからよくわかんないっていうか」
てへへと頭を掻くサーリスに、三人は首を捻る。
伝説編とか、三部作とか、いったい何のことだろうと。
「そっかー、こういう展開なんだー。ラスボスって変身じゃなくって、より強いの召喚するって展開だった……あー、ラスボス邪神てそういうことか! なるほどなあ」
「で、どう対応すればいいんです?」
困ったなあと、にわかに暗雲が垂れ込めていく空を見上げながら呟くサーリスに、カシェルが問う。けれど「ラスボス戦、よく知らないんだわ」とサーリスが眉尻を下げた。
「女神さまは堕ちたといえど神ということで、邪神官よりずっと強いんですね」
「そりゃ一応神なんだし、下僕より弱いとは思わないけど……」
「あたしたち、レベラゲたくさんしたから大丈夫だよね?」
思わず顔を見合わせる三人に、サーリスは「ま、なんとかなるよ」と安請け合いをする。
「大丈夫。ゴリラソードって一応オリさんとかテル坊とかの強さ基準で使えるように設定してるから、それが使えてるってことはレベル十分ってことだよ。
二作めもレベル上限は伝説編ラストより下に設定されてたし、あの洞窟抜けられたらあとは消化試合って聞いてるし、たぶん大丈夫!
ちからこそパワーだしね! 殴って最後まで立ってたほうが勝ち! 問題ない!」
「サーリス、何が問題ないのかわかりません」
「ちからこそパワーなら大丈夫だね!」
言い訳めいて早口になるサーリスを咎めるカシェルの後ろで、カタリナが腕を振り上げて応える。
若干の不安は禁じ得ないけれど、これまでレベラゲだって相当に熟してきたし、何よりあの地獄のような勇者の試練もすべて乗り越えられたのだ。
きっとなんとかなるだろう。
「勝てば官軍って言うし、今回三人じゃなくて五人だし、女神のひとりやふたりくらいなんとかなるよ」
「サーリス……それは意味が違うと思いますが」
「こまけーこたー気にすんなってこと。さ、来るよ。構えて」
暗闇の覆い尽くされ、漆黒に染まった空に亀裂が入った。
その亀裂からゆっくりと、元創世の女神だったセレイアティニスが顕現する。
作者はDQB2クリアした勢いでわりと最近DQ2クリアしました
ロンダルキアはほんとトラウマですね……魔物来るな、もう来ないでくれウワァァァァァ!みたいな、そんなトラウマ
超えた後がちょうあっさりで逆にビビったわ





