24.“台地”へ
正直言うと、戦いはギリギリだった。
溶岩の熱さは半端なくて加護が少し弱まっただけで煮え上がりそうになるし、魔物はあとからあとからやってくるし、氷の壁は何度も何度も掛けなおさないとすぐ薄くなるし……本当に、あの“千尋の谷底”の試練をやっていなかったらどうなっていたかわからないくらい、ギリギリだった。
三人とも、死屍累々……というわけではないが、ボロボロになった祭壇の前で、疲労困憊のあまりへたり込んでいた。勇者ゴリラの剣ですら、激しい戦いで満足したのか疲れたのか、黙り込んでしまうほど全員がへとへとだった。
ちなみに瘴気から生まれた魔物の死体は消えてしまったし、元人間とか元エルフだった魔物は「溶岩葬だよ」と(持ち物を確認した後)丁重に溶岩湖へ流してしまったから、ここに残っているのは瓦礫とかそういうものばかりである。
「つっかれたー! でもすっごいレベラゲもした気分」
「これが信者の証ってやつのようですね」
祭壇には手のひらに乗るくらいの小さな邪神の像がいくつも置かれていた。ザールはそれをひとつ手にとって、矯めつ眇めつ子細に観察する。
この邪神が元は創世の女神だったというけれど、ねじれた角や大きな牙や皮の翼が生えた姿は、とてもそうとは思えないほど奇怪だ。
伝説や神話では美しく優しく聡明な女神だと語られているのに、なぜそんなことになったのか。
「とにかく、それが台地に登る入り口の鍵になるんだろ?」
「嘘でなければね」
「そんなの試してみればわかるよ。開かなかったら魔物捕まえて聞けばいいし」
「――最悪、しばらく張り込めば誰か他の信者が開けるかもしれませんしね」
ここはあらかた調べ終わった。
そう言って、最後に壊した祭壇を溶岩湖に投げ入れて、三人は“高飛びの翼”で移動した。
そして、“死の台地”の麓。
あらかじめ、聞き込みで調べたとおり、邪神の姿が彫られた小さな祭壇が岩の影にあった。本来なら神像が置かれているはずのくぼみに、三人は持ち帰った邪神像を置く。
やっぱり聞き込みで調べたとおりに、かすかに地面が震えて静かに岩が動いた。その後ろには、ひとがふたり並んで通れるほどの、それほど大きくはない穴が開いていた。
「これが入り口ですね」
「この中抜けると、この上まで登れるんだよね?」
「見張りの魔物もたくさんいるって話だけどな」
幸い、入り口付近を見張る魔物はいないようだった。だけど、奥に何かがうごめく気配は濃厚だ。きっとたくさんの魔物が徘徊しているのだろう。
たとえ邪神の像を持っていても、三人を黙って通してくれるとは限らない。
「ここもレベラゲできるね!」
「カタリナ、前向きすぎ」
「だって、もっともっと強くならないと先代も初代も追い越せないんでしょ? なら、たくさんレベラゲしないと!」
勇者を育てる者サーリスのメモによれば、邪神と戦ううえでここを抜けるのが最大の難関だということだった。三人揃ってここさえ無事に抜けられれば、ほぼ勝ったも同然だと。
「あまり無茶はせず、確実に進みましょう。サーリス様がわざわざメモに残すほどの難所なのですからね」
「カタリナ、ひとりで突っ込むんじゃないぞ」
「わかってるよ」
この三人で一番の不安要素はカタリナだ。何しろ、ほっとくとどんどん先に行って魔物と戦っているのだから。
「ある程度、拠点を作って休みながら行きましょう。神殿の魔導書に安全に休める空間を作る魔法がありましたからね」
「そうだな。魔力と体力が底を突く前に、ちゃんと休みながら進まないと……」
「ねえ早く行こうよ! まずは小手調べしなくっちゃ!」
「ああっ、言ってるそばから!」
さっそく入り口を潜ったカタリナが、棘付鎖を振り回しながらふたりを呼んだ。
ここに潜む魔物がどれほどなのかもわからないのに、もう少し慎重になってくれと零しながら、ロッサとザールが続く。
* * *
サーリスのメモのとおり、ここの魔物は段違いに強かった。
何しろ、少し間違えばもろともに吹き飛ぶような危険な魔法まで使ってくる悪魔タイプの魔物に、物理一辺倒のカタリナのような魔物まで、ぞろぞろと徒党を組んで立ち塞がるのだ。
必然的に、一戦一戦も長丁場となってしまう。
「虎の穴とか、勇者の試練って無駄じゃなかったんだな」
「サーリス様はこういう状況もすべて見越したうえで、ああも周到に準備しておられたのですね」
「もっとレベラゲしてから来た方がよかったかなあ?」
少し戦っては魔法で作った拠点で隠れるように休憩して、少し進んではまた戦って休憩して――ここを登り切れば魔物を操る邪神教団の本拠地だとわかっているのに、歩みは遅々として進まない。
これまで戦ってきた魔物のうちでもボスと呼ばれるような強さと同等以上の魔物が、後から後から湧いて出てくるのだから、当然だ。
「ここ越えるのにどれくらいかかるだろう?」
「当然あちらも僕たちのことに気づいているでしょう。魔物の数がかなり増えてますからね。だから、どれくらいかかるかはわかりませんよ」
「さくさく倒して進めるくらい強くならないとね!」
食料はかなり準備してきた。だが、それで足りなくなれば、最悪一度引き返すしかない。その見極めをどこでするかも問題だ。
「――魔力使うけど、朝は魔法で出した食事にして、食料節約するしかないな」
「ええ……魔法の食べ物ってなんか味気ないからやだあ」
「夜にしたら魔力残ってないかもしれないだろ。食い詰めて途中で引き返すよりマシだと思えよ」
「わかってるけどさあ」
「そうすれば、ひと月半は戻らなくて済むんだからさ」
「しかたないなあ」
少し不満げではあっても、カタリナだって引き返すよりマシだということはわかっている。
あちこちからしみ出している地下水のおかげで水には困らない。だが、食べられそうなモノは、ぼんやり光ってるキノコやコケくらいだ。ヘタに食べて腹を壊したら、目も当てられない。
「あたし、がんばって強くなって、さっさとここ突破する」
「だからって、無茶するなよ」
「そうですね。無理は禁物です。もう僕たちが来ていることはバレているんですから、今さら無茶をする必要はありません」
わかってるよ――と返すカタリナは、どこまでわかっているのか。
相変わらず突出して魔物の群れに突っ込んでいくし、危なくてしかたない。
強くならないとと焦る気持ちはわかるけれど……
その日、最初に現れたのは、骨のように白い毛に覆われた身体に、青ざめた皮膚のような色の皮の翼を持つ、悪魔タイプの魔物の集団だった。
きっと、ここに勇者の子孫がいるからと向かわされた一団なのだろう。
三人を見つけた魔物は顔に喜色を浮かべ、魔法の詠唱を始めた。この魔物は強力な爆炎魔法の使い手でもあり――それが、四体もいるのだ。
「まずい」
ザールがすぐに反魔法結界の呪文を唱える。ロッサは少しでも衝撃を防ぐための加護の祈りを口にする。
「唱えきる前に倒す!」
「カタリナ!」
カタリナは、一番先頭で詠唱する一体に向かってまっすぐに走りだした。一撃で倒せなくても詠唱を止めることができれば、その分状況は良くなるのだから。
チ、と小さく舌打ちをして、ロッサは加護の目標を三人全員ではなくカタリナに変えた。三人全員に加護を与えるためには、ある程度固まっていなければならないのだ。ひとり離れてしまえば、そのひとりは加護から外れてしまう。
加護がなくても、ザールの結界があれば、こっちはなんとかなるだろう。
実際、ほぼ同時に着弾した最初のふたつの爆炎魔法は、ザールの結界に阻まれてこっちには届かなかった……が。
「ロッサ、よけて――」
「え?」
タイミングを外して投げられた爆炎魔法が、ロッサを巻き込んで爆発した。





