20.環境攻め試練はとてもヤバイ
勇者の試練“千尋の谷底”は、これまで以上に魔境だった。
ブリザードの吹き荒れる極寒の地やら煮えたぎる溶岩のほとりを歩かなければならない灼熱地獄やら少し身体を起こしただけで吹き飛ばされそうな暴風やら……およそ「本当にそんな場所に行くことがあるのか」という魔境ばかりだった。
そして、それでも最初はまだよかった。
暑さも寒さも冷たさも、それひとつだけだったから。
進むにつれ、わけのわからない魔境がいくつも組み合わされ、さらにてんこ盛りの魔物や逃げ出せない地形までが三人を襲い来るようになったのだ。
「こんなのいくらレベラゲしたって追いつかないよお!」
「魔法足りない……もっと防御厚くして、それから魔法でも瞬殺狙わないと、いや、それより防御重ねて凌がないと……だめだ魔力保たない……」
「いったん戻って、もっと高位の呪文を習得しないと無理そうです」
これまでもレベラゲはたくさんやってきたし、強い魔物だって即殺できる実力は付けた。なのに全然足りないなんて、思いもしなかった。
「魔法だけじゃ追いつかない。防御系の魔法具も探さないと」
「ドラゴンの王に聞いてみますか? ドラゴンは宝物に詳しいと聞きますし」
「燃えたり凍ったりするのもうやだ。そういうの平気になる鎧と武器がほしい」
魔物だけなら自分たちの敵ではない。
けれど、そこに“環境攻め”の要素が加わると難しい。
もう半月は続けているのに、未だにボスどころか、試練の半分にも到達できていない。いったいどれほどがんばれば“勇者ゴリラ”の称号を得られるのか。
「――後から戻れるようにここを“記憶”しておいて、南大陸にある町へ行きましょうか。たしか、南側の森のそばと西側の平原に大きな町があるはずです」
「途中でダンジョンっぽいのあったらいいものないか探そうね」
「魔導書とか魔法具とか見つかるといいな」
それじゃ話は決まりだと、三人は立ち上がる。
いったん煮詰まってしまったら、少し時間を置いて頭を冷やさないといつまでもこのままであることは、これまでの経験で理解している。
それでも今は諦めなきゃならないのが少し悔しい。
「竜みたいに熱いのも冷たいのも平気な鱗が生えてたらいいのになあ」
「竜鱗の防具もひとつの手ですけど、ドラゴンの鱗はドラゴンを狩らないと集まりませんね」
「狩ったらドラゴンの王様に怒られちゃうよねえ」
「そうだな」
とりあえず棚上げにした最後の試練を、三人は後にした。
* * *
そして、さらにひと月。
南大陸を海岸沿いに南下して、ついでに途中遭遇した魔物はレベラゲの糧にして、三人は町を目指した。
なのに、あったのは……
「なんか、町の跡になってる」
「変ですね。普通、廃墟ならがれきくらい残っているものですけど」
「どの建物も、申し訳程度の基礎しか残ってないよ」
あったのは、廃墟ですらない“町の跡”だった。
残っているのは建物の基礎とおぼしき敷石や礎石だけ。建造物は壁どころか崩れたがれきすら残っていない。
まるで、地面だけ残して上にあった部分だけをきれいに取り去ってしまった――そんな“町の跡”だったのだ。
いったい何をどうしたら、こんな跡地だけが残るのか。
ザールが、森の向こうにそびえ立つ“死の台地”の切り立った崖をちらりと目をやった。おそらく、邪教団の本拠にもっとも近かっただろう町だ。とうの昔に、がれきすら残らないほど破壊しつくされたのかもしれない。
「少しアテが外れましたね……他に、この町の人たちが逃れた先がどこかに無いか、探しますか。ここへ来るまでも小さな集落がぽつぽつありましたし、そこで聞けば何かわかるかもしれません」
ぐるりと周囲を見回しながらザールが言う。
けれど、その途中にあった集落で「町が無くなった」という話は聞いていないから、望み薄かもしれない。
「――いや、ちょっと待って。ここ、何か変だ」
ロッサが急にしゃがみこみ、少々新しい床石とおぼしき場所をなで回す。もちろん、ザールにもカタリナにも、他とどこも変わらず何の変哲も無い大きめの敷石にしか見えない。
「どこか変?」
「そうは見えませんが」
同じようにしゃがんで覗き込むザールとカタリナには、やっぱり変わったところなんてわからない。
ロッサはあちこち確かめるようにさらに探る。そのうち、腰から小さなナイフを出して、隅をほじくり始めた。
「ロッサってそういう変なとこ見つけるの得意だよね」
「だって、周りと比べてなんか変だろ?」
「周りと比べても差がわからないんですけど」
「そうかな?」
なおも敷石から目を離さず、ナイフの先で探るように敷石の周りをほじくっていたロッサが、「これだ」と顔を上げた。
「ここに何か仕掛けがある」
「仕掛け? 何か隠してあるの? 宝物?」
「わからないけど、開きそう」
ふたりを下がらせると、ロッサはスイッチとおぼしき場所を押し込んだ。
とたんにガコンと音を立てて敷石が持ち上がり、人がひとりくぐれるくらいの穴が開いた。
「階段だ。かなり深そうだし、しかも狭い。入ったら武器なんか振り回せそうにないけど、どうする?」
「もちろん入るよ! あたし先頭ね!」
「入ってみましょう」
ここまで来たのに見なかったことにするわけがない。
三人はにんまりと笑って階段へ潜り込み、ひたすらに下って下って……下りきった先は、大きな地下洞窟だった。
なんだって、あんな町の中から地下洞窟へ階段が伸びているのかわからない。だが、よくよく観察してみたら、地下洞窟のあちこちからそういう細い階段が伸びていた。つまり、この地下洞窟への入り口は町のあちこちにあるといことだ。
「灯りがあるね」
「つまり、誰かいるってことですね」
その地下洞窟のあちこちで、ぽつぽつ光っているのは魔法の灯りだった。
誰が点したのかはわからないけれど、松明代わりになのか、結構な数が置かれていた。こんな地下いったい誰がいるのか――なるべく気配を殺して音を立てないよう、三人は進む。
地下洞窟はかなりの大きさで、城の大回廊より広いうえに天井の高さは三人の身長の十倍はありそうだった。
「何がいると思う?」
「順当に考えれば、逃れた町の人たちでしょうか」
「こんな地面の下なんかに住んでたら、鬱々しそうだよね」
小声でぽそぽそと話すうちに、前方に巨大な扉が見えた。扉に刻まれているのは町の紋章だ。やはり、ここには魔物から逃れてきた人々がいるのだろう。
「みんな無事なのかな?」
「どうやってこんなの作ったんだろう」
「小人族の作ったもののように見えますけど……」
それにしても、どこから入ればいいのだろうか。きょろきょろと見回すと、石扉のすぐ側に小さな通用口のような扉もあった。
そちらの扉を叩いてみるとすぐに小さな窓が開く。
「人間か?」
「もちろん! 破邪の国の王女、たまねぎ勇者リラリラのカタリナだよ!」
「同じく火輪の国の王子、ザールです」
「月影の国の王子、ロッサだ」
「勇者?」
名乗りを上げる三人を、門番とおぼしき男は窓越しに訝しそうに見つめた。それから「本当に勇者なのか?」と呟き……すぐに満面の笑みを浮かべる。
「皆! 勇者だ! 本当に勇者が来た!」
「なんだと!?」
「伝説は本当だったのか!?」
大騒ぎの声とともに扉が開いて、三人は思わず顔を見合わせたのだった。
ついった見事に凍結されましたよやったね
異議申し立てしましたが、解凍されるまでは椎茸アカウント(@gomakinas)にてツイ廃やろうと思います
(俺の大好き絵師さんリストとか……返して……お願い……)
「なぜ椎茸?」というのは、たぶんアカ作った当時にうまい椎茸食べたからだと思います。





