17.フォルケンセの聖なる……闇の森?
そして、フォルケンセの聖なる森である。
火輪の国がある北大陸の東端からほぼ南。
破邪の国の半分くらいある大きな島のほぼ真ん中にある、海のような大きな森がフォルケンセ神の聖なる森だ。
創世の女神にこの世界を任される前も後も、フォルケンセ神は森と自然を司る神である。ゆえに、この聖なる森自体がフォルケンセ神の神殿といっても過言ではない。
「なんでこんなことになってるんだ?」
「瘴気ですね。それも、かなり濃い」
「でも、ここって聖なる森で神殿だって……」
この島へ来るにはかなりの時間が必要だった。
おまけに、この後は南の大陸にも行かなければならない。文字通り、世界を縦横無尽に移動する必要があるのだ。
要所要所を高飛びの翼に覚えさせるにしても記憶できる数は限られているし、最初はやっぱり自力でそこまで行かなければならないし、旅の九割は移動に費やしていると言っても過言ではなかった。
そこで、三人はいったんドラゴンの王の城に立ち寄り、遠く離れた行きたい場所までドラゴンに送ってもらえるよう交渉した。ドラゴン王の城は、もちろん、高飛びの翼に記憶させた。
ドラゴンは辻馬車じゃないとは苦笑しつつも、事情が事情だからと王が快諾してくれた。
おかげで、この森まではドラゴンが運んでくれた。
だが、このまま手っ取り早く森の中心までドラゴンに送ってもらえば――と考えていたのに、肝心の“聖なる森”は“闇の森”に変貌していた。
三人を背にのせたドラゴンが、「ほらな」と長い首で背中の三人を振り返る。
「俺が聞いた限りじゃ、ここ百年であんな調子になったんだとよ」
「でも、でも、神様がいる森なんでしょ?」
「さあ、そこまではさすがに知らないし」
まだ若いドラゴンは、出発前に「あそこ、聖なる森じゃなくて闇の森だけど?」と言ったのだ。ちなみに王はあまり興味がなかったとかで「そういう森がある」程度のことしか知らなかった。
言った通りだろう? とちょっと得意げな顔をするドラゴンに、三人はがっくりと肩を落とす。
「サーリス様が祝福もらえって言ってたのに、これじゃもらえないよ」
「俺に言われてもなあ……行くのやめるってなら、戻るけど」
「いや……このままにしとくのはまずいと思う。せめてなんとか浄化できないか調べないと」
「そうですね……パッと見てだめだったから、で帰るんじゃ、ここまで来た意味がありません」
「そっか。勇者の子孫ってのもたいへんだな。じゃあ俺はここで。がんばれよ」
森の際に三人を下ろすと、ドラゴンはさっさと帰ってしまった。
ちょっと薄情なのではと思ったけれど、こちらもあのドラゴンに友情を感じてるわけではないので、お互い様だろう。
「どうにかして中心まで行って、“世界樹”が無事かを確認しないと」
「そうですね。この森自体をダンジョンみたいなものだと考えて、外周から少しずつ奥を目指しますか」
「そっかあ、ダンジョンかあ……じゃあ、レベラゲしながら行けばいいよね」
こんな開けたダンジョンなんて見たことはないけれど、そうだと考えればなんとかがんばれるような気がした。
これまで何度も思い知って来たように、瘴気の濃い場所の魔物は強い。それに、あまり長く濃い瘴気にさらされてしまうと、自分まで影響を受けてしまう。
だから、三人の考えた作戦は……
「よし、これで拠点できた」
「では、浄化領域を固定する結界を作ります」
「あたしは見張り-!」
ある程度進んだら拠点にできるだけの面積を浄化し、その浄化領域を結界で固定する、という方法だった。これなら、瘴気の影響を心配することなく進めるし、結界を張れば休息中に魔物の襲撃を心配する必要もない。
もちろん、より強力な魔物や、あの神殿にいた使徒のような頭のいい魔物が来たら別だが、そういう魔物は瘴気だまりにいるものだ。森を進んでいる間はそこまで心配する必要はないだろうというのが、ザールの見立てだ。
「結構ふつうの動物が残ってるね」
「フォルケンセ神は森と自然の神ですし、加護がまだわずかにあるんでしょう」
「おかげで俺たちも食料に困らないけど」
今日の夕食である猪肉をあぶりながら、カタリナがうんうん頷いた。もちろん狩ったのはカタリナだ。野生の獣よろしく気配を殺して近づき一瞬でトドメを刺すという手際は、さすが、勇者ゴリラとして物理最強を目指す脳筋である。
かたわらに広げた地図をにらみながら、ザールは進む方角を確認する。
薄暗い闇のような瘴気で、森の見通しは悪い。時々大きな木に登って先を確認しようとしても、瘴気のせいであまり遠くまではわからない。
森に入れば中心部のことが少しくらいわかるんじゃないかと思っていたけれど、なかなかそううまくはいかないようだ。
「ザール、世界樹がダメだったら、どうする?」
「その時は、フォルケンセ神の加護は諦めて、最後の試練へ行きましょう」
「加護なくても大丈夫かなあ?」
「そもそも、加護が何だかわからないので、なんとも」
「そうだよなあ。カシェル様もサーリス様も、もうちょっと詳しく教えてくれればいいのに」
創世の女神に囚われたらしいサーリスはともかく、カシェルならもっといろいろなことを教えてくれるのだと、三人は期待していた。
なのに、カシェルは「サーリスではないから、詳しいことはわからない」としか答えてくれなかったのだ。おまけに「サーリスの想定では、女神が邪神として降臨するはずではなかった」とも。
善き神々の使徒として、この邪神教団による災いを見通していたはずではなかったのか――そう言い募る三人に、カシェルは肩を竦めるだけだった。
「時の神クァディアマルだっておっしゃっているでしょう。未来というのは、ほんの少しの何かでいくらでも変化するものだと」
だからといって、先のこと何てわからないと丸投げにするのか。
三人は憤る。
それでも、三人が邪神を下して世界を救うのは規定路線なのだから、そこに賭けるしかないのだとカシェルは言う。最初の魔王の時と違うのは、サーリスでさえもその過程に起こるすべての出来事を知らないという点だけだから――
「だから、君たちが考え、判断したとおりに進んでください」
カシェルはそう言って、三人を追い出し……もとい、送り出した。
「なんかさあ、あたしのこと適当におだてておけば適当にがんばってくれるなんて思ってるのかなあ?」
「どうでしょうね。とはいえ、僕たちがやらなきゃほかに適任がいないのは間違いなさそうですけど」
出てくる魔物を倒しながら、三人は慎重に進む。
まだ、あの神殿にいた魔物ほど強いものは出てきていない。つまり、まだここは瘴気の薄い森の辺縁ということか。
「あーもう、どんだけ歩いたら真ん中に着くんだろ」
ロッサの横でぶんぶん棘付鎖を振り回しながら、カタリナが頬をぷくっと膨らませる。
「だいぶ奥のはずですし、遅くとも数日中には到着できると思いますよ」
まだ辺縁だと思ったのは気のせいだったらしい。
単純に、あの神殿のおかげでここで必要なだけのレベラゲを三人はすでに終えているという、ただそれだけのことだった。
「もっと瘴気が濃いと思ってたんだけどな」
「元が聖なる森ですから、瘴気が濃くてもそこまでの影響が出ないんでしょう」
「そういうものなの?」
「さあ? でも、状況からそういうことかなと」
ザールが適当な推測を述べるそばから、出てきた魔物をカタリナが粉砕していく。ロッサやザールの出る幕もないほど速やかに、だ。
「その鎖、ずいぶんごつくなったよな」
「へへー、いいでしょ。前のちょっと軽くなっちゃったし、とげとげのところ重くしてもらったんだあ。ついでに、鎖ももっと頑丈にしたんだよ!」
「お前の筋肉、どうなってんだ?」
「知らなーい。でも、おばさまが、もしかしたらあたしには自分強化の才能あるのかもって言ってたよ」
「自分バフって、つまり自分限定で強化魔法かけっぱなしってことか?」
「よくわかんないけど、そういうこと?」
見た目はたいしてごつくないくせに、物理攻撃力だけはどんどん人間離れしていくカタリナには、どうも自己強化の才能があったらしい。
魔法に関する才能は皆無だと思っていたけれど、そうでもなかったのか。
三人はいつものように他愛もない話をしつつ魔物と戦いながら、さらに進んでいく。どこまで行ってもそれらしき場所が見つからず、もしかして方角を見失ったのでは……なんて不安になったころ、三人はいきなり開けた場所に出た。
「到着? あたしたち到着したの?」
「そうだと思いますけど、これは予想以上に悪そうです」
「なんだよこれ……」
広場の中心には、おそらくは世界樹である巨大な樹があった。
ただし、その世界樹は瘴気だまりの中心に立っていて……いや、むしろ世界樹そのものから瘴気が噴き出ていた。





