16.神殿ふたたび
それだけ強くなったなら、ここの魔物はもう役に立たないでしょう。ですからあの瘴気だまりは浄化してしまってかまいませんよ――そう言われて瘴気だまりを浄化したのが、父祖カシェルのいた島でのレベラゲの、仕上げだった。
たいていの場合、瘴気だまりにはその周辺で一番強い魔物がいるものだ。
だが、この近隣の魔物なら“むそー”できるようになった三人の敵ではなく、あっけないほど簡単に浄化も魔物討伐も終わってしまったのだった。
* * *
首尾良く魔物も瘴気だまりも処理した三人は、一番高い山のてっぺんから、隣島の神殿めがけて滑空する。
カシェルのいた場所は、実は神殿のある島の隣島だった。
こんな近くにいるなんてずいぶんな驚きだったけれど、こんなこともあろうかと取って置いたのだという、時の神の祝福を受けた聖印とか回復力の上がる杖とか攻撃回避を助ける腕輪とかを授けてくれたのはもっと驚きだった。
「介入しないって言ってたのに、いいんですか?」
「子孫に僕の遺産を渡しただけですから、これは介入ではありません。相続というんですよ」
それって詭弁というものではないかと三人は思ったけれど、どうやら本当に大丈夫なあたりが、カシェルが「あの女神はヌルい」と評する所以なのだろう。
それなら、相手が元創世の女神であっても三人に勝ち目があるんじゃないか。
「きっと今度こそ大丈夫だよ!」
「次は、もっとうまくやれるはずですしね」
「あんなにレベラゲしたもんな」
滑空しながら、三人は神殿での動き方を確認する。
小さい島ではあるが山は高かったので、これから一気に神殿聖堂の上までいけるはずだ。前回観察した限り、飛行タイプの魔物は多くなかった。たいした邪魔も入らないだろう。
目論みどおり順調に聖堂の屋根に降り立った三人は、そこに穴を開けて、直接上からボスと鏡を狙う。
「たまねぎ勇者リラリラ改、破邪の国第一王女カタリナ参上!」
ドカンと派手な音とともに屋根の一部を吹き飛ばし、威勢の良い名乗りとともに、カタリナが内部へ強襲する。続いてザールが中へ飛び込み、ロッサはそのまま浄化の祈りを唱え始めた。
今度は、多少襲われたとしても祈りを途切れさせることはないつもりだ。
そういう訓練だって、してきたのだから。
下に、自分を囲んだ魔物たちを、アンデッドも悪魔もひとまとめに一掃するカタリナが見えた。その棘付鎖の扱いにはさらに磨きがかかり、無駄なく確実に魔物を倒している。
すぐ側ではザールが巧みに魔法を繰り出し、殺到する魔物たちをさばいていた。こちらも訓練の成果を十分発揮して、多少の攻撃なら受け流せるようになっている。以前のように「直接殴られたらおしまい」なんてことにはなっていない。
襲いかかる飛行タイプの魔物をすいっと躱しながら、ロッサは少し早口に祈りの言葉を紡いだ。
やはり“レベラゲすれば大抵のことは解決する”という、父祖カシェルと勇者を育てる者サーリスの言葉は間違いではなかったとしみじみ考えながら。
ようやく祈りの結びの言葉を終えると、ロッサの掲げる光のしずくがまばゆい輝きを放った。たちまちあたりに満ちていた悪意のような瘴気が薄れる。同時に、アンデッドたちの苦悶のような喜びのような呻きと叫びがあがり、静寂に変わる。
心なしか、以前よりも浄化の力が上がっているようにも感じる。
「浄化終わり!」
ロッサはすぐにふたりの横へと飛び降りた。
残るのは、わずかな悪魔とボス魔物だけだ。
「おのれ……おのれ……女神を愚弄するものめ……」
ボス魔物はぶるぶると震える。
カシェルは、この魔物は元神官なのだろうと言っていた。女神を呼び出した本人なのかはわからないが、おそらくは、降臨した女神のまとう瘴気にやられて魔物化した神官がそれなりにいるはずだから、と。
「瘴気で魔物化したらもう戻せない、でしたっけ」
「そうだよ。だから、ちゃんと引導を渡してあげないといけないって言ってた」
「こいつ倒したら、もう一回念入りに浄化しないとな」
カシェルのもとで死ぬほどレベラゲしたし、ここまで数も減らした。
だから、あとはいつもどおりだ。
「たまねぎ勇者リラリラ改、カタリナ、参る!」
カタリナの叫びと同時に、ふたりは散開した。
「はー、疲れたあ!」
「言うほど疲れてないくせに」
カタリナは「そんなことないもーん」と、トドメを刺されたボス魔物の塵を棘付鎖から拭った。
たしかに、身体的な疲労はあまり感じていないけれど、心は疲れた気がする。
すっかり静かになった聖堂をもう一度ぐるりと確認して、ザールもほっと息を吐く。前回は撤退すら無理なくらい追い詰められたのに、今回はまったく危なげなく勝てた。それもこれも、カシェルの地獄のようなレベラゲのおかげだろう。
「ねえねえ、最初の勇者ゴリラも次の勇者ゴリラもあの百倍くらいレベラゲして強くなったんでしょ? つまり、あたしたちってまだ全然勇者ゴリラじゃないってことなんだよね。すっごく強くなったと思うのに、くやしいなあ」
あちこちに転がる武具はアンデッドたちの遺したものだ。カタリナをそれを集めて聖堂の片隅に積み上げる。アンデッドと化した彼らの死体は朽ち果ててもう何も残っていない。だから、せめて武具くらいはちゃんと弔ってやるのだ。
ボス魔物の遺したものも同様に積み上げる。彼がそれを望んでいるかどうかは知らないけれど、三人なりの、倒した者としてのけじめでもある。
浄化と鎮魂と、それから来世の幸福を祈って――三人は、改めて中央祭壇に置かれた“真を暴く鏡”を振り返った。
「それじゃ、本題の鏡です」
ザールの言葉に頷く。
ようやく……本当ならもうとっくの昔に月影の城へ持ち帰っていたはずの“鏡”を、ロッサは慎重に台座から持ち上げる。重さと、こういうアイテムの纏う独特の魔法の気配に、ごくりとロッサの喉が鳴った。
かつて、「あまりにも真実を暴きすぎる」と忌避されて神殿へ奉納されることになった魔法の鏡だが、今回ばかりはその力に頼らなきゃならない。
「やっと帰れるな」
「予定ではもう一ヶ月前には持ち帰ってたはずでしたしね」
「レベラゲ足りてなかったんだからしかたないよ」
「まだ余裕あるといいんだけどさ」
「大丈夫だよ、おばさま強いもん」
「それじゃ、戻りましょう」
ぞろぞろ連れだって外へ出たところで、高飛びの翼を取り出したザールが「火輪の城へ」と唱える。
ひゅっと空へ飛ばされる――という感覚を受けた次の瞬間には、もう火輪の城の目の前に降りたっていた。
* * *
火輪の国から伝令を先に行かせて、そのすぐ後を追うように三人は月影の城へ向かった。何度か魔物軍の襲撃を受けてはいるものの、姉王女も女王も健在だしまだ城も町も無事だと聞いて、ロッサはほっとした。
そこから馬を借り、ほとんど強行軍で月影の城に戻る。
心配なのは、鏡を取りに行ったと魔物軍に知られて城内と城外の双方が連携して襲撃してくることだ。今のところ、火輪の国で聞いた限りでは問題は起こっていないようだが。
「母上、戻りました!」
到着して即、旅装を解く間もなく、三人は女王に謁見する。女王は立ち上がり、三人のもとまで下りて喜びをあらわにした。
「おお、帰ったか。斥候から姿が見えなくなったと聞いて心配していたが、無事でよかった」
「巡り合わせのおかげで無事戻れました。そしてこれが例のものとなります」
ザールが梱包したままの鏡を差し出した。
「ご苦労だった。お前たちのおかげで潜入者のあぶり出しもだいぶ進んだよ。そこにこれがあれば、さらに捗るだろう」
「――え?」
「何を呆けた顔をしているのだ、ロッサ。お前たちを神殿へ向かわせたことを隠しおおせるはずもなかろう。情報を有効活用させてもらったまでのことだよ」
女王は、最初から「秘密裏に」というていで三人を送り出したことそのものも利用して、城内に潜む魔物に与するものを誘い出したらしい。
ただ鏡を待つだけなんて、たしかに母らしくないとは思ってはいたが――
「それなら、最初からそう言ってくれればいいのに」
「言ってしまえば、お前たちに油断が生まれただろう? だがこれで城内に潜む魔物も一掃できるというものだ。お前たちのおかげだよ」
女王は、だからしばらくゆっくり休んでいくといいと笑った。





