8.隠しダンジョン
「塔、だ」
「こっちも塔だったんだ」
「強い魔物、いるかなあ」
荒れ地を越えて目的地にたどりつくと、そこにあったのも塔だった。
ザールとロッサの胸に「もしかして」という気持ちがほんのりとわき上がる。
ちなみに、荒れ地からここまでに襲ってきた魔物は、すべてカタリナが新武器の試し切りならぬ試し打ちで消えた。
最初こそは武器の扱いもたどたどしく、誤爆が怖くて近寄れなかったけれど、今はすぐそばにいてもちゃんと避けて振り回すようになった。一安心である。
「ともかく、いつも通り塔の下層から様子を見ながら上を目指しましょうか」
「魔法具ってどこに隠してあるのかなあ」
「わからない。探しながら登るしかないかな」
前回のように、とにかく“レベラゲ”しながら上に行けばいいというわけではない。この塔のどこかに隠したという魔法具を探し当てるのが目的なのだから。
「遭遇した魔物は確実に倒して進みましょう。階層ごとに拠点も定めたほうが良さそうですね」
「食料足りなくなったらどうする?」
食料はあと十日分くらいはあるだろう。
だが十日以内に魔法具が見つかるという保証はない。
「近隣で動物を狩って凌ぐしかなさそうですね。一番近い町に戻るにしても、三日はかかりますし」
「あたし、狩りも得意だよ! 熊狩ればかなり持つよね!」
「問題は熊が近くにいるかどうかですよ」
「それもそっかあ」
あははと笑うカタリナは、とにかく気楽そうだ。塔で魔物を殴り放題というのが楽しみらしい。
幸い、この塔のそばには森があるから、食べ物に困ることはないだろう。
行こう、というザールの言葉を合図に、さっそくカタリナが大きな扉を開け放った。いつもながら、慎重さは欠片もない。
「もうちょっと注意して開けろっていつも言ってるだろ!」
「いきなり開けたほうが、向こう側の魔物の不意を突けるんだよ!」
入り口のホールにいた小物の魔物をあっという間に倒しながら、カタリナが「ほらね」と言う。たしかに、こんなに無防備にいきなり人間が襲ってくるなんて、魔物も予想はしていないだろう。
だが、扉に罠とかあったらどうするのか。カタリナは「立ってるから平気」と笑うが、その理屈はロッサに理解できない。
「ここの魔物は前回の塔より弱いみたいですね」
ザールの言葉に頷きつつ、三人は各部屋をきれいに一掃しながら進む。
たしかに、この塔の魔物にはあまり手応えを感じない。階層を上がっても魔物に変化がないところを見ると、瘴気だまりもないのだろう。
「こないだ瘴気だまりを潰したから、ここの魔物も弱くなったとか?」
「遠すぎます。あの程度の瘴気だまりじゃ大陸の反対側まで影響しません」
「そっかあ」
ちょっとつまらないなと、カタリナは唇を尖らせる。
目的をなんだと思っているのか……と顔を顰めたところで、ロッサは「ん?」と壁の一点を見つめた。
何か違和感があるような?
「どうしました?」
「なんかここ……?」
「え? なになに?」
壁の気になる一点を、ロッサは手で触れる。
周辺をコツコツ叩いたり押してみたり……したところで、いきなり壁石が沈んでガコンと大きな音がした。
「壁、動いた!」
「隠し通路ですか?」
沈んだ壁石のすぐ横がぱっくりと開いていた。もちろん、奥に向かって細い通路も続いている。
三人は無言で顔を見合わせた。
「――こっちがアタリじゃないかな」
「順当に考えてそうでしょうね」
「魔法具、隠してあるって書いてたもんね」
カタリナがわくわくと目を輝かせて通路に一歩入り込んだ。
この先にも魔物がいるかどうかはわからないが、いるとしたら魔法具を守る何かで、それはきっと他の魔物より強いのだろう。
ザールはぐるりと通路を見回してから、「注意して進みましょう」と言った。
隠し通路は、他の通路や部屋とは独立して塔を登るためのものらしい。魔物との遭遇もほとんどないまま通路と階段が続き、どんどん階層を登っていく。
「つまんない」
予想通り、カタリナは退屈していた。こんなことなら元の通路を登って魔物を全部一掃してからこっちにくればよかった、などと呟いている。
「ともあれ、これで十日以内に探して出られそうですね」
「そうだな」
ザールとロッサは少しだけ安心した。
たしかに“レベラゲ”で力を付けるのは大事だが、常にそれなのもきつい。
おそらくは塔の壁面に沿ってぐるぐると螺旋状に作られているのだろう。
ゆるやかな階段を上り詰めた先には、質素な作りではあるけれど、頑丈そうな扉があった。装飾も何もない金属の、ちょっとやそっとじゃ壊れなさそうな扉だ。
「……鍵、かかってるみたい」
「普通に考えて、鍵も何もなく放ってはおかないですよね」
「鍵なんかないよな?」
ガチャガチャと把手を動かしてみたけれど、扉はびくともしなかった。
もちろん、ここへ来るまでに鍵らしきものは見つけていない。
「――月影の女王陛下からいただいた魔術書に、鍵開けの呪文があったんです。試してみます」
「そんな魔法あるの? すごい! 開け放題だ!」
「それって、禁止呪文じゃ……」
「そうですね。でも、陛下がくださった魔術書にあったんだから、この際禁呪でもなんでも使ってしまえってことなんだと思います」
禁止呪文……禁呪は、倫理的に禁じられてるものと社会通念的に禁じられてるものの二種類あるが、これは社会通念的に禁じられてるほうの禁呪だ。
あたりまえだ。魔法でほいほい鍵が開けられ放題なんてことになれば、いろいろと不法行為が横行することになってしまう。
いいのかなあと思いつつも、ロッサはザールがぶつぶつ呪文を呟くのを見守った。カタリナも、「初めて見る」と目を輝かせながらじっと見つめている。
ザールが呪文を唱え終えるのと同時に、把手からガチャリと鍵の外れる音が上がった。止める間もなく、カタリナがバーンと扉を開ける。
「だからお前、もっと慎重に開けろって――」
「何かいる!」
怒鳴るロッサに構わずカタリナが鋭く叫び、じゃらりと棘付鎖を構えた。
ロッサもパッと中を注視し、ザールは素早く扉の影に身を隠す。
「これ、ゴオレム? 小さいやつ?」
ずん、と重い足音を立てて立ち上がったのは、先代勇者の伝説に語られるゴオレムの、廉価版と言っていい魔物だった。
大きさは人間くらいだが、これがゴオレムと同じものだとしたら、魔法も物理もろくに効かないはずだ。倒すにはただひとつ、身体のどこかに刻まれた文字を完成させて、「死」を与えなきゃいけない。
「ザール、伝説じゃ、どうやってたっけ?」
「タヒの上に横棒か、methの左にeの文字です」
「どこにあるのかな」
「わかりません」
たぶん、ここに隠された宝の番人というやつなのだろう。
「カタリナ、文字を探せ!」
「ええ、無理!」
「無理でもやれ!」
うええ、とカタリナが嫌そうに呻く。
文句を言いたいのはこっちのほうだ、とロッサは思った。
* * *
そして結局、文字は見つけられなかった。
仕方がないので、何度も何度も転ばせたゴオレムの足を狙い、ザールが魔法を掛けた武器で、ロッサとカタリナのふたりがひたすら叩いて壊すという、とても頭の悪い作戦で戦いきった。
ロッサも殴るだけではなく、疲労回復の秘蹟を何度も使って、体力切れだけはなんとか回避した。
「文字、こんなところにありましたね」
足を壊し手も壊し、動けなくしたゴオレムの胴体の、脇の下あたりに小さく刻まれたタヒの文字を見つけたザールが、そこに足りない一画を付け足した。
ゴオレムは塵になり、三人は今度こそ安堵の息を吐いて座り込んだ。
「ちゃんと探せば見つかったんだよ」
「だって、そんなにじっくり見る暇なんてなかったもん」
「でも、先代勇者のカステルはちゃんと文字を完成させたって伝説に――」
「あたし、カステルじゃないもん」
「まあまあ、どうにか終わったんですし」
ぶつぶつと文句を言うロッサも剥れるカタリナも疲労困憊だ。ザールももう魔力が底を打っているし、今日はこのまま休んだほうがよいだろう。
「とにかく、ここがアタリだと思いますから、今日はこのまま休んで、明日部屋の中を調べましょうか」
「そうだな」
「うん、もう動きたくない」
残りの気力を使って扉を閉めて鍵を掛けた三人は、そのまま床にごろりと横になって眠ってしまった。





