2.勇者を育てる者、というのは
何度も何度も繰り返したおかげで、洞窟を抜けるだけなら半日もかからない。
出てきた魔物をある程度集めた後でまとめて倒すのもうまくなった。
あたりまえだ。
加護を得ようとこの洞窟に到着してからすでにひと月以上、延々と洞窟の中で魔物を倒しているんだから。
入り口の部屋には澄んだ水が湧いていて食べられる小動物もいてきのこもある。野営のためのテントやらは当然持ってきているから、さほど困ったことにはなってない――が。
「……これまでの状況から行くと、カタリナが三回から五回斬り付ける間にトドメがさせないと失格のように思えます」
「はあああああ!? 何それ! あんなにでっかいのをそれだけで倒せって、頭おかしい!」
相変わらず剣をぶんぶん振り回しながら、カタリナがわめき散らす。
ここに着いた当初と違うのは、その剣に大きな石の塊が括り付けられて、重量を増しているところだろう。
「そんな算段、立つのかよ」
「正攻法じゃ無理です。これまでの状況から考える限り、防御に力を割いていたら確実に負けです。武器に弱点属性の火炎魔法を付与して力と体力を増す加護の秘蹟をかけたうえで攻撃に全力を回して――それでもカタリナひとりでは不足しているので、ロッサも同様に全力の攻撃に回って、僕は使える最大の魔法を叩き込んで、ようやく勝算が見えるかなってところですね」
おそらく、ここは勇者を育てる者サーリスが作った洞窟だろう、というのが、ロッサとザールの出した結論だった。
女神の使徒として、魔王に負けない力を付けさせるという役目を果たすために、使徒サーリスはこんな厳しい試練を与える洞窟を作ったのだ。
「とはいえ、いきなりやれと言っても無理でしょう。まずはただの魔物で連携を磨いて、それから再戦です」
カタリナは相変わらず悪態を吐きながら、剣を振り回している。
剣に括り付けた石は日に日に大きくなっていったが、そろそろそのサイズは限界だ。この先は石の数を増やして振り回すのだろう。
ロッサははあっと大きな溜息を吐いて立ち上がると、自分の長杖にも同じように石を括り付けて、型の練習を始めた。
* * *
『おめでとう! これでひよっこ勇者の印を進呈しまーす!』
ばしゃーんという大きな水しぶきとともに巨蛇の魔物が泉の底に沈むと、盛大なファンファーレめいた音楽とともに場違いなほどに明るい声が響いた。
「あたしたち、合格、したの?」
カタリナが、呆けたような顔でぺたりと座り込み、ザールが宙に向かって感謝の祈りを呟いた。もちろん、ロッサも思わず首に下げた時の神の聖なる印を握りしめ、目を閉じる。
勝算の話をしてからさらに十日。何度も再挑戦しては反省会をして、その後に魔物相手に訓練してまた再挑戦する。何度も何度も繰り返しての勝利だった。
もう、これで勇者としての何かはすべて達成できたんじゃないか――そんな気持ちすらわき上がる。
ようやく得た勝利を噛みしめ、それから顔を上げた三人を、浮島にせり上がったきらきら輝く祭壇が待っていた。
最初に、「何かあるよ」と声を上げたカタリナが弾むような足取りで、その後ろをロッサとザールが追いかけるように浮島へ渡る。祭壇には、細やかな装飾のある杖と、小さな本が置かれていた。
「魔法を感じますね」
ザールが慎重に手を伸ばす。ここを作ったのはサーリスなのだから、さすがにこちらを害するような仕掛けはないだろう……それでも慎重に慎重に本を手に取ると、やっぱり慎重にページをめくってみた。
「書き付け、のようですが……」
古めかしい書体の文字を目で追いながら、ザールの眉が寄る。
「他に“虎の穴”と“千尋の谷底”という名前の洞窟があるようです」
「はあ?」
「え?」
カタリナとロッサが顔を見合わせる。
「邪教の本拠がある“死の台地”を目指すには、“レベラゲ”を繰り返す必要があると書いてあります。こことあとふたつの洞窟は、そのために作ったものだと」
カタリナとロッサは無言で本を覗き込んだ。
その洞窟の場所らしい箇所にバツ印のついた簡単な地図が書いてある。
「レベラゲって、強くなるための訓練なんだよね。ここみたいな訓練、あと二回やらなきゃ本物の勇者ゴリラになれないってこと?」
「さっき“ひよっこ勇者”って言われてたし、そうなんじゃないか?」
三人ともげっそりした表情を浮かべて顔を見合わせる。
「あと、他にも本拠を目指すのに必要なものが書いてあります……けど」
ザールはさらにページをめくりながら顔を顰めた。
「空を飛ぶ手段が世界のどこかにある。“死の台地”頂上へ続くトンネルの入り口の鍵を探さないといけないが、たぶん地底の洞窟。たしか海? 勇者セットは印を全部集めたら手に入るので、揃ってから聖なる島の祠へ行くように……
そんなことが書いてありますね」
「それ、やらないと――」
「全員無駄死にするそうです」
キィー! とカタリナが奇声を上げる。
「なんで!? 必要ならなんでここに全部置いてないの! 不親切! 女神の使徒ってあたしたちのこと弄んで喜んでるの!? 変態なの!?」
「これくらいできないようでは、勇者ゴリラたるににふさわしいと言えないということでしょう」
「世界のどこかって、どこなんだ? 手がかりとか書いてないのか?」
「全然」
三人とも無言になる。
すでに月影の国は襲撃を受けた。母と姉が魔法ゴリラと言っていい強さだったおかげでなんとか凌いだが、これが続けば、いかに他二国の支援があってもいつかは破られてしまう。
“世界のどこか”にあるかどうかもわからないものを、悠長に探している暇なんてあるのだろうか。
もしや、故国が滅ぶようなことになってしまうのでは?
唇を噛みしめるロッサの横で、ザールが小さく溜息を吐いた。
「まずは、破邪の国へ戻りましょう。あそこは一番古い国ですし、使徒に関する記録も多い。何かあるかもしれません」
「――そうだね」
「ああ、あと、その杖は誰でも火炎の魔法が出せる魔法の杖だそうです。なので、ロッサが持ってください」
「え?」
書き付けの中身にばかり気を取られて、杖のことはあまり気にしていなかった。だが、たしかにはめ込まれた赤い宝石からは魔力を感じる。
重量も、今ロッサが持っているただの杖よりもあるようだ。
「それなら、ザールが持ったほうが魔力を節約……」
「いえ。一度に二発の火炎の魔法を出せるほうが、戦いには有利です。今のうちから、その杖を使うのに慣れてください」
「え……」
ザールは魔力より火力を取ったらしい。たしかにザールの言うとおりだけど、火炎魔法なんて使えないのに、大丈夫なのか。
「帰り道、魔物に襲われたら練習しましょう」
ザールは、書き付けに書かれたことをすべて、ひとつずつこなしていくつもりなのだろうか。
いったいどれほどかかるのか。自分たちは間に合うのか。
* * *
帰りの途は、はっきり言って楽勝過ぎた。
行きでは出てくる魔物との戦いもそれなりにたいへんだったはずなのに、帰りはどれもこれもほぼ一瞬で勝負がついた。
カタリナが斬り付ける暇もないくらい、はっきりいってどの魔物との戦いも、「撫でたら終わった」くらいの瞬殺で終わってしまったのだ。
「つまんない」
途中、野営をすると必ず、カタリナはそう言ってまた剣に岩を括り付けて振り回した。魔物が弱すぎてフラストレーションがたまるらしい。
現に今も、さらにたくさんの岩を括り付けて剣を振り回している。
「あの洞窟で試練を突破できたから実力も上がったということですね」
「不毛で無駄な気がしてたけど、そうじゃなかったんだな」
懸念してた杖の火炎魔法も、難なく使いこなせるようになってきた。
発動の言葉が“焼き払え!”なのはどうかと思うけど。
おかげで、戦いにほとんど時間を取られなかったおかげか、破邪の国の王城まで片道十日はかかっていたはずの道のりが三日も縮められた。
これなら“世界のどこかにある空を飛ぶ手段”を探すのに、それほど時間はかからないかもしれない。
そんな希望まで湧いてくるくらい、楽勝だったのだ。
「考えてたんですけど」
「何を?」
パチパチとはぜる火を見つめながら、ザールが言う。
カタリナは少し離れた場所で素振りと型を繰り返している。
「破邪の国の王城に、ドラゴンの王との友情の証だという鱗が伝わってますよね。あれを持って、ドラゴンの王に会ってみたらどうかと思うんです」
「ドラゴンの王って、伝説の?」
「はい。女神の使徒、勇者ゴリラ、ドラゴンの王の三者の親交は深かったと伝説には伝わってますし、それなら、この本に書かれているもののこともドラゴンの王が知っているんじゃないかと思うんです」
「なるほど……」
たしかに、こっちの知らないことでも、ドラゴンの王なら知っているだろう。
なら、雲をつかむようなことでも、もう少し具体的に考えられるようになるんじゃないか。
「女神の使徒のお告げのためですと言えば、王様もきっと鱗を貸してくれる……はずですしね」
「そうだな」
あと二つあるという試練の洞窟と、探さなければならない諸々の物品のことを考えて、ザールとロッサは大きな溜息を吐いた。
杖のコマンドワードはもちろんサーリスが決めました。





