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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
百年目の勇者と拐かされたお姫様

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14.世界の半分

「半分は半分だ。だが、半分とはいえ貴様が自由に支配できるのだぞ?」

「じゃあ――」


 にやにやと笑いながら提案する魔王に、テル坊は「半分か」と考え込む。

 だから、考えてはいけないというのに――まさかこのまま半分もらって闇堕ちルートかと、ハラハラする。

 闇堕ちならゲームオーバーだ。

 しかもこの状況じゃ、私とカシェルが尻拭いするのも難しい。


「――僕と半分こにしたとします。あなたはその半分の世界をどう支配するつもりですか」

「決まっておろう。我の意のままに――」

「ダメですね」

「なに?」


 どうしたもんかと焦る中、魔王が恍惚と語り始めたところで、テル坊からいきなりのダメ出しが来た。ダメですねって、そりゃダメに決まってるだろう。テル坊は「魔王」という存在に何を期待しているのか。


「まずふくし(・・・)をちゃんとせずに意のままにとか言ってるようじゃ、たとえ半分でも、あなたに世界を預けるわけにはいきません」


 魔王はぱちくりと目を瞬かせる。

 そりゃ、魔王にとっちゃ「福祉」なんて意味不明だろう。


「僕はちゃんと全部を王様に返して、ふくしをきちんとしてもらいます」


 ――テル坊、そんなに貧民が気になっていたのか。

 たしかに、町へ寄るたびに囲まれてはあれやこれやを売りつけられていたもんな……私とカシェルの満場一致で、テル坊には銀貨まで、小遣いレベルの小銭しか持たせないと問答無用で決めたくらいには。


 そして、魔王が面食らっていたのは一瞬だった。


「我との取引を拒むのであればしかたない……貴様は我の糧としてくれよう」


 交渉は決裂した。


 私もカシェルもガリルーも相変わらず動けない。ここへ入る前にかけた加護の秘跡(バフ)が、今のテル坊にある唯一の支援である。

 だが、テル坊はオリさん越えのゴリラである。

 きっとなんとかなる。

 テル坊がこれまでに蓄えた筋肉とレベルは、絶対テル坊を裏切らない。


 テル坊は、ちゃき、とゴリラソードを構える。

 それからちらりと私とカシェルに視線を寄越し――「こっちは気にせず存分にやっちまいな!」という私の念は通じただろうか。

 魔王も私やカシェルを見る。にやりと笑い、翼を大きく広げて威嚇し……おそらくは、私やカシェルの目の前でテル坊を血祭りにあげてやろうとでも考えているのだろう。さすが魔王、趣味が悪い。

 しかし、それはテル坊をなめすぎだ。


「勇者オリヴェルとその子アヴェラルの末裔であり、勇者ゴリラの称号を得しカステル・ロアレス、参る!」


 名乗りと共に、テル坊が素早く踏み出した。

 あまりの速さに一瞬姿を見失うが、直後、魔王の呻きが上がる。

 見れば、懐に飛び込んだテル坊が魔王の身体をしっかりと袈裟懸けの逆に斬り上げていた。硬い鱗とモヤモヤに守られてるとはいえ、あの傷の深さだ。きっと“会心の一撃”というやつだろう。

 さすが私の弟子。「先に殴って大ダメージ」を忠実に実行している。


「あ――」


 相変わらず声が出せない私は、テル坊に応援の念を送って……その、ほんの一瞬だけ、戒めが弱まった。

 すぐにまた動けなくなったが、私は視線だけを動かしてカシェルを見る。

 カシェルも同様だったのか、視線だけで頷いた。


 私たちを拘束しているのは純粋に魔王らしい。おそらくではあるが、それなりの集中も必要だと思われる。

 つまり、魔王がテル坊の猛攻に耐えられなくなれば私たちの拘束も解ける。


 よし行けテル坊! オペレーション・がんがん斬ろうぜ、だ!


 テル坊は「攻撃こそ最大の防御なり」を地で行く戦いっぷりで押していく。防御はそこそこだが攻撃は最大限に、ひたすら斬って斬って斬りまくるという物理特化型脳筋的な力押しだ。

 幸い、カシェルの加護の秘蹟(バフ)もまだまだ有効だ。時折吐かれる魔王ブレスの効果は、半分以下に減らされている。

 私たちも何度かブレスに巻き込まれたからわかる。

 バフのおかげで生きている。

 ……テル坊には、もうちょい後衛に気を遣えと教えるべきだっただろうか。


 そして、こちらからの回復(ヒール)は飛ばせないが、カシェルほどではなくても低位に毛の生えた程度の回復ならテル坊自身にもできるのだ。あのゴオレムパンチ食らっても即立ち上がれた頑丈さなら、その程度の回復力でもトドメを刺すまで戦いきれるだろう。

 現に、今、魔王の爪爪牙翼におまけの尻尾というコンボアタックにブレスまで食らったが、すぐに立ち上がれたし――テル坊、ほんとに頑丈だな!?


 立ち上がり、鱗の柔らかそうな腹のあたりめがけて突っ込んではざくざくと斬ってまた距離を取り……ヒットアンドアウェイまでこなしている。

 とにかく徹頭徹尾力押しだったオリさんに比較して、身体が小さく敏捷なテル坊だ。どでかいドラゴンの魔王が、その速度についていくのは難しいだろう。

 実際、「ちょこまかするな!」とキレ散らかしてもいる。


 現状、カシェルの回復や私の援護は望めない。

 テル坊は体力が尽きる前に勝負を決めてようとしているのだろう。いかに頑丈だろうが、ダメージと疲労はじわじわと蓄積していくものだから。


「もどかしいな」


 ぽつりと言葉がこぼれ落ちた。


「――あれ?」

「どうやら、声は出せるようになったようです」

「っはー! ここに来て歌えないなんて、絶望で死ぬかと思いましたよ!」


 相変わらず身体は動かないけれど、声を出せるくらいには拘束が緩んできたようだ。これなら……


「ガリルー、魔王に気づかれないように歌バフ出せる?」

「それは無理ですねー。詩人の歌は相手に聞こえなきゃ効果が出ないんですよ」

「そっかあ。じゃ、カシェルは? こっそりバフとか回復とか」

「身体が動かないですから、たいしたものは出せませんよ。祈りだけではあまり大きな秘蹟が出せませんし」


 さすがに目立って援護してしまったら、魔王はテル坊より先に私たちをプチっと()るだろう。だから、動けるようになるまでは、ひたすら目立たずこっそり密やかに支援が望ましい。


「私も弓が射れなきゃただのヒトだしなあ……とりあえずカシェルは祈りだけで仕える秘蹟でちみちみ援護して。ガリルーは、テル坊が劣勢に見えたら思いっきり頼む。私は、もうちょい動けるようにならないか頑張ってみる」

「わかりました」

「はーい」


 頑張るとはいっても、もぞもぞ身じろぎするくらいしかできないんだけど……それでもやらないよりはマシ。

 たいていのゲームではピヨってフリーズしたらスティックガチャるのが常識だったんだから、私もそれに則り自前でガチャってみるのだ。


 打ち合わせどおり、カシェルは小声でぶつぶつと祈りをつぶやき始める。

 ガリルーはしばし考えた後、私たちだけに聞こえるように歌い始めた。なんでも、抵抗力を底上げしてくれる呪歌(まがうた)らしい。

 テル坊はカシェルのひっそりとした援護のおかげか、ますます動きを速めていく。それに伴い、魔王のダメージは蓄積し、ゆっくりとではあるが私たちの拘束もじわじわと緩んでいく。


「よし、そろそろ……」


 私は魔王に注意を払いながら、ゆっくりと手にした弓に矢をつがえる。

 もちろん、腕はだらりと下げたままだ。

 狙いは魔王ではなく、自分の足下なのだから。


 しばし目を閉じて、集中する。それから、数語の魔術語を呟いて、矢を放つ。


「っしゃあ! 動ける!」

「やっとですね!」


 足下に射ったのは、もちろん魔力中和の矢だ。

 魔王の拘束はたぶん魔法に類する何かであるから、魔力を中和してやれば動けるようになるのだ。

 もちろん、この中和フィールドにいる限り、こっちも魔法は使えないけれど。


「ここから散ったらカシェルは即抵抗の秘蹟頼む! ガリルーは、テル坊の援護よろしく!」

「はい!」

「まかせてください!」


 魔王もさすがにこちらに気づいたが、後の祭り……というか、テル坊の猛攻のおかげで余裕はないようだ。

 これは勝ちも決まったかな。

 あ、ひとつ忘れちゃいけないことがあった。


「あと、魔王は殺さない! いいね!?」

「わかってますよ」


 きっと、この広間の扉の向こう側で、グリトラがヒヤヒヤしながら待っているはずだ。彼女との約束だから、魔王はHP1に追い込むまでで勘弁するのだ。

 そこまで追い込めば、さすがのドラゴンでも動けなくなるだろう。


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