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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
百周目の勇者と異世界転生した私

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10.私と勇者の旅

「はあ!?」


 と、私は思わず叫ぶ。

 何言ってくれてんの? お前、善神じゃなかったの?

 と。


 慌ててカシェルとオリさんへと視線を向ける。

 オリさんはそれどころじゃなく必死に戦っている。

 そして、カシェルはしょっぱいを通り越した無表情で、死んだ魚の目になっていた――うん、そうなるよね。


『ほほほ、わたくしを愚弄する愚か者よ。わたくしの世界に居ながらわたくしを認めぬ傲慢な者よ。後悔するがよいわ!』

「何それ! それが善なる女神の言い草なわけ? 世界より何より自分のプライドの方が大切だってこと!?」

『わたくしのこの世界に、わたくしを崇めぬ者はいらぬのです』


 私はカシェルを見る。女神ってこんな奴だったっけ、という顔でカシェルを見る。

 カシェルの顔色は血の気がないどころか真っ白だ。


「――女神よ、では、眼前に迫る魔王を討伐することより、僕たちに天誅を下すことのほうがあなたにとって重要であると?」


 ふらりとよろめいて、カシェルが呻くように尋ねる。

 これまで、カシェルは女神の神官(ミスティック)として非常に真摯に働いてきた。あの塔の後もなんやかや思うところはあったはずなのに、女神の信仰をやめなかった。

 なのにこの仕打ちはどういうことなのか。


『この世界はすべてわたくしの作り上げたもの。故に、この世界を救う者はわたくしの意を受けたものでなくてはならないのです。

 お前もわたくしに仕える者だというなら、理解できるでしょう』


 カシェルがぶるぶると震え出した。

 どうでもよくないが、その間,オリさんは半ば放置プレイだ。やばいやばいと、私は回復矢を立て続けに三本、オリさんへと射った。

 カシェルの回復には及ばないが、急場を凌ぐことはたぶんできるはずだ。


「だからといって、このような仕打ちとは……」


 カシェルが唾棄するような声音で吐き捨てた。

 そして首から下げていた女神の“力の御印(パワーシンボル)”をいきなり鷲掴みにすると、引きちぎって地面に叩き付け、げしげしと踏み付ける。


「人々のために身命を賭して戦う者にこんな仕打ちを下すなんて! 僕はそんな女神を信仰していたのか!」


 カシェル、ブチ切れである。

 普段、頼めばなんでもあれこれ聞いてくれるお人好しかつ穏健なひとをキレさせるとか、この女神はどんだけなのか。

 が、ここでそれはまずい。

 カシェルが信仰を投げ捨ててしまったら、オリさんの回復は誰がやるのか。


「どうしろって言うの……あ」


 そうだ、次代勇者たちが参戦すればいい。

 そうすりゃ全員安泰だ。


 私はもう一度通路へと目をやった。

 次代勇者たちは全員、何かのせいで身体が動かないようだった。

 ピクリとも動かないところを見るに、次代勇者たちを固まらせているのは魔法的な何かなんだろう。女神の魔法かシナリオの強制力かは知らないが。


「あー、解呪矢……はたぶん無理だ、私にそこまで……」


 どうにかして、次代勇者たちをこの戦いに引き込まなければならない。

 彼らが動けない原因が女神だろうがシナリオだろうが、どっちにしろ魔法的な何かに決まっている。

 魔法なら解呪すればいい――が、本職の魔術師(アルカナマスター)ならともかく、しがない魔弓使い(フェイアーチャー)の私の解呪矢じゃ無理だ。

 パワーが足りない。

 私にもなんとかなりそうな、魔法をなんとかする方法……解除じゃなくて……


「――あ、中和の矢! アレならワンチャンある!」


 解呪矢は文字通りそこに掛かっている魔法を解除する矢で、私以上の使い手による魔法を解けるほどのパワーはない。

 女神の魔法だのシナリオの強制力だのなんて、私に解ける気がしない。

 だが、中和矢というのは魔力を中和する効果のある矢である。

 「魔力中和」は強力だ。

 魔力を中和して消し去れば、その場に働く魔法は何もかもすべてが効力を失う。魔道具だろうが呪文だろうが加護だろうが、誰の、どんなに強力な魔法でも、魔力ベースであれものは何もかも消し去ってしまうのだ。

 もちろん、神の魔法であっても魔力をベースに作用してる限り、例外はない。


 中和矢ならいける。

 たぶんなんとかなる。

 賭けだけど。


 敵味方問わず回復の秘蹟すらも効果を出さなくなるから使いどころを選ぶし、女神の魔法がエリアではなく次代勇者たち本人に掛かっていたらお手上げだ。

 矢が魔力を中和するエリアを出れば、魔法の効果は即復活する。中和範囲はそんなに広くないのだ。


「えーい、なむさーん!」


 案ずるより生むが易し。今は躊躇してる場合じゃない。とにかくやるだけやるのだと、次代勇者の足元に矢を射った。

 とたんに、ピクリとも動かなかった勇者たちの身体が動きだす。


「――な、いったい何が」

『なんてことを!』


 次代勇者と女神が、同時に声を上げる。

 女神は放置して、私は次代勇者に呼び掛けた。


「細かいことはいいから早く、アベちゃんはオリさんを!」

「アベ……?」


 この間にも、オリさんはどんどん追い詰められているのだ。カシェルが御印(シンボル)を捨てた今、回復すらままならないってのに。

 アベちゃんたちの助けがなければ、私たちの未来はシナリオ通りなのである。


 戸惑うアベちゃんも放って、私は「聖女ちゃん!」と叫んだ。


「はい!?」

「聖女ちゃんは早くオリさんの回復を!

 うちのヒーラー、今、ミリも役に立たないから、早く!」

「はっ、はい!」


 聖女ちゃんが慌てて走り出した。

 防戦一方のオリさんはすでに満身創痍である。これは間一髪か。


「全員、範囲攻撃に気をつけて! あいつのブレス効果は攻撃力ダウンだから、メインアタッカーは食らわないように!

 騎士くんはオリさんと盾交代。メインタンクやって!

 オリさんは騎士くんと変わったら全力でボコって!」

「あ、ああ、わかった」

「ああ!」


 どでかい盾を携えた騎士くんも慌てて走り出す。助っ人参戦のおかげか、オリさんの声にも若干の安堵が滲んでいた。

 残りの魔術師風のお姉さんと弓使いの人間もようやく我に返って動き出した。


 これでひと安心……か?


 でも、と私は思い直す。

 念には念を入れたほうがいい。

 あの俺様女神がむさむざオリさんを生き残らせるだろうか。


 聖女ちゃんが、「勇者オリヴェル様に癒しを!」と完全回復の秘蹟を使った。苦戦による満身創痍でしょぼくれてたオリさんのやる気(ヒットポイント)が満タンになる。

 これなら、行けるかも。


「オリさん、そこ、魔力中和する! だからバフデバフ無しで!」

「なん……わかった!」


 いきなり何すんだと一瞬目を剥いたオリさんは、でもグッと堪えて頷いた。女神の介入をとにかく最小限にするには、魔法中和がたぶん一番なのだ。

 女神の魔法だか秘蹟だかはもちろん、こっちのバフもデバフも回復も何もかもがオリさんに届かなくなるが、大丈夫。

 オリさんはスーパーゴリラ勇者なのだ。

 純粋にパワー勝負なら、きっとオリさんが勝つ。


 ――たぶん。


 中和していられるのはほんの数分だし、ちょっと歩けばすぐにエリアから出てしまうという狭さだ。

 何より、そう何本も何本も撃つことはできない。短期勝負でなんとかしなければならないだろう。


 とは言っても、勇者親子が揃ったし心配することはないかな。




 パワーとパワーのガチンコになったオリさんは強かった。

 息子勇者のほうは感極まったのか何なのか、オリさんをチラチラ見ては動きが止まってしまうが、オリさんは戦いに集中している。絶好調だ。


 女神の声も聞こえなくなったし、もう、中和矢を射なくても大丈夫だろう。

 あと二本も射たら打ち止めだったから、少しホッとした。


 そしてオリさんは、あの大河の中ボス戦の時のような一撃を影にお見舞いする。私の脳内に「ズバババッ!」とSEが響くような会心の一撃だ。

 オリさんはそろそろゴリラからさらにその先へ進化しているのではないか。


 ずん、と重たい音と共に魔王の影が倒れ、霧散する。

 はあ、と、かれこれ○年目にしてようやく念願のオリさん生存ルートに乗れたと安堵と達成感に吐息を漏らし、私は拳を握り締めた。

 もう、魔王なんてほっといてもいいんじゃないかな、なんて思えてくるほどのやり遂げた感である。


「とう……さん?」


 アベちゃん――勇者アヴェラルが、片手に剣を下げたままおずおずと声を掛けた。オリさんがハッとしたように顔を上げて、「アヴェラルか?」と目を瞠る。


「父さん……ようやく、間に合った……」

「アヴェラル」


 くしゃりと顔を歪めるアベちゃんに、私も思わず目頭を押さえてしまう。

 オリさんも、成長した息子がここまで自分を追って来たという事実が、ようやく実感できたようだ。

 これまで、私が何度も次代勇者は息子のアベちゃんだと言っていたけども、どこか半信半疑だったし。


 それに――これだ。

 私はこれが見たくて死ぬほどゲームをリピートしていたのだ。

 ご褒美蘇生がしたかったんじゃない。

 この、親子の邂逅と共闘と、ハッピーエンドが見たかったんだよ!


「ウッ……よかったなあ……アベちゃんも、オリさんも……これであとは魔王ヌッ殺してお家に凱旋するだけだわ……」


 私は目尻を拭って頷いた。

 アベちゃんの仲間たちも、ちょっともらい泣きしているようだった。

 皆、本当によく頑張ってくれた。

 うるうると目を潤ませながら、私はすべてが既に終わった気持ちだった。


 ――何もかも終わったと思うなんて、時期尚早に過ぎたのに。



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