無い無い尽くしの弟子と師匠
「センスが良い、今日から魔法使いだな」
クルリと振り返った魔法使いに暗い表情はもうない。
「はい! 今日から氷の魔法使いです!」
最後まで残った目尻の氷を拭う。笑顔が似合う子だ。
「どれほど冷やせるか、触れさせてもらおう」
そのためには元に戻す必要がある。手を空に向けて色々考えていると細い腕が空を遮ってきた。
「も、もう少しだけ見ていたいです、なんだか誇らしくて」
「長く続けるとみんなが困ってしまう」
その証拠が微かな風に乗って聞こえる。
『わーい! 雪だー!』
『涼しーい! ウィズ魔法ばんざーい!』
『頭がポツポツ熱いのう……』
『じいさんボケてるんすか!? それ雪っすよ!』
そうでもなかった。暑さが続いていた分、子供はクールダウンを楽しんでいる様子だった。
肌寒さとみんなの気持ちを天秤にかける。
「分かった」
手を下ろして降る雪を見た。
コートに袖を通してギュッと服を抱く魔法使い。
「そろそろ名前を聞きたい」
『名前なんかないですよ』
それだけ言ってまた雪を手に乗せる。
名前がない理由は沢山存在する。深く聞くまでもない。
「そうか」
『名前まで求めるのは、ワガママですか?』
「雪は自由でいいな」
「……そう、ですね」
触れたと思えば熱を奪って水に変わる。なんてワガママな雪なんだ。
「暖かいスープが欲しくならないか」
「い、いらない、です」
コートのポケットに手を入れてプルプル震える。ぐうっと誰かの腹が鳴る。
「言い方を変えよう」
来て欲しくて手のひらを見せる。
『とんでもなく寒いのでスープを頂きに行く、ユキも来い』
冷えた手が雪のように俺の熱を奪う。
『い、いきます、欲しいです!』
ユキと一緒に近くの酒場に入った。
中は人の数だけ暖かい。心身まで冷えてなかったのかすぐにポカポカしてくる。
空いてる席に座って少し待つ。
「もう一回呼んで欲しいです」
「ユキ、もう五回目だ」
名前を気に入ってくれて安心している。そろそろ六回目のタイミングという所でニーナがやってきた。
「ウィズ……」
「遅かったじゃないか、注文を聞いてくれ」
「この子とどういう関係?」
「そうだな、俺はオニオンスープが欲しいな、甘く行きたい」
ユキは腹も満たせる野菜スープにするようだ。
『どういう関係?』
ニーナの圧力に声が漏れる。
「で、弟子と師匠って感じだ」
「そのコート、ウィズの物なのに」
「雪が降ってたから貸してやってる」
そんなわけないでしょって言い切るニーナに本当だって言い返す。
「後で見とく。嘘だったら……」
「存分に見てくれ、どうぞどうぞ」
「ふんっ」
頭を下げるとニーナは引き下がってくれた。後でいくらでも確認してほしい。
「付き合ってるんですか?」
「分からない、生憎そういった経験がない」
「そんな……」
「どうして悲しむ? 恵まれた境遇で望まれたことをしただけだ」
「あ、驚いただけです」
それからすぐにスープがやってきて。俺達は熱を養った。
いつもより美味しかった。誰かと一緒に食べるのは久々だった。
『ごちそうさまです』
ユキは手を合わせて白い一息をふーっと吐いた。
完璧なタイミングでニーナが「お金払ってね」とやってくる。
手持ちは一枚のお札しかないのでそれを出す。
「お釣りはいらない、適当に手持ちに加えといてくれ」
「八割くらい余るのに?」
「これしかないんだ、何枚もお札とコインを引き出すのは大変だろ?」
「じゃあ貰っとくね、ありがと」
背中を向けたニーナを見て帰るかと立ち上がる。何かがよぎる。
待てよ、次にお金が貰えるのはいつ?
「ニーナ、ちょっと待ってくれ」
「お弁当の話?」
『やっぱりお釣りが欲しい、五枚で良い』
「どうして? いらないって言ったのに」
やけに不機嫌なニーナ。本当に必要なお金を求めてパチンと手を合わせる。許してくれますように!
『服がなくて、か、買う必要があるんです! これが全財産で……!』
今の俺、凄くカッコワルイ。




